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【転載】富士山ニニギさんの日記コミュの7月24日はマヤの大晦日。(2011年07月05日13:13up)

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『全体に公開』の記事です。

誰でも読めます。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1746278310&owner_id=20653861をチェック☆

(以下、転載)

<フォト>

7月24日はマヤの大晦日だという。
いよいよマヤの暦の最終年度に突入するわけです。
どういうわけかこの日は日本のテレビのデジタル化の日でもある。
この日で今のテレビ放送は終了するのであります。
私にはこれは日本の終了に思えてなりません。だからデジタルテレビ放送は無い物と考え、受信機器を揃える気はありません。それはこの日がテレビ放送が無くなる日と思ってるからです。今の文明も無くなると考えているからです。

人類は長い文明の中で、新しい技術に改新する場合「互換性」という事を大切に守ってきたのです。互換性とは、古い機器の人でも新しい技術になってもそのまま使えるという事です。これが改新の基本です。
例えばテレビがカラー放送になった時でも古い白黒テレビを見ている人はそのまま白黒テレビが見られたのです。これは重要な意味を持ってます。
もしこの事を無視して古いシステムが使えなくなった場合、その文明は必ず無くなります。

ニニギは今は無き電子機器会社の日本ビクターに勤めておりました。
「文化に貢献。社会に奉仕」の旗印に新技術の開発には必ず「互換性」を持たせなければならない。これが至上命令でした。
そのビクターには「テレビの父」と呼ばれた「故高柳健次郎博士」がおられたのでした。ニニギはこの高柳健次郎博士に憧れ日本ビクターに入社しました。
高柳健次郎博士は、浜松の高専で世界で最初にテレビ画面にいろはの「イ」の字を映し出した方です。これがテレビの始まりでした。テレビは日本人の開発技術です。

私が大学を卒業した時は高柳博士はビクターの副社長でした。
私が日本ビクターの入社試験を受けて、最終の重役面接で、何と高柳副社長が担当だったのでした。私が憧れのご本人にあえた瞬間です。其の時の事は今でもはっきりと覚えてます。
高柳副社長は面接の最初で「あなたは大学で電磁気学を専攻されてましたが、どのような事を研究されていたのですか」こう質問されました。
私は「電磁波の金属近傍で起きる現象を研究して、物質の組成を判断出来るようになりました」この様に答えると、高柳副社長、さすが技術者だけあって後は自分で解説が始まってしまったのでした。
「それはこの様な原理で、ああなって、こうなって」さすがに私もそれにうなずくだけ。他の重役はあっけにとられて、面接終了。
これで一発で入社が決まりました。

高柳博士は日本ビクターのテレビ開発に大きく貢献されて、後に松下電器もテレビを作る事となってその技術は受け継がれていきました。
この事は私のビクター時代の上司「小山氏」によって聞かされました。小山氏は高柳博士と一緒になってテレビを開発し、後に松下電機に行ってテレビの技術指導をされました。

そのテレビが今終わろうとしております。
同時に今の社会も終わるのでしょうか。
NHKテレビでは「終了迄後19日」とカウントダウンが流れてます。
これは日本の終わりのカウントダウンに聴こえるのは私だけでしょうか。
マヤの暦では大晦日です。

互換性の無いテレビ放送等絶対に許されない事なのです。
悲しい出来事です。

「文明の崩壊とは、外部からの力では無く、その内部の力で滅びるものです」
忘れないで下さい。

(転載終わり)

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