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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第112回 タイトル未定 たかーき作 ★第1部★

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幼少の頃に見覚えのある景色が、僕の眼前に広がってきていた。
朝出発したのに、気づけばもう14時。しかし今、歩きながらなぜか時間の感覚が、消えている気がした。何とも言えない不思議な感覚の中で、空を、そして長い畦道をただ眺めて、何も考えず、何も感じず、足だけは目的地に向かっている。

歩く途中、ふと、畑仕事をしている女性と目が合う。ふいに時間の感覚が戻ってくる。
「こんにちは」と僕は会釈をした。
「まあこんにちは。あなたは遠くからいらしたのかしら」
昔住んでいたんです、という事は言いたくなかった。
「旅行してるんです。ここで作っているのは、イスカですね?」
と僕は聞いた。
「…スイカ?いえ、スイカはここじゃ採れないよ。カボチャを作ってるのよ」
と、おばさんは言った。
カボチャを作っているのは嬉しかったが、イスカという言葉がやはり通じなかった事に、どうしようもなく切なくなった。同時に、このまま話していると『今日は何をしに来たのか』など探られる事になると思うと嫌で、適当に話を切り上げた。そしてまた歩き始める。

もうすぐ目的地につくだろうか。
あの場所には、当時を知る人はいるのだろうか?アカトルの祭りは、もうどこもやっていないのだろうか?

話す、という言葉は、離す、放すと同じ語源らしい。
自分の中にある物を、自分から「放す」事。
幼少時代の記憶を、長らく人に話す事ができずにいた。それが苦しく、重かった。だからもうそろそろ、「放し」たい。それが今から、そこに住んでいた頃について話したい理由だ。
それは僕にとっての原風景だった。
人間は、この世界はこういうものだというイメージを幼少期の原風景で作るという。それは僕にとっては、家の前によくいたトカゲや蛾の姿、一面に広がるカボチャ畑、蛙の鳴き声、生徒数が少ない小学校の古びた校舎、毎回同じ面子ばかりが集まる村の集会場の匂い、それに…不思議な親友の、あの明るいのか暗いのかよくわからない、立派な石造りの家。
謎の倉庫。
無骨で不気味な村長の無表情。
あの半透明のゾッとするアクセサリー。
意地悪な女子たち。
閉鎖的な村社会。

幼少期の事だ。自分で住みたい場所を選べた訳ではない。父が村外れの研究施設で仕事をする都合で、自分は何もわからぬままこの村に2年間住んだ。父に生前聞いたが、父のようにその研究所の関係者が毎年数人、この村に派遣され現地で農業に関する研究をしてたんだとか。ただこんな情報は、大人になってから意味がわかってくる事で、子供というのは物事の意味まではわからず何の解釈もなく、意味不明な物を無意味なまま記憶に焼き付ける。大人になって思い出す時、そういえばあの時のあれはこういう事だったんだと、気付きながら記憶に色が塗られる事がある。



「篠崎君。始めまして」
智樹は、自分の苗字を呼ばれた事に気付いた。少し高い声。元気な、それでいて優しそうな声。
椅子に座ったまま、首を右回りに後ろに、恐る恐る動かした。すると、智樹と同じ歳の子がいた。その子は、ニコニコと笑っている。
始めましてと言われたから、自分も始めましてと挨拶しないといけないのかな?と智樹はその子の顔を見ながら迷った。男の子かな?それにしては、随分かわいらしい顔だなあ、と思った。
「私…僕は、間矢雄彦です。よろしくお願いします」
とその子は挨拶した。
入学したての小学一年生同士だ。挨拶一つも辿々しい姿を、担任の女性教諭も、笑顔と、少しの緊張感を持って見ていた。
「こちらこそ。始めまして」智樹も引きつった顔で言い、遅れて「僕は、篠崎智樹です」と名乗った。
この間矢君という男の子は、一見しっかりしているけど少し変な感じの子だなあ、と智樹は思った。

その不思議な子は、別の新入生の男の子にも挨拶をした。田口だ。
「田口くん。始めまして。私…僕は、間矢雄彦です。よろしくお願いします」
田口。智樹は彼の事は入学前から聞いていたが、実はあまり好きではなかった。田口は、元気よくその男の子に「よろしくな!」と返事をしたが、その時ふと田口の目が移り、こっち、智樹の目を少し睨んだように感じて、智樹は怖くて目を逸らした。その隙に、その不思議な男の子は元々自分が座っていた席に戻って、そこにいた、あと一人の新入生が女の子なのだが、彼女と会話を始めた。
女の子と、その間矢という不思議な男の子は、始めましてではないらしい。楽しくお喋りをしているようだ。

村に来たばかりの智樹は、緊張というより恐怖心に怯えながら入学したと言っても良い。智樹含め、4人しかいない新入生。智樹は怖かった。女の子と、不思議な男の子は、村の元々の住人。それに気の強そうな田口という男の子、そして智樹。
田口と、智樹の二人は親の仕事の都合で村に入ってきたいわば「部外者」だ。
智樹の両親は、いじめに合ったりしないだろうか?と入学早々心配していた。そんな中、田口家と篠崎家(智樹の家)は親同士が同じ研究所勤めでたまたま子供が同級生という事で、親同士の結束が強く、『ここは閉鎖的な村らしいと言うが、私達都会から越してきた家族にしかわからない事を共有して、お互い頑張りましょうよ』『辛い事があっても力を合わせましょう』と、二家族は引越した直後から交流があった。だから子供同士も是非仲良くしてほしいと言う思いから智樹は、『学校で、田口君とよく遊びなさい』と言われたものだった。
なのに智樹は、声が大きく喧嘩も強そうな田口に対して、緊張し、仲良くしたいとあまり思えないでいた。だから心細かった。
そんな中、最初に声をかけてくれたのは田口ではなく、間矢君だった。緊張していた智樹の心に光が指し、結局田口とは挨拶ができず、代わりに、その子とお話をしたいと思った。

「篠崎くーん」
また、間矢君から智樹に声をかけられた。智樹はすぐに振り向いて、その子の顔を見る。先ほどと同じで、ニコニコ笑っていた。
「うん。なあに?」と、智樹も笑顔を作って返す。
「あのね。篠崎くんと私は、おうちが近いんだよ。これから、一緒に帰ろうよ」
「ほんとに?」
智樹は嬉しくなった。尤もその日は小学一年生にとって初めて学校に来た日だったから、担任が4人の新入生と付き添って帰る事になっていたのだが、智樹は、これから是非一緒に登下校したいと思った。
4人のうち、女の子だけは学校の比較的近くに家がある。彼女の母親が迎えに来ていた。
「まどかちゃん。また明日」
彼女に別れを告げると、残り3人の同級生と担任のは、途中で家が別になるまで一緒に歩きはじめた。

不意に、
「おい篠崎」
それは喋りたいと思っていた間矢君ではなく田口が、智樹の事を苗字で呼んだのだ。智樹はビクッとして「え、何!?」と変な声で聞き返した。
「俺の母さんがお前と仲良くしろって言ってた」
「ああ。うん、うちも…」
「お前と今日挨拶してなかっただろ?挨拶しろよ。よろしくな」
田口は少し乱暴な言い方て、挨拶しなかった事を拗ねてるようだった。それでも声をかけてくれる事が、彼なりの親切というか、彼も気恥ずかしいのを頑張って話しかけて暮れてるんだ、そう感じた智樹は少し恐怖心が和らいだ。
「よろしくね」
「明日キャッチボールしようぜ。じゃ、俺の家ここだから」と、言うと実は彼がそう言った場所が田口の家の前なのだった。そこは、4世帯くらいのとても古いアパートだ。
「なんだ、ここが家だったの」
「おう、じゃあなー!」と、田口は元気よく言った。

後は担任の先生を除いて、
智樹と、その間矢君というその不思議な子の二人きりになった。

「…ねえ。篠崎君」
その不思議な男の子は、やはりニコニコした表情で、智樹に話しかけた。
「なーに?間矢君」
「お名前は智樹君って言うんだね。ねえ、智君って呼んでいいかなあ?」
「え?ありがとう。いいよ」
その子に、親しみやすいあだ名で呼んで貰える事になり、嬉しかった。
「やった!嬉しい。智君よろしくね。ねえねえ、私…僕なんだけど」
彼は自身を「私」と呼んだと思えば、なぜか急に「僕」と呼び直したりする。なんだか男か女かわからないなと智樹は感じる。
「あ、待って。間矢雄彦(たけひこ)君だよね?じゃあ、タケくんかな?」
「うんとね、私ね、タケって言う感じじゃないからね、ユウって呼んでくれてもいい?」
彼は言った。それは雄の字の音読みからかもしれないが、小学一年の智樹にはなぜユウなのかわからなかった。
「ユウくん?」
「うんとね、ユウちゃんがいいな」
「ユウちゃん。わかった」と智樹は言った。そして、「いい名前だね」と付け加えた。
すると元々にこやかなその子の…ユウちゃんの表情は、一層柔らかくなって、
「ありがとう!嬉しい、可愛いでしょ?あのね、私たけひこって感じじゃなくて、ユウちゃんって凄く似合ってると思わない?」
「うん。ユウちゃんもいいし、タケくんも格好いいと思うけど」
「そう?格好いいのって、ちょっと苦手で…」
ユウちゃんは、少し戸惑ってしまったようだ。
「ごめんね。ねえ。僕、今日ユウちゃんと話せて楽しかったよ」
「ほんとに?良かった!ねえ、智君はこの村に来て、寂しいでしょ?お父さんもね、智君と、田口くんに仲良くしなさいって言ってたの!ねえ、何か困った事無い?相談乗るよ。私のお父さん村長さんだから、何でも助けてくれるのよ」
ユウちゃんはとても親切な事を言ってくれる。
「え、村長さんなの?」
「そうなの。私のお父さんですが、間矢泰彦といいます」と、ユウちゃんは急にそこだけ不自然にですます調で言った。「それでね。お父さんはこの村でイスカのね、栽培管理っていう事をしてるんだって」
「さいばいかんり?」
「それにね、アカトルのお祭りの時もね、私のお父さんがやります」また、急なですます調。何をやりますと言っているのかは、よくわからなかった。「だから、何でもできるからぜひ相談してね。あ、智君のお家は、もう少し先?ねえ、あっち、右の方にね、私の家がすぐ見えるよ。大きな家なの」

ユウちゃんの、右手に見えてきたのは無骨で少し威圧感のある、高い屋根の家だった。

古い日本家屋のような木造住宅ではない。屋根は瓦葺きなどではなく、三角形の屋根ではなく、平らな形の天井だ。全体的に四角いというか、やや台形の形をしている。見るからに頑丈そうに見えるのだが、コンクリート製という事でもない。色が白をベースにやや黄ばみと言うか、自然とオレンジがかって変色したような色に見える。実はそれは石造建築で、元は白い石材製であったろうものが恐らく何十年も風雨に晒され、変色したもののようであった。2階建てか3階建てほどの高度があり、こんな建物が何十年も前からあるとすれば日本の農村には実に不釣り合いだ。
そしてその聳える建築物の正面に、一つ、これまた大きな、背の高い人でも余裕で通れそうな高さのドアがある。今、まさにその扉が、開く姿が見えた。そこから、一人の人が現れるのが智樹にもわかった。それは、上下とも白い服を着た男性で、かなり大きな人だ。肌の色は、随分と日焼けしているように見える。豊かな黒髪を生やしているが、年齢は中年と言った所。
その男性は、出てくるなり、智樹やユウちゃん、それに引率している担任の先生の方向を見てきた。睨みつけている訳ではなく、優しくもなく、微かな威圧を感じる。遠いからか、浅黒い肌色のせいか、その表情が読み取れない。少なくとも、笑っているようには見えないし、怒っている訳でもなさそう。普通の人から発するのと違うオーラを出しているのがわかる。
「智君。今日は楽しかったよ。また明日、一緒に帰ろうね」
急にユウちゃんがそう言い、その人物に意識を奪われていた智樹に、時間の感覚が戻ってきた。
「お父さん。ただいま!」
その男に向かって、ユウちゃんが走っていった。彼はユウちゃんの手を取った。特に表情がにこやかになったようには見えない。何も変わらず、そしてこちらに対して何も言わず、後ろを向いて手を握りながらドアの向こうへ消えていく。そして、ユウちゃんが入った後、ドアは黙って閉じられた。
…智樹は、隣に立っている引率の担任の先生が、さっきからずっと黙ってその家に向かってお辞儀をした状態のままだと気付いた。
「先生?」
「…あっ!ごめんね。篠崎君。はい、あなたのお家はこの先もうすぐだよね。さ、行きましょう」
「…はい」
先生はそういったが、何か取り繕った表情というか、違和感は幼い智樹にもわかった。

「さあ、よく歩いたわね。明日からも学校頑張ってこようね」
先生がそう言ったのは智樹の家についた時だった。智樹たちの家族は田口のように、父の会社が提供する安くて狭いアパートに住む事を選ばなかった。古民家が賃貸になっていて、そこに住んだのだが、それが間矢家の近くだったのだ。
「わかりました」
「素晴らしい!そうそう、篠崎くん一つ大事な事があるんだけど」
「…はい」
「間矢君の事を、ユウちゃんって呼ぶ事にしたの?それはいいわね。ところで、間矢君のお父さんですが。間矢泰彦さんといいます。」
と、担任の先生は言った。
「…はいはい。篠崎くんのお家ね。お疲れ様。あ、お母さんが出迎えてくれてるわね!」
そこへ、智樹の母親が、出迎えに出てきてくれた。智樹は、今担任の先生が、ユウちゃんと同じ事を言ったような気がして、何か言葉にならないものを感じた。笑顔を作りきれなくて、中途半端な感情のまま、母親のもとへ歩いていった。



あった!
事前に調べた通り、この場所に父が働いていた「〇〇立植物学研究所」の建物が残っていた。
知っていた場所を一つ見つけ、今まで自分の脳内だけにあった覚束ない記憶が、実は記憶違いの壮大なフィクションだったのではないかという不安が、一つ解消された感じだ。しかし施設はもう営業していない。朽ち果てて辛うじて残っている。

年配の女性が通りがかった。
60代くらいだろうか。そう言えば1,2年生の時の担任の先生は、当時30歳くらいだった。今なら60代だろう。そうそう、同級生のまどかちゃんだったら、私と同じ30代か。勿論通りがかった女性とは何も関係ないのだが、もしこの場所で先生や、まどかちゃんなんかと偶然ばったり遭遇したら…なんて事を想像してしまう。しかし残念ながら、その赤の他人の女性は、別に僕の郷愁を誘う訳ではなかった。

「ごめん下さい」
その歩いている女性に話しかけた。
「私は実はこの地域一帯の郷土史を研究してまして、フィールドワークをしているんですが…」
僕はそう偽ったが、本音は、アカトルの祭りや、そこで行われたイスカを使った儀式、あの大理石の家、そして僕の住んでいた家について知っていないか聞き出す目的だった。
「…ああ、この施設?10年も前に閉鎖したよ。確か黒カボチャの研究をしてたよね」
「そうなんですね」
と僕は言った。続けて、
「ありがとうございます。西の…あっちに集落があったと思いますが、ご存知ですか?」
そういってかつて自分の家があった場所の方角を指した。
「あ、あ、いや私も、あっちの方は詳しくなくてねえ」
彼女は言葉を濁した。間違ってないと思うのだが。この辺りに長く住む人でも、近くの事をわからないものだろうか?
「そうですか、私の情報が間違っていたのかな。そうそう。この辺りの地域で行われていたという祭祀につきまして…」
「え?ごめんなさい。ちょっと知らないわ」
それ以上、彼女から情報は聞けなかった。
だめだ、こうしている場合じゃないな、と思った。まだ父の職場しか行けていない。住んでいた家があった場所まで、行ってみたい。
女性に頭を下げてお礼を言うと、また僕は歩き続けた。

誰にも邪魔されず、長閑な景色に包まれながら歩いていく。
ああ、間違いなくこの感覚は子どもの時に覚えたあの感じ。また時間の意識がぼやけてくる。頭の中に色々な考えが浮かぶ。
そのまま考え事に浸ってよう。

(…そう言えば、なんでイスカって言うんだろう)
あの村ではカボチャという言葉を誰も使っていなかった。なぜか皆、イスカと呼ぶのだ。僕も物心ついた頃から不思議に思う事もなく、そういう名前と記憶していたし、その村を出てから、イスカと言ったら周りから何それと言われて、初めてあの村固有の言い方だったんだと知った。このイスカの由来を調べようとしたが、ネットで検索してもわからず、未だその言葉を知っている人に会った事がない。
物の名前とは、どう決まるのだろう?伝来した地の名前から取るというのは一つのパターンだ。例えば、カボチャという言葉は、カンボジア経由で伝来した事に由来するという。
じゃあイスカは? 奈良の飛鳥とかを経由して伝わったのか…等と考えるがわからない。
ま、スイカを捩ったのだろうと思う事にしてる。ただここの黒いカボチャは、サイズは小振りで縦長で、スイカを連想するには無理はあるし、味もスイカっぽいなどはなかったはず。
そして、イスカを使ったお祭りのアカトル。これも語源がわからない。確かにアカトルと皆言っていたし、記憶違いじゃないはずだが、釈然としない。
秋のお祭りで、カボチャを使ったと言うと、今ならあれを連想するだろう。ある意味あれにそっくりの風習。でも全くの別物だ。僕が昔見たのはあんな可愛らしいカボチャじゃない。怖かった…。

(…ああ、怖い経験ほど、どうして思い出してしまうんだろう)
いや、どうして覚えてしまうんだろうと考えた方がいいのか。
お祭りだけじゃない。怖い体験と言えば村に住んでいた当時、イベントがあるたび母と集会場に行かさせられていたっけ。何の会合だったのかなんて、もう覚えていない。けど、母はずっとピリピリしていた気がする。
そう言えばある時、集会場で母が、村長さんと何かの話をしていたんだけど、その間は母は明るく笑っていたのだが、終わって家に帰って家族だけになった途端いきなり涙を流し、泣き出したという事があった。何があったのかは、聞けなかったから、今でも知らない。子供心に、あれはびっくりしたというか、心が抉られるように不安を覚えた。

(…なんで、田口ともっと仲良くできなかったのかな)
急にそんな事も思う。
あの頃、母や父によく「智樹。ユウちゃんと仲良くしてるの?それもいいけど、もっと田口君とも遊びなさい」と言われたけどその度に渋った。しかし、本当にそうすべきだったと思う。
田口なんかより、間矢家の方がずっと恐ろしかった。
(…言いたくないけど、なんでユウちゃんと、仲良くなってしまったんだろう)
でも、そんな事を思ってしまう自分を殴りたくなる。親切にしてくれたユウちゃんだ。そのユウちゃんとの思い出に、真っ黒な色を塗る事はできないだろう。例えその後で、あんな恐ろしい事があったとはいえ…。

村長、つまり泰彦さんが来る時は、緊張して怖かった。泰彦さんの笑っている顔は見た事がない。何を考えているかわからない方だった。対象的に、長男のユウちゃんは、笑っていない顔を見た事がない。ある意味、ユウちゃんもまた、わからない子だった。
田舎の話で、別に村八分とは言わないが、住民に気に入られないと陰湿ないじめを受けてしまうという話は聞く事がある。
認めたくないけど、うち、それだったんじゃないかな。
だって、ごちゃごちゃ考えるより、そういう事だと認めてしまえば、色々、辻褄が合ってしまうんだから。



2学期の事。智樹は、また田口からキャッチボールに誘われていた。
いつもそうだ。智樹もボール遊びが苦手ではないが、田口はとても上手かった。その田口に、誘われると言うか、命令されるように智樹はボール遊びに付き合わされた。
智樹がボールを取れないと、田口はすぐ
「何やってんだよ」
「こんなのも取れねーの?」
などと怒った。
智樹のボールを田口が外す事はなく、何度やっても、田口が勝つのだった。
一学年の生徒はたったの4人。二人がキャッチボールをする時は、残りの二人、まどかとユウちゃんが見学し、応援しているのが常だった。ユウちゃんは、たまにいない事はあったが、まどかは必ず見ていて、田口を応援している。少ない人数だから、いつも一緒に遊ぶ事になるし、遊びの内容も同じになってしまう。たまにまどかやユウちゃんも入るのだが、田口は、実力が見合わずにつまらなくなってしまうイライラを智樹にぶつけてしまっていた。
それでも4人もいるのは最近では多いと言われた。実際、その小学校の2年生などは1人も生徒がいないのだ。智樹の両親が聞いたのは、1人いたのだが、2年生に上がる前にいなくなったため0人になったとの事。

田口に対して最初の頃は仲良くできていたのかもしれない。でも智樹は、もうあまりそう思っていなかった。

「ユウちゃん。一緒に帰ろ」
智樹は、ユウちゃんとの仲をすっかり深めていた。
「うん!」
ユウちゃんも、彼に誘われるといつも幸せそうな声を上げて、智樹の手を握るのだ。そして、その右手を智樹の左手と繋いで、その手を繋いだまま二人で校門を出て、自宅まで一緒に帰るのが日常になっていた。そうして間矢家の長男と、智樹の二人が仲睦まじくしているという話は、村人の間で名物になりつつあった。
「今日も僕、キャッチボール負けちゃって悔しい」と、智樹は恥ずかしそうにユウちゃんに話す。智樹にとって、ユウちゃんは悩みを打ち明けられる相手になっていた。
「全然、悔しがる事なんて無いよ。田口君、強すぎるよね。それに僕…私は全然スポーツができないから、できるのって、田口君と智君だけだもんね」
確かにその通り、智樹は田口には負けても、そこまで下手ではなかった。ただユウちゃんに言わなかったが、本当に悔しいのはまどかが見ている前でいつも負けている事だった。まどかは、明らかに、田口の事を格好いいと思っているだろうから。
それに、ユウちゃんは何故かわからないけど、たまに皆で遊ばないで、大人達と話をしている事があった。何故だろう?しかし、智樹が恥ずかしい思いをしている時にそうしてくれるのは、きっとユウちゃんの親切なんだ、と智樹は思っていた。
「智君。今日、勉強教えてもらえて嬉しかった。ねえ、私の使ってたノートなんだけど。聞いて。ホントはあれね、まどかちゃんに貰ったんだよ」
「そうなの?」
ユウちゃんは授業で使っていた、女の子向けのアニメの絵が書いてある自由帳の事を話していた。
「うん。だってね、欲しかったんだけど、お父さんが買ってくれないの。私変かなあ。やっぱり女の子みたいなのが好きなの、でもまどかちゃんすっごい優しくて、私、それ欲しいって言った事無いのね。なのに、2冊あるから1冊あげるってね、言ってくれたんだよ。なんでわかったのって言ったらね、まどかちゃんの持ってるのを、羨ましそうに見てたからって。凄く優しいよね」
ユウちゃんは、こうして他愛のない話を沢山するのが好きだった。智樹は、それを聞くのが好きだった。信頼できる友人がいる事の喜びかもしれない。色々話をするユウちゃんを見ているのが好きだった。そう言えばユウちゃんは、最近、髪を伸ばしたようだ。入学してからしばらくは男の子らしく、短髪にしていたが、今は男の子にしては長めだ。
「よく、まどかちゃんと家で遊ぶんだ。ねえ智君、まどかちゃんと、あんまりお話できてないでしょ?まどかちゃんと、今度、一緒に遊びに来ない?」
「え、うん。行きたいな。行かせてくれるの?」
智樹は嬉しく答えた。まどかとも話をしたいと思っていた。
…しかし、そうするとあの石造りの怖い家に入り、お父さんの泰彦さんと目を合わせる事になる、と答えてから気付いた。

次の日曜日。いつも通学路で手前を通るだけのあの石造りの家。そこに向かう方向道へ分け入り、その家の前に緊張しながら初めて智樹は立つ。
時間にここで待ってて、と言われた。ユウちゃんは出てくるのだろうか?泰彦さんが出てくるのか?…いや、そうだとしても案外泰彦さんは気さくな人だったり、一緒に遊んでくれる様な所があるかもしれない。そんな展開を頭の中で考えて気休めをしていると、
「智君!こんにちは」
と、ユウちゃんの声がして、あの大きなドアを開いて内側から手を振っているのが見えた。
「今日はね、お父さんはいないんだ。さあどうぞ!」

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