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ほぼ日刊『お兄ちゃん』コミュの夏は暑いし蝉はうるさい。

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デート、だなんて洒落た言葉で着飾れば聞こえはいいけど、結局一人歩きしてしまうほどに滑稽だ。
待ち合わせはいつもの本屋さん。
「いつもの」と気軽に言えるほどの良い距離感の彼女とは、大体がノープランのプランプランなわけで、まあ、彼女と言ってもまだ出産を前提としたお付き合いにすら発展してないんだけど、女の子と二人で遊びに出かけるんだからこれは誰がなんと言おうとデートである。

先に到着した僕は、誕生日占いの本に目を通していた。
著者によると、僕のラッキーアイテムは笑顔らしい。なんて幸せ男なんだ。
右斜め下を見ながらラッキー磨きに精を出していると、元気な声が後ろから響いた。

「待った?」
「待ったよ。元旦から読み始めてちょうど今日の日付のページまでき」
「今日はどこ行く?」

カットインに定評のある彼女のラッキーアイテムは、きっと反射神経。


外に出て、空の様子を伺う僕、の様子を伺う様子もなく君は突然の指令を下す。

「今日のプランはあなたが決めてね」
「そうだな、雨のち雷、たまに油かな」
「焦がさないでね」

彼女は的確にバットに当てる技術も持ち合わせている。

「で、何処に連れてってくれるの?」
「部裸汁でサッカー観戦なんてどうかな?」
「なに?」
「ごめんごめん、最近変換機能がツンデレなんだ。ブラジルね」
「国内がいい」
「とんだ我儘ちゃんだな」
「静かな場所でのんびりしたい」
「しょうがない。僕の庭に招待するよ」

僕らは公園へと向かった。

歩幅を合わせ、少し大またで歩く。
敷き詰められたコンクリートのタイルはひとつ飛ばしが丁度良い。
とりわけセンスのいい君は白線の上を歩く。
Tシャツにジーンズを合わせたラフな出で立ちが様になっている。

公園の入り口に差し掛かる。
理系学生たちが出店を構え、声を張っている。
そんな僕は彼女と二人でどんな会話の放物線を描こうかと方程式を組み立てていた。

「結構賑わってるね。私、のんびりしたいんだけど、大丈夫かな?結構混んでたりするかな?」
「大丈夫。広いし、天敵はセミぐらいだよ」

些細な心配事がまたかわいらしい。
一歩一歩、敷地内へ足を踏み込む。
静かな公園なのに彼女と二人ということで、僕の脳内ではサンバのリズムが鳴り響いていた。
気分はまさにブラジル。平穏を好む彼女には失礼だが、僕の脳内はブラジル。
目の前を幻影の黒人が通り過ぎる。裸足にサッカーボールがよく映える。

「ねえ、少し騒がしくない?」

僕の脳内サンバが漏れてしまっていたようだ。ボリュームを落とす、が、耳に飛び込むサンバのリズムから逃げることなどできなかった。

その日、代々木公園ではブラジルフェスが行われていた。

幻影でもなんでもない。本物だ。
途端に眉間が険しくなる彼女に咄嗟にケバブを勧めてみたが、取り合ってはもらえなかった。
フェス会場は、それはそれは喧騒、まさに喧騒だった。鳴り響く笛の音、雨乞いのような踊りを披露する民族たちに紛れることもなく、彼女は只ひたすらに治外法権だった。

「・・・で、静かな公園はどこにあるの?」
「サンバの公演はまだまだ続くけど」
「私が想像してた代々木公園じゃない」
「うん、俺の想像してた代々木公園でもない」
「どうするの?」
「奥のほうに行ってみようジャマイカ」
「ブラジルだけどね」

しばらく歩いたが、ブラジルの熱気は大地から伝わっているようでそこかしこで国籍問わず国境を超えた大合唱団が地面を揺らしていた。
彼女の意識が飛ぶ前に原宿上面へ抜けた。



******



途中、表参道を歩いていると、マイク片手にお姉さんが近づいてきた。

お姉さん「すいません、今ちょっといいですか?」
ぼく「はい」
お姉さん「テレビなんですけど、カップルの方に今色々とお聞きしてまして」
ぼく「はい」
お姉さん「もしよろしければ少しお時間を・・・」
ぼく「なるほど。ねえねえカップルだっ」
彼女「カップルじゃありません!!!」

食い気味だった。何よりも、食い気味だった。
泣いてない、泣くもんか。



******



裏原宿を歩いていると途端に雲行きが怪しくなってきた。
まさかあのブラジリアン達の雨乞いが通じたんではなかろうかと拳に力が入る。
ポツポツと地面を黒く彩る雨粒が落ちてくるのと同時に、僕らは一軒の服屋に逃げ込んだ。

「いらっしゃいませ。雨・・・ですね」

雨宿り客を即座に見抜く力には定評のある店員だなと思った。
僕たちはとりあえずそこらに売られている帽子を被って即席ファッションショーを展開した。

ベレー帽を被る彼女
「うん、良い絵を描きそうだね」

女優帽を被る彼女
「道で写真売ってそう。そして売れてそう」

狩猟民族みたいな帽子を被る彼女
「狩猟民族を狩猟しちゃう人みたいだね」

小降りの中飛び出した彼女を追いかけるのは始めての経験だった。



******



軽い夕食を済ませた頃には、彼女の機嫌も多少回復していた。
が、これ以上一緒にいると直接的に関節フリーキックを食らい僕の肘はきっと非人道的な方向へとひん曲がりそうなので、そんな事になる前に、僕は彼女を家まで送り届けることにした。
その最中、僕に一本の電話が入った。

「もしもし」
「今、大丈夫?」

久しい友人からだった。

「少しなら。どうした?」
「聞いたんだけどさ、お前、結婚したんだって?」

初耳だった。

「結婚してたの?俺が?」
「うん、おめでとうな!!」
「・・・ありがとうな」

携帯をしまい、振り返る。
彼女が社交辞令のように聞いてくる。

「どうしたの?」
「俺、結婚し」
「おめでとう!!!」

食い気味どころか丸呑みだ。泣いてない、泣くもんか。



******



彼女の家に到着。
玄関先まで見送り、体を反転させる。

「15000!!」

名残が集まる背後から、彼女の声が飛ぶ。

「・・・ん?」
「万歩計がたたき出した今日の歩数、15000歩!!」
「そんなに?」
「足痛いし、息が上がった!!!」
「ひーひーふーだね」
「次は半分くらいにおさめてね!!」

そう言うと、彼女は家に吸い込まれていった。


次は。

次だってさ。

次があることに舞い上がったわけじゃないけれど
水たまりに映る僕のラッキーアイテムは、いつになく照れくさいものでした。



******



今頃彼女はどこで何をしているのだろうか。
ふと見上げる空に谺する小気味好いリズムが懐かしい。
嬉しいかな、夏は毎年、暑いのだ。変わらないこと。変えられないこと。

地球で人間だけが、言葉や理性を持っているのはどうしてか。
それは、植物や動物やたくさんの事象で溢れた世界に、意味を考えるためでは無かろうか。
だから、人間には世界に出来るだけ素敵な意味を見いだす義務がある、そんな気がします。

空気、温度、湿度、気圧、音。

そういった事柄も視覚を通じて体内に吸収されていき、神経ではなく血管から脳に伝達され、ボクという主観に認識される。
そのように感じられるのです。

日常の風景は驚く程たくさんの、偶然とも運命とも判断しがたい一瞬に溢れています。そんな事は当たり前なのですが、普段は意識しないその当たり前を、箪笥の角のエッジが、日に照らされて舞う埃の濃淡が、前を歩く女性の上着の襟の曲線が、優しくも凛々しく、そっと思い出させてくれます。

夏は暑い。蝉はうるさい。
あの娘は今日も、きっと地球を歩いている。
僕は今日も、ニカッと宇宙に笑っています。

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