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A//T magazineコミュの Cafe de EVENT!!

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INVITATION

You are invited to a A//T (shunsuke + sachio) performance at the “Komazawa Illumination” performed in 2005.
A//T started giving public performance in 2003 as a response to contemporary issues of Politics and Literature.
They have decided to perform in response to voices. Inc. CEO, Mana Fujii’s private request.
"What we have pursued is ‘salon’ in a word. So we experimentally try to set our salon in this time.” A//T

Feel free to take the invitation card with you.
This invitation can be passed to someone close to you……


December 17&18, 2005. “Komazawa Illumination” at the Komazawa Olympic Park

Program
[Le Colloque] (mixed-media performance) for Twin VJ, Painting and Reading, arr. A//T

VJ, Painting: Shunsuke Oishi
VJ, Reading: Sachio Serizawa

and more&more special Guest!!

コメント(7)

本年7月or8月を目安に、カフェでコミュニティな雰囲気でイベントをするんだよね?もちろん!あー俺もやるやる〜〜!!

そうだなー。
雰囲気的には、村上龍の「E.V.Cafe」ってなのをゆる〜くまったり〜とやるのはどないざんしょう?
「週末なんで、忘れないうちにまとめて書いておきます」
     by Alan Smithy

いや、ね、Early Summerにカフェを借りてイベントって言ってましたよね。ね?
やっぱり、トーク、大事だと思うんだよね。
「グローバル化」時代に、なんで「市民意識」の高揚って現象が起きているのか、つまりNPOとかも含めてね、そこの意見聞きたいの。

これはひとつには、高度に専門性が求められる分業社会においての「新任関係(或いは新任義務)」の問題でもある、なんて知った風な口を利いてみますが・・・。

友人オーギュストの言によれば、人間精神は神学的、形而上学的、実証的の三段階を通じて進歩するらしいけど、なんせこちらは未だ形而上学的段階ですからネ。<人類教>の始祖たる彼の考えを聞いてみたい。
しかも彼はコミュニスト!・・・じゃなかったコミュニティスト!でもあるからね〜。

えぇ、やっぱり、カフェには”サロン的”がないとね・・・。
「phony氏の問題提起を受けて。」 ゲーリー・トマソン

<「グローバル化」時代に、なんで「市民意識」の高揚って現象が起きているのか

という問題提起は多面的性格を有する命題なので幾つか主観的観点を設定する必要があるかと思います。以下に示すものがそれです。
すなわち、1「経済学の観点」2「政治学の観点」3「社会学の観点」です。
と知った風な口を利いていますが。。一応試みてみます。

1、「経済学とは、ひとびとないしは社会が、貨幣の媒介による場合、よらない場合いずれかをも含めて、いくつかの代替的用途をもつ乏しい生産資源を使い、時間をかけてさまざまな商品を生産し、それらを現在および将来の消費のために社会のいろいろなひとびとや集団のあいだに分配するうえで、どのような選択的行動をするか、ということについての研究である。」

2、「政治とは、一番広く形式的に定義すれば、国家活動の全体だといってよいが、もう少し正確に言えば、国家の意思を決定し実現することに直接に関係のある行動のことである。国家の意思は主として法律と政策の形で現れる。(中略)しかしもう少し政治の本質を見てそれを定義するなら、政治とは国家内の対立と分裂を公権力を背景にして統合し、法的に組織化された統一的な国家の意思と秩序を創造し、それによって国家の目的を実現することだといわねばならなぬ。なぜなら政治が国家の意思を創造決定し、その実現に最高の指導を与えるには、国家の中で対立し、分化し、相克し、抗争しているいろいろな意思や、利害や、勢力を統合しなければならないからである。しかもその統合が公の権力を背景にしているところに政治の特色がある。」ということについての学問が政治学である。

3、「社会学(この言葉はきわめて多義的に用いられているが、ここで理解される意味における)とは、社会的行為(soziales Handeln)を解明しつつ理解し、これによってその経過とその結果とを因果的に説明しようとする一つの科学のことをいうべきである。「行為」とはここでは、行為者または諸行為者がそれに主観的な意味を結びつけるとき、かつその限りでの人間行動(それが外的または内的な行いであっても、不作為または忍容であっても問題ではない)のことをいうべきである。しかし「社会的」行為とは、行為者または諸行為者によって思念された意味(gemeinter Sinn)にしたがって他者の行動(Ver‐halten)に関係させられ、かつその経過においてこれに方向づけられている行為のことをいうべきである。」

というような学問上の価値理念に立ちその主観的観点によって先の問題提起に応えるとするならば、次のような説明になるかと思います。

近代市民社会の成立を前提に市場メカニズムが構成され、生産消費のグローバル化が実現した。しかし、市場の失敗・限界性(例えば公共財の供給や所得保障など)によって、国家意思の遂行についての最高決定指導機関たる政府による介入が行われた。これがいわゆる福祉国家政策である。しかし、80'sにレーガノミックスやサッチャリズムが台頭するように、肥大化しすぎた政府も失敗し自存化傾向の諸弊害を生じる。ここにおいて、社会運動たるNPO・NGOが注目されうる要因がある。

ということだと言われているようですね。とまた知った風な口を利いてみました。
というか、この解釈は既に使い古されて当然過ぎて問題提起に応えることができていない説明だということに書き終わってみて感じる次第です。。何事も渦中にいるときは近視眼的になりがちです。

参考文献:
Paul A.Samuelson「経済学 上」岩波書店
Max Weber「職業としての学問」岩波文庫
矢部貞治「政治学入門」講談社学術文庫
ここに書くのが相応しいかどうか・・・。

”Le 4eme Colloque”のアレンジver.として、
Comte氏の構想しているBBQなるものを位置づけることには意味があるのではないでしょうか?

これからSummerに向かってきますしね。
ご無沙汰してました。
大浜平 太郎です。
いやぁーいろいろと取材の関係で中小の工場(←こうば、と呼んでください。こうば、ですよ。)から海外の旗艦店を観て回ってたものですから。

本題。
年度内(2007年3月まで)を目処に、こじんまりしたカフェで、パフォーマンス、しようか!?という話を先日producerのComteとしてまして。秋の二つのイベントの反応=感触を見てから、という所もありますが、そのときはどうぞよろしく。

秋のイベントの告知、まもなくします。
それから、夏の間お休みしていたマガジンも秋から再開です。
やります。
します。
できそうですね〜
楽しみですね〜♪
オータムの「SOSセッション」の続編、「Le 4eme colloque」の持続の機会として、カフェを貸しきって、仲間うちをワイワイ呼んで、トークライブしたいですな。
イメージは(何度も引き合いに出すが)「EV.Cafe」の実践版みたいな。
テーマも「近代」「80年代」「90年代」みたいに継続しながら・・・で。

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