半蔵門かきもの倶楽部コミュの第２８回　三大噺の出来そこない

サヨは本を読むのが好きだった。だからといって三人の子供たちに本を読めと言ったことは一度もなかった。
本を読むことで得た知識は自然と生活の中で口の端に上り子供たちに少なからず影響を与えたが、二人目に
生まれた男の子ケイは本を読むことを好きにはならなかった。
サヨの活字を読む欲求は専ら雑誌や新聞などによって満たされ夫のセンも本を読む人間ではなかったので、
家の中には特に本はなかった。
ケイは目端の利く子供で頑固だが要領がよく子供のころから世の中を上手におよぎまわっていた。職人である
センの跡を継ぎ大学を出るとすぐに仕事をするようになったが卒業までは好きなウクレレとたくさんのガール
フレンドとのつきあいに明け暮れた。
仕事場ではしょっちゅう居眠りをして昼行燈と呼ばれた。そう見えて職人たちの仕事をよく見ていたので、
一年もたたないうちにすべての仕事をそつなくこなせるようになっていた。
そして三年も経つと誰よりも仕事が上手くなっていた。
ケイは釣りが好きだったので結婚して子供が出来て家が手狭になると、海の近くに住みたがり方々を転々として
４０を過ぎて海から歩いて５分ほどの場所に家を建てた。のちにその家は友人の保証人になったことが原因で
手放すことになる。
ケイにも三人の子供が出来た。同じように二人目が男の子でこの子は本が好きだった。学校の成績は良くなかった
が本を読むので国語の成績だけは良かった。
高校を出て大学受験に失敗しぶらぶらしていたが、稼業の資格を取るために専門学校に入った。
家を継ぐというより単にその資格だけは取っておこうという気持ちからだったが、結局家を継ぐことになった。

８０年近く繋がれた家の業がもしかするとあと数十年して絶えることになるかもしれない。
そんな瀬戸際にあって、わたしは自分のこれまでの無為に過ごしてしまった年月をどう顧みればよいのだろうか。
なるようにしかならない。自らの無能と怠惰と諦めのうちに、そんな言葉を徒に思い浮かべるまで