半蔵門かきもの倶楽部コミュの第１８回雛吉作『歯みがき、上手にできたかな？』

まもる君のこと？　いいよ、話してあげる。

あれは小３のときだったかな…。
授業参観で、「うちのママまだかな～」なんて後ろを振り返って見てたら、教室の後ろのドアから、着物の女の人が入ってきたんだ。
淡いピンク色にうっすらと白が入った江戸小紋。
うちのおばあちゃん、むかし着付け教室やってたから、よく知ってるんだよね。
それまでざわついてた教室のなかが、一瞬でし…んとした。
その沈黙を打ち消すように、わたしの左斜め前に座ってた、まもる君が振り返って「ママ！」と叫んだんだよね。そしたら、その人にこっと笑って。その顔が、テレビに出てくる女優さんみたいで本当に綺麗だった。
え～まもる君のママなんだぁ～と意外に思ったし、すっごく羨ましかった。
うちのママなんて、授業に遅れてきた上に、弟までおぶってきたから、恥ずかしかったな。おんぶひもでおっぱいの形が十字の形になって、せっかくのワンピース姿が台無し。しかも髪までほつれてて、昭和のお母ちゃんみたいでさ。
まもる君のママは、まるで雑草のなかに咲きほこる１輪のバラのようだったね。
何をしてても、絵になるというか、存在感がハンパなかった。
わたしは思ったよ。まもる君のママが本当のママだったらいいのにって。
みんなに自慢できるもん。うちのママ、こんなに綺麗なんだよって。
つくづくまもる君が男の子で良かった。
だって、まもる君が女の子だったら嫉妬して意地悪しちゃってたかもしれないし。

このことがきっかけではないけれど、まもる君とよく遊ぶようになった。
小４になってから持ち上がりでクラスも一緒、その上席替えで班が一緒になって、話をしてみると、まもる君ってほかの男子とは違って、すごく女の子の気持ちがわかることに気づいた。
３歳の頃からピアノやバレエも習ってるし、あやとりもおりがみも、あたしたちが知らなかったやり方を教えてくれた。
だから、まもる君はわたしたちと遊ぶことの方が多くなっていったんだよね。
男子たちはそんなまもる君に、「きもい」とか「おとこおんな」とかひどいこといっぱい言ってたけど、「あんたたちのほうがきもいよ！バーカ！」って言い返してあげてた。
まもる君は、わたしたちが言い合ってるあいだ、ずっと下を向いて涙をぽろぽろ流していたよ。
ぶっちゃけ、男のくせに泣いてんじゃね～って思ったこともあったよ。
だけど、まもる君のママもこんな風に泣くのかな…って思うと、守ってあげなきゃ！って、庇護欲っていうのかな……まあとにかくかばってあげてたね。
別に、まもる君のことが好きだったわけじゃないんだけど。
ただ、こうして守ってあげてることで、食卓の話題で「今日もユミちゃんが助けてくれたんだ」「良い子ね」って親子で話してるんじゃないかなって思うと、胸がどきどきするような気持ちになっていた。そのうち「我が家に連れていらっしゃい」なんて、あの美しい笑顔で言われるかもって期待したこともあったよ。
……１回もなかったけど。

まもる君はそんなに口数が多い方じゃないし、ひとりっこだからなのか、１人で黙々と何かをやってるタイプだった。話かけない限り、会話に入ってくるわけでもないから、男子たちからは浮いた存在だったのは間違いないね。
色白で線が細い華奢な男の子だったけど、そのときはとくに美少年ってわけでもなかった。お金持ちという噂はあったけど、いつも量販店で売ってるようなカジュアルな服を着てて、そこらへんにいるような男の子と変わりなかったよ。
ただ、ちょっとびっくりしたのは、毎日歯ブラシを変えてるって言ってたことかな。
１日で使い捨てなきゃならないって。
そうしないとママが怒るんだって、困ったように笑っていたよね。カレンダーに朝昼晩磨いたら、その時間を赤ペンで書き込むって言ってたよ。夜はママが特別なチェックするから、特に念入りに磨かないといけないって。
わたしは、教育テレビでやってる「歯みがき、上手にできたかな？」みたいなのを想像してたよ。ひざまくらに頭をのせて、磨き残しがないか歯みがきしてくれるのかなって。うちは弟が２人いて、あんまりかまってもらえなかったから、やっぱり羨ましいな…とは思ったね。
だけど、面倒くさがりだから、カレンダーチェックは３日で終了してただろうな。

結局、小学校のあいだ家によばれることもなく、小５になったらクラスも離れ離れ。
中学も、まもる君はなんか頭の良い男子校行ったって風のうわさで聞いたぐらい疎遠になってしまったよ。
まもる君のママは…憧れではあったけど、いつまでも想ってられるほどわたしも暇じゃなかったからね。中学入ったら、テニス部に入って毎日部活づけだったんだ。
ただ、うちのママがスーパーで見かけたとかなんとか言ってたよ。
え、その話をもっと聞きたいって？

うちの近くの大型スーパーに、相沢さんの奥さんが買い物に来てたって。
相変わらず、綺麗で近寄りがたかったって。
あんなにフェロモン出まくりの美人なのに、旦那さんはなんで別れちゃったんだろうね～って。
え、聞いてない？相沢まもる君、中学になってから親が離婚して、吉岡になったんだ。
もちろん、ママの方に引き取られたみたい。
中学時代はそんなわけで、うちのママの証言しかないよ。

まもる君と再会したのは…20歳の成人式だったかな。
数年前にできた大きなホール「童夢ドーム」が会場だった。
式が終わって中学時代のクラスメイトで固まってワイワイしてたところに、確か１台の高級車がすうっと入ってきたんだよね。
出てきた女性を見て、目を疑った。
まもる君のママだったから。あの…小３のときのままの、あの小紋姿で立っていて、自分がタイムスリップしたんじゃないかって思ったよ。だって本当に年もとらないで綺麗なままだったから。
そのときに、「あ、まもる君も来てたんだ」って気が付いて、車に近づいてくる１人の男性に目を向けたよ。
あの頃の面影ないくらい、筋肉がついて立派になってた。
うん、いわゆる美青年。まもる君のママの遺伝を感じて、あやうくひとめぼれしそうになった。隣に彼氏いたから、声かけられなかったんだけどね。シングルだったら、朱実みたいに絶対グイ押ししてたな。
２人で一緒にいると、まるで恋人同士みたいだったよ。
息もぴったりなお似合いのカップルで……。

うん。朱実はそう、事件現場にいた子だよ。傷はすっかりよくなったけど、まだ精神的には治ってなくてまだ入院してるみたい。
わたしも子どもがいなきゃ、お見舞い行ったんだけどね。
子ども？　ああ……彼氏とデキ婚して、いま２歳になる息子がいるんだ。
うん、まあ可愛いよ。だからさ、今回のまもる君のママの事件も……わからないでもないっていうか……。
けど、まあ…嘘ついたからって、殺すことはなかったよね。
年頃なんだもん。朱実と内緒で付き合ったくらいで。
彼女じゃあるまいし、嫉妬するのもおかしい……って、嘘？
まさか、まもる君のママ……まもる君とできてたの？
嘘だよね…そんな……。
だって、親子じゃん！　血つながってたんだよね？

なにそれ……ちょっと気持ち悪いんだけど。
気持ち悪いついでにもっと気持ち悪いこと？
いや……聞きたくない！！

…でも、やっぱり聞いておいた方がいいかな。だって、アナタもうここに来ないもんね。
教えて。
……。
やっぱり聞かなきゃ良かったかな……ちょっと予想以上にヘビーだった。
あ、謝礼？　……ありがとうございます。

わたしは記者と名乗る男と、喫茶店の前で別れた。
３０分だけという約束だったが、１時間以上話をしていたらしい。
これから保育園に息子を迎えに行かなくてはならない。
息子は、最近いうことを聞かなくなって、お風呂も嫌がるようになった。
歯みがきはまあまあ好きみたいだから良かったけど、まもる君のママのように、磨き残しがないか舌で歯をなでまわしてチェックなんてことは……できないな。
あ、しまった。これ記者に言うの忘れたな。まもる君親子は、小さい頃から毎晩ディープキスしてたって。よくよく聞いてれば、それってつまりディープキスってことだったんだね。そんなの異常だってわかったかもしれないのに。ばかだね、わたし。
あの記者は、まもる君のママは、まもる君を殺したあとに歯をペンチで全部抜いて、口の中で飴みたいにころがしてたって言ってたね。
そうだよね。毎日磨いてなでまわしてたから、愛情はわくよね。
それに……これは、まもる君のママの名誉のために黙っておいた方がいいかな。
……もとは自分の体から出てきたものだからね、また自分のなかにおさめたいってことだったのかな。でも焼くことはなかったんじゃないかなって思うよ。
塩味？しょうゆ味？
まあ…深くは考えないよ。

とにかくこれから迎えに行かなくっちゃ。わたしの愛する息子のもとへ。