大熊猫蔵コミュの【暗闇】

　突然、真っ暗闇に呑まれたカラオケ。

　驚きの声があちこちの部屋から聞こえる。僕らも慌ててドアを開け、携帯の灯りで廊下を照らす……だが、数分と経たずに電気は復旧した。

　店員が一つづつ部屋をまわって「ブレーカーが落ちました、すみません」と謝ってまわる。
「ドリンク一杯サービスだってよ、かえってラッキーだったな」
　前向きの上野を見ていると本当に忘れられるかもしれないな、なんて思ったり……あれ。なんかひっかかる。

　その違和感にはすぐに気付いた。
「なあ、上野」
「なにん？」
　起動中のカラオケマシンの前でリモコンを連打していた上野が振り向いた。
「さっき、駆け落ちとかって言ってたよね」
「うん？」
「……あのさ……梨里子、朝さぁ部室に来たよね？」
　ガシャン。
「あ、すまんすまん」
　神戸先輩の膝に白い泡がしゅわしゅわとはじけている。
「先輩ー。たのんますよ。オレのジンジャーエールがぁ……で、今、なんて言った？」
　上野の様子がちょっと変だ。
「聞いてただろ……いや、気を遣ってくれるのは嬉しいけどさ、梨里子は……」
　その時の上野の目は、ちょっと怖かった。
「梨里子ちゃん、慎史先輩と一緒に行方不明のままだろ？　それともお前、何か知っているのか？」

「え？」
　だって今朝、部室に。もう一度それを言おうとした時、モニターがブゥンと大きな音を立てて点いた。

「うあぁぁぁぁぁああああああ」

　その声を出したのは、神戸先輩だった。その目は、何も映っていないモニターを見つめている。
「やめろ……違う……俺は悪くない……悪いのはお前らだ。お前らがイチャイチャ見せつけるから！」
「……あの、先輩？」
　神戸先輩は床に正座し、両手を合わせながらモニターに向かって必死に頭を下げている。
「ごめん、ごめんよ。死んじゃうなんて思わなかったんだ！」
　床に頭をこすりつけているゴンゴンという音、先輩の泣き声、パチッパチッと電気系の爆ぜる音。
「許してください。成仏して下さい。梨里子ちゃん、本当にごめん」

　今、梨里子って言った？

　神戸先輩が泣き叫んでいる言葉の意味を理解するのに数秒かかった僕に対し、上野の行動は早かった。
　上野はいきなり神戸先輩を蹴飛ばし、その上に馬乗りになる。マウントポジションってやつだ。そしてポケットから取り出した金属製のボールペンを、何度も何度も神戸先輩に突き刺し始め……ここで、僕の思考はようやく「現在」を受け入れた。

「お、おい、上野……」
　声をかけながらも、上野の異様な形相に僕は近づけないでいた。
「……ごめんな」
　僕が次の言葉を言う暇もなく、上野はボールペンを自分の首に突き刺した。血が勢いよく吹き出し、立ち上がろうとした僕はその血に足を取られて転ぶ。ぬるぬるとした温かい血だまりの中を、かきわけるように部屋の扉までたどりつき、僕は必死に救急車を呼んだ。


　上野は、救急車が着く前に失血死した。
　なんとか死なずに済んだ神戸先輩は、梨里子と慎史先輩を殺した犯人として搬送先の病院でそのまま逮捕される。
　僕が知らなかっただけで、梨里子は慎史先輩だけじゃなく上野やサークルの他の先輩とも関係を持っていた。ただ一人、神戸先輩を除いて。オカルトツアーと称して三人で「呪いの井戸」に言ったものの、神戸先輩をまいた二人は井戸の近くで始めてしまい……それに気付いた神戸先輩がついカッとなって二人を殺してしまったと自供した。死体はそのまま近くの茂みの中に隠し、車はちょっと離れたところに乗り捨てた。だけどそれを見つけた地元の若者が乗り回して事故を起こし、車の持ち主を追ううちに慎史先輩の失踪が発覚した。
　僕らがあの時出遭った警察官は、聞き込み調査をしている途中でたまたま出会っただけのようだ。車の持ち主と思われる三人組が地元で食事をしている時に「呪いの井戸」という単語を繰り返していたという証言があったので、わざわざあの辺りを張っていたとのこと。

　どうして僕だけが梨里子を見ることができたのかは分からない。
　梨里子が彼女だと思っていたのも実は僕の方の一方的な思い込みで、本当の彼氏は慎史先輩のほうなのかもとも思ってみたり。
　あまりにも多くのものをいっぺんに失くした僕は自分を見失い、自分の部屋に閉じこもった。
　何も信じられない。何もする気が起きない。ただ時々、梨里子のことを思い出して泣くだけの日々。



【生きている】
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