ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

マイ・シーサーコミュのシーサー豆知識!

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
獅子像とは…古来オリエントからシルクロードを渡り中国を経て、琉球・日本へ伝わったと言われております。
シーサーの豆知識をアップしていくコミュニティーです。シーサーについて知ってる事を書いていきましょー

コメント(6)

早速ですが!笑

なぜ、沖縄では獅子がシーサーというものになったかというと、中国から獅子が伝わった時に「獅子」がなまって「シーシー」となって、シーサーになったんではないかと言われています。
また、中国など日本でもそうですが、獅子は一対でおかなければならないというものがありますが、シーサーはそうではなく、必ずしも一対でなくても一体でいいものとされています。
有名な話でシーサーが初めて琉球に伝わったのが、八重瀬町東風平富盛にあります石獅子だと言われています。当時、東風平富盛にある八重瀬岳はヒーザン[火の山]と恐れられており、山火事が絶えなかったらしく、中国より風水師を招き入れ「ヒーザンの方角に獅子の像を置くと山火事はなくなるでしょう」と言われ山火事はなくなったとされております。今も尚、当時と同じくヒーザンの方角を見つめているんですね!
お時間ある方は足を運んで実際見学するか、インターネットでご覧ください。
こうして、沖縄に一体の石獅子入ってきたんですね!それから、シーサーの歴史が始まります。
また後ほど…
http://taiken-jp.net/shop/seesaa/post-1.html
手前味噌ですがこちらも参考にどうそ。
> 武山"GT-R=よしてつさん
どうも、はじめまして早速書き込み等ありがとうございます!
すごく正確で詳しいですね!
勉強になる面多々ありました!
前回説明しました、八重瀬町富盛の大石彫獅子!ですが、沖縄県内にはそれから各村に石獅子が流行り始めるんですが、富盛の石獅子の彫刻は当時の技術ではすごく細かい彫刻になっていたんです。技術を持った者は数少ないので、ある村では山にある自然石を見て獅子っぽい物を村獅子にしたりと今も尚現役の村獅子を見ると、現在ある沖縄の漆喰、陶器、樹脂などの獅子像と比べると原形はほとんど残ってはいません。
それから現在、一体のものから対で置くものだと、お土産品店や沖縄県民すらそうとらえるようになってきていますが、なぜ一体から対になったのか?
なぜ雄・雌なのか?
など、シーサーには色んな節がありますが、私が知っている限りの話だと、一体から対になった理由は当時まだ琉球國の頃、一般庶民は茅葺き屋根の家がほとんどでした。
赤瓦屋根が庶民にゆるされるようになったのが17世紀頃だと言われています。瓦は現代とは違い一枚一枚焼き上げる手の込んだものでした。瓦屋根を見てわかりますが、間のつなぎ止めている白い部分が漆喰になっております。沖縄は現在でも毎年台風が訪問する地域の為、瓦はしっかりとめるのが主流になっていたんですね。屋根を漆喰でふきおわった最後に余った漆喰と余った瓦で、屋根左官[ムチゼーク]頭領のみが屋根の上にシーサーを作る事ができました。この家の新築祝いをかね、家族の健康などを願い作りのせたといわれています。また、先程も説明しました、沖縄は台風がよくくるので現実に台風がきても瓦もシーサーも飛ばされないなんともない家は腕の良いムチゼークだといわれ、家を建てる際はシーサーを見て決める人もいたと言われています。なので、漆喰シーサーは看板の役割もはたしていたんですね!ちなみに「ムチ」とは漆喰の事で、ムチムチしていて白くて餅みたいだからムチと言われています。なので、今現在残っている赤瓦屋根は腕の良いム
チゼークだったんですね!長くなりましたが…笑。昔、沖縄の家は門がなかったので、何年か経ち門ができるようになり、それから門の上に対で置くようになったから対になっていったと言われています。
[簡単ですんません]
後、雄・雌の話なんですが、戦後の沖縄でアメリカ人がお土産で沖縄県産品、シーサーを買っていくのが流行していました。また、当時70年代のアメリカは一番アットホームな環境だったので、まず一匹売りのシーサーを売っていると、「なぜ、もう片方ワイフはいないの?」と対で欲しがるようになり、お土産屋は対で売り出しました。
また、阿・吽の説明がアメリカ人には難しいと思い、単純に雄・雌といって売りやすいように考え出された商売人の知恵から雄・雌にされたと言われてもいます。長くなりましたので、今日はこの辺で…
こんばんは!
私が知っている漆喰シーサーの鬣[たてがみ]の豆知識を話したいと思います。
昔、琉球に獅子というものが伝わってきた頃、沖縄ではもちろんながら獅子=ライオンという動物は生息していないので、獅子というものも、ましてや獅子の鬣など知るよしもなかったんですね!今回沖縄の人達の可愛らしくて面白い話なんですが、あのライオンの鬣をムチゼークの職人達はそのまま「鬣」を「縦の髪」と解釈してしまい、当時の屋根の上にのっているシーサーはストレートヘアーが多かったそうです!
これは、実際屋根で活躍していた漆喰シーサーで現在は展示されています。
沖縄シーサー作りの第一人者、名工「島常賀(シマジョウガ)」の座右の銘は「シキンノーイイ(世間は手上)」であった。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

マイ・シーサー 更新情報

マイ・シーサーのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング