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小説、短編をつくってみたコミュの信じる者は5

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 コンビニで買い物を済ませて、マンションの前まで来ると思わぬ人物と出くわした。
「おかえりなさい。遅かったですね」
 大久保さんだ。今日はいつものパーカーでは無く、黒いコートを着ていた。どこかへ出かけるのだろうか?
「こんばんは・・出かけるんですか?」
「いえ・・そう言うわけじゃ無いんですけど・・・」
「どうしたんですか?まさかまた子供を誘拐しようとか?」
「そんなんじゃありません!」
「・・・すみません」
 失言だった。イライラしていたとはいえ、今の一言は彼女を侮辱する言葉だった。
 少し間を置いて、大久保さんはムッとした表情で、
「どうしたんですか?いつものアナタらしくありませんよ?」
「すみません・・少しイライラしてて・・」
「・・・私で良かったらお話聞かせてくれませんか?」
「・・・はい。あ、でも良いんですか?どこか出掛けるんじゃ?」
「い、いえ・・そう言うんじゃ無くてですね・・」
「・・・?」
 次の言葉を待ってみたが出て来ないので、僕は大久保さんに話を聞いてもらう事にした。このやり場の無いモヤモヤを、誰かにぶつけたいという気持ちも有ったし、吐き出す事で自分が楽になりたかったのだ。
 僕が植え込みの縁に腰掛けると、大久保さんも僕の隣に座った。僕は大久保さんがこちらを向くのを確認してから、ここ数日に起こった事を少しずつ話していった。大久保さんは時折相槌を打つ位で、僕の話が終わるまで静かに聞いていてくれた。




「そんな事があったんですね・・・それでアナタは、その男性の事を疑ってしまった自分に対して、苛立ちを感じていたんですね」
「・・・」
 その通りだと思った。自分でもよく分からないモヤモヤや、イライラの原因を指摘されて、ようやく自分自身で認めることが出来たといった感じだった。
「・・すみません」
「誤ることは無いですよ。私だってアナタと同じ立場なら、アナタと同じ様に感じていたと思います」
「・・・・」
「でも、また子供を誘拐するとかヒドイです」
「あ、いや、ごめんなさい」
 そう言う彼女はクスクスと笑って、僕をからかっている様だった。
「それにしても・・・」
「何か?」
「私も、その男性の態度は気になりますね。やっぱり婚約者が亡くなって直ぐ、そんなに明るく振舞えません。明るく振舞ったとしても傍から見て無理に明るく振舞ってる様になると思います」
「だとすると・・」
「もしかしたら・・・」
 そこまで言うと、大久保さんは俯いて黙り込んでしまった。
「あの・・?どうかしたんですか?」
「いえ・・・」
 不思議に思って首を傾げていると、大久保さんはこちらを向き直し、
「もしかしたら、ですよ。もしかしたら、その婚約者さんは『生きたい』って言ってたんじゃ無いでしょうか?」
「え!?」
「だってそうでしょう?誰だって結婚間近と言うときに死にたい何て思いません」
「そうですね・・」
「・・それに『死にたい』と『生きたい』って母音が同じなんです。婚約者さんは口もきけない状態だったのなら、その男性が勘違いして『生きたい』を『死にたい』と受け取ってしまったと言う事も・・」
「もしそうなら、あの明るい態度は・・・」
「たぶん私も同じ事を考えています・・」
「理由は分かりませんが、あの男性は婚約者と別れたかった。でも病弱な婚約者を捨てる様な真似が出来なくて、別れの言葉をを自分の口から言いたく無かったんじゃ」
「理由なら、今アナタも言ってたじゃないですか。婚約者さんは病弱だと。恐らく看病に疲れて・・・」
「なるほど・・・」
「真意は分かりませんけどね・・・」
「・・・」
 僕は後悔していた。大久保さんに話した事によって、更に重苦しい、もっとやり場の無いモヤモヤが残ってしまった事も有るが、何より美香さんの忠告を無視して、他人の事情に深入りしてしまった事に対する後悔である。あの時、男性の話を聞かなければ、いや、それ以前に興味を持たなければ、こんな気持ちにはならなかっただろう。
 僕が落ち込んでうなだれていると大久保さんが急に立ち上がり、
「あの!これ!」
 大久保さんにしては珍しく緊張している様子だった。そして両手で小さな箱を僕の方に差し出して、
「こんな時に渡す物じゃ無いとは思うんですけど・・」
「もしかしてバレンタインのチョコ?」
「はい・・」
「もしかして、これ僕に渡す為にずっと待ってたの?」
「・・・・はい・・」
 大久保さんは俯いて、蚊の鳴くような声で答えた。顔は見えないが、たぶん真っ赤になってる事だろう。
 と、思ったら僕の方を真っ直ぐに見つめ、
「人は皆が正直で、優しく無いのかも知れません。汚い所だって沢山有ります、私も他人を犠牲にして生きている所が有ります。人の優しさなんてものは全て偽善で、皆が正直で優しい世界なんて幻想かもしれません。それでも、アナタだけでも、そんな優しい世界を信じて貰いたいんです。私はそんなアナタに救われているんです・・」
 小さな箱を受け取り、「開けて良い?」と聞くと、コクンと小さく頷き、また俯いてしまった。
 丁寧に包装を剥がし箱を開けると、猫の手のひらに乗るような小さな球体状のチョコが一つ、箱の中央に置かれていた。
「あの・・私あまり料理が得意じゃなくて・・その・・ごめんなさい。ちゃんと渡せそうなのは、それくらいしか出来なくて・・・」
 ちゃんと渡せそう、とはどういう事なのだろう?試作品が有るのだろうと推測出来るのだが、それは一体どんな形をしているんだろう?
「食べても良いかな?」
「・・・どうぞ」
 口に放り込むと、隠し味として入れたのだろうと思われる全面的に押し出されたカレーの風味、そしてカレーを誤魔化す為に入れたのであろう大量の砂糖の塊の残骸、そして申し訳程度のチョコレートの風味、そして口の中いっぱいに広がるラベンダーの香り。
 人の好みはそれぞれ有ると思うし、こういう奇抜な味が好きな人もどこかに居るのかも知れない。だが僕は可能な限り噛まずに飲み込むことを選択した。
 決して美味しくは無かったが、大久保さんなりに一生懸命僕の為に作ってくれたのだという気持ちが嬉しかった。
「ありがとう」
「はい!」

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