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大熊猫蔵コミュのTHE 怖い話コミュでの投稿(番外編)15/09/07 追加

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【息抜き】タイトルを上げて→怖い話を綴る
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2652804&id=77873058
※投稿作品のうち自作分だけを抜き出してこちらに貼り付けようという趣旨のトピです。

 →書いた作品(コメント部分に転載)
 *だんぞうが出したお題

■参加作品
1「魔女のボケ」→
7「深夜の公園」→
11「噂話」→
14「ガラスの盾」→
18「都会の喧騒」→
25「立て掛けた傘」→
31「3つの小石」→
42「情けは人の為ならず」→
46「生きてて良かった」→
52「転ばせ屋」→
58「ゆめのくに」→
60「とまれ」→
65「ある日、アメリカが日本に土下座してきた事案」→
68「深海から見た星空」 →
68「これは、天が私に授けてくれたに違いない」→
79「この街には悪いうわさがある」→
82「|_・)」*
84「青臭い正義」
86「悪魔と死神」
91「桜と梅と椿の討論」
96「トモダチじゃない」
101「一つ足りない」
127「幸福は義務」
132「筋力で解決する童話」
136「薔薇の憂鬱」
138「柱時計」
139「ジャックオーランタンにサンタは笑わない」
139「守護霊(女子力)」
144「あなたのmixiネームで怖い話あいうえお作文」
160「パンダさん」*
166「最強都市伝説決定戦」
166「私しかいない」
170「占い依存」
174「ハイオクマンタン」*
174「瓶の中の指」*

コメント(20)

「魔女のボケ」(1)
 
 
 私がこのお屋敷に貰われてきたのはまだ小学生の頃だった。両親を早くに亡くした私を引き取ってくれていた叔母夫婦の家では「躾」という名目の虐待が日常的に行われていて、今のこのお屋敷にもらわれるのだと分かった時、嬉しさのあまり腰が抜けてしばらく立ち上がれなかったほど。
 このお屋敷では、私は「娘」として育てられた。殴られることもなく罵られることもなく、美味しい食事を日に三回もいただけ、学校に行かせてもらうことが出来、しかも家に帰ってからの時間を好きに使うことができたのだ。自由な時間だなんて!
 夢のような暮らしだった。ああでもたった一つだけ、庭の一角にある樹々のお世話だけは毎朝欠かさずにするということだけはルールとして定められていて、雨が降ろうが雪が降ろうが嵐がやってこようが、樹々の一つ一つに手を当ててお祈りを捧げなければいけなかったのだ。ただ、それ以前の地獄のような生活の中でやらなくてはいけなかった多くの事柄に比べればごくごく楽なものだったし、そもそもこの樹々に私が助けられたことを思い返すと面倒のめの字さえ感じることはなかった。
 そう。私はこの樹に助けられた。あの日、言いつけられたお買い物の途中、このお屋敷の前で泣いていた私。重すぎる荷物と、当時小学二年生だった私の短い手の長さとで、スーパーのビニール袋は地面にこすりつけられ破けてしまって。そんな私に声をかけてくれたのが、今の「母」だった。どうしたのとたずねてくれた彼女に私は事情を説明した。すると、代わりになる袋をあげるからちょっと待っていてねとか言われて……この知らない人が、私をさらってくれればいいのにとか子供心に本当に考えながら待っていた。彼女は美しい女性だった。あんな綺麗な人が悪いことをするはずがないとも思っていた。叔母夫婦はいつも怒鳴っていて、物語の中の鬼のように見えていたし。
 彼女はすぐに戻ってきた。良い匂いのする軽い袋を私へと差し出し、がんばりやさんにプレゼントするなんて言い出した。そんな優しさをそれまで知らなかった私は泣き出し、そして、自分が唯一持っている財産……言葉を、自分の知っている限りの言葉を総動員してお礼を言った。彼女のことだけじゃなく、彼女のお屋敷、そして美しい模様の柵ごしに見える素晴らしい庭園の美しさを賛美した。
「おにわの木もすごくきれいです。とくに赤い花の木がすごくきれい」
 私は確かそんなようなことを言ったと思う。すると彼女は突然、私の手をぎゅっと握りしめ「もっと近くで見てよいのよ」と言った。ちょっと前まではこの人にさらわれたいなんて妄想していた私だったけれど、さすがにそこまではという意識はちゃんとあって、一度は首を横に振った。けれど、彼女がふわりと微笑むと不思議なことにそれが一番良いような気がしてきて……私は彼女のあとについてお屋敷へと足を踏み入れてしまった。そのことを後悔はしていない。その語、彼女はすぐに叔母夫婦への連絡やら手続きもしてくれたみたいで、ほどなくして私は彼女の「娘」となったのだ。
 この屋敷での生活は何もかもが素晴らしくて、とりわけ彼女の……「母」の美貌が群を抜いて素晴らしかった。まじまじと見つめると言葉を失うほど。その美しさに惹かれた者達が毎日のように「母」への贈り物を持って訪れた。それが私にとって誇りであったのは、小さい頃だけ。年齢を重ね、思春期になると「母」のその美しさが私を苦しめるようになっていった。家へ連れてきた人は男女問わず「母」に夢中になり、その中には私の初恋の人も、そして初めてできた恋人さえも含まれていた。お屋敷での生活に不満などなかった私だったが、この「母」の下では女としての幸せは決して得られないと気づいてしまったのだ。
 私は秘密の口座を作り、お屋敷の物をこっそりと売ってはそこへ貯め込んだ。二十歳になったらこの家を出て行こう、そう決めて。「母」に感謝はしていた。あの地獄のような日々から救い出してくれて、何不自由ない暮らしをさせてくれて……でも、付き合う男たちが片っ端から母に夢中になってゆく日々はまたある意味別の地獄だった。表面上は「娘」として変わらぬ日々を演じながら、まもなくやってくる巣立ちの日に向けて湧き上がる高揚感を必死に抑えて、そしてとうとう新しい人生の門出を翌日にと控えた夜のこと。
 明日、私は二十歳になる。なんだか興奮して眠れない。私の中に不思議な力が育っているみたいに。ああ、新しい生活。これから私は一人で生きてゆく。きっと今よりずっと大変だろうけれど、でも普通に恋をして普通に結婚して普通に……コンコン。
 心臓が飛び出るかと思った。
「は、はい」
 
 
 
(続く)
(続き)
「魔女のボケ」 (2)
 
 
 
「大事な話があるの。今すぐ来て頂戴」
 「母」だった。まさか計画がバレていた? 従うかどうか正直迷う。でもここで決意をゆるがせたら私はきっとあのいつまでもあの美しいままの「母」の下で、寂しい想いをしながら生きていかなければならなくなるに違いない。だから、決行した。「母」の部屋へは行かず、こっそりとお屋敷を抜け出したのだ。
 
 私の元彼から連絡があったのはその翌日の深夜過ぎのことだった。とりあえずネットカフェに泊まり込んでいた私の携帯電話にメールが届いたのだ。
『明日は日曜だけどさ、なんか予定とかある?』
 私のことを命がけで愛してくれると言ったから大切なものを捧げた男からの軽い口調のメール。「母」に会うまでは毎日私へかまってくれていたのに、「母」を一目見た途端に夢中になり、私からの全ての連絡に返事を返さなくなった男。こいつのことなんて思い出したくもなかったのだけれど、この機会にと男への腹立たしさをそのまま返信した。
『私の母に夢中になって私を振ったクセに』
 すぐに返事が来た。それも電話で。その電話につい出てしまったのは、やはり一人になったことへの不安や寂しさがあったからかもしれない。でも、彼の言い訳がどうにも噛み合わない。彼は私の母に会ったことなど覚えていないと言い出して。その時はむかついたまま電話を切って、電源まで落としてしまったけれど、翌朝になって胸騒ぎを覚えた私はお屋敷へとこっそり戻ってみた。
「え?」
 あの立派だったお屋敷は朽ち果て、庭も荒れてボロボロ。どう見ても廃墟だった。あれから何十年と経っているかのように。ここ、場所を間違ったりはしていないよね? いいえ、間違えてなんかいない。十年以上は住んでいた場所なんだし。気づいたら私はその廃墟の中へと踏み出していた。
 鍵がかかっていないどころか、扉や床板ですら朽ちてボロボロになっている。「母」の部屋……一階の一番奥の部屋へ、私はまっすぐに向かった。私がここを抜け出したのは一昨日のことのはず。どうして……心の中のざわめきに気を向けると、あちこち傷んで穴の空いた床に足を取られそうになる。やっとの思いで「母」の部屋までたどりついた私は、全てがセピア色に退色した調度品の中でたった一つだけ真新しい白……「母」の鏡台の上に置かれた封筒を見つけた。
 私の名前が「母」の字で記されていたその封筒の端を震える指で破った私は、中から三枚の便箋を取り出し、次々と読んだ。そこには「母」が魔女であったこと、庭の木瓜(ボケ)がその魔力の源であること、純白の木瓜には魔女の素質がある者にだけ赤く見える魔法がかけられていること、素質のある者を「娘」として受け入れた場合、その者が二十歳になるまで、そして最低十年以上は木瓜の世話をさせることで魔力の引き継ぎを行うための素地を育てられること、魔法の恩恵を得るには木瓜の世話を一日でも欠かしてはいけないこと、そして、魔女の力を引き渡す日に母たる魔女は地に還ってしまうことが書かれていた。私は泣きながら庭へと急ぐ。にわかには受け入れられないことが書いてある。それを全て信じたわけじゃないけれど、いつも世話をしていた木瓜の樹が気になって全力で走った。何度もつまずきながら、すり傷を作りながらようやくたどり着いた木瓜の樹の前で、私は足がもつれて転び、そして力なく地面に突っ伏した。立ち枯れていた木瓜の樹の根元の盛り土からは、かすかに「母」の甘い香りがした。涙が止まらなかった。
 
 
 
<終>
「深夜の公園」「噂話」
 
 
 
 近所に、噂話が本当になると言われている公園がある。深夜にそこに行き、「エンリョウサマ、エンリョウサマ、オミチビキクダサイ」という呪文を唱えてから、公園内の決まったルートを噂話をしながら回ると、その噂話が本当になるという。D組のアキナはそのやり方で片思いの彼と付き合うことが出来たらしい。
 という話は私も知っていた。でも、本当に深夜にこの公園に来るなんて思わなかった。
「エンリョウサマ、エンリョウサマ、オミチビキクダサイ」
「ね、本当にこれでいいのかな。ちゃんと効くのかな?」
 私がそう言うと、親友のユイカはテンション高めのガッツポーズを決める。
「こういうのは信じなきゃ叶わないって。で、噂話は本当に私が決めていいの?」
「うん。だって、誘ってくれたのユイカじゃん」
「よっしゃ。じゃあ、噂話するよ? コイバナもいいけどやっぱ金でしょ、金。アタシ、宝くじ当てたいんだ」
 私もユイカもテンションMAXではしゃぎながら、アキナに教えてもらったルートを回り始めた。もちろん、宝くじにあたるらしいよって噂話をしながら。そして、あそこに見えるベンチで最後だって時になって、ユイカが急に「ギャッ」って叫んだんだ。
「ちょっとぉ。変な冗談辞めてってばぁ」
 私がユイカの方を見ると、顔に急に熱くなってその後すごい痛みの中で気を失ってしまった。そして私は病院で目が覚めたのは、ユイカの葬式の翌日だった。公園の近所に住むおじさんが犯人だったらしい。私たちみたいに深夜に騒いでいた人を片っ端からバットで殴りつけていたおじさんは「夜中に騒ぐと襲われるという噂を流せば、うるさい連中は居なくなると思った」と供述したとニュースで流れ、その話が有名になる頃には、深夜にその公園へ行く人はぱったりと居なくなったって。
 
 
 
<終>
「ガラスの盾」
 
 
 ダチの家で飲んでいたら、夜中にベランダの方からゴンッゴンッと鈍い音がした。
「おいおい、夜まで洗濯物干しっぱかよ」
 そう言いながら立ち上がって見に行こうとした俺の手首を、ダチはガッとつかむ。
「気にすんなよ。直におさまるから」
「でもさ、うるさくねぇか? 取り込んじゃえよ」
「洗濯物じゃねぇんだ。多分、ハト」
「ハト? こんな夜中に?」
「いいから気にすんなって」
 ダチの表情がけっこうマジだったから、俺はおとなしく座って飲みを再開する。だけど「直におさまる」とか言われた割にはずっと鈍い音が聞こえ続ける。一度気になってしまうと、もう気になって気になってしょうがなくなっちゃうんだ。だから、ダチがトイレへとたった隙に俺は、ベランダへつながるサッシを隠している分厚い遮光カーテンをパッと開けてみた。
 ゴンッ。ゴンッ。
 サッシには赤いものがべったりとついていた。そこへ空中から何かが飛んでぶつかって、その赤いものをさらに飛び散らせている。その何かってのが……車に轢かれた鳥みたいに少しひしゃげた……ハト?
「おいっ! 気にすんなって言っただろ!」
 いつの間にかトイレから戻ったダチが背後に立っていた。
「何だよこれ」
「ハトだよ」
「いや、そういうことじゃなく……」
「ハトなんだ。しょっちゅうベランダに飛んで来てよ。いつもうるせぇし、糞はするわ、洗濯物落とすわ、むかつくから来る度に追い払ってたんだよ。そしたらベランダの給湯器の上にいつの間にか巣を作ってやがってよ。だから撃ってやったんだ。エアガンで。親子もろともな。んで、死体は生ゴミの日にまとめて捨てたはずなんだけどさ……戻ってくるんだよ。夜中になると」
 戻ってくるって……そんなのんきなもんじゃないだろ、これ。
「気にすんなよ。ほっておけばおさまるし、しかもこの血みたいなのも朝になりゃ消えるんだよ。気にしないで飲もうぜ」
 その時、酔ってたせいもあるかな。俺はダチが俺をからかおうと悪戯をしているんだと勝手に思い込んだんだ。ベランダの屋根部分に紐とかつけて、ハトの死体みたいに作ったおもちゃを糸でぶら下げてぶつけてきているとかさ。もしかしたら上の階の人もグルで俺がビビルとこ見て笑おうとしてるんじゃないかなとかさ。朝には綺麗になっているっていうことは、その撤収前に確認しなきゃトリックは見破れないだろ? だかさら、俺はいきなりサッシを開けたんだ。
「う」
 ダチの苦しそうな声が聞こえたのはその直後。慌てて振り返ったダチの右目のあたりに、ハトの死体のようなものが突き刺さっていた。
 
 
 
<終>
「都会の喧騒」
 
 
 久々に同期で集まって飲んだのは新宿のとある居酒屋だった。外の街の喧騒が店の中にまで持ち込まれたような騒がしさ。だからというわけじゃないけれど、オレたちも負けじと盛り上がったんだ。
 調子に乗るとつい飲み過ぎてしまうもの。もともとトイレが近いオレは本日三回目の用足しにと席を立つ。慌ただしく動き回る店員を避けながら到着したトイレのドアを開けると……手洗い場にホスト風の男……こいつ、さっきも居たな。紫色のワイシャツなんて着ている奴はそうそう居ないから恐らく同じ奴だろう。
「あ、すみません」
 ホスト風はオレに気付くと身を細くして後ろを通りやすくしてくれた。なんだ、いい奴じゃんか。オレは会釈して、出すもの出して、紫シャツ男が避けてくれた手洗い場で手を洗い、意気揚々と席に戻ったんだ。そしてまた飲み過ぎる。なんか涼しいせいかビールが美味くって。なもんだから四回目のトイレですよ。と、入った入り口脇にまたさっきの紫男。もうムラキーって呼んでしまおう。悪い奴じゃないって判明してたからオレはつい声をかけた。
「大丈夫っすか?」
「あっ、すいません。お邪魔な場所に陣取っちゃって……なんかですね。まつ毛が入っちゃって」
 まつ毛か……だから鏡の前でなんか目のあたりをゴニョゴニョやってたのか。あれ、ごろごろして気になると嫌なもんだよな。
「大変ですね」
 そう声をかけたオレはまたしっかり用足しして、手を洗おうとムラキーの横に立ったんだ。
「おっ! 取れた! 取れましたよ!」
 ムラキー大はしゃぎ。そりゃ、こんだけ時間かけたんだ。取れたら嬉しいよな。と、何気なく顔をあげると、ムラキーの後ろにいつの間にかやつれた女が立っていた。そして自分のまつ毛を一本抜くと、ムラキーの目の中にひょいって入れたんだよ。え? 反射的に鏡のこちら側、リアルムラキーの後ろを見たらさ、誰も居ないわけ。鏡の中をもう一回見ると……女なんて居ないわけよ。気のせいかなって思った瞬間。
「痛っ……っかしいなぁ……まだまつ毛入ってんのか」
 ムラキーがまた鏡に向かってゴニョゴニョしはじめて。オレは無言でトイレから出てテーブルへと戻る。同期たちは盛り上がっていたんだけどさ、なんか妙に静かなんだよ。シーンとしてるの。
「悪い、オレ、先帰るわ」
 自分の分だけ置いて店の外に戻ると、音が戻ってきた。都会の喧騒が迎えてくれたわけ。ホッとした俺の背中に、ふいにぞくりと冷たいナニカが触れた。そして耳もとで小さく「あなたの目も綺麗ね」って聞こえたんだ。か細い女の声だった。
 
 
 
<終>
「立て掛けた傘」
 
 
 私の職場は古い雑居ビルの一室にある。なのでタバコを吸うときは一階まで降りて裏口から外に出て、そこで吸わなきゃならない。喫煙ルームなんて洒落たものはないから。
 その日も、外に出てぼんやりとタバコ休憩を取っていた。駐車場を挟んだ向かいのあのビル、うちと同じくらい古いよな。そんなことを考えながら。するとスーツ姿の男がそのビルの裏口から出てきたんだ。お、お向かいさんもタバコかな? せちがらい世の中だよねぇとか心の中で握手を交わした気になっていたら、あちらさん、懐から長いものを取り出して非常階段のところにすっと置いた……いや、置いたってよりは立て掛けた?
 しかもその長いものってのが、遠目でよくはわからないけれど傘みたいなものだった。折りたたみなんかじゃない、長傘。そんなものを懐から出すなんて気になるじゃないか。しかもそのスーツ男は傘を立て掛けたあと、しばらく空を見てからふらりとどこかへ居なくなってしまって。私はつい駐車場を横切って、向かいのビルの裏口の辺りまで走ってしまった。忘れ物を届けてあげたいって気持ちよりも興味の方が大きかったかな。
 それはやっぱり長傘だった。黒い大きな……たぶん、90cmかそれ以上あるかも。懐には入らないよなぁ、と、つい手に取ったその瞬間、ズシンと大きな音が聞こえた。目の前のビルの中からっぽかった。怖くなった私は傘を元の場所へ戻し、急いで自分のビルへと走って帰った。
 その後、ほどなくして救急車のサイレンのようなものが聞こえてきた。経理担当のおばちゃんが野次馬根性で見に行ったらしく、情報を仕入れてきた。
「水道管の破裂だってよ」
 ドアを閉めもせず嬉しそうに報告に帰ってきたおばちゃんの背後を、あのスーツの男がすっと横切った。私のことを睨んでいた。
 
 
 
<終>
「3つの小石」(1)
 
 
 
「小石めぐり? ナニソレ?」
「恋愛運アップのおまじない」
 そう言ったのはイケメンのハヤカワ。女の子も二人一緒だと言う。非モテの僕を哀れんで何か協力してくれるんだと思ったからついてきたんだ……こんな夜中の廃校に。
「まず、校庭で小石を3つ拾って」
 僕らは小石を拾い、ハヤカワについて校舎の中へ入ってゆく。
「一階の端っこ、職員トイレ前の手洗い場に小石を一個置くんだけど」
「置くんだけど?」
 怖がりのエリちゃんはハヤカワの右腕にしっかりつかまっている。
「そんときにこう唱えるんだよ。『一つ積んでは初恋のため』って」
「なんで初恋なの?」
 巨乳のサツキちゃんはハヤカワの左腕にしっかりつかまっている。絶対におっぱい当たってる。
「廃校になる前、教師に失恋した女生徒が自殺したんだって」
「やだっ」
 エリちゃんがハヤカワに余計にくっつく。
「え、じゃあ、この小石って供養なの? 三途の河原みたいな」
 同じくハヤカワに余計にくっついたサツキちゃんのボケを拾おうと僕は頑張った。
「それ、三途の川と賽の河原とごっちゃになってない?」
 ところが女性陣はスルー。うん。ようやく分かってきた。ハヤカワがなんで僕なんかを連れてきたのか。自分の引き立て役にするためだったんだ。
「せーの……一つ積んでは初恋のため!」
 僕らが小石を置いた手洗い場には他にも小石がいっぱい積んであった。けっこう有名なのかな。
「次は二階ね。今度は反対側の男子トイレ前の手洗い場」
 三人四脚状態のハヤカワ達と、一人ぼっちの僕。何かおかしいだよ。
「次に唱えるのは『二つ積んでは叶わぬ恋に』だよ」
「あのさ、何で失恋した人が他の人の恋なんて叶えてくれるのさ?」
 思ったことをつい口にしてしまった僕に、ハヤカワは嬉しそうな顔で答える。
「おまじないってそういうモノなんだよ。江戸時代に首切り役人だった人が居てさ、仕事とはいえ多くの人を殺してしまったからその罪を軽くするために死後はたくさんの人に踏みつけられたいって言ったのな。それで実際、踏みつけられる墓を作ったんだけど、いつの間にか、踏みつけから文付け……文を付けるってのは昔のラブレターな、そのラブレターの神様みたいになっちゃってさ」
 すげー腹立つドヤ顔。そして案の定、女子二人は「すごーい」とか「物知りー」とかハヤカワにべったり。僕は早く置いちゃおうと小石を構えた。
「せーの……二つ積んでは叶わぬ恋に!」
 さっきよりも積まれている小石の数が減っている気がする。怖くなって途中で帰っちゃったとか?
「小石はね、恋しいの『恋し』とかけてるんだよ」
 一方、ハヤカワはまたまたひけらかし。
「3つ目の小石はちょうど丑三つ時に置かなきゃいけなくてね……」
 あーそうですかそうですか……って、今、すぐ近くでキュッキュッて上履きの音が聞こえた気がしたんだけど。
「今さ、何か聞こえなかった?」
 僕はけっこうマジに聞いたんだ。急に怖くなってきてて。でもハヤカワは「よくやったぞ家来」みたいな顔で僕を見るんだ。もちろん女子はさらにハヤカワに密着しているわけで。
「最後はね三階の女子トイレ。『三つ積んでは新しい恋に』って言うんだよ」
 僕は正直、気が引けていた。実際、たどり着いた最後の場所は積んでいる小石の数も最初の半分以下。それだけの人が途中で帰っちゃうだけの何かがここにあるっていうことだよね?
 
 
 
 
(続く)
(続き)
「3つの小石」 (2)
 
 
 
 
 
「はい、準備」
 正直気乗りがしなかったけれど、サツキちゃんが急にやさしくなって僕を手招きした……って、手招きを「優しい」って感じるなんてどんだけ僕は……怒りで恐怖がちょっと去った……小石を置く準備をして。
「せーの……三つ積んでは新しい恋に!」
 小石をコトリと置く音が、静かな廃校に響く。これでおしまいかな、と言おうとしたとき。
「ありがとって何が?」
 ハヤカワの声が聞こえた。でも、声だけだった。
「ハヤカワ君?」
 サツキちゃんがきょろきょろとしている。サツキちゃんの隣にハヤカワが居て、その向こうにエリちゃんが居たはず。
「ね、そういうジョークやめようよ。帰ろ?」
 サツキちゃんがさりげなく僕のひじにつかまる。ちょっと震えている。さっきの手招きはもしかして早く終わらせて帰りたかったから? サツキちゃんも怖がりだったのか。
「ハヤカワくぅん」
 エリちゃんもオドオドしながら僕のもう片方の腕の近くに来て、ぴとっと寄り添ってくれた。もしやハヤカワは初めからこういう計画で? ……ごめんハヤカワ、疑ったりして。
「……いで」
 また、ハヤカワの声が聞こえた。
「……置いてかないで」
 ハヤカワの声がすぐ近くから聞こえたけれど、姿は見えなくて……最初はエリちゃんだった。悲鳴を上げながら走って逃げだしたのは。それを見た僕とサツキちゃんもダッシュで校庭まで必死に逃げた。でも、いつまで待ってもハヤカワは降りてこなくって、そのまま行方不明になってしまった。
 
 
 
 
 
<終>
「情けは人の為ならず」
 
 
 
 神田正(カンダ・タダシ)は心優しい少年だった。生き物が好きで、捨てられている動物や怪我をした野生動物を見ると放っておけずついつい拾ってきて世話をしてしまう性格で、鳥や動物ばかりか魚や昆虫に至るまで、とにかくどんな生き物をも可愛がり大切に育てていた。そんな生き物の中でも彼は特に蜘蛛が好きだったという。仏教の説話にある「蜘蛛の糸」の主人公の名前が、自分の名前に似ていると幼い頃に教わったおかげで、カンダタを救った蜘蛛をとりわけ大切に育てていたという。
 彼が社会人になり一人暮らしをするようになってもその情け深さは変わらず、稼いだ給料の大半を動物や魚や昆虫たちの食費や治療費、環境維持のために費やしていた。だが、そんな彼の性格につけこむ者も世の中には居て、彼の勤めていた工場の副所長もその一人だった。ある日、副所長は神田正を保証人にして多額の借金をしてまわり、更には工場の金まで持ち逃げして姿をくらましてしまった。借金取り達はそんな副所長の足取りをつかめなかったらしく、神田正の家に取り立てに来た。副所長は相当酷い所からも借りていたようで、ある日を境に神田正自身も忽然と失踪してしまう。借金取りに連れて行かれたんじゃないかと誰もが考えたが、係わり合いになろうとする者は一人もいなかった。
 そして何ヶ月も過ぎ、人々が失踪した彼らの話題を出さなくなった頃、とあるヤクザの事務所がナニカに襲撃された。死体はどれも粘つく繊維のようなものが絡みついており、ことごとく体液を抜かれていた。その翌日、失踪していた副所長の遺体も工場の入口近くで発見された。ヤクザ達と同じ死因だった。
 死者が公になったことでようやく事件として動きはじめた警察が神田正の部屋を捜査した時、彼の部屋に生き物の痕跡は何もなく、ただ無数の蜘蛛の脱皮した皮のみが散らばっていたという。最も大きい皮は胴体部分だけで1m近くあり、専門家が鑑定を依頼されたのだが専門家が手にする前にどこかへ失せてしまった。
 
 
 
<終>
「生きてて良かった」
 
 
 
 みいちゃんにはひみつのおともだちがいた。ぬいぐるみのくまちゃんだ。みいちゃんが生まれたときからずっとそばにいたくまちゃんは、まわりに人がいないときにこっそりとみいちゃんへ話しかけてくれた。くまちゃんは実はみいちゃんのお兄ちゃんで、本当はいまごろもっともっと大きくなっていたんだよって。みいちゃんはいつもそばにいて話しかけてくれるお兄ちゃんが大好きだった。
 みいちゃんが三輪車に乗れるようになった頃、みいちゃんはお兄ちゃんをおんぶして家の近くをよくドライブするようになった。お兄ちゃんはいろんなことを教えてくれた。大きな段差の前では三輪車をいったん降りること、怖い犬には近づいたらいけないこと、遊びにいったらお菓子をくれるおばあさんの家だって教えてくれた。
 ある日、みいちゃんとママがお散歩していたとき、ご近所さんが来てママと話しこみはじめた。そのとき、お兄ちゃんがみいちゃんに言ったんだ。
「いまだよ、こぎだして。おもいっきり」
 みいちゃんはお兄ちゃんの言う通り一生懸命こぎだした。後ろからママが慌てて追いかけてきたけれど、お兄ちゃんの言う通り止まらなかった。向こうから車がやってきたけれど、みいちゃんはお兄ちゃんが大好きだったからこぐのをやめなかった。
 大きなブレーキの音がした。
 
「良かった……生きてて良かった……ごめんね、みいちゃん。ママが目を離したりしたから、ごめんね」
 すり傷だらけのママはみいちゃんをぎゅっと抱きしめて立ち上がり、よろよろと歩道へと戻った。みいちゃんを轢きそうになったトラックも停まり、運転手さんが心配そうに降りてきた。ママはみいちゃんを抱きしめながら泣いていた。
 するとみいちゃんの口から、男の子の声がした。
「僕もそんな風に言われたかったな」
 それを聞いたママは反射的に立ち上がり、首を振りながら後ずさって、トラックの陰から飛び出してきたバイクにはねられてしまった。みいちゃんはその日からもう、お兄ちゃんにもママにも会えなくなってしまった。
 
 
 
<終>
「転ばせ屋」
 
 
 
 昨年、柳田國男の未発表のメモが見つかったと民俗学学会で話題になった。
 肝心の地域については火で炙られたのか焼け落ちて判別できない状態で、他にも似たように焼いて内容が消されている部分が何箇所かあったので意図的に削除したのだと思われる。そのメモが見つかった手帳は、柳田氏が遠野物語のフィールドワーク中に使っていたものの一つであったため、おそらく東北地方のいずれかの地域であろうと推測されている。メモは手帳の皮表紙をいったん剥がし、そこに隠された上で米粒により糊付けされていた。その内容はだいたい以下の様である。
 
××地域には「転ばせ屋」という職業の者が居る。この職には一家で就き、「大転ばせ」と呼ばれる仕事を男衆が、「小転ばせ」と呼ばれる仕事を女衆が受け持つ。彼らの仕事は対象を転ばせることであり、転ばせられた人は××と呼ばれ××となる。
 
ここから文字は乱れ、走り書きのような状態になっている。
 
大は老人、小は妊××
仕方のない××××
 
 内容から推測されるにクチベラシを生業にしていた一族なのではないかと思われるが、他の文献には登場しないところを見るとかなりのタブーとされていた存在ではないかと報告された。
 尚、この報告があった一週間後、民俗学学会の会長が心臓麻痺により他界したが、これについてネット上の某巨大掲示板の民俗・神話学板では、転ばせ屋が現代まで残っているという話題で騒然となった。
 
 
 
 
<終>
「ゆめのくに」
 
 
 
 気が付いたら長い階段を前に立ち尽くしていた。幅広い大理石の階段。後ろを振り返ると荘厳な門がある。自分はあちら側から入ってきたのだろうか。階段が進む先には古代の街並み。ただし贅の限りを尽くして完璧な美に管理されている街並み。使われている素材が豪華なだけじゃなく、全てにおいて美しかった。造詣、バランス、調和、それでいて派手でも下品でもなく。噴水の水、優美な樹々に花、無機質と有機質の美しいものだけを集めて造られた古代都市。ギリシャ神話の神々が住むとしたらここをおいて他にないと思えるほどの。階段は、その街の中を通る道の一つへと伸びているのだ。
 そこへ自分が足を踏み入れてよいものなのだろうか。自分という存在がこの完璧な街の美を乱してしまうのではないだろうか。そんな屈辱的な、しかしそう思えてならぬほどの圧倒的な美を前にした満足感とが入り混じった複雑な気持ちをもてあましているうち、僕は目を覚ました。覚まして始めて、それが夢だったのだと気付く。するとあの街は僕が作り出したものなのだろうか。自分の知識と記憶の中にあんなものを構築できるだなんて……僕だけの王国の、国王にでもなった気分。ちょっと興奮していたからかもしれない。その時、背中にぞっとした寒気のようなものが走ったことを、そんなに深くは考えなかった。
 
 気が付いたら長い階段を前に立ち尽くしていた。幅広い大理石の階段……どこかで見たような。ああ、昨日見た夢だ。するとこれも夢の中なのか? あれ、でもここは洞窟の中だ。それも妙に蒸し暑い、というか階段に添って等間隔に並んでいる柱がどうにも大きな炎のようにしか見えない。炎の柱? 映画ですか、とか考えた時、また目を覚ました。目を覚ます直前、なにげなく自分の腕を見たのだが、玉のように汗をふいていた。そう、目覚めた僕のこの腕の汗と同じように。……どういうことだ? 夢じゃないのか? その妙なリアリティが気になってちょっと調べてみた。
 夢占いでまず階段を探す。階段を降りる夢はあまりよくないらしいが、僕はまだ降りてはいない。降りなければよいのか? 僕はあの夢の中で、夢の中だということを認識できていた。そして妙なリアリティ。思いついたキーワードをいろいろ試しながら調べ続けるうちに「明晰夢」という単語にたどり着いた。ただ、その情報はあまり面白いものではなかった。明晰夢を見た人が死の恐怖に怯えるみたいな物語もつい読んじゃったりして……いやいや、夢の終わりに変なアナウンスなんてなかったんだ。あんまり気にしないことにしよう。
 僕は大学へと向かい、友達にその夢の話をしてみた。だけど、そんなに盛り上がることもなく「ふーん」で流されてしまう。確かに、僕の表現力ではあの夢の壮大な町や、炎の柱の洞窟、そして僕自身が感じたリアリティなんかはうまく説明できなかったし。だから僕もその夢のことは忘れてしまっていたんだ……今の今まで。そう、僕は今、三回目である階段の夢を見ているのだ。
 今度の階段は昨日までの階段よりもずっとずっと長かった。そして昨日までとは何かが違った。なんというか空気が違う。言葉にできない圧迫感というか……不安になって自分の体を動かしてみる。うん、動く。だけど何かほんのわずかだけワンテンポ遅いような違和感があるんだ。あえて例えるならば、昨日までは僕自身の夢だった。だけど今日のは、なんか他の人の夢に紛れ込んでしまったかのような。しかも今日の階段にまとわりついている雰囲気は、湿っている感じがするんだ。それから遠くに波の音……海?
「いらっしゃいよ」
 背中にぞくりと悪寒が走る。まさか、これが例のホラー話のアナウンスってやつなのか?
「あなたは、こちら側へ来るべき存在なのよ」
 気が付くと一人の女性が立っていた。年齢は僕と変わらないくらい。初めて見る顔……さほど綺麗っていうわけじゃない。目と目の間が離れていて、唇も厚ぼったくて、顔の真ん中が心持ちとがっているような……いわゆるサカナ顔。でも、不思議なことに、その顔がとても魅力的に感じてしまうんだ。彼女は、ひきずるようなとび跳ねるような独特な歩き方でこちらに近づいてくる。それと共に、大きな音が聞こえる。これは、合唱? 意味はわからなかったけれど、なんだか心地よい感じがする。もうずっと昔からそれを僕も唱えていたかのような。
「あなたの血に聞いて。どちらを選ぶのか……」
 彼女はまだ何か言っていた。だけど、その声を上書きするかのように大きな音が耳もとで響いて、かき消されてしまう。ああ、詠唱までもが僕の耳の中から離れてゆく。僕はそれを寂しいと感じていた。
 
 
 
(続く)
(続き)
「ゆめのくに」(2)
 
 
 
 目を覚ますと枕元で携帯が鳴り続けていた。とりあえず出てみる。学校で昼に会っていた友達からだった。
「あのさ、お前、昼間ちょっと調子おかしかったからさ。なんか悩みとかあるなら聞くぜ」
「ありがとう。でも、大丈夫だよ」
 心配してくれるなんて本当にありがたいと思った。でも今はもっと大事なことがあったから、早々に電話を切ったのだ。もう一度あの夢の続きを見たくって。えーと……明晰夢を見るには夢日記を書くとかだっけ……ということで僕はこれ書いている。ここまで書き上げた。その間もずっと、あの呪文のようなものを思い出そうとしていた。確か最初は「ふんぐるい」……それから「むぐるうなふ」。いいぞ、思い出してきた。ふんぐるいむぐるうなふくとぅるう
 
 
 
 あいつと連絡がつかなくなってから三日目の夕方、俺は心配になってあいつのアパートまで見に来たんだ。鍵は閉まっていたけれど、大家さんに事情を話したら開けてくれた。部屋に荒らされた形跡はなく、あいつがいつも履いていた靴だって玄関に置きっぱなしだった。だけどあいつは居なかった。どこにも居なかったんだ。机の上に何枚かのルーズリーフが置いてあって、そこへは夢の話が書きなぐってあっただけで……しかもちょいちょい意味不明。大家さんが警察を呼んで、どんどん事件っぽくなっていくのをぼんやり眺めている俺の耳に、なぜか波の音のようなものが響いた。
 
 
 
 
 
<終>
「とまれ」
 
 
 
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
 さっきから耳もとで小さく音が聞こえている。耳鳴りなんかじゃない、子どもの甲高い声。その声を聞きながら私は走っていた……この広い森の中を……どこへ。そう、どこへ行けばよいかも分からずに。
「あ゛あ゛あ……」
 あ、とまらなきゃ! 私はぐっと大地を踏みしめて立ち止まり、その場に動かぬよう構えて耐えた。
「ルァザゴンダッ」
 息を殺してじっと待つ。背中をつたう汗ですら私を脅かそうとする罠に感じる……やがて。
「だぁぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」
 まただ。また動ける。私は必死に走り出す。足にまとわり付く下草を避けながら、道なき道をひた走って。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
 そして、おもむろに目の前が開ける。今度こそ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ……」
 なんとか音が止まる前にやぶを抜けられた。すぐに立ち止まって、しゃがんだのは足がガクガクいってて動きそうだったから。両手も地面について身構える。
「ルァザゴンダッ」
 息を殺して音が始まるのを待つ。こんなことをさっきから何回繰り返しただろうか。
「だぁぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛……」
 また始まった。でも私は動けなかった。視界に、すぐ目の前に、りっちゃんの足の裏が見えてしまったから。見間違いかもしれない……そうじゃなきゃ冗談とかで倒れたフリをしているだけだったりして……さっき、りっちゃんは胸を押さえて急にバタリと倒れてしまった……それなのにりっちゃんの様子を怖くて見にいけない自分が情けなかった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
 涙でにじんでぼやける両目をぐっと見開いて、私は辺りを見回した。そしてすぐに後悔する。りっちゃんも、としくんも、だいきも、みんな倒れたまんま。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
 逃げなきゃ……でも、どこへ。どこへ逃げても、どんなにまっすぐ離れて行っても、必ずこの神社の境内へと戻ってきてしまう。どうやったら逃げられるというのだろうか。いや、もう逃げても仕方ないのかもしれない。皆が倒れているのを置いてなんていけないじゃない……。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ……」
 もう、どうでもよくなってきた。私も……みんなと同じようになっちゃったほうが楽になれるかも……そんなことをふと考えてしまったからかな。
「ルァザゴンダッ」
 涙がどんどんあふれだす。そして止まらない……涙だけじゃなく喉の奥からは嗚咽までこみ上げてくる。そのまま、涙も声もとめられなくなった私はとうとう大声で泣き出してしまった。
「ウゴイダ」
 その音が聞こえてからすぐに私は意識が遠くなって……どこか遠くで誰かの声が聞こえる。誰だかわからないけれど、ずっと昔に聞いたことあるような声が。
「……とまれ……」」
 とまっちゃダメ……動かなきゃ……逃げなきゃ……。
「ままれ!」
 …………ままれ? あれ……?
 
 
 
「いちこちゃん! いちこちゃん!」
 私が目を覚ますと、りっちゃんが私をゆさぶっていた。私の横にはだいきもいた。
「あれ、私……」
「かくれんぼでさー、全然探しに来ないから見に来たら鬼なのに寝てたんだよ?」
「かくれんぼ? 鬼? 私……?」
「もう、いちこちゃんったら! じゃあ次は何する?」
「オレ、ドロケイがいい! ドロケイする人、このゆびとまれ!」
「……だいきってば、三人じゃドロケイにならないじゃない」
「あれ? だって昨日もドロケイしたよ……しなかったかな」
「だるまさんがころんだしてなかった?」
「うーん……そういやしてたような気がする」
 りっちゃんと、だいきの話を聞いていて、私の中になんだか妙に懐かしい女の子の顔が浮かんだ。その子は「このゆびとまれ」って言えなくて、いつも「ままれ」って言っていて……あれ、なんだろう。そんな子のこと知らないのに、不思議なくらい懐かしくて、そして悲しくて、寂しくて。
「いちこちゃん、泣いてるの?」
「え、あ、ヘンだよね……ごめんね」
「ううん。あたしもさ、ここで遊んでいると急に悲しくなることあるんだ。理由は分からないけれど」
「なあ、今日はもう帰らねぇ?」
 私は涙を拭いて立ち上がる。私も帰ろう……だけど大事なものを落としてしまったような気がなぜかして、足が重たい。その大事なものが何だかはわからないのだけれど。
 
 
 
 
<終>
「ある日、アメリカが日本に土下座してきた事案」
 
 
 
「ぬー、まぎー腕時計」
 久々に会った親友の第一声がそれだった。
「わかんないって。標準語でしゃべってよ、標準語で」
「なにその大きな腕時計」
「ああ、これ? ひいおじいちゃんの形見の腕時計」
「へぇ……でも、止まってない?」
「ファッションだから」
 私がそう言うと親友はけたけたと笑った。もともと明るい子だったけれど、南国の太陽に照らされてその明るさにかなり磨きがかかったみたい。
「ヨーコってば昔からそういうヘンな趣味あるよね」
「ヘンって何よヘンって」
「ううん。ヘンじゃないよ……でさ、荷物早く家においてさ……」
 そこでまた笑い出す。
「どうしたの?」
「ううん。地方出身の子が東京で同じ地方から来た子と会うと方言出るって言うじゃない。わたしはその逆で標準語が出るなぁって」
 彼女は母方がもともと沖縄の家系で、お父さんの転勤で三年前、高二の冬に那覇に引っ越すまでは小中高とずっと私と一緒だった。
「でさ。ヨーコ、彼氏は出来た? 東京の大学だったらイケメンいっぱいいるんじゃない?」
「出来たら報告してるって。あんたこそどーなのよ」
「んー。気になる人は居るんだけど……」
「えー、やるじゃんやるじゃん……で、どんな人?」
「かっこよくて優しくて、悪い人じゃないんだけど……心霊スポットが妙に好きな人で……おばあがあの男はやめろって言うのさー」
「出た、おばあ! そのフレーズ聞くと沖縄来たって実感する!」
 ……なんてはしゃいでいたのが8時間前のこと。私と親友は、その心霊スポット好きに「歓迎」と称して連れて行かれた裏通りの古いマンションの入り口ですごい寒気に襲われて、すぐに引き返して親友の家にまで戻ってきたんだけど……私だけ肩がすごく重いのが治らないとかどうなのそれ。
「ごめんね、なんか。わたし、やっぱりアイツと付き合うのやめるわ」
「うん。そうした方がいいと思う……で、私はこれどうしたら治るの?」
「おばあ呼んできたよ」
 おばあに治せるものなのだろうか。沖縄のおばあはそんなに万能なんだろうか。私はそんなモヤモヤとしんどい気持ちのまま、お隣から駆けつけてきてくれたおばあの顔をじっと見つめた。
「アメリカーね」
 おばあはそう言った。アメリカー? 何それ、外車? 親友はおばあからなにやらゴソゴソと話を聞いている様子。
「あのね、アメリカーが憑いてるって」
「アメリカー? つ、憑いてる? ととと取ってよ!」
「アメリカーってのはアメリカ人の幽霊のことそう呼ぶのね。おばあは視える人なんだけど、アメリカの幽霊は言葉が分からないから説得もできないって」
「へー、幽霊って説得できるんだ……英語もっと勉強しとけばよかったよ」
 そんな軽口叩きながらも心の中では絶望に近い状況だった。なんで沖縄来た初日にこんな目にあわなきゃいけないわけ? もう誰か助けてよ。英語をしゃべれるおばあとかさ……。
「えっ?」
 親友が急にびっくりするような高い声を出した。そしておばあとまた話しはじめる。
「……あれ?」
 急に肩が軽くなった。えええええ。なにこれすごい! おばあがやってくれたの?
「えっとね……アメリカーは土下座して逃げていったって」
「ナニソレ」
「その時計、ひいおじいちゃんのって言ってたじゃない?」
「うん」
「そのひいおじいちゃんが、日本刀でアメリカーに斬りかかったみたい」
「ええええ! ひいおじいちゃんが?」
「でもね」
「今度は何よ」
「ヨーコのひいおじいちゃん、階級低いみたいだから、日本兵の幽霊には敵わないんじゃないかっておばあが言ってる」
 そこで親友はまた笑い出す。こいつ……他人事だと思って……。でも親友とおばあとがあまりにも楽しそうに笑うから、私もつられて笑い出した。東京に戻ったら、ひいおじいちゃんのお墓参りでもしようかな。そんなことを考えたら、本当に楽しくなってきた。
 
 
 
<終>
「深海から見た星空」 (1)
 
 
 
「ね、お父さん、本当に見に来ないの? 綺麗だよ!」
 私は娘に悟られぬよう体の震えをぐっとこらえて平静を装う。
「ああ、お父さん明日早いからね。もう寝なきゃ」
「ちぇー。ママー! 一緒に見よー!」
 娘はベランダへと戻ってゆく。今日はここ数年で最も見事な流星群を鑑賞できるでしょうと朝からニュースでやっていたっけ。うちはマンションの上層階なので空がよく見える。本当は空に近いこんな高さはイヤだったのだが、妻にこの眺めがどうしても良いからと押し切られて……ああ、ダメだ。空から意識を離そう。違うことを考えなきゃ。私は自分の震えを抑え込もうと布団の中で小さく丸くなった……しかしもう遅かったようだ。星という言葉を思い浮かべただけであの記憶が甦ってしまう。瞼の内側の暗闇の中……白い点がちらちらと見え始めた。まずい。これはマリンスノー……私は記憶の中へ、いやおうがなしに潜ってゆく。
 あの夏の昼下がり、私は深海生物を研究する駆け出しの海洋学者で……師事していた教授が、深海探査機を所持する民間機関との合同調査をしていた関係で東京湾に居た。一度くらいは自分の目で直に見てみなさいと教授にうながされ探査機へと乗り込むと、隣では先輩が計器類のチェックをしている。
「記録係、頼むぞ」
「はい」
 探査機はゆっくりと海底めがけ沈んでゆく。周囲の色が水色が青へ、群青へ、どんどんと濃くなるにつれ、闇が海の色ばかりか私の心の中をも次第に塗り潰そうとする。ここで探査機が壊れたら、戻れないかもしれない。不安に引っ張られるようにして私はふと上を見上げた。圧倒的な量の水が太陽の光を阻み、気がつけば辺りは夜よりも真っ暗だった。私は手持ちの協力なマグライトヲ頭上に向けて点けてみた。頭上のささやかな空間に海中懸濁物が……一般にマリンスノーと呼ばれているものがちらりちらりと次々に現れては消える。遠いものはそれこそ星のように視界に在り続けて。私にはそれが雪ではなく星に見えたのだ。流れ星の途切れない星空。わずかな間だが、私は研究のことなど忘れて見とれてしまった。プライベートプラネタリウムと呼んでもよいくらいのその光景に。それがいけなかったのかな。やがてその星空にひときわ大きな流れ星が見えたのだ。海流にでも流されているのだろうか、それはどんどん近づいてくる。目を反らすことが出来なかった……それが人の形をしていると、気付いてしまったから。髪の毛の長い……おそらく女性。白いワンピースを着ているのだろうか。そんな人の形が時折くるりと力なく回りながら近づいてくる。怖いのに、目を離すのはもっと怖いような気がして、ずっとそれを目で追い続けている私私は、その人と、目が合った……ような気がした。口も目もぽかんと開き、スローモーションのように視界を横切って……急にガクンと体が揺れた。
「馬鹿野郎、早く言えよ!」
 隣から先輩の怒鳴り声が聞こえた。潜水艇が加速したのだった。しばらく移動した後、視界には再び小さな星空だけの世界が戻ってくる。
「……ふぅ。スクリューに巻き込まずに済んでよかったよ」
「あ……あ……」
 体がいつの間にか震えていて、声もまだ出なかった。
「すごいな。噂には聞いていたけど、俺も見るの初めてだよ。持っていってあげれば遺族さんも喜ぶかもだが、生憎とそこまでできる性能はないんだ。
「……え……と……あれは、その……」
「死体だよ。でも良かったな。落ちるときで。落ちてしばらくすると腐敗で発生したガスがたまって浮いてくるんだよ。あれは見るのしんどいぞ」
 そんなことを言いながらも先輩は笑っていた。私はとてもじゃないがそんな心境になどなれなかった。無事に海の上までそして陸まで戻っても尚、あの時に見たアレを頭の中から追い出すことが出来なくて。いつしか私は職を変え、海にも夜にさえも……特に星の見える夜には近づかない生活をするようになっていた。
 布団をがばっとはいで勢いよく上半身を起こす。目を閉じた暗闇の向こうから、アレがまた近づいてくるような気がしたのだ。とりあえずテレビでも見て気持ちを落ち着けよう……と、リビングに向かった私を、妻と娘とが呼びとめた。
 
 
 
(続く)
(続き)
「深海から見た星空」 (2)
 
 
 
「おいおい。父さんは見ないって言っただろう?」
 つとめて「普通」を保つ。声が少し上ずったが、気付かれてはいないだろうか。
「えー! 飲み物持ってきてくれるくらいいいじゃない!」
「あったかいのがいい!」
 やれやれ……まあ気分転換にはなるか。私は冷蔵庫からウーロン茶を取り出すとマグカップへ注ぎ入れ電子レンジで温めた。すぐに飲めるくらいの温度に温まったマグカップを両手に持ち、こぼさないよう静かにベランダまで歩く。
「ほら、持って来たよ」
「あ、ありがとー!」
 二人がこちらへ振り返ったちょうどその時、妻と娘の背後、ベランダの柵の向こう側を何か大きなモノが流れ落ちた。一瞬のことだというのに私はそのモノと目が合ってしまう。しかも酷いことに見覚えがある。おそらくこのマンションの住人……ああでも良かった。妻も娘も、見ないですんだのだから。
 
 
 
 
<終>
「これは、天が私に授けてくれたに違いない」(1)
 
 
 
 いつ頃からだろうか。他人の死期が見えるようになったのは。
 始めはそういう力だとは分からなかった。人の周囲にぼんやりと光が見えるだけだったから。だが時折、そのまとう光が弱くなっている人を見かけるようになり、そういう人たちは時間を経ずして必ず死んでいくことに気付いたとき、私は力の意味を理解した。そして私はいつしか光が薄くなった人を常に探すようになっていた。死に近づきつつある人を、少なからず助けたいと考えたからだ。
 このような力がどうして私に備わったのかは分からない。力を持った者の常として理由を考えたり使い道に悩んだりもした。しかしどうしても力を私利私欲のために使う気にはなれず、いつしか私はこの力を世の中のために役立てたいと、いや、人を救うために天が私に授けてくれた力なのだと思うようになっていた。
 親しい仲間たちはこぞって「そんなことやめておけ」と私へ忠告したが、私は聞かなかった。私は、死期が近づいた人へと近づき、それを知らせようとしたのだ。どんなに健康そうに見える人でも周囲にまとっている光が急に弱くなればその人の死は近い。病床の老人ならばともかく自分が死ぬだなんて夢にも思っていない儚き運命の人たちへ、私がそれを知らせることで、死を迎えるための準備が出来たならば、もしくは死そのものを回避できることだってあるかもしれないと、そう考えたのだ。
 私は奔走した。人を助けたくて。その力になりたくて。私がこの力を授かった理由を噛み締めながら伝え続けようとした……しかし私の想いは、結局のところ誰一人として歓迎してもらえはしなかった。それどころか本来は死へ向かうべきであろう恐怖や怒りを私に向ける者さえ少なくなかったのだ。
 私の存在とはいったいなんなのだ。天はどうしてこの力を私なんぞに授けたのだろうか。苦悩に呑まれそうになる私の足は気がつけばある場所へ向かっていた。とあるコンビニへ……ああ、居た。レジの向こう。彼女の笑顔を見ているだけで心がふわりと軽くなる。そう、私は彼女に恋をしている。人の死ばかり追いかけてきた私にとって彼女の笑顔は、いままで私が看取った「消え行く光」の全てをあわせたよりも眩しいものだった。彼女を眺めている、それだけで、私にしみついた死の臭いがすべて消えてしまうような幸福感に包まれる。ああ、もっと近くで彼女を眺めたい……けれど、そんな勇気が私には湧いてこなかった。人々が私を見るときの、恐怖や怒りに満ちたあの負の表情を、彼女にもららし笑顔を曇らせてしまうんじゃないだろうか……それが怖くて。
 私が物陰から彼女を眺めるようになり、どれくらいの時間が経っただろうか。私は自分の力も使命感も全て忘れ、彼女の笑顔に癒される日々を送っていた。そういう距離で十分だった。眺めているだけで幸せだった。だが、天からの授かりものを放棄していた私にバチでも当たったというのだろうか、私は気付いてしまった。彼女を包む光が、弱まっていることに。
 何もしなければ、彼女の笑顔だけじゃなく彼女自身という光そのものが消えてしまう。それがわかっているのに、私は彼女の前に出てそれを伝えることが出来ないでいた。私を見た彼女の表情からはきっと笑顔が消えてしまう……葛藤の中、彼女を包む光は日々弱くなってゆく。
 ダメだ。このまま何もしなければきっと私は後悔する。それに何よりも彼女は私にとってもはやこの世の中で唯一の光なのだ。私は決意した。物陰に隠れるのをやめ、彼女の前へと姿を現す。ふと自分の手を見ると、強い光に満ち満ちている。私の意志の光。どうしてそう思ったのかは分からない。でも、私はこの光を彼女へ贈ろうと考えていた。私の命の光を、彼女へ。その時は、やったこともないその行為を全く疑いもしなかった。命を贈るだなんて。ただただ夢中だった。彼女を救いたい一心で。
 私は彼女に近づいてゆく。彼女は商品の並べ替えに夢中になっていて、まだ私に気付いていない。いいんだ。それでいい。彼女の笑顔が曇らないならその方がいい。私は彼女の隣に立ち、飛んで、そして彼女の手へと触れた。私の光が彼女の中に流れてゆくのを感じる。嗚呼、これでいい。私の意識が薄れゆくなか、彼女の悲鳴が聞こえた。そして、倒れる音……。
 
 
 
(続く)
(続き)
「これは、天が私に授けてくれたに違いない」(2)
 
 
 
 あたしが目が覚めたとき、近くにママが居た。ママに声をかけようと思ったのだけれど声が出ない。体のあちこちが痛いし重い。それでも一生懸命体を動かそうとしていたら、ママはあたしに気付いてくれた。ママは泣きながら喜んで、すぐに「看護士さん!」と叫ぶ……ここ、病院?
 すぐに白衣の人たちがやってくる。看護士さんにお医者さん、かな? 皆、あたしのことを見つめながら興奮気味に叫んでいる。どういうこと? あたしが生きていることがそんなにすごいことなの?
「君は悲鳴をあげながらコンビニから飛び出したところで大型トラックにはねられたんだ。だが、脅威の生命力で……その……普通の人なら死んでいるような怪我なのに生きているんだっ! 普通の人間なら即死のところを」
 はねられた? 大型トラックに? ……コンビニってあたしがバイトしていた? えっと……あ、そうだ確かいきなりアレが飛んできてあたしの手にとまったのよね。それで慌てて逃げ出して……ズキッとお腹のあたりが痛くなる。ああ、そう、ものすごい痛みがお腹の上を通り抜けたような……あたしはその時気付いてしまった。ベッドに横たえられている自分の体がの下半分がないことに。その時、頭の奥の方で声が聞こえた。その声はあたしに『だいじょうぶだよ』と告げてから、語りはじめた。『いつ頃からだろうか。他人の死期が見えるようになったのは……』
 
 
 
<終>
「この街には悪いうわさがある」
 
 
 
 ダッシュしたんだ。学校から帰って、着替えもせず急いで自転車に飛び乗って。とても焦っていた。よりにもよって発売日なのに放課後、掃除させられるとか。だいたいあれは僕が悪いんじゃない。授業中、最初に騒いでたのはモトアキじゃんか。なのにモトアキは先に帰れて僕と山田が居残り掃除とかおかしいじゃん。あーあ。この時間だと絶対間に合わないよ。泣きそうな気分。
 妖クエは僕らの間で絶大な人気を誇るゲーム。アニメ化もされていて、このゲームをどこまで進めたかで学校内の偉さが変わっちゃうくらいすごいんだ。だから新作の妖クエ3の発売日にはおこずかいも貯めて、万全の準備をしていた……ってのに。
「ごめんねぇ。10分前に売り切れちゃったんだよ」
 ああああああっ。あとちょっとだったのに。居残り掃除がなければ買えたのに!
 モトアキへの恨みを抱えながら自転車を押してトボトボと歩いていたその帰り道、よりによってモトアキと会った。モトアキの自転車の前カゴには、それっぽい大きさのビニール袋が入っている。
「よう、買えたか?」
「買えるわけなだろ! 誰かさんのせいでさ」
「悪かったって……お詫びにいいこと教えるってばさ」
「いいこと?」
「隣町のイケブン堂にはあったぜ」
 ビニール袋は確かにイケブン堂のやつ。でも……。
「え、ちょっと待って……隣町ってさ……モトアキ、それ自転車じゃんか……バス使った?」
「バスなんて一時間に2本しかねぇだろ。待ってられっかよ」
「だいじょぶかよ……だって」
 隣町まで自転車で行くとなると……バスより早く行くならクル通りを通らないといけないはずなんだ。でもそのクル通りってのは……僕らは絶対に近づいちゃいけないって言われている場所。
「何怖じ気づいてんだよ。あんなの噂だろ。噂が本当だったらさ、今頃警察とか自衛隊とか来てあのへん全部撤去するだろ? してないってことはやっぱりただの噂なんだよ」
「……でも……」
「とにかく教えたからな! これで昼間のチャラだかんな! じゃあオレ、早く帰って妖クエ3やろうっと!」
 嬉しそうに自転車をこいで遠ざかってゆくモトアキの背中を見つめながら、僕の心はざわついていた。イケブン堂……今からバスで行っても残っているかな……行ってもなかったら、往復のバス代痛いよなぁ。僕は結局そのまま家に帰ることにした。
 
 翌日。
 学校に行くとモトアキの周りはみんなが囲んでいた。多分、すっごい進めたんだろう。「でもこれ、ネタバレになっちゃうからなぁ」ってモトアキの得意そうな声が聞こえてくる。やっぱりムカつく。僕はモトアキのせいで買えなかったのに。だから無視しようと思ってたんだ……だけど。山田が僕の肘をつついた。
「おい、モトアキ……あれやばいぜ」
「ネタバレしまくりで?」
「ちげーって! お前も見てみろって!」
 よく見ると、みんなはモトアキの自慢話を聞いているんじゃないようだった。しかもなんだかモトアキから距離をとっているような……。
 モトアキは手首を不自然にぐるぐる回していた。はじめは盆踊りの時の手みたいって思った。でも違う。なんか、もっと気持ち悪い感じ。それだけじゃない。妙にフラフラしているなって思ったら。足下もぐるぐると動かしている。おかしい。絶対におかしい。
「目玉もぐるぐるしてる」
 山田の声が聞こえたのと同時だと思う。僕のナナメ後から女子の悲鳴が聞こえて、つい僕は振り返ってその女子を見たんだ。結果的にはそれが良かったみたい。僕がハッと気がついてモトアキを見たときにはもう、駆けつけてきた先生たちがモトアキの周りに集まって、何か大きな布をかぶせて連れ出しているところだった。僕がモトアキを見たのはそれが最後だった。
 モトアキの目を見ちゃった山田もあの後すぐに保健室に連れて行かれて……まだ学校を休んだまま……噂どおり伝染するんだ。僕は大丈夫だよね。モトアキの目玉なんて見てないから……あ、そんなことないじゃん! ゲーム買いにいった帰り道……僕はモトアキと会っているじゃん! ……不安と、恐怖とが僕の頭の中をぐるぐると回り始めた。
 
 
 
<終>

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