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砂川国夫の宮古民謡解説集。コミュの宮古民謡の原点。

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慶世村恒任(きよむらこうにん 1891〜1929)によって初めてオルガンによる伴奏がつけられるまで、宮古民謡はかにすま(アカペラ)で歌われてきました。

ただ、沖縄や八重山諸島と異なり、毎日の生活に密着したものではなく、ウタキや代々伝わる聖なる場所、祭事などで神に捧げるものとして歌われたものが原点と言われています。

なので歌は神と繋がる神聖な会話とされています。
分かりやすく言えば祝詞やお経のようなものと考えればよいでしょう。

ゆえに選ばれた人(主に女性)しか分からない歌が多く、生活に密着しているとは言い難いです。
その為、他の島に比べ民謡が盛んではないのでしょう。

現在でも島のあちこちで神に祭りの報告をする時や行事を行う時、やウタキで祈る時にまるで歌っているかのように何かを唱えている様子が見られます。

宮古を作ったとされる神様をまつっている平良の張水御獄ではそういった光景が代々受け継がれています。

宮古に行った際には最初に張水御獄に参拝し、宮古にいる間元気無事で過ごせるようにお願いする事が礼儀となっています。

時間帯によっては神殿でニーリアーグ(願いの歌)を唱えている女性を見ることができます。

その女性が唱えている言葉こそ宮古民謡の原点と言われているものです。

最近は宮古民謡を愛好する方々も増え、次第に生活に密着したものになりつつあります。

宮古民謡がもっと世に浸透するにもそう時間はかからないでしょう。

コメント(6)

久高島と共通するものがありますね。
本で見た事あるんですが…

久高島と大神島は共通点が多いそうです。
> ☆トミ☆さん

久高は行った事が無いので詳しい事は分からないのですが、

一説によると琉球王朝の命によって選ばれた者が、久高で神事を司る訓練を受けて各島に派遣される風習があったと聞いた事があります。

大神は現在でも神事の行事が行われる日には、山頂は立ち入り禁止になると大神に行く際に船を運転する人から聞いた事があります。

私の仮説の域での意見ですが、共通する部分は多いでしょう。

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