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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第117回 文芸部A 大邦将猛作 母へのクロワッサン(1) Croissant pour mama(1) テーマ選択『路線変更』

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↑ここから続きます。
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実家は私鉄の急行の終点駅から一つ乗り継いで自宅から
一時間半ほどでつく稲作地帯のど真ん中にある。
その気になればすぐ帰れるがちょくちょく行くには
意識して努めないと行けないくらいの遠さだ。

相変わらず実家にときどき帰り
母の見舞いをする日々がつづく
今月は実家に母を連れてくるのを妹がやってくれたらしい
来月は僕がするか・・・

正月に5泊6日で母は実家に帰ってきた。
世話をしたのは僕だ。

妹は旦那の実家にいく必要があったとのこと。
だから2月は妹がやってくれたのかもしれない。
さすがに2泊が限界だったらしいが妹もそれなりに
母の生活を気にしているようだ。

施設は息苦しいらしい。
認知症の人も少なくないし
自分の寿命を気にしていつ死ぬかなどの話題を繰り返す人がいたり
ささいなことに声を荒げる人も少なくないらしい。
入所者よりはヘルパーさんとの会話の方がよほど楽しいという。
母の言葉をそのまま借りれば「おかしな人に囲まれてて
こんなところに居たくはない」のだと。

障害を負ってしまう前は毎日2万歩を歩き
ついこの間まで軽登山を楽しんでいた母には耐えられない
苦しみだろう。
だが僕も妹も一緒に住んであげるわけにいかない
気になるから顔を見せる。
これでも割とちょくちょく来てるつもりだけどたぶん足りないんだろう。でもほかに何もできない。

インターネットでも楽しめれば身の回りの世話をしてくれて
気楽なのだろうが絶望的にデジタルに弱い。
いまだに実質ガラケーみたいな電話が一台もたせてあるだけだ。
DVDとCDの視聴できるプレイヤーを差し入れ
いまどき買わない現物のソフトウェアもいろいろもっていったが
DVDの方は施設の人に頼まないと視聴できないという。
演歌のCDは聞けるので助かってるというが
再生ボタンは同じはずなのにと思うがきっと興味が持てることが少ないのだろう。

一年前、一度倒れたときは意識がなくその死を覚悟したが
長い治療のなか意識を戻し、ろれつの回らなかった言葉を
取り戻した。手が震えて字が書けなかったがだんだんと元の
整った字を書けるようになった。
しばらく寝たきりだったから足が衰えた。
施設の食事は完全にコントロールされて腹が減るらしい。
すごく痩せた。皮肉にも体調を示す数値は非常に良好で
施設に通う医師がしっかり見ている。
医師に怒られながら、決められた以上のカロリーと濃い味を楽しむ
自由は母からは奪われた。

ヘルパーさんたちに遠慮してたのか
我がままにいろんなことをさせられて
正月に予定してたことがぶっとんだが
久しぶりに親を何日も間近で見て
親不孝を長くしていたんだと痛感した。
疲れたがこうでもなければ母と5日も一緒に過ごすことはなかったろう。
遠くに暮らす息子、つまり母の孫も車で顔を見せに来てくれて
やっぱり家だねえと施設の暮らしへの恨み言を重ねた。

不幸中の幸いか母の障害等級は高くて
降りた介護保険は個室をあてがえる
レベルだった。これだけはよかったと思う。
喜寿のお祝いにヘルパーさんたちが色紙の寄せ書きを作ってくれたらしい。
聞き分けのいい入所者なのだろう。
「いつも、リハビリ頑張っておられて頭が下がります」
そんな言葉がたくさんある。
細く弱り切った足は車いすの移動か歩行器を使った移動しかできない
いつか体をも元に戻して家に帰りたいのだろう。
病気に関わるコントロールのために同居者がいないと家には帰せないのに母はなにかを信じて腹をすかして最低限のカロリーでリハビリに励んでいると思うと胸が痛んでたまらない。
そうやっていつまでも母に顔を見せる日々がつづく。

母はおいしいものが食べたいと言っていた
と言って意外にしょうもないものをうまいと思ってるようだ
うなぎと牛丼とピザが上がった。
施設は嚥下障害を恐れてあらゆる食べ物を砕いて提供する。
母は歯ごたえのあるものを食べたいと・・・
正月に母はうなぎも牛丼もきちんと食べた。ちゃんと食べれるのだ。
ピザだけは休みで頼めなかったがまた家にもどったときはピザが食いたいと言ってる。

面会の時間にちょこっと目を盗んで食べさせてあげられるものはないか
と考えてた
何回か菓子を持って行ったことがある(うまく隠して置ける量だが)
それをちょっと渡してもコントロールが悪くなってというほどでない

さすがに一時間の面会でピザは食えないだろう。
僕は母にクロワッサンを作ってみようとずっと挑戦していた。

40代の前半頃、仕事の関係でホテルで毎週月〜金をすごす日々が多かった。クライアントの払う金額が大きいからこんなことが可能になる。
地方都市だがシェラトンに毎週月曜に到着して
おかえりなさいと言われる日々が続いた。
数億円の商談を決めて会社の人間が10人以上月額300万円ももらう状態が5年も続いた。
外資系は成果を出すと結構好きなことできる。この地方都市に赴任するメンバーでは僕だけがシェラトンで泊れた。
朝ごはんのビュッフェ付き、家具のない35平米の部屋が毎週整えられていた。
5年にわたる半独身生活は子供が幼く妻とは男女として疎遠だったのが決定的になるような状況をもたらした。現代の単身赴任だ。
・・・がそこで食べるクロワッサンとオムレツは忘れられないほどうまかった。

シェフはカナダ人だった。あのクロワッサンはすこしレシピが違うのかもしれない。
東京に戻ってきて、あちらこちらでパン屋を見つけるとクロワッサンをとにかく買ってみるが、どれも違う。
バターが違うのか?あれ?これは甘いな。表面のパリパリが硬すぎて違う。
・・・どこで買ってみてもあのシンプルなうまさがない。

半分同じ遺伝子を持ってる人にふるまうんだから、
僕がうまいと思うものはきっと母にもうまかろう。
なんとしても母にあの味を食べさせてみたかった。

料理の素人が無謀だがあれを作ってみようと思った。
すくなくとも母はおなかが少し満たされるし、ただ一時間のおしゃべりよりは楽しんでくれるだろう。

ユーチューブやらそれこそ日本の主婦の人や外国の本格的なシェフ、料理マニアの動画を見まくって、レシピサイトもいろいろ見た・・・
情報を整理してノートつくって準備したのは我ながら自分の性分だと思う。十分すぎるほどの畳の水練を重ねた。

実家には「オーブン」がない。母は和料理ばかり。
いきなり積んだと思ったときに
図々しくもお向かい西本家のゆうこちゃんの言葉を思い出した。
『遠くから通ってて大変でしょ なにかできることあったらお気軽におっしゃってくださいね』
これを思い出した。

天真爛漫の可愛らしいゆうこちゃんはもう50超えてるのに
40代前半みたいに見える。
大人っぽくなったがやはり可愛らしい
子供のときの写真を見直してみたが面影はあるけど
別人のように女っぽくなっていた。

ほんの一言二言言葉を交わして優しそうな笑顔が印象に残ったし
幼馴染のバツイチの美女に興味がなかったはずはないが
ほんとにオーブン買うのはちょっともったいないし
意を決して西本さん家のチャイムを押してみた。
インターフォンにこちらの姿を見るカメラがある。
向こうは僕だと完全にわかってるだろう。
家の中から急いでドアまで来てくれてるような音が
唐突な訪問の恥ずかしさを解消してくれた。

「シューちゃん?どうされたの?」
出てきたのはゆうこちゃんだった。
「実は、この間お願いがあればと言われて
 いきなり図々しいんだけど、ちょっとだけ助けてもらえないかと
 ゆうこさんのお家にオーブンはある?
 母にパンを焼いてあげたいんだ。
 うまくいくかどうかわからないけど
 今晩までに生地は作っておくから
 明日向こうにいく直前に焼かせてもらえないかなと」

クロワッサンのこととここ数か月の母のことすこし話したら
ゆうこちゃんは目を細めて
「もちろんよ。シューちゃん料理はできるの?パンは焼いたことある?」
「いや・・・ぜんぜん。動画とレシピ漁りまくって頭の中で予行練習ばかり」
「今日、お母さんが友達と出かけてていないの。
 クロワッサンはやったことないけど
 パンを焼くための道具はいろいろあるわ
 私、料理は好きだしお手伝いできるかもしれないよ。
 私の家で一緒に作らない?」

え?いいの?図々しさが頂点に達したように感じたが
彼女は満面の笑顔だった。
「楽しそうじゃない」とむしろワクワクしてるように見えた。

目の前の実家に戻って、スーパーで買っておいた材料を
持ち込んでもう一度西本家へ。
小学生時以来にお邪魔する西本家はきれいに整っていて
僕の実家より明るい感じがした。靴箱の上の花も取り換えられたばかり
廊下にある小さな額縁は品のいい版画が入ってた。多色刷りの銅版画だと思う。鮮やかな色味と銅版画特有の黒い力強い線でかわいらしい男の子と女の子と空想的な動物が描かれていた。
僕の実家より倍は大きくて玄関から目に付くところにはあまりモノはなくすべての見通しがすっきりしていた。

「ひさしぶりだけど素敵だね」
「母と二人で家の飾り立ては趣味が合うの
 気が付いた方が掃除したり花を買ってきたりして
 楽しくやってるよ」

ひさしぶりの訪問でキッチンに直行するなんてと思いつつ
いきなりクリアしたハードルのオーブンが見えた。

計量カップとボウルや電動泡立て器みたいなのをささっと出してくれた。すごい手際がいい。

僕はまとめてたノートを広げた

「わぁ、几帳面ね。」ゆうこちゃんは声を上げてた。
「あはは。わからないことばかりだったから」
レシピの材料をある動画で○○gまたある動画で△△gとあって
自分がどう考えてその量に落ち着いたのかを書いてある
結論は黒の太字ボールペン途中の思考は赤の細字。
気を付けることは黄色の蛍光ペンで目立たせてる

生地をこねるときの温度の理想式というのも外人の動画から
とっている。

クロワッサンというのは生地にバターを練りこんで
何層かに折り込んでいくのだが
その練りこみ用のバターを平らに伸ばしてジプロックに包んで冷やして準備してあった。
普通はラップに包むものだが長方形にしっかり成形したかったからA4サイズくらいのジプロックに入れて伸ばした。

たぶんクロワッサンのレシピと作り方をゆうこちゃんなりのやり方で知ってるのだろう。
「やる気満々だね。シューちゃん。これは初めてでも絶対うまくいくよ」
とゆうこちゃん。

「いろんなパン屋でクロワッサン食べてみて、見た目と味の関係がだいたいわかる様にはなったんだよね。どれも僕が本当に好きなクロワッサンじゃなくてさ」
「うんうん」
「見た目でわかんないのは甘さ。たぶん砂糖とか入るとだめ」
「この練りこみバターはどう選んだの?」
ノートにはあえて低脂肪マーガリンと書いてある
不飽和脂肪酸とか悪名高いマーガリンをなんでとおもったのだろうな
「クロワッサン割ったときに中が黄色いのは濃厚でちょっと思ってたのと違うんだ。コピーしたいホテルの味にマーガリン使われてるとは思わないけど脂肪が少ない方が近いとおもったの。量も出回ってるレシピより二割くらい少ないから、かえって健康的かもだし軽い味にしたかったんだ。」

強力粉200gと薄力粉40g、イースト菌5gにやや多めの塩8g、お湯の方が酵母の発酵によいらしいので少し沸かしてもらって水で割って推定40℃になるようにしてたした。練りこみ前のバターはエシュレにしてある。

時間がかかると思っていた最初のダマが取れるまで混ぜるのは
電動の器械であっという間だった。

ゆうこちゃんのうちのキッチンは広い。
シリコーンの台を広げてもらって菊練りみたいに
生地をこねてみた。

10分くらいこねては端っこをちぎって引っ張って
伸びを確認。ゆうこちゃんは見守ってくれてる。
僕の手製で母に届くことを尊重してくれてるんだろう。

「それはなにをしてるの?」
「うん、引っ張って千切れるような練りこみだとうまく焼けないらしいんだ。日本人のママさんの動画だとなんども冷蔵庫で冷やしながらバター練りこんだりしてるけど、ここでよくこねておけば生地が強くなってクロワッサンの層を何倍に折り込んでも焼けると、とある外人が言ってて外人の説をとった」

案外時間がかかったが動画で見てた通りの伸ばせる生地ができた。
まるめてラップに包む。

「ありがとう。今日できるのはここまで」
「そうだね。生地を寝かさなきゃ」
「うん、これすごく大きくなるからゆうこちゃんのうちじゃ場所取るね。
僕のうちの冷蔵庫は空けてあるから、そっちで膨らますよ。」
いつのまにか勝手にゆうこさんはゆうこちゃんになった。
「もしよかったら、最近コーヒーも頑張ってるんだ。
 その・・・うちで飲まない?」
「うん!ひさしぶりだね。お邪魔していい?」
「もちろん。ゆうこちゃんとこで広いキッチンと泡立て器と
 なんでもそろってて助かったよ。
 ほんとに狭いけど、コーヒー位ならなんとか淹れられる」

パン生地つくりは終わってみると簡単に片付く
クッキング台はあっという間に片付いて
大きなボウルはそのままお借りして(実家にはまずこのサイズのボウルがない)二人で家へ

なんだか滅入ってた気持ちが透き通っていくようだった
新婚の夫婦が二人で料理してるみたいだ。
大人っぽい美女なのにまるで小学生のときと変わらない
少女のように受け答えるゆうこちゃんともっと時間を過ごしたくて
お礼に何かふるまいたくて誘ってみた。
嬉しくて有頂天になっていたかもしれない。

「お邪魔します」
玄関が広い廊下に直結してる西本家と違い、段差の高いあがりがあって
狭い。居間に入ってもらった。
居間は元和室の砂壁、さみしいので母が施設に入ってからは自分の自作の絵を飾ってる。
馬に乗る西洋の騎馬武者を描いた1m長のデッサンと
抽象画みたいなS15というサイズの65cm正方形のアクリル画が目に入る。
学生時代にやってて最近またはじめた物理学の勉強の本と計算やりかけのノート(片づけてなかった)が広がってる。

「わぁ、すごい馬。これはシューちゃんが描いたの?」
「うん。」
「うまーい。飛び出してきそう。それと大きい絵ね」
「うまーいより飛び出してきそうって感想がうれしいな。
 下手でも生き生きした絵が好きだから」
「鉛筆じゃないよね?」
「木炭って言うんだ。黒の深みも浅い黒も幅広く表現できて
 絵を勉強する人は一時期没頭するよ」

美大が一般人向けに開放するサマースクールでおととし描いたものだ
3日もかけて美大受験生に混ざっておっさんが描いてたとはいいづらい
こんな歳になってなにを求めているのか・・・

「K大だよね?美術学部?」
「あはは。そんなのあそこにないよ。工学部だったよ」
「これ完全に趣味なの」
「うん。・・・あ、音楽はユーチューブでいいかな?」
「ありがとう、なんでもいいよ。」
スマホにUSBスピーカをつないで
最近聞いてるVaundyを選んだ。歌詞がこなれててどれも好きだ。
流行るのもよくわかる。
リズムのいい音楽が流れる。彼女の好みに合うだろうか

戸を開けて奥の部屋と台所へ生地をもっていく
「入っていい?」
「もちろん、ゆうこちゃんとこでキッチンまではいったのに^^
 でもうちはキッチンというよりは台所という感じだけど・・・」
ホントに狭いな^^はずかしいくらいだ。
母が来る前にかなり掃除しておいたのでそこだけは救いだけど

「一次発酵は常温で最低30分なんだけど寒いし、念のため二時間くらいかな。1.2倍くらいに膨らめばいいと動画でみたよ」
「うん、よく頭に入ってるね。とても初めてやったと思えないよ。シューちゃんって豆だよね」
「なにごとも調べるタイプかもしんない」
コーヒーは曳いてあるのをドリップ。
豆はカナリー諸島産なのだそうだ。
職場のある日比谷で何度か通った店で微妙な苦みが気に入って
曳いてもらってある。
少し細かめに曳いてあるから、入れる直前にフライパン
であぶってもいい。すこし炒り味がついて気に入ってる。

ろくなカップがないな^^
ねこの絵がある白くて丸いやつを出しておいた

むらしをしてじわじわ足していく

「なんかこだわりあるの?」
「どうだろう。おいしいといいけど。
 会社の近くのお気に入りのお店で買ったんだ」

はい出来たよと居間にもっていく
もう一杯もすぐできるから待っててと
お茶請けを置いてなかったのに気づいたが
ゆうこちゃんがうちからクッキーを持ってきていた

『くだらない愛で、僕たちはいつも笑っている
 繰り返す日々が、僕たちを悲しませるの』

音楽に重ねて意味もなく過ごす男女の時間を思い返すような
気に入ってるフレーズが流れてくる。
もう数か月前におそらく最後になる恋人を失った。
その気分と母に向き合う現実とが真逆なようで矛盾がなくて
不思議と懐かしく感じてこのアーティストを気に入ったんだろうと思う

ゆうこちゃんは計算したノートを眺めてた
「これはお仕事?」
「いや、趣味だよ。」
「ひえーむずかしいのね。なにやってるの?」
母が正月に来てやるつもりで終わらせられなかった
通信教育のレポートだった。
ラザフォード散乱という金属原子にα線ぶつけたときの
様子を記述する古典力学の課題としては基本的な問題だけど
久しぶりなので楕円積分みたいなのを忘れてて手こずってた。
出してないので成績もつかない^^
「うん、大学の力学の問題で昔1年生のときにやったはずなんだけどね^^忘れてて。仕事退職したらまた学校でも行こうかなって」

「あ、コーヒーおいしい」
「わあうれしい。お茶請けもありがとうね」
「シューちゃんっていろんなことしてるんだね」
「そうかな」
「あのね。ほんとに小さいころ
 お姉ちゃんがシューちゃんのことばっかり話してたことがあるの」
「え?あやちゃん?」
心臓がとまるような気がした。忘れてた。目の前にいるゆうこちゃんに気持ちが行っててまったく忘れていた。
「うん。シューちゃんがかわいいかわいいって
 もっと小さなたーくんとかそういう子じゃなくて
 シューちゃんが可愛いんだってよく言ってた」
そうなんだと生返事に聞こえないように驚いて見せた。
「でもあるとき突然言わなくなったの」
ひえ、なにを聞かれるだろう・・・
「中学とかでお姉ちゃん付き合う人もできて
 ぜんぜんシューちゃんと違うタイプだったの」
「あやちゃん中学で彼氏いたんだ」
「うん、でも帰り一緒に帰るとか、ちょっとどっかに行く程度で
 相手の家に長くいたとかもないよ。
 相手の人はお姉ちゃんと付き合ってるって
 自慢気味に喜んでたみたい。
 お姉ちゃんは否定してなかったな。すごいかっこいい人だった」
「そっか」
さすがに昔のことだし大丈夫だが
残念そうな顔になってないか心配しながら
なるべくたんたんと聞いてた。
「中学まではお姉ちゃんと同じ部屋で二段ベッドで寝てたの
 そしたら、高校受験前くらいかな。お姉ちゃんが寝言で
 シューちゃんって叫んで私目が覚めたの。びっくりしちゃった
 気づかないふりしてたけど」
え??
「なにかお姉ちゃんとあった?」
どんな顔してたんだろう・・・僕は
「いや、なにも。覚えてるだろうけど・・」
母が整理している自分の子供の写真のアルバムはすぐに取り出せた
「そのときの僕ってこれだぜ?」
「あはは。たしかにかわいい^^今見ると」
ぱんぱんに頬がふくらんで目はまるい。
「懐かしいなー。海の写真もある」

ゆうこちゃんとしばらく写真をみてた。
様々な思い出、忘れてたことを写真が記憶のかなたからひっぱりだす。

あやちゃんの今の旦那さんもすごくかっこいい人なのだそうだ
きっとあやちゃんは路線変更して、かわいい系からかっこいい系に移ったんだと。僕が可愛い系なのかといったら小学生の時はたしかにかわいいとのこと。そうか?少しバカそうだ^^と僕は笑った。

「お姉ちゃんは面食い」とゆうこちゃんは言い、あれは聞き間違いで
少なくとも中学時点では「シューちゃんはお姉ちゃんの眼中にはなかったね」と結論づけられた。もちろん異論はない。

「私はいまのシューちゃんかっこいいと思うよ」
「え???」コーヒーを吹き出しそうになった
「なんかジャンレノみたいで少し日本人っぽくないし
 お母さんのこととか一生懸命で見ててキュンとしたよ」
「・・・・」
「シューちゃん、彼女はいないの?」
知らないのか?
「結婚してるよ」
「彼女がいるかと聞いたのよ。私」ゆうこちゃんはほほえみを浮かべた
「・・・」
「いつも帰省は一人。たまに息子さん?車で来る
 おかあさんのとこは自転車で行ってるね。いつも一人
 前日からいて翌日ちょっと行って帰っていく
 奥さんを大事にもしてないし、たぶん大事にもされてないよね」
この美貌で離婚を経験してればなんでもお見通しだな。
彼女はどんな恋をして今に至ったのだろう。ゆうこちゃんこそ彼氏はいるのだろうか。

僕は時差で質問に答えてみた
「いないよ」
「いたことはある?」
「うん」
「そうよね。少し若く見える。若くありたいんだと思うし
 容姿を捨て去った男の人には見えないもの」

よくあるパターンだ。不思議なものでいつも唐突に始まる。
もう歳だしあきらめていたけど。
女の人から相手を持ち上げてこの手の話題を切り出すときは
100%の勝ち目を確信してて相手に興味があるときだ。
でも自信過剰な女の人は苦手だ。
最後の人が特にそうだった。
嫌になる程美しかったが身の丈に合う人がいい。
少し戸惑った。首を縦に振れば始まるかもしれない恋に躊躇した。

「私まだ若いかしら」

耳を疑った。ゆうこちゃんが自分の魅力に確信を持てずに
精一杯の虚勢を張っていたのなら
僕はそれを全力の誠意で否定しなければならない

「ゆうこちゃんはずっとずっと綺麗だよ。
 二つしか年が違わないとは思えない。
 こんなところで静かに暮らしてるのがもったいないくらい
 大人びて美しくなった。」

言葉に偽りはなかった。そして優しそうで離れがたくなる親しみやすさがあった。

隣り合って滑稽なアクリル画を見ていた。ゆうこちゃんの肩を引き寄せてみた。否定されれば辞めればいい。
ゆうこちゃんは素直だった。

少女がつけるコロンみたいな匂いがした。
まるで40年前に戻ったみたいだ、あの頃のゆうこちゃんには
それこそ眼中になかったろうが。

キスは当たり前のように受け入れられた。
ゆうこちゃんは膝に乗ってしがみつくように抱き着いてきた
僕は空いた手でほとんど空のカップ二つとクッキーの菓子鉢を
遠ざけた。

『言葉が深める惑星(ほし)の夜に今
 あなたを探して 
 答えた「心枯れるまで、共に笑っていよう」
 やっと二人 目を合わせて気付いたの』

リピートした曲のフレーズが僕らに言い訳をくれた。

久しぶりに抱きしめる女性の体の暖かさに僕は酔い痴れた。
繰り返したキスのあと
「そろそろ冷蔵庫かしら」
「うん、そうだね」
ゆうこちゃんを起たせてもう一度抱きしめて
頬にキスをした。たぶんこれから僕らは付き合えるんだろう。
願ってもない喜びが僕を満たした。

ラップに包んだ生地は予想通りに1.2倍に膨らんでた

空けてある冷蔵庫の棚にラップのまま入れた。
さらにこの二倍は膨らむはずだ。

「シューちゃん。これからもこの街に帰ってくるよね」
「ああ、帰る理由がもう一つできた。」
「シャワー浴びれる?」
「・・・うん。・・・俺でいいの?」
「言ったでしょ。シューちゃん素敵よ」
===========================
以下(2)マイミク&文芸部の人のみに公開
(2)読んでなくてもわかる(3)をこちらのコミュにアップします

コメント(2)

途中までは、親の介護等を描いた穏やかで緩やかな家族の肖像的な話で終わるのかなと思いましたが、さすが、期待を裏切りませんね。もう色恋沙汰は卒業したはずなのに……という展開にドキドキです。二人の会話に潜む緊張感や駆け引きが秀逸です。続きが楽しみです。
>>[1]
いやぁ・・・すみません ながくなってしまって
母においしいものつくってあげようと
いうのが最初の動機だったのだけど

親への愛を共通の思いにすれば・・
そういうことがあればありえない恋もすすまないかな・・・と
妄想でした^^

食べ物から味覚、音楽で聴覚、女性の香水で嗅覚とか
なんとなーく五感を表現する練習をしてたつもりでした…

毎度のありえん恋愛で申し訳ない^^です

ありがとうございます・・・コメントうれしいです このながながしいのを
すみません・・・

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