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大熊猫蔵コミュのトウゴウ

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3DSのゲーム『メガテン4』の世界観の中で、メインストーリーとはほとんど関係ない、ともすれば遭遇すらせずにクリアしてしまうようなモブキャラの一人について、小さな物語を書きました。
ネタバレ回避としては銀座の繁華街まで到着できた人推奨。新宿・池袋をクリアできていない人は全く楽しめないと思います。
 
 
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 嗅ぎなれた血の匂いがこびりついたコンクリートは反吐が出るほどカビ臭い。だが、その臭さがおれを、酒に溺れさせず、酒に浸らせず、意識を保つ助けとなっている。そう、本当だったらもう倒れていてもおかしくないほどの量を既に呑んでいる。傍らに転がった一升瓶はすでに六本を数えている。暗黒の天蓋に覆われたこの東京では、一本でさえそこそこの値段で取引されるというのに、これだけあればプラチナカードと交換してもよいと言い出す者だって居るだろう。
「おい……お前の番だ」
 毛むくじゃらの剛毛に覆われた赤黒い手が、ぬっと大盃を差し出す。おれは黙ってそれを受け取り、ヤツに注がせる。
「ほっほっほっ……まだ倒れぬか。面白い人間じゃ……」
 ヤツはまたおれのことを『人間』と呼んだ。そのことがまた口惜しく、おれの酔いを醒ます。大盃に溢れそうになる酒を表面張力ぎりぎりのところでこぼれないようコントロールするヤツの手にはまだ、リエがおれたちにくれたミサンガがついている。リエの手作りのミサンガ。こいつはオグラ・ショウジ以外の何者でもないはずなのに……くそぅ。
「おれの……トウゴウとしての意地だ。負けるわけにはいかないのだ」
「ほっほっほっ。両脚、それは安くはないものじゃからな」
 違う。そう、心の中で叫ぶ。おれが何度も自分の名前を繰り返して伝えているのにも関わらず、ショウジは……お前は……あの約束を思い出せないでいる。
 
 
 
 おれとショウジが始めて出遭ったのは確か七歳の、妙に蒸し暑い日のことだ。おれの親父と親友同士だったショウジの父親の一家が、この銀座のシェルターへと避難してきたあの日。
 ショウジの……いや、ショウジとリエの母親は背中に酷い引っかき傷があり、ここへ着いた時にはもう息をしていなかった。人の死なんて見慣れていたが、それでも目の前の死体を見ると、心の奥をヤスリで削るような鈍い痛みが心のかさぶたの上からじりじりと襲ってくる。この時代、こんな場所で生き延びてきたショウジとリエも同じ気持ちだったのだろう。泣き喚いたりはせず、ただ黙ってその痛みに耐えていた。泣く暇があったら、悲しんでいる暇があったら、そのわずかな時間で銃を撃て、剣を振るえ、おれたちはそう教えられていたから、涙の流し方なんて忘れてしまっていたのかもしれない。涙を流さぬようこらえたところで、感じる痛みはどうにもできないのだけど。
 母親の遺体をじっと見つめるショウジとリエ。おれは思わず二人の肩を叩いた。
「おれの母親ももう死んだ。だからおれとおまえらはナカマだ」
 当時のおれにしてみれば、せいいっぱいの慰めの言葉だったのだと思う。ナカマだということを伝えれば、その痛みを少しでも分けっこできると考えたのだ。
「ああ」
 ショウジは力なく答えると、おれの顔をじっと見つめた。
「おれはトウゴウ・ゴロウ。おまえは?」
「ぼくはオグラ・ショウジ。こいつはオグラ・リエ。妹だ」
「こっちにさ、噴水があるんだよ。珍しいだろ? 見に来いよ」
 おれは二人の手を引くと、銀座シェルターの中央にある噴水のところまで走り出した。
 
 その日から噴水が、おれたちの遊び場になった。おれとショウジは噴水のまわりをどちらが早く走れるかを競争し、先に百勝したほうが負けた方から靴をもらう、ということになっていた。おれたちは幾度となく競争し、その数をリエが数えた。いま思えばあの駆けっこの日々が、おれたちの基礎体力を鍛え上げたのかもしれない。
 僅差ではあったがおれが百勝をもぎ取った。しかし、ショウジの父親は性格こそ良かったもののハンターとしては二流だったために稼ぎが少ない……つまり、ショウジから靴を取り上げたらショウジは裸足にならざるをえなかったのだ。
 おれはショウジにルールの変更を申し込んだ。
「トウゴウの名にかけて、百勝ごときで喜ぶわけにはいかない。先に千勝、どうだ?」
「千勝か……戦勝と響きが似ていていいな」
 ショウジはその提案を受け入れてくれた。変に意地を張らず、受け入れてくれたことが嬉しかった。そして再び駆けっこが始まったのだ。
 
 そして月日が流れる。
 
 おれたちは成人し、共に人外ハンターとして生きる道に足を踏み入れていた。おれとショウジの勝負は、単純な駆けっこから、クエスト中に倒した悪魔の数の競争へと変わっていたが、まだ二人とも千勝にはまだ届いていなかった。990対990。おれたちの実力は拮抗し、一進一退を繰り返していた。
 だが、そのことを快く思わぬ者が一人居た。おれの親父だった。おれの家は江戸から続く名家の家柄。人類の希望として悪魔討伐隊が編成されたときも参謀本部付けの幹部待遇だったほど。いつ誰から聞いたのか、親父はある日おれの耳元で「トウゴウの名を汚してくれるなよ」と言ったのだ。しかも、それは図らずも親父の遺言となった。
 いつもは四人で仕事をしていた。親父とおれ、ショウジとショウジの父親。だが、ガイア教徒から頼まれたクエストが危険すぎるということで、経験の浅いおれとショウジとが置いてゆかれることになったのだ。親父たちは二人でそのクエストに挑み、そして帰ってきたのは伝言だけだった。圧倒的な強さの「霊的国防兵器」とやらの前に全滅したのだと、親父の形見のXYZマシンガンを添えてガイア教の連中から聞かされた。ガイア教徒が一人だけ、わざと生きたまま帰されたらしい。「無駄だ」と伝えさせるために。
 おれたちは自分の弱さを痛感した。そして、チームではなく個人で行動するようになった。自分たちを鍛えなおすために。
 ショウジとは滅多に会う事もなくなり、勝負も中断されたままになった。
 そんなある日のことだった。いつものようにクエストの結果報告を人外ハンター商会に報告に行く途中、リエがおれの前に立ちはだかった。
「ねぇ、ゴロちゃん。銃の使い方教えて。アニキは教えてくれないんだ」
「だ、だめだ。危険すぎる」
「この東京で銃の一つも撃てないほうが危険だと思うの。私、いつまでも守られているだけじゃいたくないの」
 おれは、首を縦にふれなかった。リエには死んでほしくなかったから。もう一つ言えば、おれにはまだ、外へ連れ出したリエを守りながら戦い方を教えられるほどの自信がなかった。おれはまだ、トウゴウの名に恥じぬという自信が持てないでいたから。
「ねぇ、見てよ。ほら、筋トレだって毎日一人でやっているんだから」
 リエはそう言ってシャツをたくしあげる。白く美しい肢体は、記憶の中の少女ではなく、もはや成熟した女性のそれであった。
「ばか。こんなところで」
 慌ててシャツを戻す。悪魔だけが敵なわけではない。いろんな意味で人間を襲う人間も居る。しかもそいつらは人間だというだけで、平気でシェルターの中にも入ってこれる。
「……リエ」
「なに?」
「一つだけ約束しろ。銃の扱い方は教える。だがおれがいいと言うまでは決して外に出るな」
「さすがっ! ゴロちゃん、話せるぅ」
 おれはリエを鍛えることになった。弱い悪魔を捕まえてきて召喚し、模擬戦をやらせたりもした。もともとスジがよかったのかリエはすぐに「足を引っ張らない」程度にまで成長した。しかし、それがショウジの怒りを買ったのだ。
「なんでリエに銃を持たせた?」
 ショウジの怒りの底には、幼き日に亡くした母の記憶がある。家族をこれ以上失いたくないからこその怒りだった。
「外にはまだ出していない。自衛のための技術を覚えるのは良いだろう」
「ふざけるな! 何を勝手に! ぼくの家族のことはぼくが決める! トウゴウ、お前は部外者なんだ!」
「ショウジ、おれはおまえらをずっと家族だと」
「なにが家族だ。お前ら何かっていうとトウゴウ、トウゴウ、家の名前を持ち出して。ぼくらはお偉いトウゴウさまに囲ってもらっている惨めなオグラさまですよ!」
 幼き頃よりずっと親父に誇りとして教え込まれたトウゴウの名を、おれは汚されたと思ってしまったんだ、その時は。親友の気持ちをわかろうともせずに。
 だからつい言ってしまった。
「トウゴウの名を馬鹿にするな!」
 そう口にしてしまってから後悔した。だけどさ、後悔なんて後でするから後悔なんだ。ショウジは哀しそうな悔しそうな今まで見たことのない表情を浮かべながら、おれたちに背を向けた。
 あの時、追いかければよかったんだ。なのにおれは、リエがおれのそばに残ってくれたことに、情けないことにホッとしていた。そのせいで、ショウジを独りにしてしまったことになんて気づけもしないで。
 
 人づてに、ショウジが酒に溺れるようになったと聞いたのはそのケンカから一週間も経っていなかった。おれはリエにシェルターで待つよう言い、ショウジを見たと聞いた銀座のあるエリアに探し続け、そして見つけた。
 すぐにわかった。表通りにまで酒の匂いがただよってきていたから。
 そこはかつてバーか何かだった雑居ビルの一階。おれが扉を開けると、赤ら顔のショウジが床に座り込んで酒瓶を持っていた。
「ショウジ!」
「よう……トウゴウさんのおでましとくらぁ」
「おい、ショウジ。ちゃかすなよ」
「ちゃかしたくも……なるさ。ぼくひとりで……馬鹿みたいじゃないか」
「すまん。それはおれが悪かった。ちゃんとお前に伝えればよかったんだ」
「……それは……ぼくもだよ……ちゃんと……言えばよかった」
「何をだよ」
「……この店……買ったんだ……そして冷蔵庫と……酒も集めた……」
「なんだと? どういうことだ?」
「……ぼくときみとリエと三人で……店をやりたかったんだ……明日を生きようと思える……店を」
「な……まさか、この店が?」
「ああ……ちゃんと……言えばよかった……なのに」
「いいんだよショウジ。今からだって遅くない。三人でやり直そう。一緒に店をやろう」
「……いいのかい?」
「よくないことなんてないさ、約束だぜ」
「ああ約束だ」
 おれがショウジに小指を差し出すと、ショウジもよろよろと立ち上がり小指をすっと差し出した。
「きゃぁぁぁぁ」
 赤かったショウジの顔が一瞬にして青ざめた。たぶんおれの顔もだ。リエの声だった。おれたちは慌てて外へと飛び出した。
「な……んだと?」
 全身を極彩色の迷彩にペイントしたほぼ全裸の男……じゃない……こいつ、悪魔か? 初めて見るやつだ。
「なんだ? こんなやつ普段ここらじゃ見ないぞ?」
 その悪魔の足下で、リエが脇腹をおさえてうずくまっていた。出血が多い!
「リエ!」
「逃げて! 私はいいから……」
「そんなことできるか! おまえはおれの」
 XYZマシンガンをぶっ放す。だが、全く効いていないのか、悪魔は平然とこちらへ近づいてくる。今の弾は炎王の……まさか火属性無効だと言うのか。リエに一刻も早く手当てをしなければならないというのに……悪魔の攻撃をかいくぐりながら、急いでスマホから召喚のコマンドを実行する。
「オセ! 来い!」
 召喚されたオセの二刀流が敵悪魔にヒットするが、それでも敵は倒れぬ……いや、剣が通じる相手だとわかっただけでもよしと考えるべきか。属性弱点はあるのか? メモリに残っている悪魔を思い出す。だがさっきのように無効属性で攻撃してしまったとしたら……攻撃のチャンスを失い、リエをますます助けにくくなる。
「うおおおおおおおお!」
 ショウジの雄叫びが聞こえた。愛剣、妖刀ニヒルを低く構えて鋭く突きに行く……その数秒間が、やけに長く感じられた。敵悪魔の手が紫色にたなびく煙をまといながらショウジをとらえ、振りぬいた……ショウジの体が血しぶきと共に宙を舞う。これはヤバい展開だ。おれは二人を失うというのか? いや、まだ、できることがある。属性攻撃を試すのだ。火が効かないなら逆の氷が効く場合がけっこう多い……もしこれで失敗して死ぬなら……ショウジとリエと一緒に死ぬのならば、それも悪くない。
「ユルング、来い! アイスブレスだ! オセはベノンザッパー!」
 いまのおれにできるもっとも攻撃力の高いコンボ。
 攻撃は仲魔にまかせてショウジのもとに駆け寄った。意識はある。魔石を渡すと、悪魔の向こう側に居るリエのもとへと走る。アイスブレスが効いたのか、悪魔は怯んでいて、なんとかリエのとこまでたどり着く。
「リエ、意識はあるか?」
「……うん」
 魔石をかざすと、リエの出血はかろうじて止まる。だがリエは突然、目を見開き……。
「アニキ!」
 ふりかえったおれの視界には、立ち上がるショウジの姿があった。ただしその手に持っているのは魔石ではなく……赤玉!
「……人間は……脆いな……悪魔に対抗するには……」
「やめろ! ショウジ!」
「アニキ! 何してんのよ!」
 混乱させられたオセが、ショウジとおれたちとの間に倒れこんだそのタイミングが、おれの親友であり仲間であり家族でもあったオグラ・ショウジの、人間としての最後の瞬間だったのだ。
「ショウジィィィィ!」
 
 
 
「人間、お前の番じゃぞ」
 かつてショウジであったショウジョウが、おれに大盃を差し出す。おれは黙ってそれを受け取り、かかげる。おれが呑み干したのは三升。あと七升呑めば、過去に勝った990勝と合わせて「千しょう」になる。そんなくだらない語呂合わせの自己満足に、おれはどうしてこんなに一生懸命、挑戦しているのか……それは、もう、おれには何もないからだ。
「ほっほっほっ まだまだ呑み足りぬという勢いじゃのう」
「次はお前の番だ。呑めよ……ショウジ」
「だからワシはショウジではなくショウジョウだと言っておろうに!」
 おれは構わず、ヤツの大盃に酒を注いだ。
 
 赤玉で悪魔になった人間が、人間であったときの記憶をどれだけ持っていられるかってのは個人差があるようだ。少なくともショウジとリエを見ているとそう感じる。
 あの悪魔が逃げていったあと、変わり果てた姿のショウジはおれたちのことをじっと見つめ、哀しい咆哮を上げ、そして闇の中へと消えていった。その後何度か、この店の近くをうろついているショウジを……いやこのショウジョウを、おれは見ていた。
 悪魔になってしまってからもあの約束を覚えているのだろうか……幸い、戦闘をしかけられることもなくやり過ごすことが出来た。
 そのかつての兄を眺めるリエもまた、もはや人間ではなかった。
「アニキをあそこまで追い詰めたのは私の責任。家族として、私も同じ道をたどるべきだわ」
 言い出したらその兄以上に決して退かないリエが赤玉を食べたのは、ショウジが闇に消えてから三日と経っていなかった。そんなリエに、おれは結局「君と家族になりたい」と言いそびれたまま。
 しかし、リエが悪魔となってからクエストが楽になったのも確かだ。補助魔法に全体攻撃魔法、そして銃への無効化能力。リエは人間だったときとは比べ物にならないほど強くなり、おれの背中を守ってくれた。姿カタチは多少変わってしまっても、リエはリエのままだった。
「ゴロちゃんも悪魔になっちゃいなよ」
 おれの腕の中で、悪魔になったリエは何度もおれを誘った。だが、トウゴウという名が、おれを「人間であること」にしがみつかせた。人間のままでも、悪魔のリエと一緒に居られる……そんな現実が、人間と悪魔との違いから目をそらさせたのかもしれない。役所もろくに機能していないこんな世界で「家族」になるのに儀式や誓約なんて必要なく、ただ一緒に居れさえすればもう「家族」なんじゃないかな、なんておれは考えるようになった。
 悪魔になった連中を何人も見てきて感じたのは、人間であることに絶望して悪魔になった者ほど、人であった過去を忘れたいのか記憶を多く失っている印象がある。
 だとしたら、ショウジに希望を取り戻せたら、あいつは再びおれたちの元へ戻ってくるのだろうか。悪魔相手の店でもいいな、そんな楽観的なおれが勝手に描いていた「未来」はいとも簡単に崩れ去る。いまやどこにも存在しないレトロな悪魔討伐隊の装備に身を包んだあの女のせいで。
 あの女は、リエと同じ種族の悪魔を多く連れていた。始めはおれの手をしっかり握っていたリエの指先の力が、やつらが何か言う度に緩んでゆくのを感じた。おそらく五分も経っていなかっただろう。まるで川が海に流れ込むかのように、リエはするりとおれの手を放し、自分の姿と同じ悪魔の群れの中に消えた。そのあとは覚えていない。気がついたら、おれは再び一人きりになっていた。
 
 悪魔討伐隊の姿の女を、おれは捜し続けた。おれのかけがえのない「家族」を取り戻す手がかりを、必死になって探したのだ。そして池袋で見かけたという噂を信じて駆けつけたその場所で、おれは見てしまった。ガイア教徒たちが次々に入ってゆく結界の内側で……たくさんのリリムの骸が転がっているのを。
 おれはリエの名を呼びながら必死に探した。この中にはきっと居ない……そう願いながら。だけど神ってやつは残酷だ。「リエに逢いたい」という願いを、こんなタイミングで叶えやがった。
「……ゴロ……ちゃん……」
 リリムの骸をかきわけて探すおれの手つかんだ一人のリリムがそう言ったのだ。
「リエ? リエなのかっ?」
 おれはそのリリムを抱きかかえた。リリムは、いやリエは……おれの腕の中で何かを言おうとして……そのまま………………。
 世の中には死んだ悪魔を蘇らせる道具があるという。それさえ手に入ればリエを復活させられるかもしれない。おれは冷たくなったリエをかついで結界をあとにしようと……した、その時。結界は消えた。
 おれは何もない廃ビルの片隅で呆然と手の中の重みをもう一度探そうとした。だが、消えた結界と共にリエも、他のリリムたちの骸も、みな消えてしまった。
 おれは本当に、ひとりぼっちになってしまったのだ。
 おれに残ったのは、わずかばかりの温もり……その記憶だけ。どうしようもない孤独感と絶望とがおれを襲う。いま悪魔に襲われたなら、そのまま殺されてもいいとさえ思った。それなのに、こういうときに限って何とも遭遇しない。気がついたら、おれは「店」に戻っていた。「店」のドアを開け、冷蔵庫へと向かう。そこには酒が並んでいる。クエストの合間に見つけ、大事に集めてきた酒たち。もう、こんな風に酒を集める必要もないな……。
 パキ。
 瓦礫を踏む音がして振り返ると、そこには一匹のショウジョウが居た。
「……ショウジか?」
「わしはショウジョウじゃよ。人間よ」
 そう言って近づいてくる腕に、リエの作ったミサンガがまだ切れずに残っている。ショウジだ。こいつはショウジなんだ。
「なあ、勝負をしないか?」
「人間ごときが、わしとか?」
「お前、酒好きなんだろ? ここに酒がある。どっちがより多く呑めるか、勝負しないか?」
「ほうほう! 酒を呑む勝負なら受けてやろう……で、勝負というからには何を賭ける?」
 目の前の悪魔に、ショウジの面影が浮かぶ。
「そんなん決まっているじゃないか。おれたちが賭けるのは、靴だ」
「靴……脚ということか? いいだろう、両脚、賭けようぞ」
 おれは大盃を取り出すと、ショウジへと渡した。
「なあ、リエが死んだんだ……おれは、リエを守りきれなかった」
「リカー? ウイスキーでも焼酎でもワインでもブランデーでも、わしはなんでもいいぞ……何を泣いておる。もう勝負はもらったようなもんじゃな。だがしかし、呑みもせず勝負が決するなど面白くもない。わしは呑むぞ」
「いいさ。ここはおれたちの店だ。好きなだけ呑め」
 おれはショウジの持つ大盃へ、日本酒を注ぐ。『開運』という銘柄。ここの店のオープンに開けようと思っていた酒。
「日本酒とは豪勢な! さすがブラックカードを持つ人間じゃ」
 一気にそれを飲み干したショウジの手から大盃を受け取ると、おれはやつの方へと差し出した。ショウジは、なみなみと注いでくれる。姿は悪魔で、おれたちの記憶すらもうないと言うのに、ショウジがこの店でこの酒を注いでくれるということが妙にうれしかった。
「呑みつくすぞ!」
「そうこなくてはな!」
 
 
 
 ショウジョウの顔はもはや真っ赤だ。おれももう立っているのがつらいほど。だが、さっき、ちらりと「店」の中を覗きに来た連中。見覚えがある。ガイア教徒たちに続いて池袋のあの結界の中へ入っていった連中だ……もしかしたら、あいつらがリエを……。
「なあショウジ」
「わしはショウジョウだと」
「おれがこの勝負に勝ったら、おれの仲魔になれ。そしてショウジという名前で呼ばせろ」
「なんだと?」
「そして、殺したい人間が居る。それを手伝え」
「人間を殺す、と? それは造作もないことだ。いいだろう。両脚の代わりの条件、受けようじゃないか」
 おれは大盃を呑み干した。
 見つけた。おれの新しい目標を。リエの敵討ちだ……。おれは、冷蔵庫からまた新しい酒を出してきた。絶対に、勝ってやる。
 
 
 
 
 
(終)

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