さて、本作では、『生きねば』というテーマが、全編を貫いて描かれていました。
作中に登場する「風立ちぬ、いざ生きめやも」という有名な詩句は、ポール・ヴァレリーの詩『海辺の墓地』の一節“Le vent se leve, il faut tenter de vivre”を、原作者である堀辰雄が訳したものです。「生きようか、いやそんなことはない」の意ですが、「いざ」は、「さあ」という意の強い語感で「め」に係り、「生きようじゃないか」という意が同時に含まれています。
ヴァレリーの詩の直訳である「生きることを試みなければならない」という意志的なものと、その後に襲ってくる不安な状況を予覚したものが一体となっています。
また、過去から吹いてきた風が今ここに到達し起きたという時間的・空間的広がりを表し、生きようとする覚悟と不安がうまれた瞬間をとらえているのです。
宮崎監督と鈴木プロデューサーは、「いざ生きめやも」という言葉をもっと分かりやすく言い換える言葉を探して、キャッチフレーズの『生きねば』という言葉に行き着きいたそうです。その思いが劇中の二郎と菜穂子に投影されて、命を縮めてでも療養生活を放棄して結婚を強行。たとえ短くともふたりで幸せに過ごせる時間を共にする選択に向かわせたのだと思います。
菜穂子のモデルは、原作の作中の「私」の婚約者・節子であり、さらにそのモデルは、堀辰雄と1934年に婚約。翌年に12月に死去した矢野綾子という現実に存在した女性でした。本作の純愛に胸打たれるのは、宮崎監督の頭で考えたフィクションでなく、実際に堀辰雄が抱いた愛する伴侶への愛と悲しみが色濃く織り込まれているからです。本作からも、僅か1年余の結婚生活で堀辰雄が抱いた『生きねば』という切ない思いがよく伝わってきました。
愛する人ととの死別が近いことが分かっていても、決して怯むことなく飛行機設計に立ち向かっていった二郎の生き様に、『風』を感じました。人の出会いはまるで風のごとく吹き抜けて、立ち止まることはないのですね。