半蔵門かきもの倶楽部コミュの※部会で取り上げる必要はありません※第25回　たかーき作「妻の逆襲」

久しぶりに参加いたします。たかーきともうします。
よろしくお願いします。

これまで僕の稚拙な作品をここで発表させていただき、みなさんに感想をいただき続けて来たことは、大変嬉しく思っています。
それにもかかわらず、これまで僕の言動、おこがましい態度により、いくつかの事で、皆さんに不快な思いをさせてしまいました。
申し訳ありませんでした。

また今日、自己紹介の場で話させてください。

作品が書けたので記念として上げますが、期限を過ぎて提出しましたのでお読みいただく必要はありません。駄作です。
部会でも他の方の作品紹介に時間をお割きください。

----------

「今日、何の日だったか覚えてる？」
明美は、言いました。
「…」
正道は、元気なく俯き、答えられませんでした。
「あれー、覚えてないんだ？」
明美は無邪気な声でそう言いました。
息子の拓斗くんは、ペットである、３歳のゴールデンレトリーバーのラッキーと、物静かに遊んでいます。

正道は、貧しい家の生まれでした。
夢を語るのが好きでしたが、それは、自分が貧しい事を他人に知られたくない、というコンプレックスの裏返しでした。
よく「金が全てだ！」と言っていました。
そんな正道も無事に、小さな会社に就職はできましたが、やはり収入はあまり高いとは言えず、絶対にもっと金持ちになってやるんだ、と言っていました。
そんな性格ですから、明美にも、背伸びをしてとても羽振りがよかったのです。
正道は夢があって器の大きい男だ。明美は最初、そう感じていました。

「ねえ、何の日だか、ホントに覚えてくれてないの？」
「…いや、覚えてる」
「ほんと？良かったー！」
明美の声に、でも、正道は反応しません。正道は、何かスマホの画面をじっと見続けながら、ずっと貧乏ゆすりをしていました。
息子の拓斗くんは、相変わらず、静かです。
二人のやり取りを見ず、ずっと、犬のラッキーと一緒にいます。

正道は、追い詰められていました。
最初は、拓斗くんを立派な子に育てたい、塾にもどんどん行かせ習い事もやらせたいと思い、正道はそのために資産運用の勉強を始めました。
自分なりに勉強して、たまたま買った株で、正道はお金を得ました。
正道は、舞い上がりました。
でもそれは、最初だけで続かず、しだいに損失が増えていきました。
「金が全てだ」を信念としてきた正道は、段々とムキになり、やがて株だけでなく、先物取引、ＲＥＩＴなど、大した知識もなく手を出しては、面白いように負け続けました。
やがて明美には、段々と本当のことを言わなくなり、「儲かってるよ」などと見栄で嘘をつくようになりました。
それでも、生活のレベルを落とすことは彼には絶対に許せない事でした。
このままでは、本来の目的だった息子の拓斗くんのためのお金も捻出できない、と正道は思いました。
そこで、借金に手を出したのです。
明美に黙って、金融会社から、お金を借りるようになっていきました。

「あら、もう１９時ね？」
明美は言いました。そしてちらりと、正道の目を見ました。
「…」
正道は、一言も返事をしませんでした。
「うふふ、今日はあれの日、あれの日ー！」
明美は、愉快そうに歌を歌っていました。
「私、『久しぶりにこの家に来た』んだから、何もなきゃ、困るわよ」
「あ、ああ、そうだな、久しぶりだ。お前は久しぶりにこの家に帰ってきた…」
「で、なんで来たかは知ってるのよね？」
「…」

資産運用で負けが込み始めてからというもの、正道はいつもイライラするようになっていきました。
明美もずっと働いていましたが、家事や子育ては全て明美にまかせ、自分は、ずっとトレードをしていました。
「金が全てだ」、そう思うがあまり、トレードの勝ち負けで感情が大きく左右されました。
株を買い、含み損を抱えても、「いいや、もう少し我慢すれば絶対この株価は上がる！」などと言ったり、
ひどい時には、その株を借金を投入してまで追加で購入したりもしました。
でも、その株は全部飛びました。
もう正道は、息子の学費のためにお金を借りているのか、資産運用のために金を借りているのか、わからなくなっていました。
それどころか、そもそも自分がやっていることは資産運用なのか、ギャンブルなのかすら、わからなくなっていました。
正道はいつしか、家で明美に当たり散らし、暴力まで振るうようになりました。
家庭はどんどん険悪になりました。それが大体、１年半前の事でした。

「あら、もう２０時ね？」
明美はもう一度言いました。
飛び切りの笑顔を、正道に向けながら。
「…、ちょっと、俺、拓斗に話があるんだ」
「拓斗に？なんで？」
「うん、ちょっとね。」
正道は、拓斗を隣の部屋に呼び出しました。
…二人が、その部屋に入ると、正道はまず初めに、スマホの画面を一瞥しました。
そして、「ふう…」と、安心したような不安をかき消すような、難しいため息をつきました。
そのまま、部屋に電気もつけず、正道は拓斗に話しかけました。
「拓斗、いいか？」
「なあに、お父さん」
拓斗君は、何か不穏な雰囲気を感じていました。
「俺は、お前の事をずっと父親として、立派になってほしいと思ってるんだ」
正道は言いました。
拓斗くんは、ゴールデンレトリーバーのラッキーを抱っこしながら、一言も何も言わずに話を聞いていました。
「父さんはずっと、今でもだ。信じてる。なんだかんだ言っても、世の中『金が全てだ』って。金をたくさん儲ければ幸せになれるんだ」
見栄っ張りで、いつも夢を語っていた正道らしくなく、彼は震えていました。
「なあ、父さんを信じてくれ！頼む！」
正道は、珍しく息子を抱きしめました。
「何か、困ってることがあるの？」
拓斗くんは父親に言いました。
「ねえよ！そんなもん。俺が困ってるわけがあるか！お前のためにいつも頑張ってるからな！」
父親らしく、正道は言いました。でも、その心の中は不安でいっぱいでした。

借金をし過ぎた正道は、とうとう、どこからも借りられるところがなくなっていました。
正道は、それでもなお、資産運用はうまくいっている、お金は大丈夫だ、と言っていました。
明美には、相変わらず、つらく当たり続けており、明美のストレスは限界に達していました。
そして…。

「正道」
今、明美はまさにこの正道と息子のいる部屋に入ってきました。
「マ、ママ…」
と、拓斗君は彼女の顔を見上げました。
彼女は、にこにこと笑っていました。
「もう…２１時よ？」
「…うるさいな、わかってるよ！」
「知ってるよね？今日何の日かって」
「…わかってるよ」
「そっかあ、よかった」
明美の笑顔は、とても不気味に映りました。

１年前の事。
ある時、とうとう彼女は家を飛び出して、急に実家に帰ってしまいました。
離婚し、明美が家を出て行った後も、正道は追い詰められていました。
しかし、正道はもうどこからもお金を借りることができません。
家には、借金まみれの父と、息子と、ペットの犬が残されました。

そこで、とうとう正道は、「あるところ」から、お金を貸してもらう事になったのです。

それは…。

「ねー、正道。答えてよ？」
「…」
「今日は、何の日だっけ？」
「…それは…」
正道は、口を開きました。
「へ、返済日、だ。」
「そう！良かったー！覚えててくれて。ま、覚えてるのが当たり前だけどね」
まるで、見下すかのように、妻の、いいえ、『元』妻の明美は言いました。
「で？当てはあるの？」
「…最後の、最後の望みにかけてみる」
「…もう、本当にまだそんな事言ってるんだね？」
『元』妻の明美は愉快な声で尋ねました。
「今度は、ＦＸ口座、作ったんだって？それでずっと為替のチェックでもしてるんでしょ？スマホで」
「…」
「で、いくらかけてるの？」
「さ、３００万…」
はあ、と、『元』妻の明美は、ため息をついていました。そして言いました。
「あははー！もー、すごいなあ。３００万円に、しかもレバレッジまでかけて？３００万って、この前『あなたに貸した』、なけなしのお金全額じゃない！」
明美は、半分あきれながら、しかし半分は笑うかのように、そう言いました。
「こういうのって、口座作る時の審査もいい加減だよねー。ブラックリストとか載ってても、口座作れちゃうんだよねー。こういう会社って、とにかくお金落としてくれればいいんだと思うよ？個人投資家の負けが、業者の儲けになるんだし」
明美の話は極めて現実的でした。
「ねえ、私ね…、夢とか語ってるあなたの事、最初は好きだったけど。もう今は違うのよ。私自身、ほら、今、こういう仕事始めたじゃない？あなたと別れてからさ。で、お客さんと接しててわかったよ。こういう仕事だからさ。夢持ってる人って、実は、一番のカモなの」
「…お前は、その『会社を立ち上げて』、そういう事を平気で言う女になったんだな」
「それが、普通の考えよ？世間ではさ」
「大体、お前、いつの間に自分で会社立ち上げたんだよ。本当に、お前の会社なのか？」
「ここを出てからね。私もね？最初は、昔は夢を追ってる人とか、すごく好きだったよ。あなたについていったら夢を見られるって思って結婚した。でも、私も甘かったなあ。やっぱり、それじゃ幸せになれないんだよね。夢って現実の積み重ねなの。嫌な事でも頑張ってやっていかなきゃいけない。手段も選んじゃいけない。でもあなたは、どんなに話してもわからなかったじゃない？私ね…あなたとは違って、自分の力で、何かを変えなきゃって思ったのよ。いつまでも妻という立場に、甘んじてたらしょうがない。それで、何もかも変わろうと思って一念発起した。普通の生き方じゃ、変わらない」
明美は、得意げにぺらぺらと喋りました。
「現実的に金を得る方法。結局社会って、奪うか奪われるかなのよ。私は、ずっとあなたから人生奪われてきた。だから今度は、私が奪う側に回りたいと思った…。それで、私みたいな資格も知識もない人間だけど、本気で勉強した。どうやって人から奪う人間になるかってね。色々な助けもあってね。今の会社、始められたのよ。案外、簡単なのよ？とりあえず会社立ち上げるだけなら。それで看板だけ適当に構えて、普通の会社装ってさ」
そう言いながら明美は、自分の持っている名刺をチラチラ見せました。そこには彼女の名前が「○○ファイナンス　代表取締役社長　××明美」と書いてありました。
正道は、何も言い返すことができませんでした。
「あなたが借金まみれなのも、この家を出た後に、わかったよ。なんとなく借金してたとは思ってたけど、あんなにひどいなんて、思わなかった。だからあなたは、お金、誰からも借りれない状態になっていたでしょ」
「…その俺の弱みに付け込んで、俺に金を貸し付けてきたってのか？元夫婦のよしみとか言って…俺は聞いてないぞ。お前のバックに、そんなヤクザみたいな連中うようよ従えてる事も」
「あら、でも貸さなかったら、あなた死んでたでしょ？恨まれる覚えなんてなくない？私が、あなたに金貸してあげるって言ったら、あなたは、食らいつくように言ってたよね。相手が元妻だから払わなくても許されるとか思ったのかな？少しでも沢山貸してくれ、とか、金利は高くてもいい、とかさ。そればっかりだったじゃない？久しぶりに行方知れずになった妻から、連絡が来てるというのにね」

そうしているうちに、とうとう時計の針は、２２時を回りました。
「…だいたい、卑怯じゃないか。言ってもお前、母親だぞ？急に逃げ出しやがって！」
正道はやっと、明美に対して口を開きました。
「…私に全部押し付けて、こっちは精神的にギリギリだったんだよ？なのに、あなたは金の事は全部取り仕切るし、私はもう何にもできなかった。あなたは、私を何回殴った？」
と明美は言いました。
「…でも、もういいのよ。私は変わったから。いつまでも、あんたの言いなりじゃない。悪いけど、私は、あなたが今日中に返せるなんて思ってないわよ…『私の会社からあなたに貸し付けた』３００万円を、ね」
そう言いながら明美は、カバンから書類を取り出しました。そして、元夫に対して、脅しの口上を並べました。
「ねえ、正道。わかってる？もし今日中に、今日の２４時ちょうどまでに私にお金を返さなかったら、担保にしてるもの、全部回収だからね？ほら、これがその一覧。ちゃんと書いてあるでしょ？ねえ、あなたの印鑑も押してあるわよね？言っとくけど、私たちが違法業者だからってどうせ弁護士には頼れないだろうとか、いざとなったら私たちを警察に突き出してやればいいんだとか、思ってたら大間違いよ？私たちねえ、色んなパイプ持ってんの…いざとなれば、その手の人たちを呼んで、強制的に…」
息子の拓斗くんと、抱かれているゴールデンレトリーバーのラッキーは、母親のただならない雰囲気に怯えていました。
「ウー、ワン！ワン！」
とうとうゴールデンレトリーバーのラッキーも、明美に向かって吠えてしまいました。
「…明美！頼むから黙ってろ！もしかしたら、もしかしたら今の取引が、約定するかもしれないんだ！」
「はーあ…この人は…」
「大丈夫だ、今日中に利益が出れば、凄い金額が手に入る！あとは、ほら、いつも使ってた２４時間使えるＡＴＭあっただろ？あそこで今日中に引き出して、お前に、手渡しで返すって約束する。そうなったら、この話は無しだ」

時計の針はとうとう２３時を回りました。
正道が、妻の会社から借りた金を返すリミットは、あと１時間しかありません。
正道は、スマホのアプリで為替チャートをにらみながら、
「頼むー、上がれー上がれー、上がってくれー！」
などと、唸っていました。
「そんなことが、あなたの夢なんだ？」
「ああ？」
正道は彼女をにらみ返しました。
「お金って、そうやって儲けるもんじゃないと思うよ？上がれ上がれって…あなた、前に株をやってた時もそうだったね…上がるって根拠があるから株を買うんじゃなくて、根拠なく買って、周りが自分の思い通りに動いてくれるのを待ってる。だから駄目なのよ。他力本願」
「うるさい！あの時だって、俺なりに勝算はあった！一生懸命研究してたしな！」
「あのねえ、そんなやり方で、夢を追ってるなんてよく言えるなって思うよ。自分は何も頑張らない。頑張ってない事にも気づいてない。あなたは何にも成功できない。親になる資格もない。あなたは、自分の夢を語ったり、拓斗を素晴らしい子に育てるんだって言ってるけど、結局それは全部自己顕示欲だった。自分はきっとすごい人間に違いないって、思いたいだけ。でも、本当のあなたは何にもない。ただ金に操られてるだけ。でも私は、違うけどねー。私は、金を操ってる側、だからねー」
明美は得意げに、冷たく言い放ちました。
「とにかく！このドル円のポジションが１２０円ちょうどまで上がってくれれば、全て解決するんだ！」
正道は、夜中だというのに、大声でいきり立っていました。
「でも、ほんのちょっとでも届かなかったら、返済金額には届かないでしょ？それに、今月分が返せても殆ど利子分の返済なのわかってるー？また来月もあるんだよ？ま、あなたがそう契約したんだからね。」
「黙れ！」
正道は、ただ怒るばかりでした。

その時です。
スマホに表示してあった、為替チャートが大きく、上昇し始めました。
「おお、おおおっ、来た！すげえ、すげえよ！これは行ける！」
正道は、まるで子供のように、近所迷惑を考えず大声で叫びました。
「おい、明美、わかるか？奇跡だ、この土壇場で奇跡が起きたんだよ！突然上がり始めた！すげえ、まだ伸びる！まだ伸びる！」
正道は、スマホに向かって唾を飛ばしながら大声を上げました。
「ハァ…」
明美は、あきれていました。
「ねえ、パパ、もうやめてよ…どうして…？」
と、拓斗君も相変わらず怖がっています。
「ワン！ワン！ワン！」
ラッキーも大声で吠え続けています。

『えー、今入ってきたニュースです。アメリカのＦＲＢが、先ほど××政策を発表しました。これにより為替相場は…』
明美がテレビをつけると、そんなニュースが流れていました。
「うわあ、凄い凄い！あとちょっとだ！１１９円６０銭、１１９円７０銭、１１９円８０銭…！」
「はい、はい」
明美は、全く何も感じませんでした。
実は、前から投資で一喜一憂する夫を…『元』夫を見てきたのです。
そんな夫の言いなりになって、ずっと良き妻、良き母を演じて生きていかざるを得ない当時を、彼女は恨んでいました。
でも、もうそれは過去の事。今彼女は、債務を果たそうとしない顧客からお金を取り立てるために、ここで彼を見張っている立場なのです。

その時です。
急に、為替チャートのその勢いが、止まりました。
為替チャートは、上がるどころか逆に一気に急降下していきました。
それは、正道には信じられない光景でした。
「えっ？」
正道は、心臓が止まるような思いでした。
先ほどまで一気に上がっていたのに、突如、物凄い勢いで下降していきました。
「おい、おい待てよ！俺のドル円！待てって！待てってば！うわあああ！！！」
「お父さん！もうやめて！しっかりして！」
「ワン！ワン！ワン！」

『いやぁ、下がってますねぇ。第一声では期待感から突発的にぃ、買われたようですけどもぉ、蓋を開けてみれば期待外れの内容っすねぇ。逆に失望感からぁ、みんな一斉に売り浴びせ入ってるんじゃないっすかねぇ？』
テレビから、誰かが無責任な感じに読み上げる声が聞こえてきました。
「…だってさ！正道」
明美はにこにこしながら、正道の元に歩いていきました。
「あ、ああ…嘘だろ…」
「よくあるんじゃない？こういう事。やっぱりあなたは、勉強不足だったのよ。ま、うちのお客さんにもそういう人いるわ。ＦＸとか株とか、大して調べもせずにのめり込んで大損する人」
放心状態の正道のスマホが、ブルブル震えだしました。
「あ、メール来てるじゃん。見てあげようか？」
動けなくなった正道のスマホを、明美は勝手に奪って、中身を見ました。
『ロスカットのお知らせ。証拠金が不足したため、強制的に決済されました。下記の通り損失が確定し……』
「だってさ。あーあ、返せなかったね！」
時計の針は、２３時５０分でした。
「何か言ってよ」
「…」
正道は黙っています。
「こんな事になるなんて、面白いよね。ま、でも色んな人生があっていいんじゃない？色んな人生のうちの一つを、あなたは垣間見せてくれたんだから、すっごく面白かったわ」
明美は言いました。そこには、温もりも何もありません。ただ、ごみを見るような目つきでした。
「じゃあ、０時００分回った時点であなた、この家を退去だから。契約したこと、わかってるよね？土地と家屋と、この家にある物品全部。それと…」
「た、拓斗か…」
「そうよ。親権。拓斗は、ラッキーと一緒に、私のものになるの」
「それは…それだけは勘弁してくれ…」
「駄目よ。拓斗は私の子。ラッキーも一緒に、私と拓斗でこの家に住む。あなたはここを出るの。もちろん、養育費はあなた持ち。そういう流れで必ず話を進めますって、あなた私に約束したでしょ」
「そ、そんなの無茶苦茶だ。どんな法律でそんな事が…」
「関係ない。あなたはそう約束したわ。私はそれを条件に金を貸した。あなたは返すべきものも返さなかった。それとも、いいわよ？いざとなれば色々な人を使って…」
「くっ…くそぉ…」
正道は、うなだれました。

０時になりました。
コン、コン、というノックの音がドアから響きました。
「あ、来たわね。うちの社員。ねえ、みんな、結構体力には自信あるのよ？」
「…わかってる！わかってるよ！出ていきゃいいんだろ！」
正道は、泣きながら答えました。
「なあ、最後に、拓斗を抱かせてくれよ。頼む」
しかし、明美は大きな声で、
「駄目よ！すぐここを出てって！」
と叫びました。
「お、お父さん…」
もう一度、コン、コン、という威圧的なノックの音が響きました。
正道は、怖くなって、諦めざるを得ませんでした。
正道の最後の願いは、聞き入れられませんでした。
まとめていた最低限の荷物を持って、彼は、この家を飛び出しました。

「拓斗ー！良かった！今日からずっと、私の子だよ！あ、ラッキー、よしよし！元気してたのー？」
明美は、息子とペットを抱きしめて、可愛がりました。
「ママ…、お父さんは、どうなっちゃうの？」
「あの人はねえ、もうお父さんじゃないのよ」と、明美は言いました。
「お父さんは…お父さんだよ。なんで？なんでそうなるの？」
すると、明美はこう言いました。
「私たちはねえ、あんな、バカな人とは離れて暮らすの。金に支配されて、身も心も金の事ばっかり。金のためなら暴力も振るうし、金のためなら人を巻き込んでも平気な、最低の人なの。あんな人に育てられたら、あなたまで、ろくな人間に育たないわ。ママはお金の動かし方だって、人をお金で操ることだって、ちゃんとわかってるから！あんな奴と違って。きっと、あなたの親として頑張るからね！」

外には、冷たい風が吹いていました。