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JCFN聖書通読!コミュの2列王記20章

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「ヒゼキヤは答えた。「影が十度伸びるのは容易なことです。むしろ、影が十度あとに戻るようにしてください。」」(10)

信仰の人ヒゼキヤの信仰のことば。
面白いね。
この章を読むだけでも、実はヒゼキヤって結構面白いっていうか不思議な印象がある。

信仰の人だけど、病気と死に対しては嘆く。これは、自分が死んだらこの国はどうなる、というConcernから?それとも、単に死ぬのがいやだから?

そして、アハズの日時計の発言では、深い神への信頼を見せる。

その後のバビロン捕囚の預言では、「主のことばはありがたい。」とか言っちゃって、「えー?自分の治世がOKだったらそれでいいの?そしたら、やっぱり、死にたくなかったのは自分のためだったかい?」みたいな。

それにしても。
アッシリアからはユダを守る、と言われた主は、それほどのときを隔てず、バビロン捕囚の預言をされる。厳しい現実。良いリーダーの時、主はかろうじてその時代を守られるが、全体としての滅亡はもう避けられないところまで来ている。

コメント(6)

このヒゼキヤのおまけでもらった15年間の話には、なんとも複雑な思いにさせられる。
私たちが必死で主に祈るとき、それが神さまのもともとのご計画でなかったとしても、神さまは私たちの祈りを聞いて、気持ちを変えてくださることがある。それ自体は素晴らしいことだと思うんだけど、ヒゼキヤの場合、そのおまけでもらった15年の間にマナセが生まれた…と思っていいのかな。マナセは12歳で王になったとあるから。 マナセっていうのは、続きを読めばわかるけど、ユダの中で最悪の王になっちゃったんだよね。もしヒゼキヤが、当初の予定通りに(?)死んでいたら、マナセ王は生まれなかったと思うと、とても複雑な気持ちになる。

祐子ちゃんも指摘しているけど、19節の「主のことばはありがたい」からは、ヒゼキヤが王国や子孫の将来よりも、神の御心よりも、とりあえず自分さえ良ければいいと考えているかのように伺えるのが気になる。死ぬのが嫌で命乞いしている様子も、なんだか自分本位という気もするし… こういう見方は厳しいかな。私だって病気で死ぬとなったら、必死で祈って癒しを求めるだろうしね…

マナセについても、せめて、跡継ぎになるマナセに王としての教育をしっかり施して主のことを教えていれば、そんな悪王にはならずに済んだかもしれないのに、この時のヒゼキヤはもう後のことはどうでもよくなっちゃってたんだろうか。

あと、バビロンからの使者が来たとき、ヒゼキヤは自分の富を誇るかのように、自分の財産のすべてを見せた。この行動も、どうなんでしょうね…
再送:またもやupされてない…(T_T) 試しにもう一度やってみます。

ヒゼキヤ、なんとも人間らしいと言うか何というか…。
あなたは死ぬ。直らない。(1)と言われて、
顔を壁に向けて、主に祈って、大声で泣いた。
…大の大人で、王さまが。
そしたら主が
わたしはあなたの祈りを聞いた。あなたの涙も見た。
見よ。わたしはあなたをいやす。(5)と言って下さる。
今まで緊張感イッパイな感じが多かったし、
主は口にジッパーをされてたのか
あまりお話にならなかったし…。
でも主が語られて、物凄い安心感が出てきました。
あ〜、主の子供で良かった。
胸がキュンとする。主の御前では子供で良いんだなぁ〜、
何も取り繕わなくて、良いんだなぁ〜って
天パパと呼べる恵みをかみしめました。

ヒゼキヤの祈りが主に向けられ、主がその祈りを聞いてくださっている、その関係をまず持っていることは素晴らしいと思う。ダビデ以来、このような関係を神様と持つ王はいなかったのだから。

たとえば、自分が「あなたはもう死ぬよ」と言われて、命乞いをしない人がいるのだろうか。この世でまだやらなければならないことがある、と、多分普通の人だったら思っているだろう。

うーん。

同じように、「あなたはもう死ぬよ」と言われた人。。。考えてみた。
モーセ、アロン、エリヤ、とか??
彼らは、命乞いしてないね。。。でも、彼らは人生走り切ったって感じもするしね。。。

わからない。

でも、なんとも人間的な、不思議な印象を残すヒゼキヤ。
自分だったら、どうするんだろうなー。今だったらきっと命乞いをしてしまうと思う。加えられた15年が、たとえ後の日の災いを起こしてしまうようなことがあっても。ごめん。
うーん。やっぱりヒゼキヤの性格と行動ってちょっと不思議。
でも、そういうものなのかもね、って思った。
神様が望む、主の前に善を行なうっていうのは、神を神とする、
ただその一点なのかもしれない、って。

ヒゼキヤの性格、彼の政治的な手腕、Integrity、そういうものは
よく分からない。
でも彼は神様と個人的な関係を持ち、神の声を聞き生きていた。
それが一番大切なことなんだろうなあ。
>神様が望む、主の前に善を行なうっていうのは、神を神とする、
ただその一点なのかもしれない、って。

そうそう。ほんと、そう思う。ちょっと自分勝手だったり、調子に乗りやすかったり、ビビりやすかったり、そういう部分もあるヒゼキヤだけど、少なくとも生ける主を信じ、主に信頼していたよね。表向きは優等生だけど、内心あんまり神様に頼っていないような人よりは、あちこち??なところはあっても、やっぱり主に頼ってくる人の方が、主にとっても可愛い(?)のかもしれない。

もちろん、だから私も、神様に頼ってさえいれば、あとは適当でもいいというのではないけれど。
神様は、人の心と思いと行動を見られ、それによって、御心を変えてくださるとてもInteractiveな方なんだ、と改めて思わされた。
私も神様ともっとInteractiveでありたい。
御心はナンですか?と祈り求めるのももちろんアリだけど、もっと大胆に主の前に出て、祈りながら、神様と一緒に色々なことを通る者でありたい、と思わされた。

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