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名言集コミュの11月の名言集

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コメント(15)

【相手の心をつかむ秘訣】


樺旦純氏の心に響く言葉より…


「おしゃべりな人は他人の話をする。

つまらない人は自分の話をする。

話上手な人は耳を傾けてくれているあなた自身の話をする」

……W・L・マッケンジー・キング(カナダ元首相)


何かにつけて、「私は、私は」と、自分のことばかり話題にしたがる人がいる。

誰かが話題を変えようとしても、

「私の彼は…」

「私の家では…」

と半ば強引に自分の話に持っていこうとする。

周囲の人たちがウンザリしていることはお構いなしで、延々と自分のことを喋り続ける…。


自分のことばかり話題にする人は、目立ちたがり屋で自意識が高く、他人への関心は薄い。

会話は自分中心でないと気が済まず、人の話は聞いていない。

人からよく見られたいという気持ちが強く、見栄っぱりなので、自慢話が多い。

自分をほめてくれる相手を常に求めている。

どんな人でも、他人から厳しいことを言われるより、優しい言葉をかけてくれる人を好ましく感じるものだが、このタイプの人は歯の浮くようなお世辞に弱いので、悪徳セールスに騙されやすい。


「話し上手な人とはどんな人か?」と聞くと、「よく喋る人」「能弁な人」「話が面白い人」を思い浮かべる人は多いが、聞き手が白けているのでは会話は楽しめない。

話し上手な人とは、よく喋る人ではなく、会話を楽しくしようとする人である。


人は基本的に、聞くことより、話すことのほうが好きである。

自分の言いたいことを話せたときは、誰しも気分がいい。

他人の話に耳を傾けるのも、自分の話も聞いてほしいと思うからだ。

そして、楽しい会話のできる相手とは、また会って話したいと思う。

ところが、話したいことがあっても、会話をいつも一人で独占している人がいたら、快くは思わない。


フランスの思想家ラ・ロシュフコーは、「語り合ってみて理性も好感も感じられない人が多いのは、自分の言いたいことで頭がいっぱいで、相手の言葉に耳を貸さない連中が多いからだ」と言っている。

時代や国を問わず、自分の話をしたがる人は多いようだ。

若い世代になるほど自己表現が下手だと言われるが、老人が長々と自分の話ばかりしているのを聞くと、歳はあまり関係ないだろう。


保険の外交で大成功したフランク・ベドガーは、自叙伝の中で、相手の心をつかむ秘訣は、「まず相手の話を聞くこと」と書いてある。

一方的に喋るだけで、聞き手は無関心だったら、それは独りよがりの会話なのである。


『ちょっとしたひと言で疲れさせる人会いたくなる人』青春出版社


聞き上手な人は、「相づち」、「うなずき」、「驚きの表情」が多い。

相手をしっかり見て、にこやかに同意したり、聞き返したり、さらにそれを掘り下げて質問したりする。

相手を主役にして、自分より相手の喋る時間を常に多くする人だ。


講演会でも、「今日は聞き手が素晴らしかった」と、講師に言われるときは、聴衆が随所で、うなずいたり、驚きの声を発したり、大笑いしたときだ。

年に何十回と講演するプロの講師でさえ、そういう聴衆の前では、話しやすくなり、一段と講演に熱が入る。


歌舞伎の世界では、「見巧者(みごうしゃ)」と言う言葉がある。

芝居の世界に通じていて、見るのが巧みな人であり、上手な人を指す。


同様に、聞くのが上手な人を「聞き巧者」という。

聞き上手な人のことだ。

聞き上手な人の前では、誰でも気持ち良く長い時間、喋ってしまう。


聞き上手な人は誰からも好かれる。
【ゴッホとセザンヌ】


岡本太郎氏の心に響く言葉より…


絵の値段と、芸術的価値とはまったく関係がない。

むしろ、つまらない媚びたような絵こそ、高い値段で売り買いされることが多いんだね。


ところが、一般の人は、とかく値段を評価の基準にしてしまうだろう。

ほう、これが何億円の絵ですか、なるほど素晴らしい、なんて絵そのものより値段のほうに感心して、ぞろぞろ人がつめかけたりする。

こんなバカバカしいことはないよ。


いくら値段が高くたって、それが必ずしもその画家の偉大さを表しているとはかぎらない。

よい例がゴッホやセザンヌだ。


このふたりの絵は現在最高の値段だが、ゴッホは生きている間は一枚も絵が売れなかった。

セザンヌは67歳で死ぬまでに、一生の間でわずか3枚しか売れなかった。

3枚しか売れなかったというのは、ぜんぜん売れなかったのとおなじだ。


だから、生きているときにその人の絵が安かったからといって、価値がないとは言えない。

ふたりとも亡くなってからその絵が評価された。

ほんとうの価値は死後わかる場合だってあるんだよ。


この事実を見ても、いま生きている芸術家の絵が高いから安いからといって、それが必ずしもその画家の芸術的価値につながるとは言えないことがわかるだろう。

ほんとうの芸術とは時代を超えたものなんだ。

しかし、時代を超えていると値段はつかないものでね。


だからその画家が亡くなってから高価なものになる。

そのときになって、世の中の人ははじめて彼の芸術の偉大さに気づくものなんだよ。


『自分の運命に盾を突け』青春出版社


芸術作品の評価というような大それたことでなくても、我々一般人は、中身の価値より、値段やブランドやパッケージなどで評価してしまうことが多い。

ワインや日本酒などはいい例だ。

中身の味よりも、ついついブランドや価格で評価してしまう。


飲食店などのランキングサイトも同じだ。

自分の目で確かめずに、他人の評価をあてにしてしまう。


独自の選択眼を持つのは確かに難しい。

今はまだ、世間で評価されていないモノを評価するには、それなりの経験と勇気が必要だからだ。


ホンモノを見極める目を持てる人でありたい。
【こんにちは!】

志賀内泰弘氏の心に響く言葉より…


ある年の四月、底抜けに明るい女子社員が入ってきた。

Kさん、二十歳。

総務課へ配属された。

お客様なら「いらっしゃいませ!」、他の課員なら「こんにちは!」と大声で挨拶する。

あまりの声の大きさに、一歩退いてしまうほど。

まるで、威勢のいい魚屋さんだ。

たぶん新人なので、人事課の新人研修をバカ正直に守っているのだろう、と思っていた。


その後も、その勢いは止まらなかった。

Kさんは、ビルの廊下やエレベーターの中で、すれ違う人すべてに、

「こんにちは!」

と連呼する。


正直、少し戸惑っていた。

同じ会社の中で、全く面識のない人にも「こんにちは」と言うことに、違和感を覚えていたのだ。

せいぜい一礼するくらいが、自然ではないかと。


ところが、夏を迎える頃、社内に異変が起きた。

他の課の女性も「こんにちは」と言うようになってきたのだ。

全く、名前も顔も知らない女性から挨拶されると、ドギマギしてしまう。


小さな声で、

「こんにちは」

と返事をする部課長の姿が、アチコチで見られるようになった。

それは、人から人へと伝染していった。

やがて、男性も女性も、平社員も管理職も「こんにちは」と挨拶するようになってしまった。

すると、あら不思議、いつの間にか私自身が抱いていた違和感もなくなったのだ。


腐ったみかんが一つでもあると、みかん箱の中は全部腐ってしまうという。

kさんの場合は、その逆だ。

たった一人の元気が、全員に伝染したのである。

それも、一年かかって。


ふと思った。

ひょっとして、たった一人の力でも、世の中は変えられるんじゃないかと。

言い訳していただけじゃないかと。

会社という組織の中に、長いこと居るせいで、心がくすんでいたのかもしれない。

翌年もまた、総務課に新人が配属された。

Kさんの隣に座って、「いらっしゃいませ!」「こんにちは!」と大声が響く。

パワーは二倍になった。


『元気がでてくる「いい話」』グラフ社


脳力開発の城野宏氏の「変革の指針」の中に次のような言葉がある。

「悪条件の中で建設を推進できる者が真のリーダーである」


リーダーとは、なにも役職が上の人がなるわけではない。

たとえ新入社員であっても、変革をすすめることができる人はリーダーだ。

逆に言うなら、仮に社長であっても、変革することができない人はリーダーとは言えない。


変革とは、時間をかけて一歩ずつ一口ずつ、自分が先頭に立って、周りを一人ずつ巻き込みながら、実践をくり返すこと。

そして…

いつも、変革はたった一人から始まる。
【成長すること】


工学博士、上原春男氏の心に響く言葉より…


人間というのは本来、成長するようにできています。

成長がおぼつかないとしたら、それは外的要因ではなく、自分自身の姿勢や考え方に原因があるのです。


そもそも、なぜ人や組織は成長しなければならないのでしょうか。

「成長しなくても、現状維持で十分だ」という人や企業の経営者がいるとしたら、それは重大な危機を招くことになります。

成長するものだけが、生き残るのです。

現状維持にとどまるものは、即、衰退に向かうのです。

伸びている会社でも、その現状に満足してしまったら、その瞬間にその組織は下りの階段を転がり落ちていくことになります。


成長したいという欲求は、人間だけがもつ欲求で、他の動物にその欲求はありません。

心理学者のマズロー博士がいうように、私たち人間は低次元の欲求から始まって、しだいにそれを高次元化させていく。

つまり欲求を段階的に「進化」させていく動物です。

衣食住が満たされたら、次は知識欲、さらには自己実現欲というように、たえず欲求を高度化させずにはいられません。


しかしそれは悪いことではありません。

その欲求の進化こそが、人間に「成長」を促す大きな動力となり、幸福の要因ともなるからです。

ささやかな望みから大きな夢にいたるまで、一つひとつ目標を描き、それを段階的に達成していくことに人間の喜びや幸せがあり、また、その達成プロセスを通じて自分自身の能力や人間性を高めていくこと、それが成長ということなのです。


したがって、私たちが欲求を満たし、それを進化させていく過程とは、そのまま人間が成長する過程であり、その意味で、人間はもともと「成長したい」という欲求を供えた動物であるといえます。

そして、その自然の欲求に沿って成長をめざすことが、人間に生きる活力やエネルギーを与え、さらには充実や幸福をもたらす原動力となるのです。


それは企業の例をあげるのがわかりやすいはずです。

なぜなら、企業ほど絶え間ない成長が求められる存在はないからです。

つねにきびしい競争にさらされ、その競争に勝ち抜くためにたえず成長していくことを宿命づけられています。

また、その成長度、衰退度が売り上げや利益などに数値化されてはっきりと表れるのも企業の特徴です。

したがって企業がその成長を止めれば、たちまちそれは売り上げや利益の減少となって表面化します。


成長を止めて、生産性が低下した企業は、ユーザーや消費者の要求に十分にこたえられず、市場の支持を失いつつあることを意味するからです。

それが続けば企業は長期的な衰退を余儀なくされ、従業員の生活を保障することもままならなくなります。

つまり人々に価値ある製品やサービス情報を提供し、社員の幸福にも寄与するという、企業の目的や社会的責任を果たせないことになります。


この企業社会の現実を、私たちは個人の生き方としても肝に銘じるべきだと思います。

どんな人も組織も、成長意欲を失った時点から、やる気や活気が薄れ、能力の後退、創造性の低下へとまっすぐにつながっていってしまうからです。


『成長するものだけが生き残る』サンマーク出版


人の生き方は、「現状打破」の姿勢か「現状維持」の姿勢かのいずれか一つしかない。

現状維持というと、いかにもそのまま現状を維持しているように感じるが、実は、それは「緩(ゆる)やかな衰退」である。

なぜなら、現状を維持してる間に、まわりがどんどん変わって行ってしまうからだ。


セブン&アイ・ホールディングスCEOの鈴木敏文氏の有名な言葉に「競争相手は、時代の変化」がある。

現状維持では時代の変化を乗り切れない。


我々人間がこの世に生を受けた目的は、生まれたときよりも、少しでも進歩し、成長してこの世を去っていくこと。

常に成長し続ける人でありたい。
【変化と成長】

ジョン・C・マクスウェル氏の心に響く言葉より…


詩人ロバート・ブラウニングは、「成長以外に、この世にとどまる理由はあるか」と書いた。

ほとんどの人は成長は良いことだと考えているにもかかわらず、成長するために努力している人はあまりいない。

それはなぜかと言えば、成長は変化を伴うものなのに、変化を嫌がる人が多いからだ。

変化なくして成長はあり得ないのである。


作家ゲイル・シーヒーはこう主張する。

「変化しなければ成長しない。

成長しなければ、本当の意味で生きていることにはならない。

成長は一時的に安定を失うことだ。

それは、慣れ親しんではいるが型にはまったやり方や、安定しているが退屈な仕事、時代遅れの価値観、意味のないつき合いを排除することでもある。

ドストエフスキーが言うように、『新しい一歩を踏み出すこと、新しい言葉を使うことを、多くの人は非常に恐れている』のだ。

しかし、本当の恐怖はそれとは反対のところにある」


変化も進歩もない。

どんよりとよどんだ生活など、私には考えられない。

しかし、自分に影響が及ぶとなると、たいていの人は変化をいやがるものだ。

トルストイは、「人はみな世界を変えたいと思うが、自分自身を変えたいとは思わない」と言っている。


しかし、皮肉なことに、変化を避けることはできない。

誰もが変化と向き合わなければならない。

それとは逆に、成長はその人次第だ。

成長することもできるが、成長を拒むこともできる。

だが、忘れてはならないのは、成長をいやがる人に潜在能力を伸ばすことはできないということである。


人間は、こと成長と変化ということになると、すぐに決まりきったことしかしなくなる。

成長は選択であり、成長することを選んだ人の人生には大きな変化がもたらされる。


『夢を実現する戦略ノート』三笠書房


イギリスの自然科学者、チャールズ・ダーウィンの有名な言葉がある。

『最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるでもない。

唯一生き残るのは、変化できる者である』


成長できる人は、唯一、変化できる人。

変化を恐れない人でありたい。
【念を入れて生きる】


川北義則氏の心に響く言葉より…


些細なことだが、こういう律儀な人がいる。


コンビニでお手洗いを借りたら、そのコンビニで必ず買い物をする。

あるいは、自転車が横倒しになっていたら、できるだけ立ててあげる。

足元にペットボトルが転がっていたら、さっと拾ってごみ箱に入れる。


ファミレスで会計するときは「ごちそうさま」をいう。

横断歩道で、右折車が「先へ行け」の合図をしてくれたら、軽く頭を下げる。


誰が見ているわけでもなく、誰から強制されたことでもない。

したがって、そうしたからといって、誰もほめてくれないのだが、こういう振る舞いをごく自然にやれる人は、本物の社会性を身につけている。


一つひとつを見れば、どういうことのないものばかりだが、できる人とできない人いるのはなぜか。

社会性への自覚があるかないかの差なのだ。

社会性をひと通り身につければ、黙っていてもそれだけで人間的魅力度の平均点はとれるのだ。


『「人間的魅力」のつくり方』三笠書房


小さなこと一つひとつを、揺(ゆる)るがせにしないで生きることはとても大事だ。

なおざりにしない、おろそかにしないこと。


それは例えば…

「恩を感じ、恩を返す」

「お礼をいう」

「ウソはつかない」

「ごみは拾う」

「お金を払ったから客だ、といばらない」


それは、小林正観さんの言う、「念を入れて生きる」という生き方。

「念」という字を分解すると、「今」と「心」と書く。

今、目の前にいる人、目の前にあることを大事にする心のこと。


つまり、目の前にいる人に喜んでもらう生き方。

愚痴や悪口や不平不満を言わず、明るく感謝の心で接すること。


一瞬一瞬を念を入れて生きたい。
【最後に言ったことが大事】


斎藤一人さんの心に響く言葉より…


豊かになりたい人は、「豊かになりました!ありがとうございます!」と願えばいいのです。

仕事を繁盛させたい人は、「仕事が忙しくなりました!ありがとうございます!」と願えばいいのです。

どんな願いでも、すべて同じお願いの仕方で大丈夫です。

これがコツなんです。


「なりたい状態になったつもりで感謝すること」が大事だとお話ししましたが、

さらに、とっておきのコツをお話ししましょう。


「お願いする言葉は、最後に言ったことが大事」なのです。

最後に何を話すかで、あなたの発信する「願い」は変わってきてしまうのです。


例えば、「部長がガミガミうるさく言うんです」とずっと思っていると、「ガミガミうるさく言う」という思いが発信されて、あなたの部長は、ますますガミガミ言うでしょう。

ところが、「部長が10倍うるさく言っても、私はぜんぜん平気です」

と思うと、どうでしょう?


「内神さま」は「ぜんぜん平気です」という現実を、かなえようとするのです。

その結果、あなたの心はなんだかとても落ち着いて、平気な顔をして会社に通えるようになるかもしれません。

部長は「平気な顔」をしているあなたに、ガミガミ言いづらくなるかもしれません。

もしくは、あなたが他の部署に異動して、部長と別れられるかもしれません。


とにかく…、「私はぜんぜ平気です」にともなう現象が起こってくるのです。


これはたとえてみると、タクシーと同じです。

タクシーに乗って、運転手さんに、「東京駅に行ってください」とお願いしたら、運転手さんは、東京駅に向かってタクシーを走らせますよね。

ところが、「東京駅に…、あ、やっぱり、新小岩へ行ってください」

とお願いしたら…、あなたが最後に言った「新小岩」へ向かって、運転手さんはタクシーを走らせるでしょう?


最後に何を言うかで、その人の運勢は決まってくるのです。

最後に、どんな言葉を放つかを、「内神さま」は聞いているのです。


『神様に上手にお願いする方法』KKロングセラーズ


「終わりよければすべてよし」ということわざがある。

結末さえよければ、途中のいざこざや失敗などがあってもまったく問題ではない、ということだ。


「ピーク・エンドの法則」とも似ている。

ピーク・エンドの法則とは、ピーク(絶頂期)や、エンド(終わり)が、どんな感じ、どんな気持ちだったかで全体の印象が決まる、というものだ。

ピークのときや最後のときの印象が、いい感じであれば、途中にどんな嫌なことがあっても、すべてが好印象になるという法則だ。


逆に言うと、現在が、がっかりすることや失敗続きで、愚痴のひとつもいいたくなるような状況であっても、「でも、うまくいった」「でも、大丈夫だった」と最後を好印象の言葉でしめくくればよい、ということになる。

言葉が未来を引き寄せるからだ。


「どんなに失敗しようと、間違えようと、不思議に最後はうまく行くんだよなぁ… ありがたい!ツイてる!」

最後を、明るい言葉、元気の出る言葉でしめたい。
【人の喜ぶことを先にする】


笠巻勝利氏の心に響く言葉より…


二宮尊徳は、親戚の川久保民次郎に下男として働いてもらっていた。

民次郎が一家を構える年になったので地元へ帰すことになった。

尊徳は、民次郎に人の間で生きていくための心がけを話した。


「たとえば、腹が空いた人が他人の家に行って、“ご飯を食べさせてください”と言っても、誰も食べさせてはくれない。

しかし、空腹を我慢して庭の掃除をしてから頼めば、食べさせてくれるかもしれない。

この心がけがあれば困った時でもなんとかなるだろう」


続いて、

「私が若い頃、鍬(くわ)が壊れてしまった。

隣家へ借りに行ったら、“畑を耕して、菜の種をまくところじゃ。終わるまでは貸せないよ”と断られた。

そこで、“その畑を耕してあげましょう。耕し終えたら、ついでに種もまきましょう”と言って作業を終えた。


隣家の老人は、ニコニコ顔で、“鍬だけでなく足りないモノがあったら、何でも言ってくれ、いつでもいいよ”と心を開いた」

尊徳は、さらに言った。


「お前は、まだ若いから、毎晩、寝る前に草鞋(わらじ)を一足つくれ。

それを、草鞋の切れた人にやるがよい。

それで、お礼を言ってもらえれば、それだけ徳を積める。

この道理をわきまえて、毎日、励めば必ず道は開ける」


民次郎は、すっかり感心して明るい顔で郷里へ旅立った。


『目からウロコを落とす本』PHP文庫


自分のことだけを考える人を自己中心的な人、利己の人という。

その反対に、他人の幸せを先に考える人のことを、利他の人という。


オレがオレが、私が私が、と自分の利益を先に考える人は、人がどんどん離れていき、まわりの協力を得られず、やがて運から見はなされる。

利他の心を持った人は、協力者や仲間が一人ずつ増え、やがて運も味方してくれる。


「人からお礼を言ってもらえれば、それだけ徳を積める」

人の喜ぶことを先にする利他の人でありたい。
【上手にストレスとつきあう方法】


脳神経外科医、築山節氏の心に響く言葉より…


最近、ちょっとしたことで、「怒りを爆発させてしまう人」が増えているようです。

「ムカムカ」「イライラ」、それを通り越して、「キレる」。

こうした怒りの感情は、通勤電車、駅のホーム、職場、飲食店、そして、家庭と、いたるところにあふれています。


周囲から見れば、「そこまで怒る必要はないのに」ということでも、本人にとっては、どうにも我慢ならない。

だから、ひと目をはばからずに、怒りを爆発させてしまうというわけです。


通常は、理性で感情を抑えているのですが、それが抑えきれないときに、爆発してしまうというわけです。

なぜ、感情を抑えることができなくなってしまうのでしょうか?

やはりストレスの影響が大きいと言えます。


今、世の中はどんどん便利になっています。

しかし、逆にそのことによって、ストレスを受けやすい状況が増えているように思います。

かつてのように、周囲の人たちと密にコミュニケーションを取り合い、共同生活をする必要性が薄れてきています。

誰もがパソコンや、携帯電話・スマートフォンを持ち、わざわざ会いにいかなくても、つねに誰かとつながっていることができます。

あえて誰かと社会を形成しなくても暮らしていける、そんな世の中になってしまったのです。


とはいえ、ストレスが多い社会だからこそ、私は、よけいに「感情をコントロールする」必要があると思います。

脳は、疲れやすく、ストレスにも決して強くはありません。

だからこそ、上手にストレスとつきあうことが大切です。


疲労と同じように、ストレスを蓄積させないように、こまめに発散するのが理想と言えます。

それが感情をコントロールするうえでも有効でしょう。


「うっぷんを晴らす」という言葉がありますが、これは、ストレスをためこまないコツと言えます。

例えば、駅から家に着くまで、その日あった嫌なことを、ひたすら悪態をつきながら歩き、うまくうっぷんを晴らす人たちもいます。

実は、これは脳の性質から見ると、じつに理にかなった方法です。

歩きながら悪態をついているうちに、不快な感情が自然と消えていくのです。


運動はストレス解消に最適です。

「運動をして汗を流したら、嫌な気分が吹っ飛びすっきりした!」

みなさんも、そのような経験があるでしょう。


ウォーキングやジョギングなど、太陽を浴びながら身体を動かせば、生体時計がリセットされるため、なおさら良い条件が重なります。

怒りっぽい人や気分が沈みがちな人の多くは、身体を動かす機会が少ない傾向があります。

逆に、普段、運動をする機会が多い人ほど、感情を抑えるのが上手と言えるのです。


また、「気持ちを整理する」うえで大切なことは、自分の気持ちを客観的に見ることです。

一番簡単な方法は、書いたり話したりすることだと思います。

毎日、日記を書いたり、家族や同僚たちと話をしたりすることだと思います。


『頭の働きが最高によくなる本』知的生きかた文庫


現代人はため込むことは上手だが、それを吐き出すことは意外に不得意だ。

情報にしても知識にしても、また物品や洋服などのモノにしても、ため込むことはするが、出すことや捨てることは苦手だ。


「出入り口」という言葉はあるが、「入り出口」という言葉がないように、本当に大事なのは「出す」こと。

出せば自然に入ってくる。


同様に、ストレスもため込んでしまうと、自分が大きなゴミ箱になってしまう。

ゴミ箱は一杯になる前に少しずつ捨てないと、いつかあふれかえってしまう。


自分なりのストレス発散法を見つけたい。
【なぜ、病気になったのか】


医学博士、萩原優氏の心に響く言葉より…


私は消化器外科医として、30年以上も医療の現場に携わってきました。

聖マリアンナ医科大学附属横浜市西部病院で、最終的には外科部長まで務めました。

これまでに行った手術は3000件以上にも及びます。


そして現在は、横浜市で「イーハトーヴクリニック」という小さなクリニックを経営しています。

このクリニックでは、催眠療法を中心とした代替医療を行っています。


世の中には、奇跡と呼ばれるようなことが実際に起こります。

医師から見放された末期ガンの患者さんが、死の淵から生還した例はたくさんあります。

ある人は、催眠療法によって幼い頃に戻り、潜在意識に植え付けられていた精神的な悩みの根源を知ることで、それを克服することができました。

また、ガンが複数の臓器に転移し、抗ガン剤も効かなくなって私のクリニックを訪ねてこられた方は、催眠療法で不思議なイメージを見たあと、病院で撮影したCT画像から腫瘍が消えていて、医師を驚かせたそうです。


私は西洋医学を否定する立場ではありません。

特に、緊急疾患の場合、手術をしなければ死んでしまう確率が高いのです。

ですから、西洋医学のすべてを否定するのは間違っています。


心の問題を無視して、患者さんの肉体だけを診(み)る、そして病気になった身体の部位を治療するのが、西洋医学です。

肉体に焦点を合わせているという点では、西洋医学は「見える医療」といえます。


自動車にたとえると、わかりやすいでしょう。

例えば、事故を起こして自動車が破損したとします。

破損した部品を修理で取り替えれば、自動車はまた走れるようになれます。


しかしながら、事故が起こった原因は、別のところにあります。

原因の大もとは、運転手自身なのです。

運転手が乱暴な運転をするから、事故が起こるわけです。

それでは、いくら自動車を修理しても、新しい自動車に乗り換えても、再び事故が起こる確率は高いでしょう。


自動車は身体です。

そして運転手は、私たちの心です。

西洋医学では、自動車である身体しか診ていません。

「なぜ、病気になったのか」といった心の部分を置き去りにして発展してきたわけです。

私は、ここに西洋医学の限界があると思っています。


自分の生活習慣を改めない限り、たとえ手術や抗ガン剤治療で一時的にガン細胞を退治しても、大もとの原因が改善されていないのです。

医師も次のようにいいます。

「治ったら、元のように生活できますよ」

これは間違っている、と私は思っています。

前と同じような生活をしていたら、またガンになる可能性が高いからです。


ガンになったからには、何かしらの原因があるはずです。

それは生活習慣なのか、食習慣なのか、もしくは過度なストレスなのか…。

自分の生活だけでなく、人生そのものを見つめ直す機会です。

そのチャンスが与えられたと思って、「なぜ、ガンになったのか」を見つめ直す必要があるのではないでしょうか。

私が西洋医学の「みえる医療」から、代替医療のいわば「見えない医療」に大きく舵を切った理由も、心の部分をもっと大事にしなければけないと思ったためです。


『前世療法の奇跡』ダイヤモンド社


物事はには必ず、それが起こった原因がある。

なぜ、病気になったのか。

なぜ、事故を起こしたのか。

仕事や家族、対人関係のトラブル…。


すべてのことは、一時的な応急処置で良くなったとしても、根本的な原因を解決しないまま放置すれば、いずれまた同じことが起こる。

すべてのトラブルはメッセージ。


「過(あやま)ちては改むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ」(論語)

過ちを犯してしまったら、体面などにとらわれず、ためらわずにすぐ悔い改めること。


真の反省とは、自分を責めることではなく、本当の自分の姿を知り、見つめ直すこと。

時に、自分の生活をゆっくり見つめ直すことも必要だ。

【実力の差とは、実行力の差】


西田文郎氏の心に響く言葉より…


実力の差とは、じつは実行力の差です。

世間ではよく「彼には実力がある」「あの人にはない」と言いますが、「実力」などというものはどこにも存在しません。

ただ、実行力のある・なしの違いがあるだけです。

つまり「実力」というのは単なる観念に過ぎず、その実体は、処理能力の集合なのです。



言い換えれば、これまでにどんな経験を蓄積してきたかという、その差でしかありません。

だから早く実行し、小さな失敗や成功をできるだけたくさん経験した者が、実力者になるのです。


スポーツの練習も同じです。

失敗の経験をたくさん積んで処理能力を高めることが、成果につながります。


一見非力なイチロー選手や香川真司選手に実力があるとしたら、人より早くから実行し、厳しい練習の中で無数の失敗を積み重ねてきたからです。

実力の差とは、間違いなく積み重ねた経験の差です。



『��1リーダーを支える 英断の言葉』現代書林


「突出した実力者になるには、長い間、安定した成績を残さないといけません」(イチロー)

一度や二度なら誰でもできる。

しかし、それを何年も続けることができる人を、実行力のある人、つまり実力者、という。


口先ばかりで何も実行しない人を、評論家という。

何事も、やってみなければわからない。


この世は、行動がなければ、知っているだけでは何も起こらない。

言行一致の行動の人でありたい。
【気にならない人】


小林正観さんの心に響く言葉より…


あるとき、講演会の後で、結婚してずーっと夫が好きになれなくて、夫を否定してきたという奥さんとお会いしました。

その方は、こういう状態ではいけないと思って、ありとあらゆる本を読み、精神的な勉強をしていく中で、ある人からこう言われたそうです。

「夫を変えるためには、まず、自分が変わることなんですよ」って。


「その意味が、自分の中に深く入ってなかったけど、今日、小林さんの話を聞いて、初めて理解できたように思います。夫を変えるためには、まず、自分が変わることなんですね。よくわかりました」とその奥さんは、とても納得したようにおっしゃったのです。

私は、こう言いました。

「それは、大きな誤解です。私は『夫を変えるためには、自分が変わらなくちゃいけない』なんて一言も言っていません。『夫を変える必要がないんだ』ということを言っています」


だって、自分が変わっちゃえばいいんですから。

「夫を変えるためには、まず、あなたが変わること」なんていう論理ではなくて、あなたがすべてのことに関して、〈気にならない人〉になったら、問題が全部解決するんです。


もし仮に、相手を変えるために自分が変わったとして、二、三ヵ月経っても、相手が全然変わらなかったら、さらに苛立(いらだ)つでしょう。

もっとパワーアップして恨(うら)んでしまいそうです。

私が提案している解決策は、「その人の存在を全部認めてしまいなさい」ということなんです。

これを「受け容れる」と言います。


相手を変える必要なんかどこにもない。

その人を認めて、自分が〈気にならない人〉になったら、それで“終わり”。

ありとあらゆることに、気を遣うのをやめてしまうんです。


多くの人は、自分の価値の中に相手を連れてこようとして苦しむのですが、その人の良いところも悪いところも踏まえた上で、そのまますべて受け入れてしまえばいい。

すなわち、自分の心を広げる。

許容量、寛容度を上げるということです。


ニコニコしながら「世の中には、そういう人もいるよね」って、自分の価値観を押しつけないで〈気にならない人〉になる。

周りの人は、こういう人のことを、人格者と呼ぶんですけど、私は「人格者を目指しなさい」と言っているのではありません。

損得勘定で突き詰めていくと、すべてのことに鷹揚(おうよう)になって、イライラしなくなったら自分が一番ラクだ、ということなんです。


これを、「究極の損得勘定」といいます。

そもそも、宇宙にはイライラする現象があるのではなくて、イライラする考え方をするから、そのことにイライラしてしまうのでしょう。


『楽しい人生を生きる宇宙法則』講談社


「人を変えるのではなく、自分を変えること」とは、よく言われることだ。

人を変えることはできない、というのが心理学の大前提。

自分が変わるとあたかも周りが変わったかの見えるが、それは自分の見方が変わったからにすぎない。

事実は一つだが、その見方や考え方はいくつもある。


許容とは、その程度ならよしとして、許して受け入れること。

「許す」は、「緩(ゆる)す」。

緩すとは、ゆるめることであり、ゆるくすること、ゆるやかにすること。


ピンと張った糸は、何事もはじき返してしまう。

しかし、緩(ゆる)めた糸は、はじき返すことはない。


「気にならない人」になるには、緩く生きること。

ボーっとして生きるということ。

自分の許容度、寛容度を上げる生き方をしたい。
【寝る前の心がけ】


中村将氏の心に響く言葉より…


僕は、これまで数多くのセミナー参加者のサポートをしてきました。

その中で、気づいたことがあります。

それは、悩み多き人はイヤなことを鮮明に覚えている。

そして、成功者はソレを、覚えていないということです。


悩み多き人は、「親にこんなふうに育てられた」「学生時代、友人にこんな陰口を叩かれた」「上司がこんな仕打ちをした」と、いつまでも過去のイヤなことを引きずっていました。

一方、いわゆる成功者と称される人たちは、「ご苦労もあったんですよね?」と尋ねられても、「え?好きなことをしているうちに、ココまで来ましたよ」などと、過去のイヤなことを感じさせない答えが返ってくる。


なぜこんな違いが出るのだろうといつも考えていました。

その答えは、実は、「脳のしくみ」にあったのです。

人間が、もし、すべての出来事を記憶してしまうと、脳はパンクしてしまいます。


仮に、今日すれ違った人の顔や服装を全部記憶していたら、大変でしょう?

だから、脳の中にある「海馬」という部署が、眠っている間に、「残しておく記憶」と「消す記憶」を整理しています。

そう、あなたの記憶は、眠っている間に形成されているのです。


だとしたら、毎晩、寝る前に、1日のイヤな経験を振り返ったり、悪かったところを反省してはいけません。

海馬がその情報を鮮明に自覚してしまうからです。

「イヤな気持ち」をひきずったまま寝てしまうと、眠っている間に「イヤな気持ち」が脳に定着してしまいます。


寝る前に、絶対やってはいけないこと!

それは…


あの人に言われたイヤな言葉を思い出すこと。

仕事で失敗した原因を考えること。

テレビ番組で悲しいニュースを見ること。

人にしちゃった悪いことを思い出すこと。

起こるどうかわかなり将来の出来事を心配すること。

反省すること。


寝る前にはイヤなことを「ニャッ」と笑い飛ばしてから眠りにつきましょう!

眠っている間、笑い飛ばした「良い気持ち」が定着するからです。


『イヤな気持ちが消える心の法則26』中経出版


中村天風師は、夜寝る前の心がけについてこう語っている。

「夜の世界だけは、特に寝がけに、寝床の中に入ってからは、この精神のアンテナというものは、無条件に、よいことでも悪いことでも、もうすべてが、差別なく入りこんでしまう。

だから、いいことを考えるんだ。嘘でもいいから、俺は優れた人間だ、俺は思いやりのある人間だ、俺は腹の立たない人間だ、俺は憎めない人間だ、俺は焼きもちを焼かない人間だ、こう思えばいい」


夜、寝る前の心がけは、おだやかな気持ちになって寝ること。

だから、ニヤニヤとわざとらしくてもいいから笑顔をつくるのはとてもいい。


成功者はイヤな思いを引きずらない。

イヤな思いを引きずらない方法は、小さなことでいいから、良い気持ち、明るく楽しい気持ちに焦点をあてること。


毎晩、心やすらかな気持ちで眠りにつきたい。
【ニコニコになあれ】


志賀内泰弘氏の心に響く言葉より…


豊田市の石川晴恵さんは、高校の養護教諭、つまり保健室の先生をしている。 

ご自身も2歳の娘さんの子育て中で、忙しい毎日を送っている。


朝は時間との戦い。  

ただでさえ時間がないのに、娘さんは朝食をゆっくりと遊びながら食べる。 

「早く食べなさい」「早く靴をはきなさい」と言って、保育園に連れて行く。 

特に1学期は学校でも定期健康診断があり、休日も仕事に追われて家事もおろそかになってしまった。


そんなある朝のこと。 

「早く乗りなさい」と促して、保育園に行く車の中の出来事だった。

後部座席のチャイルドシートに座っていた娘さんが「お母ちゃん」と呼んだ。 


「何?」と聞くと、「お母ちゃん、ニコニコしてよ」と言う。

さらに人さし指をくるくる回して「ニコニコになあれ、お母ちゃん」と。  

保育園で覚えたのか、まるで魔法の呪文(じゅもん)のように唱えた。


忙しくて心がささくれ立っていた。  

そのことを幼いながら感じとっていたのだと思うと、申し訳なくて泣けてきてしまった。

「ごめんね、お母ちゃんプンプンして」と言うと、もっと泣けてきた。

さらに「お母ちゃん泣いちゃだめ、ニコニコになあれ」と言う。


保健室で生徒たちと接するのに大切なのは、ゆとりを持った笑顔であることを忘れていた。

それを娘に教わった。  

娘さんはご主人にも「お父ちゃん、ニコニコになあれ」と魔法をかけた。

疲れた顔がたちまち笑顔になった。

(石川晴恵さん)


『ようこそ感動指定席へ!』ごま書房新社


いつも、「忙しい、忙しい」が口グセの人に、あまり魅力を感じる人はいない。

逆に、まわりから見ても超多忙なのに、ゆったりとして余裕すら感じさせる人は魅力的だ。

余裕がある人は、バタバタしないし、話し方もゆっくりとして、そして笑顔がある。


時間がなくてカリカリしたり、余裕がなく、自分のことで精いっぱいと言う人は、「他人が喜ぶことをすればいい」という。

自分のことだけに意識がいってしまって、まわりを見る余裕がなくなっているからだ。


まわりを明るくさせ、喜ばせるのは、「笑顔」。

忙しいときは、「ニコニコになあれ」と自分に魔法の呪文をかけたい。

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