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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第19回 かとう作「最南端の娘たち」

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照明の薄暗い空間でよかった、と僕は思う。他人から見られているというプレッシャーから解放されることで、僕の時たま他人に指摘される過剰な瞬きが少しは減る。30を過ぎてもなおチックが治らない、幼稚な精神に嫌気がさすこともあったが、今ではそれさえ麻痺して自分を諦めつつもあった。
大人になりきれない、不完全な僕。この日本最南の島の、辺鄙な飲み屋街の中程、細い階段を登ったところにある、小さなレゲエバーで、僕の存在は僕にとってさえ過少で瑣末なものになっていた。いい加減な音量で流れるランキンタクシーに、紫煙の奥で笑う壁画のボブマーリー。腰をくねらせて踊る人々。その音楽を遮るように大声で喋る、もしくは体を寄せ合い耳元で囁きあう、音の海の中で、誰も僕の存在に気がつくものはいないのだと思った。時折見知らぬ誰か(皆本州からこの島に移住してきたものだと言うが)にテキーラを薦められるがままに飲むうちに、僕は文字通り正体をなくしつつあった。
カウンターにもたれて立つのもおぼつかなくなり、DJカウンターの真向かいにある、一番奥のソファスペースに雪崩れ込むようにして座る。大分酔いが回っているが、泥酔とまではいかない。「これ以上は飲まないほうがいい」そんな抑制者である僕のまともな意識が、まだどこかに残っていることが仄悲しくもある。解放的な南の島でどんなに酔っ払っても、汗にまみれて踊っても、僕は自意識をなくすことはできないのだ。「自分探し」の旅に出る者たちが、僕は恐ろしい。僕は自分をなくすために逃れてきたのだった。
「ニイニイ、水飲む?大丈夫?」
レゲエ好きなせいかラフな格好で雰囲気だけは若く見える、しかし明るいところで見れば年相応なのかもしれない、おそらく僕の一回りは上のマスターは、関西の出身だと言っていた。もう島に住み着いて20年とのことで、呼びかけるときもこの土地の方言を使う。僕は頷く。
人々は夜な夜な踊り続ける。窓のないコンクリートのせいで、今が夜中なのか夜明けごろなのかもわからない。水を一口二口飲み、僕はソファに横になる。その時、フロアで踊る娘と目が合った。
彼女は笑ったのかなんなのか曖昧な顔をして、僕の元にやって来た。そして言った。
「ニイニイ大丈夫?」
日によく焼けているが、彼女も移住者なのだろうか?身体のラインがわかるほど薄い生地の、そしてエスカレーターにでも巻き込んでしまいそうな長い裾のワンピース。この島の若い女性は、なぜだか例外なくみんな長い髪を束ねて団子のようにしている。そして昼間は一体なんの仕事をしているのか見当がつかない。
彼女たちは夜飲み屋で会うと水を得た魚のように、というか夜行性の動物のように生気があるが、昼間に灼熱の太陽が照らすアスファルトの元では、別人のように気怠い。そして夜にまとまって寝るという習性があまりないようだ。
「ニイニイ名前なんていうの?旅行できたの?」
彼女は僕の腰に尻を擦り付けるようにして座った。しかし僕は答えなかった。
「ねえ答えてよ」
そう言いながら彼女はさして僕の名前に興味もないようだった。だから、
「ノムラだよ」
と僕は嘘の名前を言った。「下は?」と訊かれたが、僕はそこまで考えておらず、曖昧に笑った。それで仕方なく娘は、
「ねえ、ノムラ、寝ないでよ、ノムラ」
と甘い声で話しかけてきた。
「ノムラはよく見ると綺麗な顔してるね。ノムラはお母さんに似てるの?それともお父さん?」
娘が僕の頬に手を置いて、顔を覗き込む。随分と会話の中で相手の名前を呼ぶ女だな、と思った。こんな女に、きっと今まで会ったことがある。彼女たちは男にも女にも、子供にも老人にも、誰に対してでも甘い声を出し、平気で他人の頬を触るのだ。そして下着の線が出るような薄い服を着るのだ。南の島でしかとても生きていけないような娘じゃないか。
「ノムラは母似だよ」
「ノムラは母似なんだね」
僕の言葉をおうむ返しに、どうしてそんなに嬉しそうな顔をするのかわからない。
「ねぇ、私の部屋に来ない?」
娘は言った。今晩彼女の家で、セックスをするのも悪くない。僕はこの島の最後の晩に、もう少し楽しんでいいかもしれない、と考えた。しかし、その考えはある点に思い至って、突然風船のように期待は弾けてしまった。そして僕は正直に告げた。
「やめとこう、ノムラはAIDSや性病が怖いよ」
そうして娘へ少しだけ湧き上がっていた欲情を完全に閉じるかのように、目をつぶった。しかしその途端にまずは耳と首あたりに大変な痛みを感じ、驚く間もないうちにその鋭さは顔の非常に皮膚の柔らかなところから頭皮、余韻のようにうなじ、服の隙間から背中へと広がっていった。驚いて僕は飛び起きた。
娘はもう僕の目の前から消え、僕の髪から水がぽたぽたと滴った。僕が飲んでいた水を、娘が僕の顔へぶちまけたのだった。あまりの不意打ちの攻撃に、冷たさを痛みだと錯覚しただけだ。
「ひどいねぇ、ノムラは」
カウンターの奥から、やりとりをすべて聞いていたオーナーがけらけらと笑った。南の島での安息は諦めて、僕はタバコに火をつける。そして隣にまた新しい娘が座るとともに、意味ありげな顔で隣に座り、灰皿を差し出してくる。
いかにも自然な風にすり寄ってくるのが、この島の女の共通点なのだろうか。都会からこの小さな島に移住してきた女たちは男に飢えている、しかし地元の男では刺激も少ないし不都合だ。娘たちは男を求めている。
この島の旅の最後の夜に、ノムラという新しい名前を得た僕は、また娘に氷水をかけられるだろうか、それとも、と考え、とりあえず左手でタバコを吸い、濡れた右手で娘の手をとった。

コメント(12)

今回、二作目投稿させていただきました。
読ませていただきました。

題名は「旅行」ではないですよね‥題名によって印象が大きく変わるので題名があるなら、ぜひつけてほしいです。あと、お名前も入れてくださると(第19回かとう作題名○○)読み返すときにすぐ見つかるのでありがたいです。
お願いばかりで恐縮ですが、よろしくお願いします。
>>[2] すみません、うっかりしておりました!トピックの修正の仕方がよくわからないのですが、後で出来そうだったらやってみます…
題名はないので明日までに考えてみますー!
ご指摘ありがとうございます
>>[5] ありがとうございます!ではでは、早速なのですが、挙げた二作に「かとう作」と入れていただいてもいいでしょうか?
また、本作品のタイトルは「最南端の娘たち」でお願いします。
わたしのうっかりでお手数をおかけしてすみません〜!どうぞよろしくお願いいたします。
この「南の島」は、「沖縄県内の離島かなぁ?」と想像しながら読ませていただきました。

「ノムラ」と名乗った30過ぎの主人公の男は、なぜ一人で南の島にいるのか?大変気になりました。

話しかけてきた女にはあまり関心を抱きませんでしたが、女の存在は物語のスパイスになっていると感じます。

なかなか謎に満ちている作品ですね。
>>[8]
こちらにもご感想ありがとうございます!
孤独感が出せて良かったです。ノムラの過去や背景など、あまり考えこまないでとりあえず書き出してみました。なんかこう、「旅の夜ってこんな感じだよね〜」みたいな空気感だけ出したくて、あんまり出てないとは思うんですが笑、でも共感をいただけたのが嬉しいです。
ありがとうございます(^ω^)
>>[9]
ご感想ありがとうございます!
そうです、沖縄の離島です。方言でわかりますね、きっと。
ノムラさんはなんで来ちゃったんですかね。私が沖縄で感じた 、「沖縄で一人旅してる人も、移住者も、意外と痛い人が多いな」っていういやらしい目線から始まって、この物語ができたのかもしれません。
あまり考えずに思いつくままに書いたので、私もいろいろ謎です。
>>[11]

「痛い人が多い」、大変良くわかります(笑)。

思いつくままこれだけの作品を書けるかとうさんの筆力はスゴイですね。

また様々な作品が読めるのを楽しみにしています♪

って、プレッシャーに感じたらすみません。(^_^;)

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