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宇宙の外ってどうなってるの?コミュの観測できない宇宙の外と量子力学の観測問題

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ミクロな素粒子は、ここに存在する可能性が何%で、そこに存在する可能性が何%で、あそこに存在する可能性が何%で、というふうに、全空間にわたって波のように広がっていて、観測された時点で、波は速度無限大で一点に収縮して点粒子になる、という考え方を、ボーアのコペンハーゲン解釈と言います。

光速度を超えれば観測できない宇宙の外へと疎外されてしまうために、観測できる宇宙の内のすべての者は光速度以内という制限速度内を守って動いている、とする、相対性理論に従えば、波動の粒子化は、観測できない宇宙の外へと疎外されることを意味するので、素粒子が観測されてミクロな違いがマクロな違いに発展した時点で、ここに存在する可能性が実現した宇宙も、そこに存在する可能性が実現した宇宙も、あそこに存在する可能性が実現した宇宙も、みんなお互いに相手を観測できない並行宇宙同士になる、というふうに、一つに重ね合わせられていた多くの世界が分岐する、という考え方を、ドイチュの多世界解釈と言います。

無生物と違って、生物には、分岐の時点で多くの世界の内のどの一つに行くかを選び取れる自由度がある、とする、ボームの隠れた変数理論における、変数の変域の内のどの定数でも選び取れる任意性のことを、自由意志と言います。

生きんとする意志が潜在している段階のことを、無生物と言い、心が意志通りに体を動かすことができるというふうに潜在能力が顕在化している段階のことを、生物と言うわけです。

脳以前である最初からすべての物に心という意志は存在していて、だけどそれは無生物においては潜在意識的段階で、それが生物という段階に至って初めて顕在意識化された、という考え方が、中込照明の唯心論物理学です。

このように、観測問題への解決案として提出された、それぞれの解釈は、それぞれ真理の一面を突いていて、それらが考え合わせられてこそ、全面的真理になります。

ここでは、多様な解釈の内の幾つかを挙げて、先鞭を付けておきました。

ほかにも、どんどん挙げていって、多面的真理を全面的真理に近付けていくために、ご活用頂ければ、と思い、トピを立てさせて頂きました。

コメント(14)

宇宙は絶対無0と絶対有1で成り立っている!(一応2元論!)

その間に広がるのが我々の空間!

ゆえに宇宙の外は絶対無0の世界!

しかし1と0はつながっている!【ウロボロス蛇】

そこは1と0で成り立っている世界!
【超スーパーコンピューター、すべてはレコードされている】

人間もそれに極力近づけようと顕現物質を駆使して努力しているが!

こんなところかな!ウインク
>>[1]
無というエネルギープラスマイナスゼロから宇宙の存在は生まれて来たというビッグバンセオリーが定説となっていますね。
運動する物質がプラスエネルギーを持っているのに対して膨張する空間がマイナスエネルギーを持っているために、宇宙のエネルギーはエネルギー保存則に従って合計としてプラスマイナスゼロのままに保たれているのだそうです。
マクロの宇宙だけでなくミクロの素粒子の世界でもやはり、何もない真空から電気的にプラスの粒子と電気的にマイナスの反粒子が対生成します。
このように、数理科学では、存在とは、無というプラスマイナスゼロからのプラスの存在とマイナスの存在への分化のことを、言います。
脳損傷患者においては、心の未分化への退行が引き起こっていて、たとえば色という感覚的性質ならば、損傷の程度が甚だしくなるのに応じて、まず七色から四色へ、ついで白黒二色へ、しかるのち灰一色へ、脱分化します。
人間死んだら無に帰すると言われる場合は、ちょうど灰の内に白も黒も内蔵されているのと同じように、無という言葉は存在が内在しているような無のことを指し示して言っているのだから、脳以前である最初からすべての物に心は潜在しているのだとも言えるわけです。
だから、人間が生きているというのは、心の存在が顕在化している段階のことを、言います。
無から対生成した粒子と反粒子が電気的な引力を及ぼし合うために引かれ合って無へと対消滅するのと同じように、人間も生まれ変わり死に変わりを繰り返しながら今を生きているのかもしれませんね。
>>[2]

「カバラ」の中で絶対無0は「空」でないとされています。

人間は神の分身だともいわれますが、人間の誕生と、宇宙の誕生は関係あるかもしれません。

卵子はそのままでは何の変化も起こしません。
ではその存在が「空」であるかといえば、いろいろな可能性を秘めて存在します。

そこへ、一点の発火(素粒子の激突)が起こったと同時に、何の変化も起こさなかった卵子が形態、容姿を変え進化を始めます。

進化している空間と、成長している人間は同じ原理で、これがビッグバン現象ではないかと思います。ウインク

>>[3]
宇宙というマクロコスモスの縮図が生命というミクロコスモスなのかもしれませんね。
宇宙空間は138億年前にインフレーションという加速膨張期から開始して減速膨張期に転じた時点をビッグバンと呼ぶのだとするインフレーション理論が定説になっているわけですけど、宇宙が加速膨張を再開した100億年後と地球上に生命が誕生した38億年前が一致するのは偶然ではないのではないか、と僕は考えています。
>>[4]

地球に生命が誕生したのは38億年前ですか?科学的分析があるのでしょうね!

ただ、宇宙が始まってから138億年という説は、私は疑問視しています。
最近まで137億年でした。でも、つい最近138億年前の星の光を探知したということで138億年ということになったようですね!

確かに、科学者は目に見えるもので観測した、証拠を発見したのでので138億年といっているわけですが、観測技術によりどんどん年代はさかのぼるわけで、、、、

私からすれば、じゃあその星が誕生して生成され、光を放つまでの時間は?

つまり、それは推測でしか言えないが、”宇宙の始まりはほぼ永遠に昔のことである”のほうが近いのではないかと、思うわけです。ウインク
>>[5]
確かに、宇宙空間の膨張速度は超光速だと言われてます。
超光速で遠ざかっているために地平線の向こうに隠れていて見えなくても宇宙の外は宇宙と地続きな曲面を成すことに変わりはなく、観測可能な範囲内の宇宙に限って始まりを論じるならば138億年前と特定できるにせよ、範囲内の空間と連続している範囲外の空間は、もっと昔から、千代に八千代に、非常にしつこく、存在し続けていたのかもしれません。
>>[6]

>人間死んだら無に帰すると言われる場合は、ちょうど灰の内に白も黒も

我々の住んでいいる宇宙空間【3次元】+時間の外は0と1の超スーパーコンピューターの世界といいました。
つまりフラッシュメモリーかフロッピーで白0と黒1の2元で成り立っているものだと考えればいかがでしょう!
で、我々の住んでる空間はそこから情報がモニターに映し出された、投影された世界と考えればいかがでしょう!
そのフラッシュメモリーはすべてのものを記憶し、秩序立てて投影する能力を持っている。

「神は自分自身を見んがために、自身に1点を打ち込んで、鏡を作り、そこに自信を投影させた」カバラより!ウインク
>>[7]
二乗すると-1になる虚数という概念を我々は高校数学で習いましたけど、これは何の役に立つのか、何に使うのか、と誰しもが疑問に思うわけですけど、実は大学の物理学科へ行けば虚数√-1が理論の根幹を成す概念として至る所で不可欠であることが分かるのです。
ホーキングは宇宙が始まった当初は時間が虚数だったという宇宙論を提唱して有名になったわけですけど、実はホーキングの言う虚数時間というのは、アインシュタインの相対論で時間が虚数になっているのに対して、それにもう一回虚数を掛けることによって時間を空間と同じ実数に戻して時空を等値にするものです。
つまり、ホーキングは宇宙の始まりは実数時間で直後にそれが虚数時間に切り替わったということを主張しているわけです。
もちろん虚数は目に見えない概念です。
このように、現代物理学というのは、数学的にのみ辻褄が合う計算処理だけができて目に見える如何なる物理学的描像も描くことができないような世界像です。
相対論だけではありません。
量子論においては、電子や陽子をはじめとする素粒子のスピンというのは、一回転すれば正負の符号が反転して二回転目でもう一回正負の符号が反転して元に戻るような自転のことを意味するものです。
つまり一回転が-1を掛けることを意味して二回転目でもう一回-1を掛けることによって1という元に戻るということです。
それを数学的に辻褄が合うように計算処理できるためには、半回転が虚数√-1を掛けることを意味するのでなければなりません。
もう一回半回転すれば√-1に√-1を掛けることになって-1になって一回転したことになります。
このように目に見えないために数字上のものにすぎないと思われていた虚数という概念が現代物理学の基礎理論において不可欠なので、ハイゼンベルクやペンローズらは、目に見える物というのは見せ掛けにすぎなくて、物という見せ掛けを突き破ったその奥にある数のイデアこそが真実在なのだと説いた、プラトンのイデア論を、信じている、と表明しています。
現代物理学というのは、見掛け上だけは物で出来ているかのように見える世界の向こうにある数についての議論になっています。
世界を表面的にのみ見たときはそれが物であるかのように見える。
近代物理学と違い、現代物理学は、目に見える物の背後にある目に見えない数についての議論になっています。
ちなみに、プラトンのイデア論というのは、現実世界の背後に理想世界として、イデア界という霊界があって、霊が受肉した結果として、現実世界が存在せしめられた、とする説です。
>>[8]
>二乗すると-1になる虚数という概念を我々は高校数学で習いましたけど、これは何の役に立つのか、

難しい話になってきましたね!そんなの高校で習いましたっけ?物理は避けておりましたので、、

>目に見える物というのは見せ掛けにすぎなくて、物という見せ掛けを突き破ったその奥にある数のイデアこそが真実在なのだと説いた、プラトンのイデア論を、

古代の超感覚者の宇宙論がヒントになって、現代科学がそれを証明していっているという風にも感じるのですが、、
例えば、ビッグバン理論も、旧約聖書の「光あれ!」から始まった、、、からのヒントではないかと、、

>ちなみに、プラトンのイデア論というのは、現実世界の背後に理想世界として、イデア界という霊界があって、霊が受肉した結果として、現実世界が存在せしめられた、とする説です

イデアを訳すると一番適切な言葉は何でしょうか?私は、観念とか思っているのですが、念、霊、あるけど不可視な世界、、、

当然そこには現実の世界と、霊による輪廻転生の世界の相互関が解かなければなりませんね!

あまり難しい言葉を避けてわかりやすい説明でお願いしますね!

話は違いますが、松ぼっくり は高松出身ですか?
私も高松出身なんですけど、、ウインク
>>[9]

>イデアを訳すると一番適切な言葉は何でしょうか?私は、観念とか思っているのですが、念、霊、あるけど不可視な世界、、、

はい、どれも正しいです。
イデアというのは英語で言えばアイデアのことで日本語では観念とか概念とかと訳されます。
自動販売機がすべての百円玉を百円玉と概括的に捉えることをパターン認識と言いますけど、パターン認識のパターンに該当する概念のことをプラトンはイデアと言ってて、単細胞生物アメーバがすべての餌を餌と概括して捉えて同じ反応を示すことやすべての毒を毒と概括して捉えて同じ反応を示すことができるように、知的生命体にとってパターン認識は極めて容易であるのに対して、人工生命にとってパターン認識は極めて難しい、と言われてます。
あるいは、人間が街中で偶然出くわした知り合いの顔を見分けることができるのも、パターン認識の能力を行使してるからです。
このような、パターン認識の可能性の根拠として、人間は頭の中にあるイデアを参照してるからこそ、ちょっとづつ違う具体的個物たちを同じ抽象的概念で一括りにできるのだとプラトンは説いたわけです。
純粋な二次元の平面に幅のない線で書かれた三角形にお目に掛かったことがある人は一人もいなくても、黒板にチョークで書かれた三角形の似姿を似姿として教室内の皆が識別できるのは、現実の三角形の似姿を頭の中にだけ存在する理想的な三角形と照合させてるからだというわけです。

>私も高松出身なんですけど、、

高松赤十字病院で生まれたのです。
母が高松出身で高松高校卒だから、高松にはいろいろゆかりがあります。
>>[11]

お母さんと私が同じ高校ですね!
松ぼっくりさん のお年がわからないので何とも言えないが、お母さんと私が同級生ぐらいかな?ウインク
>>[10]

>スピンに対する物理的な描像を、「1回転」と考えるのは良く分かりません。

スピンは数学的にはスピノルで記述されるもので二回転して初めて元に戻るものとされます。
二回転とは360度回転が二回ということで合計720度回転のことです。

>私のイメージでは、スピンはあくまで素粒子の連続的回転の方向とその角運動量であって。
>
>+と−はスピンの量子化された方向を表す符号に過ぎず、量子化されていない、例えば外部磁場が無い状態ではスピンの方向も任意の方向を取ります。

観測されない間は、たとえば上向きスピンしてる可能性と下向きスピンしてる可能性が50%づつならば、状態の重ね合わせによって、横向きスピンになりますね。
観測された瞬間に、不確定だったスピンの状態が確定して、上向きか下向きかいずれかの可能性が100%になりますね。
上向きが時計回りで、下向きが反時計回りで、いずれにせよ、スピンとは回ることだ、と僕は理解してるのですけど、もしかしたらどこかに誤解がありましたか。

>虚数は、演算子状態での値じゃないですか?
>固有値(現実の物理量)として、スピンが虚数を取るのでしょうか?

パウリのスピン行列の成分に虚数があることを言ってますか。
手許の教科書を調べたところ、観測されない間の不確定な物理量を演算子で表して、観測された瞬間の確定した物理量を固有値と呼ぶ、とありました。

>私の理解では、物理学における虚数の扱いは、あくまで計算上の道具であって物性分野で虚数自体に物理的な意味を含むことはほとんど無いと思います。

量子論において虚数はスピンの記述のために限られるものではありません。
シュレディンガー方程式の解である波動関数は複素数平面の単位円上の等速円運動ですね。
これらに使われる虚数は「物理的な意味」を含まない「計算上の道具」なのだと僕も考えるのです。
「計算上の道具」である虚数にどういう「物理的な意味」があるかを考察して、その結果として、どういう「物理的な意味」もない、つまり、どういう「目に見える物理的な描像」を描くことも不可能である、と僕は結論付けたのです。
言い換えれば、数学的にのみ辻褄が合った計算処理だけが可能である。
であるとすれば、見解の一致を見てるのではないですか。
>>[12]
母とは30才違いです。
幼い頃に宇高連絡船に乗って食べた讃岐うどんが絶妙に美味しかったのが懐かしい思い出です。

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