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ココが変だよ「日本の教育」コミュの音楽の授業

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http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=210533&media_id=4
音楽は好きだが、学校で音楽の授業を楽しんでいる中高生は半数以下−。神戸市の大手業務用音響・映像機器メーカー「TOA(ティーオーエー)」が12日までに実施した「音楽と教育の意識調査」で、こんな結果が浮かび上がった。


 調査はインターネットを通じたアンケート方式で、10代から70代までの636人が回答。このうち、子どもを持つ男女488人に「子どもは音楽が好きか」と質問したところ、「どちらかと」を含めると、87.9%が「好き」と答えた。


 一方、「子どもは学校の音楽教育を楽しんでいると思うか」との質問には、小学生の親の65.8%が「そう思う」「どちからといえばそう思う」と答えたが、中学生で約42.9%、高校では37.2%にとどまった。


 否定的な理由としては、「堅苦しい」「音楽記号や音楽史などの知識を覚えることに偏っている」などが上位を占めた。学校での音楽教育に期待するのは、「音楽を好きになること」などだった。 

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こんな記事が出ていましたが皆様のお考えを聞かせて下さい。

コメント(33)

私自身はクラシックからパンクまで幅広く音楽を聴きますが、私が中学、高校の時でさえ元々はヒットソングだった大衆音楽が合唱曲集に載るようになりました。そういうものが載る事ではじき出される名曲もあると思うと不必要な気がしました。

それとそういったヒットソング、例えば「贈る言葉」とか諸々、合唱曲に入れられて入るけど元々合唱用に作られていないのでハーモニーの部分が足りないアレンジの楽譜が載せられていて「とりあえず子供の気を引こう」と思ってるとしか感じられませんでした。

せめてそういった曲を取り入れるなら指揮科の音大生のバイトでも雇えばコーラスアレンジくらいちゃんと出来るんだから、せめて3声で歌えるくらいにしてから入れろよ、と。

音楽史は決してつまらないものではなく、歴史の授業と同じく興味をそそる教え方が出来る音楽教師が驚異的に少ない事実が招いた結果ではないでしょうか。

それと建前上なのか本心なのか知りませんがクラシック以外の音楽を軽視している教師が多く見られ、そういう視野の狭い教師から教わっても楽しくなかった記憶が。

その上小学校等で使うハーモニカやリコーダー、学校教材用だから安いものを使ってますが、楽器ってやっぱり安いものは安いなりの音しか出ません。それも楽器を演奏するモチベーションを下げている一因だと思います。
曲がりなりにも作曲を生業としている身として意見します。
その辺の事は昨年日記でも書いていたりしますが…。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=134500519&owner_id=2526925
私は、音楽の授業が鑑賞と演奏に偏っている事に不満を持っています。

美術の授業では絵を描かせたり作品を作りまくるのに…
なぜ音楽の授業では作曲をさせないのですか?

作曲ってのは別に楽譜を書かなくても机叩いてリズムを刻むだけで良いんです。
机の叩き方が奏法になる。
叩き方で音が変わるそれがメロディになる。
手が二本あるなら同時に叩いたり互い違いに叩いたりすることでハーモニーが生まれる。

We Will Rock Youと言うミュージカルでは、
「身体も楽器なんだ」と言う節があります。

「1/fゆらぎ」ってのがあるのですが、
自然の音に含まれるこの波長のパターンが、
名曲と呼ばれるものにも入っているんですけど…
どんな名曲よりも自然の音にこそ音楽があるんだと感じます。

作曲ってのは本当に簡単なことなんです。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=158386085&owner_id=2526925
「売れる曲を作る」ってのが難しいだけなんです。
ってことを教えてやって欲しいんですが…。
言わずもがな
かもしれないけど

教える側、担い手をきちんと育てるシステムの再構築は不可欠かと。

音楽の先生として『素晴らしい』と思えた方は学校にはいませんでした。

非常に寂しい状況だと思います。

知ることの楽しさや素晴らしさをもう少し演出できなかったのだろうかと考えると
随分な時間を『退屈に耐える事』に費やしたような気がするのは被害妄想でしょうか。

なんの教科にも言えそうですね。
ひょんな事から中学校時代合唱をやってたのですが、その時からいまでも感じるのが、芸術を教科として教える意義がどれだけあるのかという事です。合唱をやって今でも合唱曲の演奏などには興味がありますし、合唱を聴くと「あぁ、イイなぁ」と感じます。しかしそれは決して音楽という教科が培ったのではなく、合唱をやっていたという経験があるからです。音楽の授業でどれだけ合唱やクラシック、古典音楽に興味を持つ人がいるでしょうか。まがりなりにも音楽をかじった立場から言わせれば、音楽という教科(あくまで教科)が果たす役割はどこにあるのだろうと感じます。
またもう一つ疑問なのが評価の点です。
音楽鑑賞などはいったいどういう評価をくだせばよいのか、鑑賞時の感じ方なんて千差万別、人それぞれ違うのだから、それを評価することにどれだけの意義があるのか、所詮作文させてそれを見て、教師が期待した鑑賞文を書いた者が評価が高くなってしまう、そんな気がしてなりません。芸術ってそういう性質のものでしょうか?

イズミさん
>>学校教材用だから、安いものを使ってますが
教材(教具)として負担させることのできる額というのは家庭の状況も考慮しなくてはならず、それほど大きいものではないため、あのような安い楽器を与えるしか方法がないのでしょうね。義務教育段階ではそういった教材・教具に関しても無償の方が理想ではあるのでしょうが、現実を見た時あの程度になってしまうのでしょう。ただ高いものを使う事で児童、生徒の興味・関心がわくのかと言われたら、かならずしもそうではない気がします。
ぽる太さんのコメント、何だか目からウロコでした。
なるほど、図工では創作活動はするのに、何故音楽にはそれがないのか…。
おそらく作曲をさせたとしても、音楽は図工などよりも一つの完成形として仕上げるのが困難=評価がしにくい、ということもあるのでしょうね。
去年、大学の音楽の授業で、上下3度内の音だけを使って作曲をしてみようという課題があって、あぁこんなのでもメロディになるんだなぁと、自分で作ってみて非常に感心したものでした。
現行の音楽教育が全て悪い、とまでは思いませんが、確かにそういった創造性の面が欠けているというのは一つ考えられるかなと思いました。
教員志望なので、肝に銘じておこうと思います…。
まっただ中にいる者として、いくつか。

まず、私事。私立の中高一貫教育でしたが、音楽は中学の間だけ。高校では選択にも音楽はなかった。今思えば、その中学3年の間で、音楽の授業で何をやっていたのか、まったく覚えていません。リコーダーも使わなかったし。でも、吹奏楽部に入った為、音楽とは真っ向から付き合い、今では、生業になっております。あの頃、もし上記のような「学校の音楽教育を楽しんでいますか」という質問を直接聞かれたら、「いいえ」と答えていると思う。
4.つぐみさん同様、教育としての音楽からよりは、音楽体験からの方が、より多くを教わっている。ただし、これは音楽に興味をもってからの話し。やはり、多くの子どもに興味を抱かせる為には、音楽教育は必要であり、古今東西の様々なジャンルをコンパクトにまとめて提供してくれる、今のシステムは、なかなか優れていると思います。
ただし、ほかの芸術科目同様、教える側の資質に関わってくることは、明白です。
たまたま、いい音楽教師のいる学校に通えば、音楽を好きになるし、そうでなければ音楽なんて、と敬遠してしまうことになるのは、ある程度仕方ないことだと思います。
2.ぽる太さんのおっしゃている創作活動も、取り入れている学校も数多くあります。教育楽器としては、非常にすぐれているリコーダー等の楽器で、子どもが自由に曲を作っている姿は、感動します。でも、これには、
それを指導し、評価(認めること)できる能力を持った先生がいなければできないこと。教科書等のマニュアルでは、どうしようもありません。

そう、結局は、教師の資質いかんであろうと思います。

ただ、今の学校での音楽は、あくまでも教育音楽として、扱われ、
子ども達の協調性や自発性、積極性、自己主張力を養う為に行われているものなので、いわゆる音楽的要素(歌がうまい、楽器が上手、創作した曲が美しい)の上達はあくまでも、第2義なんです。

長くなって、すみませんが、もう一つ。
上記、アンケートですが、詳しく内容は知りませんが、あの数字は、あくまで、親が見て、「うちの子は音楽の授業を楽しんでるよ」と言っている方の割合ですよね。(なんか変なの)
つまり、親が見て、「うちの子は音楽の授業を楽しんでる」と答えた親の子どもは、まず本当に楽しんでいるのでしょうが、「楽しんでやっているようには見えない」と判断した親の子どもが、本当に楽しんでいない、とは言えない訳ですよね。しかも、音楽の授業を楽しんでる、ってどういう状態なのでしょう。家でも、楽しかったことを報告する?実際に音楽と親しんでいる?演奏が上手になった?音楽が好きになった?

こんなアンケートより、音楽の授業を通して、大きな声が出るようになった、とか、友達と音を合わせる楽しみを感じた、とか、人前で発表するのが怖くなくなった、なんてアンケートをとって欲しいものです。これが、教育音楽の目的だから。

長文で、すみません。
うちの子どもたちは、みんな楽しんでいます。音楽。

クラス全体を見ると全然そんなことないので、一般化した話はできないのですが、自分の家の子どもに限るなら、歌うことも演奏することも楽しくてしょうがないみたいです。

替え歌を作るのも好きだし、音符を習ってくれば勝手に作曲してるし、安い楽器でも自分のものがあるのがうれしくてならしまくっているし、歴史的なこと習えば図書室で作曲家等々の伝記を借りてきて読みまくっています・・・。

学校の音楽教育って、そういうきっかけになってくれるだけで十分だと思っているので、我が家としては感謝感謝です。なにせ、音楽的素養がない(嫌いじゃないけど、どんな音楽を聴いても覚えられないし、同じに聞こえる・・・心地よいか心地よくないか、の区別しかできない)親なので、家庭で音楽教育なんてありえないので。

むしろ、ピアノを長年習っている子などなど、音楽にハングリーでない子の方が、授業をバカにして、壊す傾向があります、あくまでも、私が参観したことのあるクラスの場合ですが。塾で先取り勉強をしている子が授業を崩壊させるのと同じ構図だ〜!と思いながら見ていました。

あ、ちょっと話がそれてきましたが・・・楽しんでいる子と、それを喜んでいる親もいるということで・・・。
こんにちは。

私もぽる太さんのご意見を興味深く読みました。
確かに、どうして作曲がなかったんでしょうかねえ。。。
美術では実作が中心ですし、国語でも詩や俳句、短歌を実際に作りますよね。

でも、私は鑑賞も好きでした。
「こきりこ節」や「刈り干切り唄」といった民謡に触れて、日本文化の豊かさを知りましたし、どうして日本人は三拍子が不得意かとか教えてもらいましたし。沖縄独特の音階も知って、それが民俗学に興味をもつきっかけでした。

テストは独唱以外はダメでした。
音楽祭のソロは学年を代表して歌いましたが、楽典を覚えたのは大学で合唱を始めてからでした。
それでも、音楽の授業は楽しかった。

音楽も「文化」だから、様々なアプローチが可能でしょう。
つまり、音楽の授業だけでなく、他の教科の中で音楽を通じて学ばせるということも出来るでしょう。
たとえば、世界史の先生はフランス大革命でルージェ・ドリールの「La Marseillaise」を教えてくれたし、倫理の先生は岡林信康の「今ある不幸せにとどまってはならない」という歌と、井上陽水の『傘がない』を聞き比べて、社会改良への情熱を失って「ミーイズム」に傾斜していく若者の心理の変化を教えてくれました。

昨年の息子の学校の音楽祭は実に完成度が高くて素晴らしいものでした。聞けば、若い音楽の先生が赴任してきて、実行に尽力してくれたそうです。先生の力って大きいんですね。

男声合唱のおかげで内外の多くの詩を知りましたが、今では合唱人口は減少の一途。大学の女声合唱団は廃部、男声も部員は1ケタです。これは伝統ある関学や慶應ワグネルでも同じで、先行き心配です。フランス映画『合唱ができるまで』を観ましたが、地域であのような活動ができれば変ってくるのでしょうが、教会音楽の歴史がない日本では悲観的です。
初めてコメントします。わかりにくい部分、不適当な部分があれば許して下さい。

さて、音楽の授業の意義(?)ですが、私は音楽の基本を学ぶ場、音楽に興味を持つ場、そして理想としては良い音楽を聞き分ける事ができれば素晴らしいのでは。そういう場だと思います。

だから、好きな音楽を聞いたり、歌ったりという表面的なものだけではいけないと思います。
その音楽の根本である楽譜の構造、また音楽の種類や、その音楽の歴史、作曲家の状況や心情、それらを知ることで、音楽をより深く知る事ができる。ひいては、他の事柄でも、それをより深く知る方法を身に付ける事ができるのではないかと思います。
そして、最終的には「いい音楽を聞き分ける」事ができる耳が育てばいいと思います。
まあ、それを教える事ができるかどうか、教える側が自分達が教えている音楽の授業をどう捉えてるかが大事なのでは?
もちろん、歌うこと、合唱や合奏することにも重要な要素は沢山あるし、ある人は『文化継承の場』とも言っていました。

そういう意味でやる意義はあるのでは。
確かに、音楽の授業で楽譜のこととか、歴史のこととかを生徒も先生もザルにしてた気がします。


あと、楽しいばかりが授業じゃないような…「楽しそうか」でいるか、いらないかを決められたら、それこそ、算数や英語なんかが真っ先に消えるのでは?


教師に憧れる若者の長文、駄文でした。
すみません。
音楽は音"楽"なんですから、楽しくなくては。
むしろ「娯楽とは何か」を学べるくらいがちょうど良いかと思います。

しかし、ただ好きになれば良いってワケでもないと思います。
歌や楽曲には中毒性がありますから用法容量を守れるようにもなってもらわないと。
電車の中で音漏れさせたり公道で爆音垂れ流すくらい好きになってもらっても嫌ですよ。

>pierreさん
>他の教科の中で音楽を通じて学ばせるということも出来るでしょう。

これは出来るでしょうし、是非やって欲しいですね。
逆も出来るはずです。
実は、私は音楽を通じて数学が好きになりました。
音楽で解からなかった部分が数学的思考で解けて、
『こんな所で数学使えるのかよ!』なんて感動してしまったわけです。

で、やはり歴史を見てみると数多くの数学者が音楽を研究してますよね。
ピタゴラスとか。

その後、大学で哲学を自由選択で取ったときに、
学問自体の歴史と横の繋がりを知って学問自体に興味を抱きました。
と言うより「知ること」の楽しさを知りました。
もっと早く哲学のことを知ることが出来てたら人生変わってたかも知れません。
よく道徳教育とか宗教教育を導入しようとは聞くのですが、私は哲学を推したいです。

でも、やっぱり最低でも「知ることの楽しさ」を知ってる人じゃないと教えるのは難しいでしょうね。
その辺も、資質になるのでしょうか…。
>ぽる太さん

私そういえば高校まで数学はまるでダメだったんですが、専門学校時代の音楽理論のクラスで絶対音感どころか相対音感も怪しい私が理論を学ぶのってかなり数学的な思考が必要でした。でも音楽理論は学びたかったのでかなり数学的な側面から切り込んで最終的には絶対音感保持者しか残らない上級クラスまで行けました。先生に「これ以上やると頭でっかちになってセンスとクリエイティヴィティが失われるから止めなさい」と言われて理論のクラスはやめましたが。

音楽って数学とも歴史とも文化とも関わりがある面白いものです。文化との関わりは不協和度数が時代によって変化していく事から時代背景、文化との繋がりを感じます。
@ぽる太さん

>>他の教科の中で音楽を通じて学ばせるということも出来るでしょう。

>逆も出来るはずです。
>実は、私は音楽を通じて数学が好きになりました。
>音楽で解からなかった部分が数学的思考で解けて、
『こんな所で数学使えるのかよ!』なんて感動してしまったわけです。

えー! 本当ですか?!
「音楽で解からなかった部分」って、理論のことですか? それとも音取りとか?
それを解いてしまう「数学的思考」とは???

私は高校時代、数学の最高偏差値は49。つまり、平均点さえ取れなかったんですね。
音感は良かったので、曲を覚えるのは一番早い。でも楽典がダメ。
数学科の後輩は平均律では捉えられない音の高低を聴き分けていました。

>で、やはり歴史を見てみると数多くの数学者が音楽を研究してますよね。ピタゴラスとか。

なるほど〜
科学と音楽。
哲学はいかがでしょうか。ジャンジャック・ルソーが「結んで開いて」の原曲を作ったと聞いたのですが。

>もっと早く哲学のことを知ることが出来てたら人生変わってたかも知れません。

本当ですね。
ずっと「難しい」と敬遠していましたが、ようは「どうしてオレはここにいるんだ? いていいのか?」ということらしいです。答えは出ないけど、それをずっと考えている営為が「哲学」だって。

>よく道徳教育とか宗教教育を導入しようとは聞くのですが、私は哲学を推したいです。

まったくです。
「倫理社会」では物足りないですね。フランスみたいに必修にすればいい。テストなんか「『自由』の有用性について書け」とかね。 「道徳」は「こういうふうに行動すべきだ」ならば本来家庭で教育すべきもの、宗教教育も教義の内容だけでなく「これを信じろ」となったら問題ですね。

>でも、やっぱり最低でも「知ることの楽しさ」を知ってる人じゃないと教えるのは難しいでしょうね。
>その辺も、資質になるのでしょうか…。

そうですね。昨日、高校のクラス会だったのですが、定年した先生が「学ぶことから教えなければならない生徒、学校は地獄だ」と言ってました。
世界の不思議さ、理不尽さに「驚く心」をもっているかどうかでしょうね。
「資質」というと、子どもにもともと備わっているものみたいですが、そうではなく、それを引き出すのが教育なんでしょうね。
みなさんのやり取り、とても興味深く拝見させていただいております。

先日知り合いの、音楽科に通っている高校生が、「音楽科は、理科の選択は物理が必修なんだよ〜」と言っているのを聞いて、なるほど〜!確かに音って振動の波が鼓膜に伝わる物理現象なんだよな〜と感心したのを思い出しました。

ちょっと思い出したので、失礼いたしました。
私は音楽は好きでしたが、音楽の授業は嫌いでした。

私の場合ですが、先生によって成績が格段に変わるタイプです(笑)
先生がつまらないと一気に興味とやる気がなくなります。

私は運良く数学と物理など理系の先生は人に興味を持たせて聞かせてくれるような先生だったので偏差値は65以上でしたが、逆に国語の先生の話しには全く興味がなくてほぼ平均点以下でしたね。

人によってなにが魅力的な話の内容かはわかりませんが、やはり先生の教育力ってのは偉大だと思いましたね。
>爆弾男ラ・ボンバさん

今の子供達はJ-Popの元ネタがどこかっていうのにあんまり興味がないみたいなんですよ。誰々のここの部分はビートルズからパクってる。とかこのジャケットはエルヴィス・コステロそのまんま、とか言っても「ふーん」で終わり。グリーンディとかSUM41聴いてる子にクラッシュを薦めても「おじさんじゃーん」で終わり。

ちなみにうちの息子(中1)もインターポールは大好きだけどレディオヘッドにはあんまり興味がありません。「どこがすごいの?」って感じでw。PJハーヴィーとピクシーズも好きですが、そこから遡ろうという知識欲がないんですよね。

まぁ高校生、大学生になったら話は別かもしれないけど義務教育の段階では自分のセンスにパキっとハマったものから遡っていくという感覚はないみたいです。何しろ息子にとってはピクシーズよりビートルズの方が「これ、うるさいね」になっちゃうので。アナログ録音での生々しいギターがうるさいんだそうです。ピクシーズやインターポールのようにエフェクトを工夫しているギターの音が好きみたいです。
中学生のとき、ある事件で、超有名になった先生に習った事があります。
40代以上の人は、知ってると思いますけど音楽の成績に、オール3をつけた先生です。
確かに、ユニークな先生でした。
授業中に、その理由も話してくれました。
きっと真摯に取り組んでいたから、そういう結論に達したのだと思います。
この、1年間は貴重な体験だったと、今でも思っています。
cubane さん。

あまり、人のコメントに反対するのは好きではないのですが。
cubane さんのこの意見は違いますよ。
だったら、小さい頃から英会話スクールに行ってる子、スイミングに通っている子、塾に通っている子、絵画教室に通っている子、全部、親の教育でで優劣がついてしまいますよ。
小、中での音楽の授業では、特に聴音なんてないでしょうから、別に絶対音感が有利になるとは思えません。絶対音感があっても歌の下手な人はたくさんいます。

音楽科目への評価については意見が分かれますね。
評価があるから、力不足の教師の授業でも、音楽に興味(偽者の興味ですけど)を持っていられるのかも。もし、本当に授業が面白くなくて、しかも評価とは関係なかったら、授業が成り立つかどうか、甚だ疑問です。

cubane さん。気を悪くなされたらすみません。どうしても一言、言いたかったのです。
音を楽しむ音楽、音を学ぶ音学
はじめのうちに音学に片寄りすぎないのがいいのかな―
ヘリをどかさないマスコミに対する怒りが治まりません。

成績と言う数値化されたデータからでしか自己評価が出来ず、
数値化できない倫理道徳の評価を自分で考える事ができない。
言われた通り、マニュアル通りにしか行動しない。

数値化しない評価方法を意識してする課程も必要だと思いますが。
音楽の授業では、楽しむのと並行して、基本を学ぶ事が重要ではないですか?

モーツアルトやベートーベン、ショパンなどを覚える程度で…

社会に出てからも役立ちますよ。

これくらいなら試験にしても良いのでは?
cubane さん。

私の狭い体験の中での話しになってしまいますが、
私、絶対音感はありませんし、ピアノを初めて弾いたのは、高校を卒業してから。もちろん、音楽教室に通ってこともありません。
でも、小学校、中学校と、5段階評価の5以外をとったことは記憶にありません。
確かに、ピアノが弾けた方が、歌がうまい(絶対音感とは関係なく)方が少しは有利なのでしょうが、それができないからと言って、成績が下がる訳ではないでしょう。(音楽の授業で、全員にピアノ弾かせて評価する、聴音などで絶対音感の有無を確認する、なんてことは教育課程に入っていないはずですが)

この多少の有利は、前述の例えば、絵画教室やスイミング、書道教室に通っている生徒の有利となんら変わるものではありません。

ですから
>音楽以外の科目の成績なら、親の教育が無くても本人の努力次第でいくらでも覆せます。

に関しては、ちょっと片寄った意見かな、と思ってしまいました。
カラオケでOK!
クラッシックは歴史の授業で時代背景と連動して学習しないと価値は1/10 同じ事は美術、文学にも言える。
それが出来ないなら教育効率が悪すぎるのでやらんでよし。
ピエールさんに同意です。音楽も体育、美術と同じく本人の努力で覆す事が出来る科目だと思います。合奏なんてそれこそ、トライアングルとか鉄琴とか、「習う」ような楽器じゃないものを持たされてやる訳だし。

私は運動音痴でしたので体育は2か3しか取れませんでしたが、だからと言って陸上部の子やスイミングスクールに通っている子がみんな5だったかと言うと違うと思います。美術も然り。特に美術と音楽に関してはセンスが合わない先生に当たると1つけられたりしますよ。私の従兄弟の東京芸大の特待で院卒の2人のうち1人は小学校の時美術が万年1、もうひとりは中学校で美術が万年1でした。

従兄弟の家庭はアーティスト一家なんですが「1がつくのは才能がある証拠。先生のセンスに合ないから1がつく。無難な物を作ってれば1はつかない」と叔父や叔母から私も言われてました。その道の教育を家庭でしているからこその1だった訳です。まぁ私は美術は好きじゃなかったんですけどね。音楽は学生時代は4ばっかりでした。何故か5は取れなかった。自分でも不思議です。
>大塚ココストア夜勤法学士さん
カラオケじゃダメだと思います。生演奏に合せて歌う、周囲の音を聞きながら歌うという事がカラオケでは学べません。
イズミさん
コスト高くなりませんか?
そこまで音楽教育を授ける価値ある生徒がどんだけいるのかと…
筋のいい奴を集めて選択科目でやるのはいいと思いますが。
> 大塚ココストア夜勤法学士さん

音楽の授業って毎日あるものではないから、学校毎の常勤講師ではなく自治体毎の非常勤で曜日毎に学校単位で動くとかならコストは高くならないと思いますよ。

またはピアノの生演奏だけでもいい訳ですから。そしたら音楽の先生にやってもらえば良し。
身に付きます。これは絶対。そしてその経験をしなければ永遠にその機会がなくなる人が大半になると思います。だったら学校でその体験をさせてあげるべきです。ただ、ピアノ伴奏で大人数のクラスだと効率が悪いですね。少人数で出来れば、という前提付きですが。

それこそ家庭で楽器を習ったりする機会のない子供、大きくなってから合唱団やバンド活動をしない人にはまるっきり経験のないものになってしまうのはもったいないですよ。貧富の差が激しい国では音楽の授業を受けるのも贅沢の一つなんですから。せっかくその授業が受けられる立場なら経験させるべきだと思います。

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