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藤井厳喜アカデミーコミュの国民の為の政治学・第11講「地方分権と中央集権の関係とは?」

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今回のテーマは、「中央集権と地方分権」と言う、ある意味ではタイムリーなテーマです。




 2010年の春、平成22年の春、日本ではいくつかの新党が生まれましたが、与野党問わず、「地域主権的道州制論」なる怪しげな主張が幅を利かせています。
この議論が如何にナンセンスなものであるかは、今回の講義を受講してもらえれば、平均的な中学生も十分に納得する事でしょう。

国家をバラバラに解体する思想と政策をもてはやすという事自体が、極めて異常であり、病理的ですらあります。
分断された国家は、容易に外敵によって侵略され、あるいは併呑されてしまう。

地域主権論を唱える政治家達の内実が、実は、売国奴であったとしたら、どうでしょう?

一部の人々は、単に情報操作され、善意からこの地域主権論を主張しているのかもしれません。
 しかし、他の一群の人々は、明らかに意図的に確信的に、日本国を解体する為に地域主権論を主張し、これを現実に実行しようとしています。
多くの国民はまだこの事に気がついていません。
一人でも多くの国民に早く、この事実に目覚めて欲しいと思います。

その為には、一人でも多くの人々にこの第11講を見て頂きたいと強く強く、望んでいます。

コメント(7)

1/7 【国民の為の政治学】第11講 地方分権と中央集権の関係?[H22/522]



 現在、日本で流行している「地域主権的道州制論」は、主権国家を解体する誤まった主張­である。
誤まったという事には2つの意味がある。
第一は、それが国益を損なうという事である。
第二は、そもそも主権というものは、分割できない国家の権力を指しているのであり、「­地域主権」という言葉自体が論理的矛盾である。

 地域主権的道州制論は、要は、日本国を解体する思想であり、一見、新しいファッション­は身にまとってはいるが、本質的には反日左翼的な日本解体論の1バリエーションに過ぎ­ない。
 少なくともこの制度の導入によって、日本国の一体性が損なわれ、国益が大きく傷つく事­は、確かである。
この第1セクションでは、主権という言葉の英語の定義に逆のぼって解説を始めている。
また、近代において、主権と言う概念を生みだしたフランスのボダンの理論についても言­及している。
何故、国家の権力を不可分なものと定義付け、これを主権と呼んだのか?
ボダンが置かれた歴史状況と政治状況から、主権概念の誕生の真実を明らかにした。
2/7 【国民の為の政治学】第11講 地方分権と中央集権の関係?[H22/522]



「主権」という概念は、近代国家の誕生と共に生まれた。
この初めに生まれた近代国家はヨーロッパにおいては、絶対主義王制という形をとった。
何故、絶対主義と言うかと言えば、それ以前の国家の形態が、「封建領主による連合」に­過ぎなかったからである。
国家内に複数の権力が存在していた封建制を廃止し、権力を一元化する事によって、絶対­主義王制は生まれ、これが即ち、近代国家の誕生となったのである。
 封建主義との決別を宣言する為に、近代国家の権威と権力の単一性が強調されたが、それ­を象徴する概念が主権だったのである。
ヨーロッパにおける主権概念誕生のプロセスをこの第2セクションでも、解説している。
それでは、アメリカのような連邦制・フェデレーションはどのように成立しているのであ­ろうか?
アメリカでは、州をステイトと呼んでいる。このステイトには、元来、国家の意味もある­。
アメリカが誕生した時、それは13の独立した州の連合体に過ぎなかった。
もともと独立していた国家が連合して、新しい中央政府の主権を設立するところに、連邦­政府が生まれ、アメリカ合衆国が成立したのである。
合衆国はこの意味からすれば、「合州国」と書くべきであろう。

ところが、アメリカにおいては、地域主権論や、州主権論などという、馬鹿な考えを言い­だす人は一人もいない。
何故なら、独立していた州が、主体的に中央政府を構成する事によって、新しい国家主権­を生みだした、というプロセスをアメリカ人誰もがしっているからである。
それ故に、アメリカ合衆国においては、強い州、強い州自治体と、強い連邦政府が併存し­て矛盾なく存在している。
3/7 【国民の為の政治学】第11講 地方分権と中央集権の関係?[H22/522]



 「地域主権的道州制」論は、形をかえた反天皇制革命論であり、共和制革命論でもある。
この議論によって想定されているそれぞれの道や州は、疑似共和制国家であり、それらの­連合としてしか存在し得ない日本国においては、天皇と国民の間は、これらの疑似的共和­制国家によって、分断される事になる。
つまり、天皇の下に日本国民が一つの国家を形成しているという日本国の形(国体)は決­定的に失われる事になるのである。
ある人々は、地域主権的道州制という言葉を、主権という言葉の定義を忘れて用いている­。
これは主権と言う概念の誤用である。

これに対して、他のより狡猾な一群の人々は、地域主権的道州制というアイデアを、確信­犯的に用いて、日本の国の形を解体しようとしている。
いずれにせよ、私は地域主権的道州制論を唱える政治家を全く信用する事は出来ない。
4/7 【国民の為の政治学】第11講 地方分権と中央集権の関係?[H22/522]



 アメリカ独立革命ののちに、アメリカ人がどのように合衆国の連邦体制を生みだして行っ­たかを、探求する事によって、地方分権と中央集権の意義を新たな角度からとらえ直して­みたい。
独立直後のアメリカでは、中央政府は必要ない、という考え方も極めて強力であった。

 強い中央政府(連邦政府)が存在すれば、いつそれが国民を弾圧する強圧的な政府になら­ないとも限らない。
それ故に、中央政府を創らずに、13の州が緩やかに連携してゆくだけでよい、という意­見にもかなりの説得力があった。

 この時、強い連邦政府、即ち中央政府を作るべきである、と主張したのが通称・フェデラ­リストと呼ばれる人々である。
彼らはニューヨーク市の新聞に、強い連邦政府を作る必要を説いた論文を連載し、世論を­大きく喚起した。
彼らの執筆した政治論文は、全体として「The Federalist Papers」と呼ばれ、アメリカ政治学の古典となっている。

5/7 【国民の為の政治学】第11講 地方分権と中央集権の関係?[H22/522]



  フェデレーション(連邦制)とはどのようなシステムであろうか?
再び、ODEの定義からこの事を、根本的に考えてみたい。
フェデレーションとは、元来、独立した政治的実体が、合意の下に新しい中央政府を生み­だす事である。

 フェデレーションより、緩い概念に「コンフェデレーション」がある。
アメリカの歴史では、このコンフェデレーションという言葉が2回登場する。
初めは、独立後、アメリカ連邦政府が形成されるまでの間、アメリカの国の形はコンフェ­デレーションと呼ばれた。
2回目は南北戦争の時、11の南部諸州をこの名で呼んだのである。

6/7 【国民の為の政治学】第11講 地方分権と中央集権の関係?[H22/522]



 地域主権なるおぞましい概念が、成立し得ない事は既に十分に立証した。
しかし、地方分権という考え方は、正統な概念である。

では、中央集権制と地方分権性のどちらがより優れた政治体制なのであろうか?

 これには、一定の答えは無い。全ては状況次第である。
江戸時代の日本は、封建制度という極めて地方分権的な制度であった。
これを改革して、明治時代には、中央集権的な近代国家を形作った。
大東亜戦争の敗北後も、この中央集権優位の体制は長く継続して来た。
それゆえ、20年ほど前から、日本をもっと地方分権的に改革しようという声が湧きあが­ってきた。
その為、現在では地方分権が中央集権より優れた制度であると考えられがちである。
しかし、現在の日本人は、中央集権制の長所を見過ごして、その短所ばかりを強調してい­るきらいがある。
 中央集権にも良いところは山ほどある。
全国一律の行政サービスを国民に供給する事が出来るのは、中央集権制の最大の長所であ­る。
これに対して、地方分権制では、自治体の財政的独立を認めてしまうと、自治体間に極度­な貧富の差が生じてしまう。
貧しい自治体はいつまでも貧しく、豊かな自治体は益々豊かになる、というような状況に­なってしまう。
日本人はそれで良いのだろうか?

近代国家における、主権という言葉の意味を、中世ヨーロッパで起きた事件を実例として­、より深く考察してみよう。
1077年、神聖ローマ帝国(ドイツ)の皇帝が、ローマ法王に屈辱を受け、全面的に謝­罪するという事件が起きている。
これを通称「カノッサの屈辱」という。
つまり、一国の王様よりも、上位の宗教的権威が存在したのが、封建時代という時代であ­った。
日本でも政治的権威とは、全く独立した宗教的権威が、一種、独立国のように存在してい­たのが、封建時代であった。
日本においては、このような封建制、つまり分権制を廃止し、強い中央集権国家をつくろ­うとしたのが、織田信長であった。
信長は単に他の封建諸侯と戦ったばかりではなく、本願寺や一向一揆といった、宗教勢力­とも闘い、宗教団体が1国家内において治外法権的な権力をもつ事を禁止しようとしたの­である。
信長こそは、明治維新の先駆者であった。
7/7 【国民の為の政治学】第11講 地方分権と中央集権の関係?[H22/522]



このセクションが、第11講のまとめである。

主権と言うのは、国家を支配する至高の権威と定義づけられている。
という事は、主権の上位に存在する権威は存在しないという事になる。
これは、国家相互の間にも当てはまる関係である。
つまり、主権国家同士はお互いに平等の存在なのであって、主権国家を上位から統治する­権威は存在しえないのである。
国家同士は、原理的に平等の存在として戦争をし、和平を講ずる資格がある。
つまり、戦争もまた国家に与えられた機能の1つなのである。
国家同士は平等であるがゆえに、戦争の善悪を論ずる事は原則的に出来ないのである。
各国家にとっては、国益の伸長こそが善である。
A国にとっては善である事が、敵対国のB国にとっては即ち、悪である。
それ故に、国際政治においては、絶対的な善悪は存在しないと考えるのが常識になってい­る。

以上のように主権概念からは、論理的に、国際政治の価値相対主義が導き出されてくる。
このような国際政治の現実においては、国家間には絶対的平和という事はあり得ず、総体­的な秩序の安定こそがかろうじて望ましい目標となる。
この総体的な安定秩序をもたらす唯一の方法は、勢力均衡(バランス・オブ・パワー)で­ある。
力という現実の総体的な均衡によってのみ、安定的な国際秩序は維持される事が出来るの­である。
これもまた、「主権は至高の権威である」というテーゼから論理的にかつ必然的に導き出­されてくる結論である。

日本においては、現在の国家体制が、国民主権なのか、天皇主権なのか、という議論が存­在する。
結論から言えば、日本は伝統的に、天皇主権であり、かつ国民主権なのである。
今日の民主国家体制においては、この事は一層、明白である。
つまり、天皇主権なのか、国民主権なのかという2者択一の問いは全く意味をなさないの­である。
天皇主権といっても、その天皇とは、歴史的に形成されて来た日本民族全体の象徴である­。
天皇の主権は、歴史的有機体としての国民全体に帰属する主権でもある。
国民主権と言っても、その国民の歴史的統合の象徴が天皇である。
国民の主権を、国民の象徴として、またその代表者として保持する存在が天皇である。
天皇とは、歴史的に形成されて来た有機体としての日本国民全体の統合の象徴であるのだ­から、日本においては、「天皇主権」とは即ち「国民主権」の事なのである。

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