私は村の集会所に向かって、遥か極東の日本から北アフリカのこの土地に送られてきた中古トラックを飛ばしていた。今日は村内の有力者が集まる集会の日だ。大規模な農場を経営している私もそんな『有力者』の一人である。
村の周囲には五年前に終了した内戦時に破壊された戦車や装甲車の残骸が、あちらこちらに転がっていた。銃撃されて死に、そのまま白骨化した人の死骸もそこかしこに点在している。遺体を埋葬しようにも、どこに地雷が埋まっているかわからないので、怖くて誰も近づけないのだ。
この国の失業率はとても高いが、全ての地雷が国土から一掃されれば、また昔のように安心して農業や牧畜を営めるはずだ。この国に来る観光客も、戦前のように増えるだろう。失業者達が仕事にありつけるようになれば、空き巣や強盗も減って、今より治安がよくなるに違いない……。そんな国にするのが私の夢だった。いつになったら実現するのかわからぬ夢だが、夢見るだけなら、罪はなかろう。
やがて集会所が見えてきたので、その前でブレーキをかけ、トラックを止めた。私は助手席に立てかけた杖を使って地上に降りた。戦時中拷問を受けた影響で、今も左脚が思うように動かないため、杖がなくては歩けぬのだ。
集会には村長をはじめ、二十人ぐらいの者が集まっていた。ほとんどは男性だったが、中にはベールをかぶった女性もいる。有力者の集まりに女が参加するなど、私が子供の時分には考えられぬ話だった。時代もずいぶん変わったものだ。
「国連が新しい地雷撤去チームを、この村に派遣するそうだ」五十人ぐらいの全参加者の顔が揃い、お決まりの口上が述べられた後で、村長が皆に伝えた。「皆も知っての通り、村の周囲には今までの機械で探知できない、特殊な地雷が埋まっておる。今度のチームはそんな地雷も撤去できる、新型ロボットを連れてくるそうだ」
村長の言葉に、集まった者達の間から、どよめきが起こった。内戦が終わって五年がたつが、今では当時の大統領と、反政府ゲリラの指導者が、仲良く政府の主要ポストを占めて、権力の甘い蜜をすすっていた。戦争で傷ついたのは、庶民ばかりだ。村長の右脚は二年前、地雷で奪われ今はない。代わりに義足がついていた。
被害にあったのは、地雷を撤去したはずの土地である。右脚を奪った新型地雷は特殊な合成樹脂製のため、従来のセンサーでは探知できなかったのである。また従来型と違い、地上にいるのが人だと認識してから爆発するしかけになっていた。
人と同じか、それ以上の重さがある動物や車両が通行しても作動しない。地雷に備わった新型のセンサーで、人特有の体臭や心臓の鼓動音、体温を感知できるのだ。
内戦中の二〇二〇年代にアメリカの企業が開発し、政府軍もゲリラ側も争って購入したのである。正式名称は別にあったが、いつしか皆がこの地雷を『悪魔(サタン)』と呼んだ。
「それじゃあ、新しいチームが来れば、この辺に埋まった『サタン』はみんな撤去されるのか」
私は村長に質問した。
「その通りだ。撤去チームは一週間後にやってくる。みんなで歓迎の準備をしようじゃないか」
会議の後、私は再び杖をつきながら、自分のトラックに乗りこんだ。私が政府軍の兵士に拷問されたのは、六年前だ。当時この村は、国の半分を支配下に置く反政府ゲリラの襲撃を受け、占拠されたのだ。
当時の村長や村の有力者は全員殺され、大切に育てた家畜や作物は奪われて、いくつかの家はゲリラによって遊び半分に焼かれてしまった。若い娘は乱暴され、若い男はゲリラ側の新兵として徴発されてしまったのだ。
反政府軍の支配下にあった一か月は地獄の底にいるかのように、一日一日がとても長く感じられた。永遠にも思われた長い長い一か月が過ぎた後、ようやく巻き返した政府軍が村からゲリラを駆逐したのだ。これで自分達は解放されたと確信したが、それは儚い希望に終わった。地獄はさらに続行したのだ。
ゲリラに銃で脅されて、渋々命令に従っていた村人のうち何十人かが国家反逆罪の汚名を着せられ、政府軍の兵士達に銃殺された。私を含め多くの者がスパイ容疑をかけられて拷問された。鞭で打たれたり、立ち上がれなくなるまで蹴られたり、殴られたのだ。
私は今でも政府軍を指揮していた『大佐』をハッキリ覚えている。雷のような怒鳴り声、特徴のある三日月のように尖ったあご、ナイフのように鋭い目……。血の粛清が終わり、政府軍が立ちさった二か月後、風の便りに噂を聞いた。
その噂では行軍中に反政府ゲリラの襲撃を受けて『大佐』を含めた多数の政府軍兵士が虐殺されたそうである。その知らせを耳にして、私は心から神に感謝した。
＊
村の会議の後一週間が過ぎ、国連軍のトラックが予定通り地平線の彼方から、砂ぼこりと共に現れた。村長や私をはじめ、村の有力者が再び集まり、外国から来た兵士達を出迎えた。
「これが新型ロボットのパースンだ。この村の地雷を撤去するために、わざわざ開発したものだ」
金髪のアメリカ兵が大声で説明した。この兵士はジョンと名乗った。ジョンの口調は尊大で、いかにも『お前達を助けにやってきてるんだ』という雰囲気が、そこかしこに漂っている。
兵士の指さしたロボットは一見普通の人間が、フルフェイスの黒いヘルメットをかぶっているだけのように見える。おそらくはこの中に人工頭脳や各種センサーがつまっているのだろう。パースンは四角い金属製の背嚢を背負っており、そこから全部で四本の、まるでカニの脚のように長く伸びた、人工の腕が生えていた。どの腕も折りたたまれていたが、伸ばせばそれぞれが五メートルにはなるだろう。
「このパースンは、新型地雷を九割方探知できる新しいセンサーを備えている。また、人の心臓と同じ鼓動や体温を意図的に設定しているので、万が一地雷を探知できなくても、逆に地雷のセンサーに反応させて、もろとも爆破できるんだ。こいつがあればここいらの地雷はあっという間になくなって、お前らも安心して生活できるというわけだ」
ジョンは得意げに胸を張った。早速パースンによる地雷撤去が始まった。地雷を見つけると、背嚢から伸びた四本の腕を自在に操って地面を掘り、地雷が爆発しないよう起動装置だけ分解して撤去するのだ。
やがて村の一角に、無力化されて回収されたサタンの山が積まれていった。作業は明るい日中に行われ、途中整備と燃料補給のため、待機しているトラックの、幌に覆われた荷台の中へとパースンは出入りする。
私は時間ができると、撤去作業の見物に何度も行った。パースンの撤去作業が順調に進むのを見ていると、内戦の記憶に苦しむこの国に、涼しい風が吹きこんでくるかのようだった。まるでサッカー見物にでも行くかのような、わくわくした気持ちになれるのだ。
神に見放されたかに見えたこの大地に、ようやく天使が訪れたような思いである。そんなある日、いつものように作業場所に行くと、トラックの荷台に腰かけたパースンの姿を発見した。驚いた事にパースンはヘルメットを外して、かたわらに置いている。
人工頭脳の点検でもやってるのだろうかと思いながら、私はそこに歩いてゆく。が、ヘルメットを外した頭には、紛れもない人の顔があったのだ。いや、人の顔と言いきっていいのだろうか。右半分は確かに人の顔だけど、左はロボットのようである。
右目は明らかに人の目だったが、左目があるべき部分はレンズの部分が赤く光るカメラアイが埋めこまれていた。右耳は人の耳だが、左の耳があるべき場所にはラッパ型の部品がついていた。おそらく集音マイクだろう。
パースンはペットボトルの水をラッパ飲みで、口から注ぎこんでいた。そしてそのあご、三日月型に尖ったあごを、片時も忘れた事はない。
「大佐……」思わず口からつぶやき声がもれていた。パースン……いや、大佐はこちらに顔を向けた。「大佐だろう、あんた。おれだ。ハーミドだ。十年前、あんたこの村に来て、ゲリラを追い出したじゃないか。おれはあんたにスパイ容疑で拷問にかけられたハーミドだ」
相手はすぐには返答しなかった。こちらを見る生身の右目には、何の感情も映ってないかのようである。むしろ赤く光るカメラアイの方が、いきいきと輝いていた。
「そういえば、そんな事もあったかな……」しばらくの沈黙の後で胸の奥から搾りだすような語調で大佐は言葉を放った。「あんたには悪かったが、おれも上の命令で、やらざるをえなかったんだ」
「この村にスパイなんかいなかった」私は怒りのおもむくままに、怒鳴りつけた。頭に血が昇り、自分の全身が沸騰したかのようである。「みんな、ゲリラを憎んでいた。あいつらは家畜も作物も若い娘も若い男も現金も、女達の装飾品も、大事な物は何もかも奪っていった。政府軍があいつらを追いはらった時、おれ達みんな喜んだのに」
「おれもゲリラの爆弾テロで、女房や子供を殺された」大佐は視線をそらしながら、乾いた口調で返答した。「スパイは残らず摘発するつもりだったが、やりすぎたかもしれん……おれがそんなに憎いならいっそ殺してくれ。おれは自殺できないのだ。改造された時、脳に自殺の衝動を抑える装置を組みこまれてね」
私は改めて大佐を見た。かつては鬼のような形相だったが、今は以前の面影はなく、生身の右半分は、生きるしかばねのようだ。
「改造ってのは、何の話だ。あんた、ゲリラに殺されたんじゃなかったのか」
「死んではいない。ゲリラの銃弾を浴びて、おれは瀕死の重体だった。寝たきりのまま病院で一生を過ごすか、改造人間になって、地雷撤去の作業をするか選べと言われた。改造人間になるための費用は莫大で、とてもおれが払えるような金額じゃない。国連が費用を負担するので地雷撤去専門のサイボーグになるよう、上官に迫られたのだ」
私はこの状況を、どう考えたらいいのかわからなかった。大佐をずっと憎んでいたが、今の彼を見ていたらあまりにも哀れな気がする。
「内戦は終わったが、自分には何も残らなかった。女房も子供も死んじまったし、大勢の若い部下が戦死した。まだ十代や二十代の、女も知らぬような若者ばかりだ。生まれ育った町は廃墟になってしまった……。おれは大義が政府にあり、ゲリラを掃討するのが正しいと信じていたが、今となっては一体それが本当に正しかったか自信がない」
大佐は話しながら立ちあがり、かたわらのヘルメットを取りあげた。
「戦争で自分は大勢人を殺した……上官の命令で一つの村を襲撃して、女も子供も含めて丸々焼き払った時もある。ゲリラが村を占拠していたという話だったが、今となっては果たして本当だったのか……村の焼け跡には、黒く焦げた村人達の死骸が大勢残された。ゲリラが潜伏中だったら武器が見つかるはずだが、銃も地雷も手榴弾も、武器は一つも見あたらなかった。遺体は全て、村の住人だと確認された……」
そこまで話すと、大佐は取りあげたヘルメットをかぶった。そして私を置きざりにして、地雷を撤去中の場所に向かって歩きはじめた。
＊
そうやって、来る日も来る日も大佐は地雷の撤去作業を続けたのである。撤去された地域は広がり、そこで畑を耕したり、ナツメヤシを植えたり、羊の遊牧をしたり、家を作って人が住んだりできるようになっていった。
地雷が怖くて放置されていた人骨は、ようやく集められて墓地に葬られたのだ。私はパースンの正体を知ってからも、地雷撤去の作業見物を続けていた。作業が進むのは嬉しいが、パースンが大佐なのが、私を複雑な気分にさせた。今も彼に対する憎悪が心の奥で、暗く燃えさかっているのである。
「もうすぐ、おれはこの地域から出ていく」そんなある日、大佐が私に宣言した。「このあたりの新型地雷はおそらく全部外したからな」
「大佐、あんたは帰る場所がないと言ったな」
「ああ、そうだ。生まれた町は廃墟になった」
どこか遠くを見るような視線で大佐がつぶやいた。
「ここでおれ達と暮らさないか……村の者にはあんたが遠い親戚で、故郷が廃墟になったから、人づてにおれを頼ってきたと話しておく」
大佐は幽霊でも見たような目で、私を眺めた。
「自分を許してくれるのか……」
「内戦は終わった。私はもう、この国の人間が二つに分かれて憎みあったり、殺しあったりするのにはこりごりなんだ……。一緒にこの村で暮らそう。アメリカやヨーロッパに負けないような立派な国を一緒に作ろう」
大佐はすぐには返事をせず、沈黙を守ったままである。が、やがて死んだ魚のような目をしていた右目から、一筋の涙が流れていった。
「ありがとう……ありがとうハーミド。これも、偉大なる神の思し召しだろう。地雷撤去が終わったら、この村に戻ってくるよ」
私は一瞬、相手の背中を抱きたい衝動にかられたが、彼に対する積年の憎悪がそれをやめさせた。私はそこまで彼を許す気にはなれなかったのだ。
「そろそろ、次の仕事に向かわんとな」
やがて涙が乾いてしまうと、大佐はヘルメットをかぶって再び歩きはじめた。そして地雷の撤去作業を再開した。作業がはじまって二十分もたった頃、彼が作業中の場所で突然大爆発が起こった。かなり大きな煙があがる。爆音が周囲に轟き、突風が吹いてくる。おそらくは地雷だろう。
私は近くに停めた自分のトラックの陰に隠れて、すさまじい爆風をやりすごした。突風がやむと、私は運転席にに乗りこんでエンジンをかけ、アクセルを踏み、爆発のあった方へ車を走らせた。そこには爆炎の作るキノコ雲が、不気味なとぐろを巻いている。
少し離れた場所で待機していたアメリカ兵のジョンも、四輪駆動でその場所へ走るのが見えた。トラックは、やがてそばまで到着したが、火口のような熱風と黒煙のために、容易に接近できなかった。やがて煙が四散して、現場に近づく事ができる。鼻を突く異臭と共に、散乱した大佐の遺体が見つかった。
通常地雷は脚を一本吹きとばして終わるぐらいの火薬しか入ってないものだが、これはそうではなかったらしい。焼けた肉塊やちぎれて焦げた電線や無数の部品が、血とオイルの混じった海にばらまかれている。その光景は、まるで悪魔(サタン)が作りだしたオブジェのようだと私は思った。
村の周囲には五年前に終了した内戦時に破壊された戦車や装甲車の残骸が、あちらこちらに転がっていた。銃撃されて死に、そのまま白骨化した人の死骸もそこかしこに点在している。遺体を埋葬しようにも、どこに地雷が埋まっているかわからないので、怖くて誰も近づけないのだ。
この国の失業率はとても高いが、全ての地雷が国土から一掃されれば、また昔のように安心して農業や牧畜を営めるはずだ。この国に来る観光客も、戦前のように増えるだろう。失業者達が仕事にありつけるようになれば、空き巣や強盗も減って、今より治安がよくなるに違いない……。そんな国にするのが私の夢だった。いつになったら実現するのかわからぬ夢だが、夢見るだけなら、罪はなかろう。
やがて集会所が見えてきたので、その前でブレーキをかけ、トラックを止めた。私は助手席に立てかけた杖を使って地上に降りた。戦時中拷問を受けた影響で、今も左脚が思うように動かないため、杖がなくては歩けぬのだ。
集会には村長をはじめ、二十人ぐらいの者が集まっていた。ほとんどは男性だったが、中にはベールをかぶった女性もいる。有力者の集まりに女が参加するなど、私が子供の時分には考えられぬ話だった。時代もずいぶん変わったものだ。
「国連が新しい地雷撤去チームを、この村に派遣するそうだ」五十人ぐらいの全参加者の顔が揃い、お決まりの口上が述べられた後で、村長が皆に伝えた。「皆も知っての通り、村の周囲には今までの機械で探知できない、特殊な地雷が埋まっておる。今度のチームはそんな地雷も撤去できる、新型ロボットを連れてくるそうだ」
村長の言葉に、集まった者達の間から、どよめきが起こった。内戦が終わって五年がたつが、今では当時の大統領と、反政府ゲリラの指導者が、仲良く政府の主要ポストを占めて、権力の甘い蜜をすすっていた。戦争で傷ついたのは、庶民ばかりだ。村長の右脚は二年前、地雷で奪われ今はない。代わりに義足がついていた。
被害にあったのは、地雷を撤去したはずの土地である。右脚を奪った新型地雷は特殊な合成樹脂製のため、従来のセンサーでは探知できなかったのである。また従来型と違い、地上にいるのが人だと認識してから爆発するしかけになっていた。
人と同じか、それ以上の重さがある動物や車両が通行しても作動しない。地雷に備わった新型のセンサーで、人特有の体臭や心臓の鼓動音、体温を感知できるのだ。
内戦中の二〇二〇年代にアメリカの企業が開発し、政府軍もゲリラ側も争って購入したのである。正式名称は別にあったが、いつしか皆がこの地雷を『悪魔(サタン)』と呼んだ。
「それじゃあ、新しいチームが来れば、この辺に埋まった『サタン』はみんな撤去されるのか」
私は村長に質問した。
「その通りだ。撤去チームは一週間後にやってくる。みんなで歓迎の準備をしようじゃないか」
会議の後、私は再び杖をつきながら、自分のトラックに乗りこんだ。私が政府軍の兵士に拷問されたのは、六年前だ。当時この村は、国の半分を支配下に置く反政府ゲリラの襲撃を受け、占拠されたのだ。
当時の村長や村の有力者は全員殺され、大切に育てた家畜や作物は奪われて、いくつかの家はゲリラによって遊び半分に焼かれてしまった。若い娘は乱暴され、若い男はゲリラ側の新兵として徴発されてしまったのだ。
反政府軍の支配下にあった一か月は地獄の底にいるかのように、一日一日がとても長く感じられた。永遠にも思われた長い長い一か月が過ぎた後、ようやく巻き返した政府軍が村からゲリラを駆逐したのだ。これで自分達は解放されたと確信したが、それは儚い希望に終わった。地獄はさらに続行したのだ。
ゲリラに銃で脅されて、渋々命令に従っていた村人のうち何十人かが国家反逆罪の汚名を着せられ、政府軍の兵士達に銃殺された。私を含め多くの者がスパイ容疑をかけられて拷問された。鞭で打たれたり、立ち上がれなくなるまで蹴られたり、殴られたのだ。
私は今でも政府軍を指揮していた『大佐』をハッキリ覚えている。雷のような怒鳴り声、特徴のある三日月のように尖ったあご、ナイフのように鋭い目……。血の粛清が終わり、政府軍が立ちさった二か月後、風の便りに噂を聞いた。
その噂では行軍中に反政府ゲリラの襲撃を受けて『大佐』を含めた多数の政府軍兵士が虐殺されたそうである。その知らせを耳にして、私は心から神に感謝した。
＊
村の会議の後一週間が過ぎ、国連軍のトラックが予定通り地平線の彼方から、砂ぼこりと共に現れた。村長や私をはじめ、村の有力者が再び集まり、外国から来た兵士達を出迎えた。
「これが新型ロボットのパースンだ。この村の地雷を撤去するために、わざわざ開発したものだ」
金髪のアメリカ兵が大声で説明した。この兵士はジョンと名乗った。ジョンの口調は尊大で、いかにも『お前達を助けにやってきてるんだ』という雰囲気が、そこかしこに漂っている。
兵士の指さしたロボットは一見普通の人間が、フルフェイスの黒いヘルメットをかぶっているだけのように見える。おそらくはこの中に人工頭脳や各種センサーがつまっているのだろう。パースンは四角い金属製の背嚢を背負っており、そこから全部で四本の、まるでカニの脚のように長く伸びた、人工の腕が生えていた。どの腕も折りたたまれていたが、伸ばせばそれぞれが五メートルにはなるだろう。
「このパースンは、新型地雷を九割方探知できる新しいセンサーを備えている。また、人の心臓と同じ鼓動や体温を意図的に設定しているので、万が一地雷を探知できなくても、逆に地雷のセンサーに反応させて、もろとも爆破できるんだ。こいつがあればここいらの地雷はあっという間になくなって、お前らも安心して生活できるというわけだ」
ジョンは得意げに胸を張った。早速パースンによる地雷撤去が始まった。地雷を見つけると、背嚢から伸びた四本の腕を自在に操って地面を掘り、地雷が爆発しないよう起動装置だけ分解して撤去するのだ。
やがて村の一角に、無力化されて回収されたサタンの山が積まれていった。作業は明るい日中に行われ、途中整備と燃料補給のため、待機しているトラックの、幌に覆われた荷台の中へとパースンは出入りする。
私は時間ができると、撤去作業の見物に何度も行った。パースンの撤去作業が順調に進むのを見ていると、内戦の記憶に苦しむこの国に、涼しい風が吹きこんでくるかのようだった。まるでサッカー見物にでも行くかのような、わくわくした気持ちになれるのだ。
神に見放されたかに見えたこの大地に、ようやく天使が訪れたような思いである。そんなある日、いつものように作業場所に行くと、トラックの荷台に腰かけたパースンの姿を発見した。驚いた事にパースンはヘルメットを外して、かたわらに置いている。
人工頭脳の点検でもやってるのだろうかと思いながら、私はそこに歩いてゆく。が、ヘルメットを外した頭には、紛れもない人の顔があったのだ。いや、人の顔と言いきっていいのだろうか。右半分は確かに人の顔だけど、左はロボットのようである。
右目は明らかに人の目だったが、左目があるべき部分はレンズの部分が赤く光るカメラアイが埋めこまれていた。右耳は人の耳だが、左の耳があるべき場所にはラッパ型の部品がついていた。おそらく集音マイクだろう。
パースンはペットボトルの水をラッパ飲みで、口から注ぎこんでいた。そしてそのあご、三日月型に尖ったあごを、片時も忘れた事はない。
「大佐……」思わず口からつぶやき声がもれていた。パースン……いや、大佐はこちらに顔を向けた。「大佐だろう、あんた。おれだ。ハーミドだ。十年前、あんたこの村に来て、ゲリラを追い出したじゃないか。おれはあんたにスパイ容疑で拷問にかけられたハーミドだ」
相手はすぐには返答しなかった。こちらを見る生身の右目には、何の感情も映ってないかのようである。むしろ赤く光るカメラアイの方が、いきいきと輝いていた。
「そういえば、そんな事もあったかな……」しばらくの沈黙の後で胸の奥から搾りだすような語調で大佐は言葉を放った。「あんたには悪かったが、おれも上の命令で、やらざるをえなかったんだ」
「この村にスパイなんかいなかった」私は怒りのおもむくままに、怒鳴りつけた。頭に血が昇り、自分の全身が沸騰したかのようである。「みんな、ゲリラを憎んでいた。あいつらは家畜も作物も若い娘も若い男も現金も、女達の装飾品も、大事な物は何もかも奪っていった。政府軍があいつらを追いはらった時、おれ達みんな喜んだのに」
「おれもゲリラの爆弾テロで、女房や子供を殺された」大佐は視線をそらしながら、乾いた口調で返答した。「スパイは残らず摘発するつもりだったが、やりすぎたかもしれん……おれがそんなに憎いならいっそ殺してくれ。おれは自殺できないのだ。改造された時、脳に自殺の衝動を抑える装置を組みこまれてね」
私は改めて大佐を見た。かつては鬼のような形相だったが、今は以前の面影はなく、生身の右半分は、生きるしかばねのようだ。
「改造ってのは、何の話だ。あんた、ゲリラに殺されたんじゃなかったのか」
「死んではいない。ゲリラの銃弾を浴びて、おれは瀕死の重体だった。寝たきりのまま病院で一生を過ごすか、改造人間になって、地雷撤去の作業をするか選べと言われた。改造人間になるための費用は莫大で、とてもおれが払えるような金額じゃない。国連が費用を負担するので地雷撤去専門のサイボーグになるよう、上官に迫られたのだ」
私はこの状況を、どう考えたらいいのかわからなかった。大佐をずっと憎んでいたが、今の彼を見ていたらあまりにも哀れな気がする。
「内戦は終わったが、自分には何も残らなかった。女房も子供も死んじまったし、大勢の若い部下が戦死した。まだ十代や二十代の、女も知らぬような若者ばかりだ。生まれ育った町は廃墟になってしまった……。おれは大義が政府にあり、ゲリラを掃討するのが正しいと信じていたが、今となっては一体それが本当に正しかったか自信がない」
大佐は話しながら立ちあがり、かたわらのヘルメットを取りあげた。
「戦争で自分は大勢人を殺した……上官の命令で一つの村を襲撃して、女も子供も含めて丸々焼き払った時もある。ゲリラが村を占拠していたという話だったが、今となっては果たして本当だったのか……村の焼け跡には、黒く焦げた村人達の死骸が大勢残された。ゲリラが潜伏中だったら武器が見つかるはずだが、銃も地雷も手榴弾も、武器は一つも見あたらなかった。遺体は全て、村の住人だと確認された……」
そこまで話すと、大佐は取りあげたヘルメットをかぶった。そして私を置きざりにして、地雷を撤去中の場所に向かって歩きはじめた。
＊
そうやって、来る日も来る日も大佐は地雷の撤去作業を続けたのである。撤去された地域は広がり、そこで畑を耕したり、ナツメヤシを植えたり、羊の遊牧をしたり、家を作って人が住んだりできるようになっていった。
地雷が怖くて放置されていた人骨は、ようやく集められて墓地に葬られたのだ。私はパースンの正体を知ってからも、地雷撤去の作業見物を続けていた。作業が進むのは嬉しいが、パースンが大佐なのが、私を複雑な気分にさせた。今も彼に対する憎悪が心の奥で、暗く燃えさかっているのである。
「もうすぐ、おれはこの地域から出ていく」そんなある日、大佐が私に宣言した。「このあたりの新型地雷はおそらく全部外したからな」
「大佐、あんたは帰る場所がないと言ったな」
「ああ、そうだ。生まれた町は廃墟になった」
どこか遠くを見るような視線で大佐がつぶやいた。
「ここでおれ達と暮らさないか……村の者にはあんたが遠い親戚で、故郷が廃墟になったから、人づてにおれを頼ってきたと話しておく」
大佐は幽霊でも見たような目で、私を眺めた。
「自分を許してくれるのか……」
「内戦は終わった。私はもう、この国の人間が二つに分かれて憎みあったり、殺しあったりするのにはこりごりなんだ……。一緒にこの村で暮らそう。アメリカやヨーロッパに負けないような立派な国を一緒に作ろう」
大佐はすぐには返事をせず、沈黙を守ったままである。が、やがて死んだ魚のような目をしていた右目から、一筋の涙が流れていった。
「ありがとう……ありがとうハーミド。これも、偉大なる神の思し召しだろう。地雷撤去が終わったら、この村に戻ってくるよ」
私は一瞬、相手の背中を抱きたい衝動にかられたが、彼に対する積年の憎悪がそれをやめさせた。私はそこまで彼を許す気にはなれなかったのだ。
「そろそろ、次の仕事に向かわんとな」
やがて涙が乾いてしまうと、大佐はヘルメットをかぶって再び歩きはじめた。そして地雷の撤去作業を再開した。作業がはじまって二十分もたった頃、彼が作業中の場所で突然大爆発が起こった。かなり大きな煙があがる。爆音が周囲に轟き、突風が吹いてくる。おそらくは地雷だろう。
私は近くに停めた自分のトラックの陰に隠れて、すさまじい爆風をやりすごした。突風がやむと、私は運転席にに乗りこんでエンジンをかけ、アクセルを踏み、爆発のあった方へ車を走らせた。そこには爆炎の作るキノコ雲が、不気味なとぐろを巻いている。
少し離れた場所で待機していたアメリカ兵のジョンも、四輪駆動でその場所へ走るのが見えた。トラックは、やがてそばまで到着したが、火口のような熱風と黒煙のために、容易に接近できなかった。やがて煙が四散して、現場に近づく事ができる。鼻を突く異臭と共に、散乱した大佐の遺体が見つかった。
通常地雷は脚を一本吹きとばして終わるぐらいの火薬しか入ってないものだが、これはそうではなかったらしい。焼けた肉塊やちぎれて焦げた電線や無数の部品が、血とオイルの混じった海にばらまかれている。その光景は、まるで悪魔(サタン)が作りだしたオブジェのようだと私は思った。
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