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石刻資料コミュの石刻関係論文や本の紹介

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と、いうわけで、石刻関係の論文や研究書、概説書などを紹介していきたいと思います。

みなさまどしどし情報お寄せください。

コメント(90)

半年ほどまえの論文ですが紹介します。


森田憲司「系譜史料としての新出土墓誌―臨海出土墓誌群を材料として―」『奈良史学』24、2006年(刊行は2007年1月)


臨海から出土した南宋の墓誌群を系譜史料として
宗族研究などに利用できる可能性を論じたもの。
宋元時代の研究で墓誌を積極的に活用したものはまだそれほど多くないが、近年森田氏によって積極的利用が図られている。
『史学雑誌』116−5、2006年の歴史学界―回顧と展望―が出ました。
今回も紹介できなかった石刻関係論文を探してみました。
内容が石刻メインかどうかは判断できないものもありますが、
回顧と展望の中で石刻を用いたことが明記されているものをあげます。


【東アジア(中国―魏晋南北朝)】
石井仁・渡辺義浩「西晋墓誌二題」『駒沢史学』66
山田利明「「魏文朗仏道造像碑」一則」『中国哲学文学科紀要』〈東洋大〉14
神塚淑子「隋代の道教造像」『研究論集』〈名大・文・哲学〉52

【東アジア(中国―隋・唐)】
石見清裕「唐代「井真成墓誌」の史料的性格と理解傾向」『日本史攷究』30
ソグド人墓誌研究セミナール「ソグド人漢文墓誌訳注(2)(3)」『史滴』27・28
服部等作「ソグド人虞弘墓の浮き彫りにみる座像と饗宴の光景」代表荒川正晴『東トルキスタン出土「胡漢文書」の総合調査』(平成15〜17年度科研費報告書)
小林岳「「大唐故章懐太子并妃清河房氏墓誌銘」訳注」『研究年誌』〈早大高等学院〉50

【東アジア(中国―五代・宋・元)】
古松崇志「考古・石刻資料よりみた契丹(遼)の仏教」『日本史研究』522
古松崇志「法均と燕京馬鞍山の菩薩戒壇」『東洋史研究』65−3
愛新覚羅烏拉煕春「遼朝の皇族」『立命館文学』594
愛新覚羅烏拉煕春「蒙古九峰石壁石刻と「札兀�Α�忽里」」『立命館文学』595
飯山知保他「北鎮訪碑行報告」『史滴』28

【東アジア(中国―明・清)】
淺井紀「明代順天保明寺再考」『東方学』111
中西竜也「清初の中国ムスリムにおける「ハナフィー派への帰属」についての再検討」『中国―社会と文化』21
長くなったので分けました。


【東アジア(朝鮮―古代)】
呉吉煥「『広開土王碑文』紀年記事にみえる広開土王の軍事行動」『古代文化』57−12
呉吉煥「『広開土王碑文』「守墓人烟戸」条の再検討」『メトロポリタン史学』2

【内陸アジア】
鈴木宏節「モンゴル国バヤンホンゴル・アイマグ発現のブンブグル碑文」代表村岡倫『中世北東アジア考古遺蹟データベースの作成を基盤とする考古学・歴史学の融合』(平成16・17年度科研費報告書)
張銘心他「吐魯番交河溝西墓地新出土墓誌及其書法」『経典芸苑』3
曾布川寛「中国出土のソグド石刻画像試論」曾布川寛編『中国美術の図像学』(京大・人文研)
船田善之「「西安清真寺洪武二五年聖旨碑」からみた元明期中国ムスリムの変容とネットワーク」森川哲雄・佐伯弘次編『内陸圏・海域圏交流ネットワークとイスラム』(櫂歌書房)

【南アジア(古代・中世)】
宮本亮一「クシャーン朝のインド侵入」『西南アジア史学』65

【西アジア・北アフリカ(古代オリエント)】
川上直彦「アッカド王朝サルゴン王碑文に言及されるトゥトゥル市の所在地同定」『西アジア考古学』7



日本とヨーロッパについては、
近日中に読んでから紹介します。
回顧と展望の続きです。


【日本(古代)】
管寧・王義康著、藤井明訳「「井真成墓誌」に関する一考察」『国史学』189
高島英之「古代の碑」『列島の古代史』6

【日本(近現代)】
本康宏史「慰霊碑研究の現状と課題」『東アジア近代史』9
檜山幸夫「近代日本における戦歿者慰霊と宗教性について」『社会科学研究』〈中京大〉26−2

【ヨーロッパ(古代―ギリシア)】
前野弘志「ポリスの統合と碑文文化」(平成14〜17年度科研費報告書)
岡田泰介「古典古代史料研究(四)碑文」『高千穂論叢』40−5
橋本資久「ヘレニズム時代初頭アテーナイの顕彰制度の変容」『史学雑誌』115−10
古山正人「西洋古代におけるCurse Tablets」『国学院雑誌』107−2

【ヨーロッパ(古代―ローマ)】
志内一興「小アジアにおけるギリシア語・ラテン語併用碑文」『歴史学研究』820
L・ケッピー著、小林雅夫・梶田知志訳『碑文から見た古代ローマ生活誌』(原書房)


とりあえず、ざっと見ました。
ギリシア・ローマ史は以前から碑文研究が大変盛んであり、
その手法は東アジアの石刻を用いた研究の参考になるような気がします。
今日、手に入れた論文を紹介します。


倉本尚徳「北朝造像銘にみる道仏二教の関係―関中における邑義の分析を中心に」『東方宗教』109、2007年5月


二千点以上に及ぶ北朝時代の造像銘を収集し、
五十箇所以上の華北各地の博物館をめぐり、
邑義の肩書きを中心に造像銘を分析した力作。
道教と仏教が排除しあうのではなく、
切磋琢磨しあう様子を浮かび上がらせている。
結構前に刊行されたものですが、今日読み終えたので紹介します。



曾布川寛編『中国美術の図像学』(京都大学人文科学研究所、2006年3月)
林聖哲「北朝時代における貴族の墓葬の図像―北斉崔芬墓を例として」pp.27〜95
曾布川寛「中国出土のソグド石刻画像試論」pp.97〜182
齋藤龍一「中国南北朝時代の「■(鹿+β)県様式」仏教・道教造像に関する再検討」pp.321〜359
謝振發「北響堂山石窟南洞北斉石経試論―唐ようの刻経事情をめぐって」pp.361〜410
太原嘉豊「「法界仏像」に関する考察」pp.473〜526


いずれも大部な論文。
個人的には曾布川論文が興味深かった。
曾布川論文は北朝・隋のソグド人墓にみられる石刻画像を分析し、ソグド人がどのように北朝の墓葬文化を取り入れ、変容していったかを解明したもの。
ただ、『史学雑誌』回顧と展望でも触れられていたように、ソグド人墓石刻画像を中国の工人によって作られたとする根拠がわからない。
最近、読んだ石刻関係論文です。


渡邉義浩「孫呉の正統性と国山碑」(『三国志研究』2、2007)

建国当初、正統性が希薄であった呉が、
魏滅亡後に新たな正統性観念を創出したことを
国山碑を中心に論じたもの。



高瀬奈津子「中国山西省の南涅水石刻について」(『札幌大学総合論叢』23、2007)

山西省南涅水の北朝時代の造像塔に関する紹介。
本日、目にした論文です。


澤田雅弘「北朝墓誌の刻について―元毓墓誌と元�景荵錙宗�
『群馬大学教育学部紀要』<人文・社会科学編>56、2007年


書者が同じである「元毓墓誌」と「元�景荵錙廚砲�ける、
刻法の違いについて論じ、複数の刻者が関与していることを述べたもの。
久しぶりの紹介になります。


佐藤貴保・赤木崇敏・坂尻彰宏・呉正科「漢蔵合璧西夏「黒水橋碑」再考」(『内陸アジア言語の研究』22、2007年7月)


西夏時代に張掖に建てられた漢文・チベット文碑文を分析したもの。西夏語から漢文・チベット文に翻訳されたとする。
西夏の張掖支配の様子を示す貴重な史料。



磯貝健一・矢島洋一「ヒジュラ暦742年カラコルムのペルシア語碑文」(『内陸アジア言語の研究』22、2007年7月)


イスラーム学の専門家による『内陸アジア言語の研究』14号掲載「元朝後期カラコルム城市ハーンカー建設記念ペルシア語碑文の研究」の改訂版。
元朝期カラコルムのムスリム社会の性格を伝える貴重な史料。
先日読んだ論文です。


石見清裕「突厥執失氏墓誌と太宗昭陵」
記念論集刊行会『福井重雅先生古稀・退職記念論集 古代東アジアの社会と文化』2007年3月


「執失善光墓誌」と「執失奉節墓誌」に注目し、
唐初における執失氏の位置と、玄宗時代に執失善光が
昭陵に埋葬された背景を分析したもの。
新刊紹介です。


武田幸男『広開土王碑との対話』(白帝社、2007年10月)


「広開土王碑」の初期研究に従事した人々にスポットをあてたもの。
碑石発見の経緯、拓本の作成・伝播、初期研究の状況などを詳述している。
特に水野悌二郎氏の研究を高く評価している。
「広開土王碑」研究の成立ちがわかって大変おもしろい。
別件で検索中、偶然見つけましたので書いておきます。
他にもあるかもしれませんが‥‥。

傅朗「福州有関册封琉球人員的摩崖石刻述辨」(海交史研究、2002年1期号)

発見地 http://scholar.ilib.cn/
世の中って進歩しているなぁ、と(笑)。
>荘つかささん
琉球人の摩崖石刻ですか。何だか気になりますね。
『海交史研究』という雑誌の存在をはじめて知りました。
今度、見てみます。



最近出た石刻関係論文です。

江川式部「唐朝の喪葬儀礼における哀冊と諡冊―出土例を中心に―」『古代学研究』5、2007年


唐朝皇室墓から出土した玉冊(哀冊・諡冊)を分析したもの。
その儀礼上の用途・経緯や製作過程を論じている。
本日、偶然見つけた石刻関係論文です。


森田敏彦「戦没軍馬・軍犬・軍鳩と民衆」(『鷹陵史学』33、2007年)


日清・日露戦争以降作成された軍用動物碑には、国家のために殉じた功績を顕彰する碑と、動物愛護の立場から慰霊・追悼する碑の二つあり、大多数が後者を占めていた。しかし、いずれにしろ加害に言及する碑は皆無であるとする。
久しぶりの紹介です。


高瀬奈津子「北魏末・東魏代の斉州と龍洞石窟の造営」
(『札幌大学総合論叢』24、2007年10月)


中国山東省にある龍洞石窟の現状報告と、
造像記などをつかって、龍洞石窟造営の背景を分析したもの。
多分、今年最後の紹介になると思います。
まずは、考古学関係の書籍から。

斎藤忠『斎藤忠著作選集 続編 第一巻アジア文化史の研究』(雄山閣、2007年11月)
「開城市霊通寺跡の大覚国師碑の現状について」「高麗玄化寺碑について」
「妙香山普賢寺碑」「隋・唐の十二支像の発達と新羅への影響」など。

数えで100歳の斎藤忠氏の著作集。おさめられた殆どの論考が90歳をすぎてからのもの。
本格的論考よりも、史料紹介に近いものが多い。



次は石刻資料を共通テーマとした論文集です

氣賀澤保規編『中国石刻資料とその社会―北朝隋唐期を中心に―』(汲古書院、2007年9月)
氣賀澤保規「則天武后の「感業寺」出家をめぐる一考察」
石見清裕「唐代テュルク人墓誌とその史料的価値」
神鷹徳治「石刻「会王墓誌銘」と『文苑英華』」
高瀬奈津子「安史の乱後における河東節度使の動向」
桜井智美「元代の北嶽廟祭祀とその遂行者たち」
江川式部「北嶽廟題記にみえる唐代の常祀と三献官」
兼平充明「■(てい)族苻氏・呂氏に関する石刻史料」
会田大輔「北周「張僧妙碑」からみた宇文護執政期の仏教政策」
伊藤誠浩「隋大業六年「姫威墓誌」に関する一考察」
堀井裕之「唐・李百薬撰「崔仲方墓誌」の分析」
速水大「唐代古爵考」
趙超「慧光法師墓誌与唐■(よう)刻経」
王素「千唐誌斎新収唐代仏教墓誌初探」

合計13本の論考が収録されていて4200円は安い。
政治史を中心とするが、文学・儀礼・民族・仏教を取り上げた論考も含まれている。

氣賀澤論文は、寺院の移動を分析し、唐太宗没後の則天武后の動向を追ったもの。
石見論文は、これまでのテュルク系墓誌研究の総まとめにあたる。
神鷹論文は、白居易の文章の版本研究の一環として石刻を利用。
高瀬論文は、「張奉璋墓誌」の分析を通じ、河東節度使と唐朝との関係性を解明。
桜井・江川論文は、唐代・元代の北嶽廟祭祀の担い手・祭祀状況を分析。
兼平論文は、北魏以降の■(てい)族の存在形態に迫ったもの。
会田・伊藤・堀井論文は、石刻を利用した北周・隋代の政治史研究。
速水論文は、唐代前半期の墓誌に散見される「公士」という古爵について分析。
趙・王論文は、近年発見された僧侶の墓誌の紹介。
新年初紹介です。

川合安「東晋琅邪王氏墓誌について」(『東北大学東洋史論集』2007年3月)

東晋琅邪王氏関係墓誌全ての録文・訳を掲載。
その中から、無位無官で死去した二名に着目し、
氏族内部で大きな違いが存在しただけでなく、
同じ門流の中でも格差の存在したことを指摘する。
石刻資料に限ったわけではないですが、
今回の『史林』(91−1、2008年1月)は、モニュメント特集号。

どれも興味深いのですが、コミュニティの範疇にはいるものは、
以下の諸論稿。


松井嘉徳「はじまりの記憶―銘文と詩篇のなかの祖考たち―」
井谷鋼造「歴史的なモニュメントの碑刻銘文資料が語るもの―西暦12-15世紀アナトリアの場合―」
竹中幸史「ナポレオンの「記憶」試論―ルーアンにおける皇帝騎馬像をめぐって―」
浜井和史「戦後日本の海外戦没者慰霊―1950年代遺骨収集団の派遣経緯と「戦没日本人之碑」の建立」
滝波章弘「シチュアシオニストとカウンターモニュメント―現代ツーリズムの萌芽か否か―」
コメント 杉本淑彦「モニュメント研究の新地平」
     西山良平「〈モニュメント〉の可能性」



誤読しているかもしれないけど、内容を無理矢理まとめると以下のようになります。

松井論文は、西周の青銅器銘文における先王と祖先の叙述法の変化を通じ、
歴史意識の生成・変容を論じたもの。
井谷論文は、アナトリア各地の碑文における支配者の称号・表現の変化を分析したもの。
竹中論文は、1865年のナポレオンの騎馬像建設に至る過程を分析し、ルーアンにおけるナポレオン伝説の受容・集合的記憶の形成に迫ったもの。
浜井論文は、1950年代日本の太平洋諸島・アジアにおける遺骨収集と「戦没日本人之碑」の建立過程を跡付け、碑の性格・維持管理問題(現地に委任したため風化)について論究。
滝波論文は、1950年代のパリで実践された前衛的文化運動(シチュアシオニスト)において、モニュメントがどのように認識されていたか、モニュメントの意味がいかに解体・転用されたかを論じたもの。


個人的には、杉本氏のコメントに「モニュメントに無関心な、あるいは無関心になっていく民衆意識にも目を向ける必要があるのではないか」とあったのが、目から鱗でした。
そういう意味で滝波論文は最も興味深かったです。
ただ、シチュアシオニストそのものの説明がもう少し欲しかったです。
昨日手にした論文です。


鈴木宏節「突厥可汗国の建国と王統観」『東方学』115、2008年1月


突厥第二可汗国のビルゲ=カガンが作成したキョル=テギン碑文における
第一可汗国に対する叙述を分析し、第二可汗国の王統観を解明。
第一可汗国と直接王統のつながらない第二可汗国の諸可汗は、
第一可汗国の創業者ブミン可汗に王統をつなげることで、支配の正当性を創出した。

漢人による編纂史料からは窺えない突厥の歴史観・正統観を、
石刻史料を用いて解明する研究手法は、とても参考になります。
初紹介です。


佐藤智水「河北省タク県の北魏造像と邑義(前編)」『佛教史研究』43(平成19(2007)年10月)龍谷大学佛教史研究会

5〜6世紀の河北に於いて盛んに行われた仏像供養の遺物である造像銘、集団による造像「邑義」の整理と銘の分析を通して、その地域の宗教環境を明らかにしようとしたもので、ここでは河北省タク県を対象として分析したもの。
(タク県のタクはさんずいに豕。変換されませんでした)
ずいぶん、久しぶりの書き込みになってしまいました。

>憂糺庵主人さん
ご紹介、ありがとうございます。
とてもおもしろそうな論文で、気になっているのですが、
『仏教史研究』が大学にないのと、無精のため未だコピーしてません……。
早めにコピーしたいと思います。


『史学雑誌』117−5、2007年の歴史学界―回顧と展望―が出ました。
今回も紹介できなかった石刻関係論文を探しました。
内容が石刻メインかどうか判断できないものもありますが、
石刻を用いたことが明記されているものを取り上げます


【東アジア 中国 魏晋南北朝】
前島佳孝「李虎の事跡とその史料」『人文研紀要』<中央大>61
桐谷征一「北斉唐邕刻経記と僧安道壹の事跡」『相川鐡崖古稀記念書学論文集』(木耳社)
田熊信之「北魏高道悦、李夫人墓誌銘と『父天母地』の話」同上

【東アジア 中国 隋唐】
氣賀澤保規「井真成墓誌の世界と阿倍仲麻呂」『東海史学』41
ソグド人墓誌研究ゼミナール「固原出土「史鉄棒墓誌」(唐・咸亨元年)」『史滴』29
王小甫「拝火教と突厥の盛衰」『研究論集』<河合文化教育研>4
大澤孝「近年におけるビルゲ可汗遺跡の発掘調査と亀石・碑文の方位から見た対唐関係」『史朋』39
氣賀澤保規「房山雲居寺石経事業の展開と唐・金仙公主」『中国石刻文献研究国際ワークショップ報告書』
趙超「中国古代石刻的主要類型及其形成過程」同上
愛宕元「近年出土の唐代節度使の巨大墓誌銘二例」同上
石見清裕「唐代墓誌史料の概観」『唐代史研究』10
小林岳「「大唐故雍王墓誌」訳注」『研究年誌』<早大・高等学院>51

【東アジア 中国 五代宋元】
須江隆「宋代石刻の資料的特質と研究手法」『唐代史研究』10
石田肇「徽宗の御碑」『福井重雅古稀退職記念論集 古代東アジアの社会と文化』

【東アジア 中国 明清】
山崎岳「山東省威海市博物館所蔵碑刻『辛汪巡検司創寨記』紹介」『東アジア海域交流 現地調査研究』2
石野一晴「華北からの普陀山参詣」『富士ゼロックス研究報告』

長くなったのでわけました。


【東アジア 朝鮮 古代】
井上直樹「集安出土文字資料からみた高句麗の支配体制についての一考察」『朝鮮学報』203


【内陸アジア】
愛新覚羅烏拉煕春「女真大字石刻総考前編」『紀要』<立命館大・東洋文字文化研>
村岡倫「洛陽出土「賽因赤荅忽墓誌」より」『13、14世紀東アジア諸言語史料の総合的研究』(平成16〜18年度科研費報告書)


【南アジア 古代・中世】
石川寛「カンナダ語・ハルミディ語碑文の再検討」『南アジア言語文化』5


【西アジア・北アフリカ 古代オリエント】
中野智章“On the Composition of the Relief of Pasherieniset in Tanis, Egypt”(BAOM)26


【西アジア・北アフリカ イスラーム時代】
井谷鋼造「トルコ共和国アマスヤ市内にある西暦13−15世紀のアラビア文字碑文」『紀要』<追手門学院大・文>42


日本・ヨーロッパはまだ全部に目を通していないので、
後日、載せます。
半年以上前の論文ですが、最近読んだので紹介します。
なぜか史学雑誌の回顧と展望にはのってませんでした。


松浦典弘「墓誌から見た唐代の尼僧と家」『仏教史学研究』50−1(2007年11月)


唐代の尼僧の墓誌より、出家の機縁・臨終場所・墓誌の撰者などを分析し、
出家後も在俗時代の家と強いつながりを持っていたことを指摘。
今日、読んだ論文です。

澤本光弘「契丹の旧渤海領統治と東丹国の構造―「耶律羽之墓誌」をてがかりに―」(『史学雑誌』117−6、2008年6月)

契丹の攻撃による渤海滅亡後、旧渤海領を統治するために置かれた東丹国の構造について、契丹の王族で東丹国の重要官職を歴任した耶律羽之の墓誌を中心に論ずる。
京都大学人文科学研究所付属漢字情報研究センター編
『三国鼎立から統一へ 史書と碑文をあわせ読む 京大人文研漢籍セミナー2』
研文出版、2008年10月

冨谷至「総説 石刻資料と三国時代」
宮宅潔「魏・呉・蜀の正統論」
井波陵一「漢から魏へ―上尊号碑―」
藤井律之「魏から晋へ―王基碑―」

2006年3月に開催された漢籍セミナーをもとに作られた一般書。
いずれも概論なので、読みやすく、わかりやすい。
藤井論稿は、王基碑が未完成に終わった背景を魏晋交替期の政治状況に
求めていて興味深い。
ただし、井波論稿・藤井論稿では、近年の論文に言及されていないのが残念。
例えば、上尊号碑に関しては、渡邉義浩氏が分析をしているし、
曹真碑については、津田資久氏が詳細な検討を加えている。



もう一つ三国時代関係。

渡邉義浩「「受禪表」碑における『尚書』の重視」『三国志研究』3、2008年9月

漢魏革命時に作成された受禪表碑における尚書の引用状況を分析。
漢魏革命を尭舜革命になぞらえることで正当化したことを指摘。
また、王莽や光武帝に比べ、讖緯思想を含まない点に、
漢代儒教の宗教性からの脱却へと向かう時代風潮を読みとっている。
ずいぶん久しぶりの紹介になります。


北島信一『神の香り秘法の書―中国の摩崖石経―』(新典社新書、2008年11月)


6世紀後半の北斉において、
特異な字体で摩崖石経を刻んだ僧安(道壹)に焦点をあてた新書。
上巻では、僧安の書法における仏教的意味について論じている。
次に出る下巻で摩崖石経出現の理由、僧安の実像などに迫るようだ。
ちょっと遅くなりましたが、もう一つ紹介します。


唐立編『中国雲南少数民族生態関連碑文集』(総合地球環境学研究所、2008年3月)


雲南省の元江以南における碑文(清以降)に、
録文・書き下し・解釈をつけ、雲南の開発史に迫っている。
偶然見つけたので紹介します。


『書物・出版と社会変容』第4号(2008年)
書き物としての碑文―武州・上州の郷学碑・孝経碑・師匠碑、拓本と現地調査―
岩坪充雄「「碑」としての字姿と「文献」としての文字」
工藤航平「資料としての筆子塚等の可能性へ向けて」
久野俊彦「記念碑の言説と建碑の心意―三つの水害記念碑―」
谷口眞子「武州〜上州の碑文調査参加記」
杉仁「武州〜上州、材村碑文の調査と補足資料」


埼玉・群馬に存在する近世の石碑の現地調査と研究利用について。
取り上げられている「二賢堂碑」(埼玉県上尾市)は市河米庵書。
ずいぶん遅れてしまいましたが、昨年の論文を紹介します。


倉本尚徳「南北朝時代における『大通方広経』の成立と受容―同経石刻仏名の新発見」(『中国哲学研究』23、2008年8月)


南北朝時代に作られた偽経『大通方広経』の成立時期と場所を特定し、
その受容について、北周で作られた陳海龍造像碑や敦煌文書から検討している。
ついに出ました。


高橋継男編『中国石刻関係図書目録(1949−2007) 附『石刻史料新編』(全4輯)書名・著者索引』(汲古書院、2009年2月)


紹介された図書は合計3286点。
中国石刻関係図書目録の集大成。
『史滴』30号(早稲田大学東洋史懇話会、2008年12月)は、
特集:フィールド歴史学ということで、石刻関係論文がいくつかあります。

石見清裕「唐代墓誌の資料的可能性」
小幡みちる「道教石刻研究に関する現状と調査」
近藤一成「黄震墓誌と王應麟墓道の語ること―宋元交代期の慶元士人社会」
飯山知保「モンゴル時代華北における系譜伝承と碑刻史料」
ソグド人墓誌研究ゼミナール「ソグド人漢文墓誌訳注(5)固原出土「史索巖墓誌」(唐・顕慶三年)」

本日頂きました。


津田資久「「郛休碑」初探」(『国士舘東洋史学』第三号、2008年6月)


西晋初(270年)に作られた「郛休碑」(南陽太守郛休の顕彰碑)の基礎的研究。
詳細な碑文の校訂、書き下し、通釈を作成し、郛休の経歴を特定している。
最近、読んだ論文です。


田熊信之「新出土 北朝刻字資料瞥見―東魏・北斉期の墓誌、墓磚」(『学苑』日本文学紀要819号、2009年1月)
高瀬奈津子「「唐李輔光墓誌」釈読」(『明大アジア史論集』13号、2009年3月)


田熊論文は、鄴城付近より出土した東魏・北斉の墓誌を5点紹介。
高瀬論文は、唐の徳宗・憲宗に仕え、節度使の監軍となった宦官李輔光の墓誌を分析し、宦官が藩鎮抑圧に果した役割を考察。
本日いただきました。


伊藤敏雄編『魏晋南北朝史と石刻史料研究の新展開―魏晋南北朝史像の再構築に向けて―』(平成18〜20(2006〜2008)年度科学研究費補助金(基盤研究(B))「出土史料による魏晋南北朝史像の再構築」成果報告書別冊)2009年2月
窪添慶文「墓誌の起源と定型化」
葭森健介「魏晋の頌徳碑に関する覚書」
福原啓郎「晋辟雍碑の再検討―碑陰題名の分析を中心として―」
中村圭爾「晋南朝墓誌と公文書」
李凭「従北魏平城時代的一批墓銘看京畿移民的社会地位与思想感情」
 補「両方与北魏平城郭城的定位相関的墓磚」
趙水森「洛陽出土魏晋南北朝墓志的発現与著録研究」
朴漢済「魏晋南北朝時期墓葬習俗的変化与墓誌銘的流行」
窪添慶文「正史と墓誌―北魏墓誌の官歴記載を中心に―」


2008年9月14日のシンポジウム報告を中心に
石刻史料に関する研究成果をまとめたもの。
いずれも読みごたえがありそう。これからじっくり読んでいきたい。
最近読んだ石刻関係論文です。


北村一仁「南北朝後期潁川地区の人々と社会―石刻史料を手掛かりとして―」(『龍谷史壇』129、2008年9月)
倉本尚徳「北朝時代の多佛名石刻―懺悔・称名信仰と関連して―」(『東洋文化研究所紀要』154、2008年12月)
西村陽子「唐末「支謨墓誌銘」と沙陀の動向―九世紀の代北地域―」(『史学雑誌』118−4、2009年4月)


北村論文は、北魏の東西分裂後に作られた「敬史君碑」や「杜照賢造像碑」などを用いて、分裂期における潁川地区の小豪族層の動向を明らかしている。

倉本論文は、南北朝期の多数の佛名に関する石刻史料を紹介し、その佛名の出典や傾向を押さえ、佛名信仰のあり方について検討したもの。

西村論文は、唐末に李克用の叛乱の鎮圧にあたった支謨の墓誌を分析し、沙陀や後唐に関する史料が、後唐(沙陀系)の明宗期に改竄されていることを指摘。また、李克用の叛乱が唐朝の財務体制を支える水陸の要地の奪取を目的としていたこと、沙陀集団・唐朝双方に多数の遊牧系・ソグド系集団が存在したことなど、唐末の沙陀史の具体的様相に迫っている。
先日いただいた論文です


工藤寿晴「遼許従贇墓誌銘考釈―燕雲地域獲得直後における雲州の様相を考察する手掛かりとして―」(『白山史学』45、2009年4月)


五代十国時代の後唐末に雲州(現在の大同)に仕官し、遼に燕雲十六州が割譲された後、そのまま遼に仕えて、雲州節度使となった許従贇の墓誌を分析。
燕雲十六州のうち、従来等閑視されてきた雲州の様相の一端を解明。
最近、目にしたり、いただいたりした石刻関係論文です。

前島佳孝「「周文王之碑」の試釈と基礎的考察」(中央大学人文科学研究所編『档案の世界』中央大学出版部、2009年3月)
石見清裕「吐魯番出土墓表・墓誌の統計的分析」(土肥義和編『敦煌・吐魯番出土漢文文書の新研究』東洋文庫、2009年4月)
關尾史郎「「五胡」時代の墓誌とその周辺」(『環日本海研究年報』16、2009年2月)
鈴木宏節「突厥チョイル碑文再考」(『内陸アジア史研究』24、2009年3月)
森安孝夫・鈴木宏節・齊藤茂雄・田村健・白玉冬「シネウス碑文訳註」(『内陸アジア言語の研究』24、2009年3月)
『史学雑誌』118‐5、2008年の歴史学界―回顧と展望―が、
出てずいぶんたってしまいました。
昨年、発表された石刻関係論文で、まだ言及していなかったものを以下に
列挙いたします。


[中国―戦国・秦漢]
角谷常子「碑の誕生以前」(藤田勝久・松原弘宣編『古代東アジアの情報伝達』汲古書院)
石松日奈子「中国古代石彫論」(『國華』1352)

[中国―魏晋南北朝]
東賢司「北魏墓誌の作製に関わる二人の人物像」(藤田勝久・松原弘宣編『古代東アジアの情報伝達』汲古書院)
山路隆浩「「彭城碑」にみる魏収と仏教」(『龍谷大学大学院文学研究科紀要』30)
会田大輔「北斉における蕭荘政権人士―「袁月■墓誌」を中心に」(公益信託松尾金蔵記念奨学基金編『明日へ翔ぶ』風間書房)
佐藤智水「中国における初期の「邑義」について(中)銘文編(一)」(『龍谷大学仏教文化研究所紀要』46)

[中国―隋・唐]
鈴木宏節「突厥トニュクク碑文劄記」(『待兼山論叢』史学42)
伊吹敦「墓誌銘に見る初期の禅宗(上)」(『東洋学研究』〈東洋大〉45)
王維坤「在唐の日本留学生井真成墓誌の発見と新研究」(王維坤・宇野隆夫編『古代東アジア交流の総合的研究』)
荒金大琳「中国文物出版社出版後の雁塔聖教序における考察」(『紀要』〈別府大〉49)
道坂昭廣「王勃佚文中の女性を描く二篇の墓誌について」(『アジア遊学』116)
小林岳「章懐太子李賢の二墓誌について」(『研究年報』〈早大・高等学院〉52)
山田和大「新出土韋応物墓誌」(『中国中世文学研究』54)
続きです。


[中国―五代・宋・元]
劉静貞(今泉牧子・金子由紀・劉珊珊訳)「北宋の墓誌著述活動における女性参加」(『上智史学』53)
岡元司「宋代明州史師仲墓誌調査」(『広島東洋史学報』13)
須江隆「宋〜清時代の紙に写された碑文」(『人間科学研究』〈日大〉5)
森田憲司「近着石刻関係書所収元代石刻リスト五」(『一三、一四世紀東アジア史料通信』8)
船田善之・飯山知保・井黒忍「中国山西省北部における金元石刻の調査・整理と研究」(『三島海雲記念財団研究報告』45)
澤本光弘「契丹(遼)墓誌データ集成表(稿)」(臼杵勲・木山克彦編『北東アジア中世遺跡の考古学的研究』)

[中国―明・清]
楊暘(西川和孝訳)「永寧寺碑文と北東アジア」(菊池俊彦・中村和之編『中世の北東アジアとアイヌ』)
高井秀招「康熙二三年九月二四日付け明珠の誥封碑について」(『国士舘東洋史学』3)

[内陸アジア]
大澤孝「モンゴリアのイヘ・アスヘテ(Ikhe-Askhete)画像銘文の文献学的再検討」(松田孝一編『内陸アジア諸言語資料の解読によるモンゴル都市発展と交通に関する総合研究』)
村岡倫・谷口綾「カラコルム三皇廟残碑とモンケ・カアンの後裔たち」(同上)
松川節「『勅賜興元閣碑』の再構」(同上)
松井太「安西楡林窟のウイグル語銘文再読」(同上)
松川節「『勅賜興元閣碑』モンゴル文面訳注」(『内陸アジア言語の研究』23)
A・R・アルテーミエフ(菊池俊彦・中村和之監修、垣内あと訳)『ヌルガン永寧寺遺跡と碑文』(北海道大学出版会)

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