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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第五回 みけねこ作 「黒猫と魔女」

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この世の中には、実は自分の知らない空間があるのではないかと思うことがある。
精神世界が何かの作用で極限まで達し、大自然と交わり何もかもが奇跡的に合致したとき……

その瞬間、別の扉が開いて、私たちを誘うことがある。一歩踏み込むとそこは現実と少しだけずれのある世界だったりするのだ。

※※※※※※※※※※※※※※※※

蝉が名残惜しそうに鳴き続け、夏休みの終わりも数日後に迫った8月の終わり、二人の中学生が汗をかきなから坂道を上っていた。佐藤恵と安田結花は、バドミントン部の練習を終えて、帰宅するところだった。

「結花、宿題は、もう終わっとるん?」
「うち、先週、ピアノの発表会もあったじゃろ、じゃけ、宿題、全然終わっとらんよ」
「結花、上手じゃけんね、なに弾いたん?」
「ベートーベンソナタテンペスト。ピアノコンクールの課題曲じゃったんよ」
結花は、少し得意気に答えた。

広島県尾道市は、小高い山に迷路のような坂道が絡み付いている町である。急斜面に立ち並ぶ家の景色は、船底に貼りついているフジツボみたいにも見える。二人の少女が中学校から自宅に戻るには、この細い坂道を必ず上らなければならない。低めの階段がついているとはいえ、家に着く頃には息切れすることもある。その道は、人一人通れるかどうかの狭さのところもあり、路地を少し間違うと人の家の玄関に着いてしまうほど入り組んでいる。

「ちょっとアイスクリームでも食べて帰らん?」

はぁはぁと息を切らした結花が提案し、恵も誘いに乗った。
坂道の中腹に小さな食料品店があり、そこには食パンや牛乳、少量の野菜が置いてある。おばあちゃんが一人で店番をしているが、賞味期限をちゃんと確認しないと期限切れの食品が並んでいることもある。

店に入ると、ブーンと冷蔵庫の音がした。
「アイスくださーい」
「はいはい、今日は暑いね、よう冷えとるけぇ、食べんさい」

二人は棒つきのアイスを買って、そばにある小さな公園のベンチに座った。階段から縞模様の猫が下りてきて背伸びをする。地面にごろんと転がったかと思うと、すぐに起き上がり、ゆっくりと木陰に消えていった。

「二学期になったら、また席替えするんかなぁ」
「いやじゃねぇ」

こうして、棒つきアイスを舐めながら平和に話している間、頭上では大きな変化が起こっていることに、彼女たちは気付いていなかった。

青い絵の具で塗りたくられた空には、少しずつ黒煙のような雲が発生し、青はどんどん濃い灰色に支配されていた。いつしか蝉の鳴き声が消え、じりじりと焼けつくような日射しも消滅していた。海から流れてきた生ぬるい風が、ぺたりと彼女たちの頬を撫でた。

「めぐ、夕立が来そうじゃね、早よう帰らんと」
「ほうね、早よう帰ろう」

二人が立ち上がったとき、大空の神の怒りが最高潮に達したかのように黒雲が膨れ上がった。
そして、空が真っ二つに割れ、大音響とともに鋭い閃光が槍のように少女たちに向かって放たれた。

二人は叫び声を上げながら走った。大粒の水の塊が追いかけてくる。強い雨に視界を遮られ、見慣れた町の風景は一瞬にして変わった。そして、二人はどうやって家に戻れば良いのか分からなくなってしまった。

細く連なる階段を上ったり下ったり、旋回しながら走っていると、坂道の突き当たりに大きな日本家屋があった。辺りを見回しても林があるばかりで、その林の奥は薄暗く、娘たちがこれ以上前を進むことを阻んでいた。
そして、再び大空から銅鑼の音が鳴り響いた。二人は驚愕のあまり飛び上がり、咄嗟にその家の呼び鈴を鳴らした。

「すみません、雨宿りさせてもらえませんか?」

すると、中から少し間延びした女性の声で

「はーい、おはいりなさい」と返事があった。

二人は木でできている門の引き戸を開け、雨の中を滑らないよう気を付けながら飛び石を歩いた。そこは小さいながらも立派な日本庭園になっていた。
玄関の引き戸がガラリと音を立てて開き、
「どうぞ。おはいりなさい」と、鈴の音を鳴らしたような美しい声が聞こえた。

「失礼します」

玄関はそれほど広くはなかったが、上がり口は高く、見上げると水色のドレスを着た女性が立っていた。年齢は60歳を回ったところだろうか。しかし、彼女は色白で切れ長の目が美しかった。いわゆる夜会巻きのように黒髪をアップにしており、
そのさまは、貴婦人と呼ぶのにふさわしかった。

「靴は脱いでもそのままでも、どちらでも」

よく見ると、貴婦人は、銀色のハイヒールを履いている。踵は9センチはあるだろう。

「あ、ぬ、脱ぎます」

結花がいうと、二人は、びしょ濡れになったスニーカーの紐をほどいて玄関に上がった。

「まあ、びしょ濡れね、タオルを貸してあげるから、こちらにいらっしゃい」

貴婦人は、庭に面する長い廊下をコツコツと音を立てて姿勢よく歩いていく。障子の内側には和室が続いている。こんな純和風の家にドレスを着て暮らしている彼女が不思議だった。

「なんか、国語の授業でやった『舞踏会』みたいな格好じゃね」
結花が小声で言った。
「うん、衣装はシンデレラみたいだけど」
恵も答えた。

貴婦人は、廊下の途中で雪見障子を開けた。そこには10畳ほどの薄暗い和室があり、床の間には真っ赤な和服姿の市松人形、畳の上に大きなグランドピアノが置いてあり、とてもアンバランスな部屋だった。貴婦人は、畳の上をハイヒールのまま上がり、ピアノの蓋を開きながら聞いた。

「あなたたち、ピアノは弾くの?」
「は、はい」二人は頷いた。
「指を見せて」貴婦人は、白魚のような指で結花の指を撫でながら

「うーん、こっちのピアノじゃないほうがいいわね」
と呟き、再び廊下を歩き始めた。この家はどれだけ広いんだろう。
二人は黙ってついていった。

廊下の突き当たりまで進むと、天井まで届くような大きな扉があった。
貴婦人が白い手でノブを回して扉を開くと、そこは吹き抜けで、天井が高く、長方形の窓と鏡で覆われたオペラ劇場のミニチュアのような部屋になっていた。円形の部屋の真ん中にはスタインウェイのグランドピアノが置かれ、飾りつけを施したテーブルと椅子が壁側に置かれていた。貴婦人は、その椅子に私たちを座らせ、直角の位置に自分も座った。
いつの間にか、黒い猫が貴婦人の膝の上に座っている。彼女は黒猫の体を撫でながら、

「私はね、幼い頃から、ドイツの先生にピアノを習ったの。あなたたち、ピアノを真剣に学びたかったら、ドイツの先生にお学びなさい」
「は、はい」
「そのあと、藝大で学んで、ドイツに留学したのよ。日本では二千人の生徒を教えたから分かるわ、あなた、ピアノは、まあまあ弾くわね」貴婦人は、結花を見た。

「ちょっと弾いてごらんなさい」

結花は立ち上がり、緊張に震えながらも発表会で弾いたばかりの『テンペスト』を弾いた。

「まあ、悪くはないわね。でもね……ちょっと聴いていて」

貴婦人がピアノに向かい『テンペスト』を弾き始めると、さっきまで静かだった部屋の中の空気が渦を巻き、窓からは一層激しく雨の当たる音がした。
二人は震えながら手をしっかり握った。

「ベートーベンは、こう弾くのよ」
「は、はい……」

貴婦人は、コツコツとハイヒールの音を響かせて席に戻った。不思議なことに、彼女は話すときも二人のほうを向かず、常に横顔を見せている。
その横顔は、テーブルの上のバラの花瓶と一緒に壁の鏡に映って、まるで絵画のように見えた。
どうやら貴婦人は、それを計算して座っているようなのだ。
そのことに気付いた恵は、急に恐ろしくなり結花の手を強く握った。二人の手は冷たくなっていた。

貴婦人の話を聞いているうちに、窓から差し込む光が明るくなってきた。どうやら、嵐がおさまり柔らかな日射しが戻ってきたようだ。

「ありがとうございます、もう、天気も回復したんで、し、失礼します」
恵が震えるような声で言った。
貴婦人は、
「楽しかったわ、ピアノの練習、頑張りなさいね」と、優しい笑顔で答えてくれた。

二人は、冷静を装って長い廊下を抜け、玄関で丁寧に挨拶をしたあと、転げるように門まで走っていった。
門を閉めると、後ろをふりかえることもせずに一目散に階段をかけ降りた。

雨上がりの町並みは、清潔に輝き、夕陽の沈みかけた海の色が金色に光っていた。
そして、故障していたオーディオが治ったかのように蝉の鳴き声も復活した。
いつもの町だ。二人は迷うことなく家に戻ることができた。

次の日、部活で学校に行った二人は興奮した調子でこの話を同級生に話した。
家族に話したときもそうだったが、山の上に古いお屋敷があるのは知っているけれど、そんな人に会ったこともないし、ピアノ教室があることも聞いたことがないと誰もが言う。

「佐藤、それ、嘘じゃろう」
「嘘じゃないって、本当なんだって。ねぇ、結花」
「うちら、嘘はつかんけぇ、今日の帰りに一緒に来てくれん?」
「よっしゃ、わしが、行ってみてやるけん、行こうや」

中山と瀬田というサッカー部の男子二人がそのお屋敷をもう一度見に行くのについてきてくれるという。

部活を早めに切り上げて、四人は、うだるような暑さの中、階段を上った。
「右に曲がると、そこにあるんよ」

裏に林を従えた立派な和風のお屋敷が目の前に現れた。

「そう、ここよ」

四人が近づいて、門の前に行くと、呼び鈴のところには蜘蛛の巣が貼り付いていた。引き戸は、内側から鍵がかけられているようだ。
そして、昨日はまったく気づかなかったのだが、門の横の植え込みのところに、小さな立て札が数個あった。

近づいてよく見ると、木の札には墨で「タチイリキンシ」と書いてあった。そして立て札の横には、昨日見た黒猫がお行儀よく座っていた。

それを見た瞬間、言い表すことのできない恐怖が沸き上がり、四人は悲鳴を上げながら階段をかけ降りた。

その後、彼らはその家に近づくことはなく、貴婦人を見たという話は誰からも聞くことはなかった。
ただ、少女二人は、揃って貴婦人の特徴を話すことができた。
二人で同じ夢を見ていたかのように……。

※※※※※※※※※※※※※※※※

この話は、知人から聞いた話だが、今ではその家も取り壊され、新しい住宅が建っているようだ。

そして、今となっては、この出来事の真実を知る者は誰もいない。

コメント(20)

読みやすかったです。
夏の終わり感、これからの残暑感を感じました。魔女の登場で、蝉も泣き止み、少し涼みました。
現実に戻ると、また蝉の鳴き声も聞こえて、ひと夏の思い出っぽさも感じました。
男子学生を連れて、探検にいくところも青春を感じました。

これで4,000字程度ですので、2〜3倍はあってもいいかなと思いました。
尾道は広島県だったんですね。
とても景色が良く、坂道に風情があって、映画の撮影に使われる街の尾道のことですよね。

広島弁の少女たちの、どってことのない会話が、かえって日常の飾り気のない会話として、この小説の場合は売りなのかなと思いました。

3割が実体験とのことでしたら、ジャンルを私小説として、チャレンジされてみても良いのかも知れません。


実際、実体験と知ってしまったので、どんな体験だったのか?
〜〜〜という好奇心が先に立っています。


読み手としましては、
せっかく今日も雨降りという最高の環境で、動画の音楽をかけて読んでいますので、

せっかくなら魔女のこと、どんなに奇妙な体験だったのかを詳しく知り、尾道の女の子たちと恐れおののきたいです。









おもしろかったです。
私はホラーとして読みました。
突然の雷雨、道に迷ったところに現れる豪華なお屋敷、美しい家主……と、こういうの好きな人にとってはお決まりともいえるシチュエーション。
そんななかで、その緊張感が途絶えることなく家から出るところまで話が続き、楽しんで読みました。
久しぶりに、読書で恐怖を味わいました。

描写が少ないというコメントが多いようですが、私には十分でした。
「猫町」はムットーニさんの自動カラクリで見ただけですが、ホラーは嫌いではないので、既存作品を思い浮かべながら読んだり。

ちょっとわからなかったのが、お屋敷の場所です。
雷雨に驚いて走っていたら道がわからなくなって更にあちこち移動する、その結果見つかったお屋敷が、実は家族も知っているようなお屋敷で、翌日は簡単にたどり着ける……。
という描写からは、お屋敷との心理的・物理的距離がよくつかめませんでした。
実体験も入ってるとのことでしたが、当日詳しくお聞きできればな〜と思います♪
古典的な怪奇小説の匂いを感じながら読みました(特に冒頭部と結びに)。
時代錯誤気味な洋館と貴婦人、黒猫というのは好物のモチーフです。

ただ、個人的には、この無国籍風の物語に地方色の強い広島弁の会話はミスマッチな印象を抱きました。また、怪奇小説としてみるなら、貴婦人の行為がただピアノを弾くだけでは物語のハイライトとして弱すぎるかな、と感じます。
「知人から聞いた話〜」と突き放した結びであるのに、物語中では唐突に二人の中学生の個人名が登場するのにも違和感を抱きました。
途中の描写はぎこちなくはありましたが、まずまずすんなり頭に入るものだったかな、と思います。
大変面白く読ませていただきました。
私はこの作品、好きです。文字数も短くて読みやすいし、頭に入りやすいです。
れとろさんとは逆で特に広島弁がいいですね。ただの方言好きなだけかもしれませんが、地方感がでてより伝記的に思えていいです。

強いて言うならばピアノの描写にみけねこさんの表現が欲しかったかな、というぐらいです。(こういう時に書いた本人を知っていると不満に思ってしまいますね)
私はそこまで恐怖感もなく、ホラーとは思いませんでした。ピアノを弾くと一枚の絵のようになるなんていうのは、むしろ美しいものではないでしょうか。

『小学校低学年向けのお話』と書かれていますが、この路線、私はすごく好きなので無理には変える必要はないように思います。
もちろん、書きたいものを書かれるべきですが。
拝読させていただきました。感想文を書くのは苦手なのですがお許しください。
とても読みやすく簡潔な話で、文章量的にもテーマというか、言いたいことがわかりやすいものになっていると思いました。
テンペストは激しい曲であり、かつどことなく怪しげな感じがありますので、イメージには合っていますね。最初読んでいて、第一楽章の方を思い浮かべてしまいました。第三楽章(有名なほう)でも勿論あっていると思います。
拝読しました。
会話が自然でいいなと思いました。
人物がみけねこさんの中で生きているのでしょうね。
日常的なセリフなのに、立体感をもっているのが、素敵です。
願わくば主要人物である結花と恵のどちらが話しているかが少しわかりやすくなっていればと思いました。
もっと立体感は出たように思えます。
少女のピュア感がとっても印象的でした。
みけねこさん、ニャンとも言えぬおもしろみを感じました!( ´ ▽ ` )ノ

学生時代の青春、ピアノ、淑女?の見えない半身の謎、黒猫の存在、個人的にも大好きな要素満載でした。(*^^*)

自分が読んだ当初、「これはタイムスリップなのかな?」ともふと思いました。

広島弁は、Perfumeのライブトークや漫画「カバチタレ」などでとても馴染みがあったということもあり、大変親しみを感じました。

方言もの、今後も織り交ぜていただけると、とっても嬉しいです。(*^^*)

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