ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

chopstick undergroundコミュのリルケとわたし

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


良いBARがある。良いBARには二つの定義がある。完全わたし目線の。

ひとつ、
一人で行きやすく
ふたつ、
一人がより楽しめる

これに限る。あなたがもし良いBARを発見して、日常と私的事物からほんのひとときほど行方不明になりたいと願うほうの人間であるならば、良いBARはあなたの大切な場所と同時にあかせない秘密になる。
友人知人恋人夫婦、を連れていくのはもちろん、会社の接待に使用するなどもってのほかである。本当に良いBARに出会うのは人生でも稀な出会いのひとつであるから、ひっそりと楽しむのが粋好みである。


そのBARは市街地から車で走ること30分。郊外の閑散とした場所にある。まばらな住宅と空き地。川の向こうがわには竹林。気がついたようにふいに見える公園が何故かわざとらしい。とにかくそんな純朴な風景の中にひときわの違和感が発生する。
ピンク色のペンキを塗りたくった安い外壁に赤い電飾のハートマーク。漫画調のバニーガールがウィンクする看板を掲げるその店の外観が放つ違和感は、まるで映画、タランティーノとロバートロドリゲスの「フロム ダスク ティル ドゥーン」の世界。営業時間ももちろん日没から夜明けまで。わたしの好きな店、悪趣味ここに極まり、だ。

マスターはタトゥーとボディピアスだらけの好青年だ。好青年、という言葉は彼のその風貌からは適切な表現ではないが、彼はとても穏やかで礼儀正しく、博識だが控え目で聞き上手のいわゆるプロフェッショナル。バーテンダーの鏡のような人物だ。店が深夜帯に混みはじても、忙しさを客に全く感じさせない接客とさばき方は見事だ。これはサービス業に限らず人間の資質として重要な事と思える。状況が切迫してくると人が違ったようにテンパる人間がいるが、そういった人に必要なのは、冷静さというよりもむしろ知性なのだ。以前わたしはマスターにタトゥーやボディピアスで体を装飾するのは血を断つ行為、つまり心理学で言うところの親殺しだ、と言ったことがあった。マスターは穏やかにこう答えた。「ぼくの場合は谷崎潤一郎の小説、刺青、ですよ」


夏の夕方、まだ早い時分で店内に客はわたし一人。わたしはビールを飲みながら、マスターがアイスピックで砕いていく氷を見ていた。裏口のドアが開いてエマちゃんがスーパーマーケットの袋を両手に入ってくる。「あ、リルケさん今日は早いね。ねえ、暑くて死にそうだからわたしにもビールちょうだい」
わたしが、いいよ、と言うよりも速くサーバーから生ビールが注ぎ出される。エマちゃんの喉が鳴り、ほんの二息ほどでジョッキが空になる。惚れ惚れするような気持ちの良い飲みっぷりだ。あるべきところに事物が形良くおさまるような。砂漠の大地を涼しい雨が濡らすような。ねえ、もう一杯いいかな、リルケさん?

エマちゃんはイコール大酒飲みの看板娘で沖縄県出身である。マスターいわく、店の売り上げの半分はエマちゃんが飲んで稼いでいる、らしい。天真爛漫で奔放な言動と、密度の濃い、何か綺麗な宝石のような容姿で客の間でも大人気である。そんなエマちゃんには特技、というか不思議な六感的能力があり、エマちゃんの占いは驚くほど当たる。そういったことにはじめは眉唾で難色をしめしていたわたしも自動車事故に気をつけて、と忠告された翌日に実際事故を体験し、大事には至らなかったもの、肝を冷やす思いをした。沖縄には民間の霊媒師「ユタ」と呼ばれる人々が多数存在しており、ユタにお祓いしてもらったり、占い、あるいはことあるごとに相談したりというのは沖縄では割と一般的なことらしい。もちろん色々なユタがいるので、当たるも八卦当たらぬも八卦、というのが認識として妥当だろうが、エマちゃんの家系は代々続く有名なユタの血筋であるらしい。彼女いわく、どうせユタになるんだから、母が存命のうちは好きなように生きる。
わたしは事故の一件以来、すっかりエマちゃん信者に落ち着き、様々な質問をアルコールにして彼女と交換した。月並みではあるが、恋愛や結婚について、仕事について、そしてわたしをいつか待っているであろうひとつの「死」について。
エマちゃんはわからないことははっきりとわからない、と言う。時折言葉を濁すのは、それは知らなくていい、という彼女なりの配慮でもある。
わたしの「死」についての質問は彼女を爆笑させた。「ねえ、怒らないで聞いてね、あなたはとても珍しい死に方をするわ、ユニークでユーモアのある。詳しいことは言わないけど、それは自殺だとか、事件事故の類いではなくて、なんというか、ネガティブでない、ある意味詩的な最後でもあるかもね」
「なんだかよくわからないが、薔薇のトゲが刺さって死ぬとか?」
そんな詩人いましたね、マスターは穏やかな笑顔でボルドーグラスをウエスで磨いている。ドイツ、でしたか?
「いや、オーストリア、リルケ、だね」

そんなわけでわたしはこの件から「リルケ」と通名されるようになる。わたしのキープボトルの札はリルケ、ここに安らかに眠る。



コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

chopstick underground 更新情報

chopstick undergroundのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。