ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

発掘アーカイブ2コミュの【水溜り〜Curiosity killed the cat〜】

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
"Curiosity can do more things than kill a cat"
【好奇心が猫を殺したのだ】

O. Henry"Schools and Schools"より。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こんばんは。

都内でしがないバーテン稼業をしております。
まあ、バーと一口に申し上げましても百の店があれば百様の店があります次第。

本題に入ります前に今宵はちょっと店の紹介でもして見ましょうか。

当店は、東京の下町の小さな住宅街にあります。地下鉄の駅出口から徒歩一分ほど。商店街の一番はずれ。大きな通りから一軒入ったところの古ビルの一階の八坪ほどの小さな店です。

大きな窓のついたアーチ型の木のドアを開けますとローカウンター席が七席。ボックス席が三つ。
天井が四メートルほど。ひどく高い造りです。アーチ状に細かいウッドチップが組んでありましてね。奥にはロフトがありまして上に上がれるようになっております。
バックバーにはハードスピリッツが140アイテムほど。CDかLPでジャズをかけながら、VHSビデオで古い洋画を無音で流す。

スタッフは私マスター。それにアシスタントバーテンダーの里美さん。
ま、街場のどこにでもある、ごくありふれたバーです。

長々と宣伝めいた紹介を失礼しました。
バーという商売はオカルトめいた話の好きなバーマンも多いですし、また普通では考えられないような現象が起きることがあるんです。深夜に人が多く出入りしていろんな話をするわけで、言霊の集積と申しますか、深夜の暗闇に潜む何かといいますか・・・。
里美さんは、非常に霊感が強いのですが、私は実はさっぱりでしてね。お恥ずかしい話ですが。

さて。
その晩は、早足の台風が都内を駆け抜け、北へ去っていった晩。深夜の二時半くらいまでは、ひどく驟のつく雨でしたが、三時過ぎくらいからは、その雨が嘘のように「ぴたっ」とやみまして。

そんな天候ですから、常連の方々の足も当店には向かず、深夜には、ゲストが一人の青年だけとなりました。
何回か足を運んでいただいているお客様でしてね。割合と明るい飲み方で退屈されていないご様子でしたが。

「雨がやみましたねえ。」
その男性がドアの窓に目をやり、ぼそりとつぶやいたのが午前三時近く。
「そうですね。台風も通り過ぎたみたいです。今回の台風はなんだか早足でしたねえ。」
里美さんが相槌をうちます。

「・・・マスター。ここから北側にまっすぐ行った○○橋の下・・・ほら、例の絞殺死体のあったアレ・・・覚えてますか?」
里美さんの表情が、わずかですが曇ります。
ほんの三ヶ月ほど前でしょうか。店の前の道をちょっと南に下りますと大きな川が流れていましてね。それを渡る立派な橋があるんです。ややアーチ状になっていて、橋の中央まで登らないと向こう側は見渡せない。でもって当店とその道の先にある盛り場の隣町の中間地点で街灯の明かりだけがぼんやりともっている、ちょっと寂しげな場所なんです。

そこで通勤帰りの若い女性の絞殺死体が朝方発見されたんです。何か後頭部を殴打された後で絞め殺されたらしく・・・そう。事件のあった晩の天気はちょうど今夜のようにしっぽりと雨が降り、夜半になってあがったようなそんな晩でした。

「あの犯人、まだ捕まってないんですよね。」
「マスター、そうなんですよ。性的な暴行もなかったし、なんせ深夜の路上ですからね。多分、強盗とかじゃないかってもっぱらの評判でしたが・・・。で。出るらしいんですよ。」
くだんの男性が両手をにゅっと前に出しまして。こう胸の前あたりで手の甲を前に出す。
「・・・幽霊・・・。」
「そう。しかもただやみくもに出るわけじゃないんです。こんな夜の晩に。雨が夜中過ぎに上がって夜空にまた月が見え隠れするようないまぐらいの時間。ちょうど彼女の殺された路上の水溜りの水面にね。彼女の血まみれの顔が映るっていうんですよ。」

「もう、やめてください。私、これからあの橋を通って帰んなきゃならないんですよ。」
里美さんが悲鳴に近い抗議を致します。
「ははは。それは申し訳ないことをしましたね。里美さん。もうこの店も看板でしょう。マスター。」
「はい。」
「じゃ、こうしませんか?橋のたもとあたりまで三人で帰りましょうよ。で、里美さんを送り出してからお別れってのはどうです?・・・正直な話ね。」
ほとんど氷水になったグラスをぐいっと呷りまして。
「興味があるんですよ。その話。でも一人でその時間、あの場所に行くのはどうも気が引けましてね。実を申しますと今夜はおふたりをお誘いする気でここに来たんです。僕のためにどうか付き合ってください。」
青年がぺこりと頭を下げます。
「どうにもこうにも。」
私、思わず苦笑いです。
「里美さんをこのまま一人であの橋を渡らすわけにも行かないじゃないですか。そんな話をこんな時間にされちゃ。」

・・・・で結局三人で店を出て、橋のたもとまで彼女をふたりで送っていくことと致しました。実際は、その青年を送り出したら、里美さんと店に戻って後片付けをもう少しして、朝方にでも彼女を帰そうと考えていたんですがね。

 さすがに時刻は午前四時前。人通りはおろか、車の数さえまばらです。夜空を見上げますと、雨上がりのすっきりとした黒々とした夜空に半分に切ったような半月がぽっかりと私たちを照らしております。そして夜道を五分ほど歩きますと。その橋のたもとにたどり着きました。さきほど申し上げましたようにその橋は、ゆるやかなアーチになっていて、中央まで登りきらないと殺害現場のあった場所は見えないんですね。

「・・・やっぱり、やめましょうね。ねっ。ねっ。」
里美さんの顔色がさえません。
「大丈夫ですよ。僕らがついてますから。」
青年が先陣をきって足早に橋を渡ります。すると・・・。

・・・あるんです。橋を降りきり、川を越えた所の道路脇。左側の側道にアスファルトの大きなくぼみがありまして。ご遺族か知り合いの方でしょうか。たむけた花束が供えてあるんです。

「・・・マスター。水たまり。なんか見えますか?」
ここに来てくだんの青年、ちょっと怖気づいたんでしょうか。私にそこに近づくよう、促すんですね。しかし、もうここまで来たら里美さんの手前もありますし、もうどうしようもない。

 水溜りに近づきまして、その黒々とした水面をおそるおそる覗き込んでみたんです。そこには。



・・・ただの水溜りでした。白い街灯の光りにうすぼんやりと照らされているその水面には、雨上がりの黒い夜空が映っているだけです。私はちょっと拍子抜けがしましてね。まあ、当たり前といえばそれまでですが。
「ほら。里美さん。大丈夫だよ。見てごらんよ。なにもない。ただの水溜りさ。」
私の肩越しに里美さんもおそるおそる覗き込みます。ほっとする緊張感のとける気配。そして小さなため息。今回は霊感のある里美さんにも何も見えなかったようです。

その直後です!
「わあああああっ。」
青年が悲鳴をあげまして。いきなり路上にぺたんとしりもちをつきました。
「マスターっ。里美さん。あれっ。あの水溜りに映っているあの女の顔がっ!」
しりもちをつきながら、そのままの姿勢で後ろにずり下がっていく青年。私はあわてて、もう一度、水溜りをのぞいてみました。しかし、そこにあるのは、やはり黒い夜空。そしてぼんやりと私と里美さんの影が映っているばかりです。

「お客さんっ。何も映っていませんよ。大丈夫ですっ。」
私の声が聞こえたのか、聞こえないのか・・・。青年は、おぼつかない足取りでその先の道路へ走り去って行きました。

「里美さん。なんだろね。あれ。」
私が里美さんに振り返りますとね。
「マスター・・・噂はホントだったみたいですよ。そしてもうこの水溜りに彼女はしばらく戻ってこないかも・・・。」

霊感のない私には、走り去っていく青年一人しか見えなかったのですが。里美さんには確かに見えたそうです。

恐怖におおのき、走っていく青年の後ろ一メートルくらいの空中に白いワンピースを着た黒髪の女性がすべるように、浮遊しながら付いていくのを。その首の位置は普通ではありえないくらい左に捻じ曲がっているのも・・・。


・・・これで、このエピソードは終わりです。その後その青年は一度もお店にはいらっしゃいませんので後日談はわかりません。その青年がその絞殺事件と何か関わりがあったのか。もしや犯人ではなかったのか。それは全て憶測にしか過ぎませんが、私も里美さんもそれは無いと思っているんですよ。

ただ、里美さんが帰り際にぽつんと言った一言。それが私は妙に覚えているんですね。

「Curiosity killed the cat・・・。」
「え?何?」
私が問いただしますとね。
「クリオスティ・キル・ザ・キャットっていう古い西洋のことわざです。
直訳すると
『好奇心が猫を殺した』かな?いらぬ好奇心は身を滅ぼすって事です。」

私もせいぜい身をただし、本業に励むことといたしましょう。
ではまた。近々のご来店をお待ち申し上げます。

【水溜り〜Curiosity killed the cat〜了】

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

発掘アーカイブ2 更新情報

発掘アーカイブ2のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング