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中島敦コミュの山月記を語ろう

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コメント(109)

トティ さん
ありがとうございます。
さっそく、探してみます。

原作との違いと言えば、
芥川の杜子春と原作の杜子春伝との違いに
似ているような気がします。

原作は仙人になることを至上のこととしていますが
芥川は人間らしく生きることを良しとしています。
いろいろ『山月記』に学ぶことは多かったです。
中学生の時の自分をよく表した話だと。
李徴の詩が評価されなかった点について、
?レベルが高すぎて、みんなの共感を得るに至らなかった
または
?かっこいい言葉は使っているけど、内容はやや月並みで、詩としての魅力があまりなかった
のどちらかなーと思っています。
意見有りましたら
わーい(嬉しい顔)
>ひぐらしさん
そういう考え方も確かにできますねうまい!
個人的に研究したいのですが、資料が少ないこの話は、
うまい課題が見つからないものですorz冷や汗

失われたのは、人間、それも李徴のような、博学の人間が作る人間独特の
感性だったのかもしれないですね。
素晴らしい回答だったと思います!!ありがとうございます!!
会社において、知識や知恵で武装し、他社に対し、攻撃的になっている自分が人間性を失った虎になっていると言われているような気がして、グサリと心に突き刺さりました。

とても面白い話なのですが、学校の先生には、生徒に「難しい」と思わせてしまい、中島作品と疎遠にさせてしまうという、マイナスの面もある扱いにくい作品でしょう。
もとさん

それは先生の力量の問題ではないでしょうか。

ただ単にひとつの教材にすぎないと考えている先生に教えてもらった生徒は難しい話でつまらない、と感じているかもしれませんね。
てぶさん

それもあり得ますが、優秀な先生の授業だから、生徒全員に「面白い」と思わせるのは難しいのではないでしょうか。

面白くないと感じた人はともかく、せっかく興味を持ったのに、新潮文庫などでは中島の多様性はよくわかりませんね(博識だとはわかると思いますが)。





もとさん

確かに全員というのは限りなく不可能に近いと思います。

面白いと思うか難しいと思うかの二択ではなく他にも感じ方はあると思います。

扱いにくい作品という言葉にちょっとひっかかっただけですので。


生きている内にのっぴきならなくなって気が触れてしまう、
というのは李徴子に限らず起こり得ることだと思うのですよ。

しかし、気が触れた後に虎に転じる、というのは李徴子独自の結末ですよね。
私は正直、虎になるのは必ずしも悪いことではないと思うのです。

彼の言い分はいちいち最もなのですが、人として更生するのは性格的にかなり難しそうですし、
それだったら余生を虎として送るのも悪くないんじゃないかと。幸い、虎は強い動物です。
はじめて書き込みします☆

山月記は李徴のモノローグで物語が展開していきますよね☆
その李徴の語りを聞いている袁サンはやはり重要な位置にいると考えてます。

皆さんは袁サンについてどのように分析しますか
星海社の朗読、聴けた方いますか?
僕はあの日忙しくって。

感想とか聞きたいです。
> ボーンさん
私は今、山月記の論文を書いていて、袁さんについても考えていますが…
袁さんは李徴とは対象的な位置に描かれながら、何処か当事者(友人である。またはその場で李徴の言葉を直接的に聞く人間)と言うよりは第三者(読者的位置)にあるように感じます。また、「何処か微妙な点に於いて〜」と言う、友人としての色目の無い意見を持つところからも、このように感じました。
ある論文で、「袁さんは中島のもう1つの視点である。」と言うものや、私の先輩の「中島の持つ自己を客観的に見ることの出来る視点を袁さんに反映させたんじゃないか、」と言うものも、私はなるほどな〜と読んだりしています。

ただ、袁さんについてまだ考え中で…。(提出はもうすぐなんですが;)
私も是非皆さんの意見を聞きたいです!!


余談ですが、虎は一番になることが出来ない、また群れを成すことをしない孤独な生き物ですよね。
そんな孤独な生き物に変わり果てた李徴…
私虎は、李徴の人柄をそのまま動物に表したような印象を受けました。

長々とすみません;
お読みかもしれませんが、

島内景二の『中島敦「山月記伝説」の真実』が

面白いですね。
社会学者の宮台真司は、自尊心には自己信頼と、
いわゆるプライドの二種があり、
誤って互換的に使われているということを
『この世からきれいに消えたい。美しき少年の理由なき自殺』(朝日文庫)
の中で指摘しています。
これを「山月記」中の「臆病な自尊心」と
「尊大な羞恥心」と照らし合わせてみるなら、
示唆が得られるように思います。

コミックですが『俺はまだ本気出してないだけ』青野春秋(小学館)
を読んだとき、私は現代版「山月記」を見た気がしました。
李徴、実は相当イタいキャラですよね?
澤村様が87でおっしゃるとおり、
「李徴、実は相当イタいキャラ」だと私も思います。
その痛いキャラが己の中にもあることを多くの読者が自覚してしまうから、
あの作品にはコワイほどの魅力があるのだとも。

ときに、少しトピズレとはなりますが、
「山月記」と対になる物語として「名人伝」が
玉川重機「草子ブックガイド」に
PDFとして掲載されていました。
ご関心のある方は、早稲田文学のこちらからどうぞ。
http://www.bungaku.net/wasebun/read/index.html
マジさん

同感です。「誰もが思い当たるイタい自分」を
造形しえた中島敦はやはりすごいです。

「山月記」と対になる物語としての「名人伝」と
いうことで、私は全集の月報に井波律子氏が寄せている
文章を思い出しました。氏は次のように書いています。

最晩年、文学の魔に憑かれ虎に変身した李徴の姿を
描くことから始まった中島敦の中国小説創作は、
執着という執着を忘れ果てた、弓の名人紀昌を
描くことによって終わった。こうして中島敦も紀昌と同様、
「静かに、誠に煙のごとく静かに世を去った」のであろうか。

中島敦は相当自意識の強い人間であったと私は見ていますが、
己を虎に変えるほどの我執とそれからの解放欲求という視点からしても、
まさしく「山月記」と「名人伝」は対になる作品であると思います。
>澤村さま

正鵠を得た井波律子氏の寄稿をお教え下さり、
ありがとうございました。
澤村さんの視点も実に的確と感じました。

私はガリガリの工学系なので文学にはシロートなのですが、
文学専攻の方とも感想を共有できるのは嬉しい限りです。

改めて、
こうして中島敦の早世を悼める同好の士が
このコミュに集まっていることを嬉しく存じます。
星海社から、坂本真綾による朗読集が出るみたいですね。
山月記も入っています!

http://t.co/6f6CoxM
山月記とは三十数年前出合いました。

 当時高専で機械工学科を学んでいた私は、絵描きになりたくて、毎日を悶々と過ごしておりましたが、そんな折、国語の授業でこの小説とめぐり合い、夢中になってしまいました。

 李徴の詩に足りないものは何か、その答えが分かれば(芸術論的な意味において)自分も絵描きとしてやっていけるような気がして、必死になって考えました。しかし、まさに自分の中にある「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」だったのでしょう。絵描きになる踏ん切りがつかぬまま、卒業し、社会に出ました。

 その後メカ設計の職に付き、(卒業後十数年経ってからですが)今になって思うことは、メカ設計も絵を描くことも結局は同じことなのだと。
 つまり、李徴に置き換えれば、「我、嘷を以って長嘯と成す」ということが、足りなかったことなのかなと、近頃はそう思っています。

 これはあくまでも私個人の思い込みですので、あまり一般的ではないかとは思いますが…。長々とどうもすみません。
55で、
自尊心とは尊大にも通じる驕り(ヒュブリス)である。

羞恥心とは臆病にも通じる卑怯(デイリアー)である。

と書いたのですが、最近、小さな本を書き、

書いたことに必ずしも自信が持てず、

名著だぞというような自尊心などは無く、

かといって羞恥心を感じるほどには

評判になるわけがなく、

評判にならないことに羞恥心を感じています。

山月記には羞恥心はあるが自己嫌悪はないのでは?

つまり、自己は肯定されるべきものとしてのみ

描かれているのではないか。

えぼよんさん
>「我、嘷を以って長嘯と成す」ということが、足りなかったことなのかなと

失礼ながら、思わず膝を打つユニークな分析と感じました。ぼくはそのようにあの詩を読んだことが一度もありませんでした。

言われてみると、自分も多くいる李徴的な人間の一人として、思い当たることは、「長嘯」の才能の有無にこだわるあまり、「嘷」すらも極めることが出来なかった。という慚愧の念でしょうか。

原詩は単に「詩歌」と「咆哮」の差を言っているだけかもしれませんが、その裏には「嘷」しか知らぬ生き方もある、と言っているとも読めるのかもしれません。そして当の李徴自身がそのことに気が付いていないとも。
俺が一番、彼(中島 敦 先生)の作品の中で「熱いわぁ〜」と今、思っているのが、「虎狩」。すさまじく冷徹です。
『中島敦「山月記伝説」の真実』を読んで。

高校時代から今まで、中国の古典をリライトした安易な作品のように思い込んでいました。
ところがこの本を読んで、中島敦が、それこそ自分の置かれた極限状況を、
何とかみんなにわかって欲しいとの、必死の叫びだったのだということを知り、
愕然とした次第。
若くして亡くなった中島敦の無念がここに現れていると思えば、
おのずから読み方が変わってくるのでしょう。
高校時代にこの本に出会いたかった。と思いました。
>>[97]

世代が違うのでしょうね。
私の世代は中学3年生の時に、国語の教科書に登場していましたよ。『山月記』。
あ・・・
バカだ。
出会いたかったのは『山月記』ではなく、『中島敦 『山月記伝説』の真実』ですね。

でもまあ・・・
せっかく書き込みしたので、消すのももったいないから・・・このままUPしようっと。

ただ・・・
中島敦の「無念」というところにはあまり賛同しません。
この『中島敦 『山月記伝説』の真実』で作者がどのように中島を解釈しているかは分かりませんが、
他の解釈をしている人もいるし。
いろいろ読んで、それから、どの解釈が一番しっくりくるかを考えてもよいと思います。

確かに、「若くして」なくなっていますが・・・
残された妻女が再婚もせずに頑張っていかれたこととか・・・
その他、いろいろなことを考えると、私は、「無念」だったのか・・・少し違うかもしれないと思ったり。

中島が南洋に行って、其処を舞台にしている話も書いていますが、
私はそっちの方が中島の考え方や感じ方を知る上で興味深い作品だと思っています。

最後に、
中島の原稿のコピーを某所で見せていただいたことがあります。
私は、この人はきっと尖ったような神経質そうな荒々しい字を書くのだろうと思っていましたが、
実際は全く違っていました。

優しそうな丸みを帯びた字で、
その人の人となりがこぼれて見えそうな気がしましたよ。
>>[98]  山月記伝説、読んでみたいです。

原稿の字をご覧になったとは貴重な体験ですね。
いい話を聞きました。ありがとうございます。

しかし、山月記 がこれだけ時代を超えて愛されるのは、難しい主題を分かりやすい簡潔なストーリーで伝えているからだと思います。何回読んでも飽きないです。
>>[99]

初めまして。書き込みありがとうございました。

たまたま、母校である大学に中島敦を研究している先生がいることが分かり、アポを取って会いに行きました。そうしましたら、その先生は「今は別の文学者の研究をしている」と言われましたが、中島の話を色々聞かせてくださいました。
御母堂が大変に進歩的な方で、漢文学者の中島家には合わなかったらしく、祖父だか祖母にあたる人に離縁されてしまったとか。
ですから、中島は祖父母に育てられたようです。
中島家の家訓らしいですが、小学1年生になったら一人旅をすることになっていたようで、誰のところに旅をしたのだったかなあ…。離縁された母のところだったか…曽祖父のところだったか・・・
奈良の某所ということしか覚えていませんが、小学1年生の中島は1人で汽車を乗り継ぎ、無事に目的地に着いたらしいです。

見せていただいた原稿の写しは、B4版だったかしら? 研究者向けに用意されたもののようで、「これ、高いんだよ・・・」と、ぼやいておられましたから、きっと相当に高価なものだったのでしょう。

現在でも横浜の某所では、中島の教え子だった方たちが時々会を開いておられるとか・・・。
どこかでそういう情報を目にしましたが…さて。あれはいつのことであったか。
>>[100] 詳しいお話し、ありがとうございます。
お母さんが進歩的で離縁されたとは、初めて聞きました。
成る程、ですねー。

漢文学の素養 x 進歩的。 

そして、小1の時の一人旅。

すべて、作風に繋がっている気がします。

私は、野村萬斎の狂言で、山月記と李陵(だったかな?)を見たことがあります。どんな解釈をしていたかは、忘れた、というかよく分からなかった のですが、野村萬斎と中島敦はいかにも相通じるところがありそうです。
>>[101]

もう一つ思い出しました。
中島が若くして亡くなった後、未亡人になった奥様は、子供を・・・2人だったか? 3人だったか・・・忘れましたが、再婚もせずに女手一つで育てられたようです。
大学の先生曰く・・・
奥さんは、よほど中島のことが好きだったのだろう。と。

奥さんがなんか、中島について語っていた話も聞いたのですが、正確には覚えていません。
・・・中島との思い出が自分を支えていた・・・みたいな内容だったような。

そのあとで中島の原稿を見せていただいたので、その丸みを帯びた字を見て、この人はきっと優しい人だったのだなあ・・・と思ったのです。
語りの会をやっていまして、いま丁度「山月記」をやっているところです。
某有名俳優をふくめて何人もの方がユーチューブにアップしています。
でもハラから声を出して読んでいる方は一人か二人です。

お腹から出す声で力強く読まないと、この作品の良さは伝わらないように思います。
>>[104]さん

素晴らしい取り組みですね。
どちらでやっておられるのでしょうか?
>>[106]

川越です。

月2回木曜日午前です。
別に11月から始まる市民講座でもやる予定です。
後3回くらいで一区切りつきます。

次は名人伝をやるか、文字禍をやろうか思案中です。
>>[108]さん

いいなあ。川越は遠すぎて行けませんが…。飛行機とJRで4時間ぐらいか。片道4万円ぐらいかかる・・・。

行けませんが、個人的には『名人伝』がいい。
解釈はいろいろのようで、私は最も優れた中島作品だと思っていましたが、
研究者の中には「あれはひどい」という人もいて。不思議です。

郷里の近くの大学では・・・何か…中世文学を読んでいたなあ。あれにでも参加してみるか。『神明鏡』とか。知っている人、いないかも。。。

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