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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第六回テーマ/れとろ作/「エルフェイムの過客」

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 エルフェイムの過客

 ある日、エルフェイムの緑の森を、一人の娘が訪れた。
 ややくすんだ金髪はその主の心の乱れを象徴するように、ほつれ、かき乱れ、銀細工の髪留めが外れかかっていた。常なら青いはずの瞳は赤く充血し、そばかすの残る白い頬には、涙の濡れ跡がしわになって刻まれていた。身につけた白いサマードレスも裾がところどころ破れ、よれよれになっていた。
 ラウラ・フォン・グロスハイム。娘の名である。グロスハイム領家の名を冠するこの若い娘が、いかなる悲劇を経てエルフェイムの地に迷い込んできたのか。それをつまびらかにしようとすれば、もう一巻分の物語が必要となる。理性と秩序の世界を抜け、夢魔の茨に覆われた小路をくぐり、蜃気楼の如き秘密の扉を開け、エルフェイムを訪れることができるのは、人間関係に倦み、疲れ、夢幻の世界に精神が逃避を求めた狂人に限られる、彼女もまたその例に洩れない、と記しておけばここでは十分であろう。
 
 覚束ない足取りでラウラは森の奥へと分け入っていった。荒地を歩くには適さないドレスシューズは既にぼろぼろになり、時折木の根や小石につまずきそうになるが、迷ったり立ち止まるそぶりはなかった。見えざる糸に引き寄せられる如く、何かに憑かれたような表情のまま、道なき森を一歩ずつ進んでいく。
 生命あるものを呪縛するようにヤドリギが絡まった樫の木が茂る深い森は、昼なお暗く、そしてざわめいていた。獣のものや鳥のものとは在り方からして根本的に異なる、人界とは相容れざる夜の住民達の気配が、満ち満ちていた。まるで、自らの領地に踏み入った、昼の住民たる人間の娘に好奇を寄せているように、ざわめきは森の奥深くへと進むほど露骨になっていった。
 ラウラもざわめく気配には気づいていた。自分がエルフェイムの過客であり、夜の住民達の間の異物であることも、おぼろげには理解していた。しかし、常人であれば足をすくませるその事実に、なんら心を動かされることもなかった。人の悪意に打ちのめされ、過度に昂った神経が、彼女の脳から思考力を奪っていた。夢遊病者の如く、憔悴した顔つきで黙々と歩む。
 が、その足もやがて止まる。初めてラウラの目が驚愕に見開かれた。彼女が見たものは、周囲の丈高い木立に抱かれるようにして眠る、石造りの神殿であった。半数の石柱が倒れ、壁の一部が崩れかかっており、それが廃墟であることを示していた。
 それでもなお、眼前の建築物が、人智を超えでた技術と幾何学に基づき建てられたものであることを、専門的知識を持たないラウラもはっきりと感じ取った。よく磨かれた大理石のように白亜に輝く石の壁には、びっしりと渦巻きを基調にした紋様が刻まれ、構造は非対照(アシンメトリー)でありながら、不可思議な調和を醸し出していた。遺跡と化し、木の根がはびこり、苔や茨に覆われていることすら、建物の壮麗さを損なわず、森と同化することでかえって威容を高めてさえいた。
 とりわけラウラの目を引いたのは、神殿の正面部(ファサード)に彫られた、女神像である。人に似ながらも、限りある生命を超越した存在であることが、一目で分かる。その剥き出しの肌は人の規範など超えでた姿で奔放に荒れ狂い、みだらでたくましく、そして畏ろしかった。大地を無差別に薙ぎ払う夏の嵐が人の姿を模したなら、このようなものでもあろうか。
 無感動だったラウラの心にも、畏怖の念が湧く。自分はこの神殿に誘われ、ここまで森を歩んでいたのだ、という確信があった。けれど、その招きは温かなものではなく、乱れた己の心につけこむ、何か邪悪で不気味な試みであることも微かに予感していた。
 そうと気づきながらも、己の足が吸い寄せられるように神殿の内部へと近づくのを止められなかった。恐怖心以上に、神殿の内が見たいという衝動が狂おしいまでに湧きあがって抑えがきかなかった。
ラウラはこの時、その神殿の奥に、忘却と言う名の甘美な平穏が待つことを、正気を失ったその頭で、およそ理性とはかけ離れた直感でもって悟っていたのかもしれない。

 神殿に門はなく、前面に巨大な空洞が開いていた。瓦礫を乗り越え、女神像の下を過ぎる時はそれを直視しないよううつむきながら、ラウラは空洞の内に入っていった。
 彼女が神殿の内に入ると同時、空洞だったはずの神殿の入口が、重い音を立て塞がった。不意に訪れた漆黒が、ラウラの本能的な恐怖心をかきたてた。急ぎ入口へと駆けよったが、とりすがるように伸ばした手には、ただ壁の感触が返ってくるばかりであった。
 と、来訪者を手招くように、廊下全体が淡い光を宿しはじめた。周囲を見るには十分だが、光に暖かみはなく、陰鬱で気が滅入るような薄ぼんやりとした青白い光であった。それは人の身体を抜け出た霊魂が漂う様を連想させた。同時に、花の灼けるような、甘く、頽廃的な匂いが微かに鼻についた。
 入口があったはずの方を振り返れば、そこには継ぎ目すらなく、ただ石造りの壁がそびえるのみだった。
 森を行く時感じた、異形の気配とざわめきが再び周囲に満ち始めた。言葉は聞きとれないものの、くすくすと忍び笑いを漏らしているようにも感じられた。
 もはや、エルフェイムに至る以前の人界でのいたましい出来事は、ラウラの心を捉えなくなった。しかし、正気に返ることは、ただ怖ろしい思いを高める役目しか担わなかった。神殿の外へ出るのも適わなくなったことを、ラウラは絶望とともに認識していた。
 怖気にすくみそうになりながらも、青白い光を湛える身廊の奥へとそろそろと歩む。外観の壮麗さに反して、廊下は狭く、天井は低い。まっすぐ立つことすら怖ろしく、壁に手をつき、びっこを引くように歩む。いまにも壁の向こうから夜の住民が顔を覗かせる気がして、神経を摩耗させた。
 廊下には幾つもの分かれ道があった。壁に手をつけたまま歩んでいたラウラは、全ての分岐点を右に曲がった。帰りつくための用心などではなく、ただ壁から手を放して歩くのが怖ろしかっただけであった。そもそも、入口は塞がれているので、引き返すことができても無意味である。

 ぼんやりとした光に照らされた通路の壁が、いつしか変色していた。天井も壁も濃い緑色をしていた。壁につけた手から伝わる感触が、ぬめりを帯びていた。一瞬手を離して己の掌を見ると、正体不明の半透明な粘液が表面に滴っていた。
 神殿と思っていたこの建物全体が異形の類なのではないか、という想いがラウラの胸の内に去来した。巨大な生物の食道を自分が這い進んでいる、という予感はあまりにおぞましい想像であった。壁も床も無機質な石造りである。濃緑の正体もぬめりけも、永い年月を経て壁が苔むしているゆえと考えたほうがよほど理性的であろう。にも関わらず、ラウラは自身の着想を突飛なものとして捨て去ることがどうしてもできなかった。
 周囲に夜の住民の気配が満ちるのに比して、通路が生き物のように蠢いている気がしてならなかった。けれども、先へ進むよりほかにラウラに選択肢はなかった。

 恐怖心に満たされていたラウラは、自身の身体の変調にすぐには気づかずにいた。
 最初に気づいたのは、微かだった花の灼けるような匂いが、いまや全身にまとわりつくまでに充満していることであった。
 たまらずラウラは咳きこんだ。するほど、余計に甘ったるい匂いを吸い込むこととなる。と、頭がじんと痺れるような熱を感じた。いや、熱は頭よりも全身から隈なく発せられているようだった。一度意識すると、身体の内から込み上げる熱量は立って歩くのも困難なほど、はっきりと感じられた。壁につけた手から伝わる得体のしれないぬめりけが、自身の体内に侵食してくるような気がした。床を踏みしめる足元からも、目に見えない何かが這い上ってくるようなおぞましい心地がする。
 股の間、花弁の奥深くがうずく。子宮の内で異物が蠢くような、強烈な違和感があった。しかし、手を伸ばして触れて確かめることはできない。それをしてしまえば、もはや立ち続けることかなわず、この場にうずくまり動けなくなってしまう確かな予感があった。
 匂いとともに、夜の住人の気配も濃厚となる。くすくすと嗤う声は、もはや耳元で囁くように聞こえた。気配はラウラのあらわな耳元や首筋、手足をなで、吐息を吹きかけているように思えた。これらの感覚がラウラの熱を帯びた脳が生みだした妄想なのか、見えざる超自然の為せる業なのか、判別することはあたわない。
 内腿を擦り合わせ、片腕で自身の胸をかき抱き、壁に手を沿わせるというよりも、寄りかかるようにしながら、前かがみに這うようにして歩く。吐く息は熱病人さながらに荒くなっていく。夏場でもあまり汗をかかない体質のラウラだが、この時は、あご先から滴り落ちるほど発汗していた。半ば意識を白濁させながらも、それでもなんとか歩みを止めずにいられたのは、ラウラの胸の内にすくう怖気が、微かに意識を保たせていたゆえであった。
 
 時間の感覚はとうに失せていた。どれほど歩いただろうか。やがて、ラウラは広い部屋に行き着いた。人間の建造物で例えるなら、祭室のような部屋であった。壁面は白く、ナナカマドやトネリコの紋様のレリーフや渦巻き模様の彫刻が施された列柱が立ち並ぶ様は、壮麗な遺跡の外観に似て、部屋の神秘性を高めていた。青白い通路と違い、その部屋には眩いばかりの光があふれていた。これが祭室であれば祭壇にあたる部分にあったのは、滾々と湧き出ては還る泉であった。遺跡内部に泉があることは驚くに当たらない。人界の神殿ですら、泉を囲って建てられ、沐浴場を設けている建物は珍しくない。ましてや、ここは人智を超えでた者達の住まう地、エルフェイムなのだから。
 しかし、ラウラにこの内装を観賞する気力はなかった。全身のうずきは限界に達し、膝をつき、床を這うように身をくねらせた。自身の痴態に羞恥する余裕などとうに失せていた。あごをのけ反らせ、灼熱の太陽にさらされた魚のようにのたうちまわる。
 泉には、沐浴する先客の姿があった。それは、人と比するならあまりに小さな少女であった。背丈はラウラの胸のあたりまでしかなく、細身のラウラよりなお線が細い。そして、髪は黒に近い濃紺で、肌は浅い緑色、片方の眼は青く、もう片方は金色をしており、人ならざる生き物であることを示していた。その不可思議な瞳が、ラウラの姿をとらえた。
 泉から出た緑の少女は、宙に浮くように軽やかに、たった一歩の跳躍でラウラの前にふわりと降り立った。ラウラは焦点の合わない視線で、ぼんやりと少女の姿を見つめる。少女の髪は異様なまでに長く、その裸身に衣服の如く絡まり、なお床に伸び広がっていた。
 少女は床に這ったまま動けずにいるラウラの頭を撫で、無言のままその手を取った。と、少女に触れられた箇所から力が湧くのを、ラウラは感じた。全身を苛む熱はいまだ消えないが、なんとか少女の手を取り歩くことができた。一歩ずつ、泉へと近づく。
 泉のすぐ手前までくると、少女はラウラの衣服を脱がせた。決して強引な手つきではなかったが、熱に苦しむラウラは一切抵抗できなかった。衣擦れの感触すら、ラウラを切なく喘がせる。
 一糸まとわぬ姿となったラウラは緑の少女に導かれるまま、泉に浸かった。火照った身体に清冽な水が信じがたいほど気持ち良かった。体内の毒素が一挙に抜けおちていくような心地がした。
 少女もまた、ラウラに向きあう形で泉につかる。泉は細身の二人でもいっぱいになるほどの大きさで、水の中、ラウラと少女の裸身が触れ合う。少女の緑の肌は人のそれよりも硬質で滑らかで冷たく、翠玉に命が宿り息づいているかのように思えた。至近距離から見つめる少女の顔は、たとえ人と異なる種族であっても、いや、それゆえにこそ、たまらなく愛くるしく、ラウラの目には映った。
 少女は泉の水を両手で掬い、ラウラに向けて差し出した。「飲め」という意図だとラウラは察し、少女のお椀状に丸めた手に直接口をつけ、すすった。と、人界のいかなる美酒よりも甘く、清涼な味が、ラウラの喉を潤した。内外に満ちた泉の水によって、体内の熱が完全に浄化されたことをラウラは感じる。
 再び少女は水の上に手を出し、くるりと手首を回してみせた。と、その両の掌に桃色の花弁があふれんばかりに積み重なる。さらに、その手を口元まで持ってゆき息を吹きかけると、花びらは霧散し、白い泡があとからあとから少女の手の上に生まれはじめた。
 奇術のようなその手つきに、ラウラは顔を綻ばせる。
 少女はラウラを泉から上がらせると、手にした泡をこすりつけ、相手の全身を丹念に洗いはじめた。どれだけ使っても、泡は少女の手から生まれ続けた。髪や手足はもとより、足指の付け根、秘部の奥、臀部の中央まで、少女の指が、それ自体生き物であるかのようにラウラの肌の上を巧みに滑り、撫で、さすった。ラウラはくすぐったげに笑い、時にはたまらず嬌声を上げる。しかしそれは、あの得体の知れない熱に苛まれた時のようなおぞましい感覚ではなかった。心地良さにラウラは体の力を抜き、少女の為すがままに身を委ねる。
 泉の水で泡を洗い流した少女は、ラウラの全身を眺めまわし、微笑んだ。その笑顔に、ラウラの心もとろけそうになる。
 少女は再びラウラの手を取ると、泉の裏側に導いた。と、そこには緑なす広葉樹の葉を敷き詰めた寝台がそなえられていた。少女は寝台をぽんぽんと叩き、ラウラに寝るよう促した。
 心身ともに疲れ切った矢先でもあり、この緑の少女に心を委ねてもいたラウラは、促された通りに、裸のまま積み重なる草の中に身を横たえた。濃い草の匂いは擦り切れかけた精神を安らがせる。そのまま目を閉じると、途端に意識が闇の中に落ちた。
 その様子を見届けてから、少女は泉のある部屋を出ていった。
 正常な思考の大半を失ったラウラは気づいていなかった。緑の肌をした少女がラウラの身体を洗うその手つきが、まるで供物をあらためる巫女そのままだったということに。そしてまた、少女の浮かべた微笑みは決して親しみを込めたものではなく、己の仕事に充足して浮かべる、自己満足的なものに過ぎなかったということに。

 薄気味悪い何かが近づいてくる気配がして、ラウラは目を覚ました。一瞬ここがどこで、何故自分が裸で寝ているのか分からなくなった。草の上に起きあがり、周囲を見回す。
 が、それを思い出すよりも先に、部屋の入口に立つものの姿を見て、思考を凍りつかせた。
 一見それは異形の者ではなく、人のようであった。踊り子のような薄いショールを重ね、腰と胸元を布地が覆うだけの、肌もあらわな格好をしていた。体つきから女と分かるが、頭から被った白いヴェールによって、その顔は覆われていた。
 女はラウラにゆっくりと近づく。一歩足を踏み出すたびに、腰につけた金の飾りがしゃらしゃらと蠱惑的に鳴った。ショールの内に香が焚き込められていた。あの花の灼ける匂いに似た、しかしそれよりも遥かに官能的で、嗅ぐ者の心を惑わせる香りであった。
 神殿の入口前で見た女神像をラウラは想起した。人の形をとりながら、人智を超えでた存在。目の前の相手から感じる気配は、そうとしか言い表しようもないものであった。
 けれども同時に、相手の佇まいに強烈な既視感もあった。あらわな腕や腰に、気が遠くなるほどの懐かしさを感じる。
 ゆっくりと、ラウラに見せつけるように、踊り子風の女は、顔を覆うヴェールを取りのけた。
 その素顔を目にした瞬間、ラウラはこの世のものとも思えない悲鳴をあげた。
 ヴェールの向こうにあったのは、ややくすんだ金の髪、そばかすの残る色白の肌、青い瞳をした若い娘。
ラウラ自身の顔であった。
 自分と同じ顔をした、しかし明らかに自分とは異質の何かが、邪悪な輝きを瞳にまとい、鏡の向こうから、映る本人を侵食しようとするかのようにゆっくりとラウラに手を伸ばした。
 半狂乱の態で、裸身のラウラは、唯一身につけた装身具である銀細工の髪留めを引きぬき、振りまわした。
 半ば無意識にとった反抗ながら、髪留めは思いがけず相手の肌を深く裂いた。
 踊り子風の女の肩口から胸元にかけ露出した肌が、刀で傷つけたようにさっくりと裂け、そこから血が滲み出す。
 女は自身の胸元を見やり、掌にその血を塗りつけ、舐めとった。唇の端から血の滴がしたたり落ちる。その鮮血に彩られた唇を歪め、淫靡に笑う。
 おぞましさに、ラウラは抵抗する気も失せ、ただ震えあがった。
 女はだだっ子からおもちゃを取り上げるように、いっそ優しさすら感じさせる手つきでラウラの手から髪飾りを取り上げ、それを放った。
 そして震えあがるラウラの耳元に唇を近づけ、舌を這わせるようにささやきかける。女が発したのは意味ある言葉ではなかった。その音は人のささやき声に酷似しながらも、人の生み出したいかなる文明をもってしても描写できない音階と語気を有していた。聖なるものを嘲弄し、堕落と幻夢と混沌を讃える響きを持ち、どうしようもなく甘美で蠱惑的で、聴く者を幻惑させる呪音であった。
 耳元で細かなあぶくが弾けるようなその感触に、ラウラは徐々に恐怖心と正気の双方を奪われていった。その瞳はとろんとまどろみ、手足は弛緩し、唇からよだれが一筋したたり落ちる。
 その胸から恐れが十分に取り除かれたのを見てとり、女はラウラの裸身に自分の身体をぴたりと寄せる。
 蛇が獲物に躍りかかるように、ラウラの頭をつかみ、唇を重ねた。長い舌がラウラの口腔内でおどる。
こくん、とまるで美酒を嚥下するように、女は喉を鳴らした。
 ラウラは手足を支える力を失い、草の寝台の上にあおむけに倒れた。その上に、同じ姿をした女が覆いかぶさる。
 額に口づけし、まぶたを舐め上げ、頬を吸い、あご先にかけ舌を這わせる。指先で肩の稜線をなぞり、細い腕を撫で、五指を絡め取る。充血した乳房の丸みを掌で包み、乱れた鼓動を愉しむように左胸に耳をつける。突起を舌で舐め、音を立てて唇で吸う。女の指と舌はボディラインをなぞりながら徐々に下腹へと伸びてゆく。少し汗ばんだふとももの内側をさすり、自然に開かれた両足の間に指を忍ばせ、陰核を刺激する。溢れ出る蜜液を堪能するように、顔を挟み、性器全体を執拗に舐め続けた。
 女はラウラの全身、余すところなく全てに触れ、刻印を付ける如く舌で吸った。
 それは愛撫や接吻などと形容できるような、生易しい感触ではなかった。緑の少女に身体を洗われた時とは比較にならない快感がラウラを襲う。全身を「食されている」としか表現できない感覚であった。女の触れた箇所、吸った場所から脳に電流が放たれ、その代わりに身体は自分のものではなくなり、溶け消えていくようであった。
 ラウラの口から切なげな吐息が漏れ、吐息はあえぎ声へと変わり、ついには身も世もない嬌声へと変じた。
 合わせ鏡のような、自分と同じ姿をしたモノに、全身を委ねる。ラウラの快楽をむさぼるように、女も次第に興奮をあらわにしはじめた。ラウラとぴたりと身体を一つにつける。それまで受身であったラウラも、快楽の根源を希求するように、女に手を伸ばし、自らと同じ姿をしたその身体を強く抱きしめ、口づける。唇は重なり、髪は互いの肩にかかり、手足を絡ませ、秘部と秘部がこすれ合う。
 いつしか、そこにあるのは瓜二つ、裸の娘の嬌態であった。踊り子のようなその衣服を女が自ら脱ぎすてたのか、快楽に酔ったラウラが剥ぎとったのか、それも定かではない。ウロボロスの蛇の如く、手足は互いを求めて妖しく蠢きあい、絡まり合い、互いを分節するものは何もなくなった。
 ついには、二つの姿は長い絶叫を上げ、身をのけぞらせ倒れ伏した。自身の身体が小刻みに痙攣しているのを感じながら、娘の意識は白く霞んでいった。

 気づくと娘は神殿の前に横たわっていた。意識を朦朧とさせながらも、なんとか立ち上がる。
 起きあがってから、自分が踊り子のような、ショールの他は胸と腰を布が覆うだけの過激な衣服を着ていることに気づいた。このような服を着た覚えはないはずなのに、しかし何故か着慣れているような肌触りを感じた。
 神殿の内に入ったことは覚えている。だが、中で何があったのかは、夢の彼方のできごとのようで、どうやっても思い出せなかった。自分がいつ外に出たのかも分からない。ただ、具体的なことは何一つ思い出せないが、狂気的な、おぞましくもみだらな体験をしたという感覚を、頭以上に全身が覚えていた。
 ともかくも、一刻も早くここから立ち退きたいという衝動が募る。みだりにエルフェイムの地に足を踏み入れた、己の浅はかさを呪わしく思う。
 肩から胸にかけてできた刀傷のような裂け痕も、いつつけたのか思い出せないが、命があることを思えば安い代償であろう。
 娘は神殿を決して振り返ることなく、足早に森を去った。
 あとには、ざわめく夜の住民達の気配が、くすくすくすくすと忍び笑いを漏らし続けていた。
                 
                                                         了

コメント(22)

ぱっと見てお分かりかと思いますが、作品コンセプトから、ブラウザで読むことを度外視して作成しました。
文章は固く、文字びっしり、漢字も多め、「」文一切なしです。
一応一万字内にはおさまっていますが、時間と精神に余裕のある方だけお読みいただけましたら幸いです。
今回、官能度、ホラー度を自己採点せよというお達しですが、まだアップしたばかりで、自身の作品を客観的に見て評価するのが難しいので、もう数日いとまを下さい<(_ _)>
先に影響を受けた作品、参考にした図書などを以下に挙げたいと思います。
〈エルフェイムの過客のタネ〉

・アリ バーク文、ブライアン フラウド絵 『ルーンの魔法のことば―妖精の国のルーン文字』
・W・B. イエイツ 『ケルト妖精物語』 (他イエイツの著書色々)
・フィオナ・マクラウド 『かなしき女王』
・『怪奇小説日和: 黄金時代傑作選 』(ちくま文庫) (中でも特に ヨナス・リー「岩のひきだし」)
・ホルヘ・ルイス・ボルヘス編 『新編バベルの図書館(イギリス編1、2)』(特にアッサー・マッケンの短編)
・H・P・ラヴクラフト 『ラヴクラフト全集(巻の3、4、5)』(創元推理文庫)
・ドナルド・タイスン 『ネクロノミコン』
・ドナルド・マイケル・クレイグ 『性魔術の技法』
・ドリーン・ヴァリアンテ 『魔女の聖典 (魔女たちの世紀)』
・映画「ちょっとかわいいアイアンメイデン」
・マルキ・ド・サド著、澁澤龍彦訳 『新ジュスティーヌ』

細かな元ネタを挙げていくときりがないですが、とりあえずこんなところ。
中二病を治さず大人になるまで放っておくと大変なことになる、という見本のようなラインナップですね。
友達失くせる本棚だと思います。
読ませていただきました。
確かに、少し読むのが大変だったというのは率直な感想です。
ですが、世界観に引き込まれました。読んでいてデジャブのような、どこかで想像したことのあるような世界が広がっている感じがして、文章を読んでいるだけなのに異世界に入った感触になれました。
言葉選びや文章力がさすがだと思います。
読んで良かったと思います。
個人的には、かなり官能小説寄りなんじゃないかと思いました(笑)
無感情だったラウラが段々と恐怖していく時、僕も怖さを感じながらも、怖いもの見たさで先を読みたくなっていました。その後も、入り口が閉ざされたり、泉で謎の少女が出てきたり、自分と同じ顔の何かが出てきたりして、最後まで怖さを維持しながら読めました。
官能パートもスパイスとして利いていて、勉強になりました。

僕はホラーっぽさを感じました。
>>[3]
読むのが大変な物語、最後までお読みいただきありがとうございます。
今回ただの自己満足だったんじゃないかと思っていたので、「読んで良かった」と言っていただいて救われました(泣)
全体的に、夢の中に迷い込んでいくような雰囲気を出せればいいな、と思いながら書いてみました。

官能描写は初めての挑戦だったのですが、いい勉強になりました。
>>[4]だよ?さん
ドキドキさせてまいました。怪奇官能としては、成功でしょうか?
こってり盛り過ぎかと思いながらも、今回は字数の許す限り、思う存分形容詞や比喩を盛り込んでみました。

「2回目に読んだときは、泉にいくまでが長くもどかしく感じたのですが… 」
最初にラストシーンをなんとなく思いついて、そこにもっていく前に、徐々に恐怖感と官能度を高めていこうという作りを意識したのですが、泉に着くまでずっとヒロインのソロプレイが続いて、冗長だったかもしれませんね。

官能描写は初めてで、さり気ない描き方とか良く分からなかったのでかなりガチな絡みを直截的に描きましたが、とある官能小説の書き方講座を見ると、大多数の女性はぼやかして書いた方が興奮するともあり……機会があればまた挑戦したいと思います。
>>[5]
読む方途中で飽きてしまうんじゃないかと思っていましたが、怖さを維持させられたなら良かったです。
書き手としては、官能よりもホラーというか怪奇現象重視で描いたつもりで、ホラーっぽさを感じたという意見もいただいて少しホッとしています。
読み手によって分かれるものですね。
>>[9]
冒頭部からヒロインと共に体感していただけたなら、幸いです。
「怪奇」を描くにあたって、なにが一番おぞましく、かつ淫靡かと考えて、自分の鏡像が動いていて、かつ最後にはアイデンティティを喪失するというのが一番恐ろしいかと思い、題材にしました。
元となった妖精物語については、もし部会で余裕があればお話したいと思います。
>>[11]
たくさんの感想ありがとうございます。

恐怖も快楽も五感で感じるもの、と考え描写の際には意識しました。
重厚とは自分では思っていないですね。重厚な雰囲気を醸す描写をするとすれば、やはり戦記物のファンタジー大河とかでしょうか。(やるかどうか分からないですが…)

「どこか冷静になって読めて」「冷静になってしまいました」
ごく個人的な意見ですが、英米文学の怪奇小説って、のめり込むというよりも、頭半分冷静になって読めるとこに魅力があるような気がしています。手に取って味わう、というか、ぶっちゃけ別に怖くはないというか…。
なので、その自分の好みが作品にも反映されたように思います。

「女神像のような荒々しい理不尽さ」が抑えられたのは、触手禁止令が出たこともあり、あまり強姦めいた表現は差し控えようとした結果かもしれません。

「ラウラが感覚的にこの世界を理解している表現が多くあり〜」
ラウラの心理描写から、先が予測できてしまったとしたら、むしろその感性が凄いと思います。
ラヴクラフトの怪奇小説においては、登場人物が怪奇を否定し、冷静であろうとすればするほどかえって超常性が強調され、クライマックスが高まるという「人間」と「宇宙的超常性」の対比が見事ですが、ひるがえって今作のラウラは、どこか諦念が常に漂い、終始受け身で、おっしゃる通り夜の住民の世界に片足をつっこんだような性質で、怪奇性を高めるヒロインとしては弱かったように自省しています。端的に言って、もっと抵抗してくれた方が苛めがいがあったかな、と。

「緑の少女が巫女のような存在だった、自己満足で笑っているだけだった」
自分ではこの緑の少女のシーン全体、あまり気に入っていないのですが、最後のこの部分は付け足して良かったと思っています。
エルフェイムの夜の住民達は、根本的に人間とは価値観も行動原理も全く違っていて、束の間心が触れ合えたと思えたのは、人間側の価値観を投影した、ただの勘違いだった、と思っていただければ…。

「テーマとしてとても興味深かったですし、れとろさんならできるんじゃないかなー」
修飾語句を連ねて、文学性を意識する作品、というのは僕の目指すところではなさそうだなー、と今回書いて改めて思ったのですが、三回に一回くらいはまた挑戦してみようか、とも思います。
その時は今回の経験を活かして、より読み手が満足できるような作品を書ければと思います。
>>[14]
一言で答えるなら、「おぞましさ」です。
個人的には、「怪奇」と「ホラー」は別物だと思っています。

僕の作品は毎回、ファンタジーと解釈される、非現実的な要素を含んでいますが、それらは第五回「ひだまり」のたけはらさまのように、人にとって好意的な存在ばかりではない。
異界に迷い込むことは、人とは価値観の異なる不条理さに巻き込まれる可能性も含んでいる、という側面を描きたかった。(それもファンタジーの魅力の一つだと思うので)
「電気街迷宮夜話」で少し描いた不条理感を、今回はより手加減無く、悪意あるものとして描こうとしました。そのために、一番自分が扱いなれている妖精物語の大枠を用いました。
必ずしも流血であったり、生理的な嫌悪をもよおさせるような表現(虫責めとか)を用いる必要はなく、今回はテーマからも、性的な意味において「襲われる」さまを描くことによって、さらには鏡像的な自分の姿の登場、アイデンティティの喪失によって、日常性をはぎ取られる「おぞましさ」を描けるのではないかと考えました。


と、書き連ねたものの、「これが描きたかった」とイコールで答えられる回答があるなら、そもそも小説など書く必要がない、と思います。
最終的には、作品の中から感じていただくしかない、というのが逃げのようですが、答えになります。
>>[14]
もう一つ付言させてください。
僕は、筆者の意図や動機がどうあれ、多様な解釈や感じ方ができる作品を好みます。
ですので、たかーきさんや葵さんがこの作品を官能寄りに感じ、肉さんはホラーっぽさを感じたとおっしゃり、みけねこさんはラウラと共に体感したとおっしゃり、秋緒さんは他人事めいて冷静に読んだとおっしゃったことで、ほぼほぼ満足しています。

もう一つ予測していたのが、この作品が「嫌い」だという感想もあるかなと思っていましたが。
遠慮して書いていないだけで、そう思っている方も多分お読みいただいた方のなかにはいるんじゃないかな、と思います。
積極的に嫌われたいわけではありませんが、それはそれでありがたい感想だと思っています。
>>[17]

もちろんです。
ただ、貴女が「特別な感情が沸かない」であろうことは、最初から予想していました。
表現手法、登場人物、世界観、価値観、どれをとっても貴女の中にないものばかりを選び取る結果となったので。

自作品の表現にこだわれば、門戸は狭まり、置いてけぼりになる読者が必ず生まれるだろうと思います。
八方美人である必要はないですが、やはりこれは自分の目指すところではない、三回に一回か、五回に一回やれば十分だな、と思います。
美しいお話でした。
官能的というか感覚的な非現実の世界が存在感を持って立ち現れて来るようでした。
ニュアンスが難しいのですが、ラウラが体験する諸々、少し遠慮してというか敢えて抑えて書いたのかなぁと思えるところもありました(私の主観的読みなのでご容赦をあせあせ

冒頭でラウラがなぜここにさまよい込んできたかをここで明かすことは無用だというくだりがあります。
私もそう思います。であればこの一節もなくてもよかったのかなぁという気がしました(細かい話でまたまた恐縮ですあせあせ
>>[19]
お読みいただき、ありがとうございます。

「官能的というか感覚的な非現実の世界が存在感を持って立ち現れて来るようでした。 」
未熟な書き手ですが、今の時点でも、こんなにも描きたいものを感じていただけているのだな、と嬉しく思いました。

「ラウラが体験する諸々、少し遠慮してというか敢えて抑えて書いたのかなぁと思えるところもありました」
やはり、そう思われますか!
自分では、少なくとも意識的に抑えたつもりはないのですが、何か引っかかりがあるんですよね。
自分の奥底にある闇の蓋を開けて覗きこむのをためらっているとこがあったのかもしれません。

「であればこの一節もなくてもよかったのかなぁという気がしました」
確かに! 蛇足だったかもしれません。この箇所がないほうが、作品全体が、より閉じられた、非現実の世界でおさまったようにも思います。
とても的確なアドバイス、本当にありがとうございます。
>>[21]だよ?さん
おお! そこも感じ取っていただけたなら、嬉しいです。
エロティックでもあり、同時にとても恐ろしいかな、とも思います。

谷崎の『魔術師』は全文ノートに書き写したくらい、僕も好きな話です。
日程が合えば、読書会にも参加したいなと思っていました。

ま、マジッすか。大胆なカミングアウトでござりますね。ごくり…。(=´Д`=)

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