ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

新庄まつりコミュの心に残る一台

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 僭越ながらトピックを立てさせて頂きます。

タイトルの通り、皆様の心に残る一台を御紹介頂ければと
思います。 その一台にまつわるエピソードなども宜しければ
お聞かせください。 

コメント(26)

■「子供が見たら泣くヤタイ」

 ・・・・・・一目見て愕然としました。
今年の大正町は圧倒的ですね。 久しぶりの「子供が見たら
泣くヤタイ」だったのではないでしょうか。 写真は三日目
の夜に小屋の前にお邪魔して撮りました。

 しかしこの女郎蜘蛛の造型がタマランのであります。
滅茶苦茶ハイセンスです。 何か参考にされた資料など
があったのでしょうか。 ・・・・・・・選ばれず残念〜。


画像左:大正町若連 「女郎蜘蛛」
画像中:上金沢若連 「藤原おとめの大ダコ退治」
画像右:中山 常盤町若連 「岩見 重太郎ヒヒ退治」


 中、右の二台は共に昭和49年(1973年)に出されたヤタイ
です。 当時私は4歳位だったんですが、この二台は物凄く
怖かったのを憶えています。 ヒヒ退治などは未だに兄弟
で語り草ですよ。 

 今のヤタイは凄く綺麗なんですが、昔のヤタイには
何と言いましょうか「遠慮の無い生々しさ」の様な迫力を
感じます。 タコのギラギラ感が何とも怖いです。
ヒヒもタコも敵意をむき出しにして今にも動き出しそうです。 

■若葉町の最終日

 数年前の事になるのですが、祭り終了の三日目、お気に入り
の各町内の小屋を回って写真を撮らせてもらっていた時、若葉
町の小屋の前にカメラを持って立っていたら、丁度町会の若連
の方が来て「写真ですか?電気点けましょうか」と快く小屋の
電源を入れてくれた事がありました。 天気が余りよくなく、
曇って小屋の中も暗めだったのです。
 

小屋の電気が点いた瞬間、ヤタイの電飾も一斉に点火。
「目の前のヤタイは今だけ俺の貸切り」と何ともいえない
快感が。 有難う若葉町〜!

 そんなこんなで写真を撮っていたら近所のおばあちゃんが
小屋にヤタイを見にやって来た。
前述した若連(多分その時の親方)はおばあちゃんに「すまね
え、今年も賞さ入らんねっけやぁ」とすまなそうに侘びを入れ
ていた。

 ばあちゃんは「こんだげ綺麗なヤダイだものぉ、そんだげで
 充分だぁ」と優しく笑っていた。  

・・・・ばあちゃんの優しさに写真を撮りながら
    心の中で泣きました。


 それから、若葉町には入賞して欲しいと個人的に毎年思う様
になりました。 元々「スーパーヤマトタケル」以来、若葉町
のファンだったんですが、この一件で拍車が掛かりました。
勿論実際に入賞を果たした町内に異を唱えるつもりは毛頭ない
のですが、個人的にどしても贔屓してしまいます(^^;

 画像は今年の若葉町です。  お見事な美しさです。


・・・一人で連投すいません(^^;
ありがとうございます〜+.゚(。´∀`)ノ゚+.゚
毎年若葉町でがんばってる若連です☆
今年は3位だったみたいで残念でした。。
来年こそはっ!!!指でOK
縦画像ですみません。

今年も全ての山車が輝いておりました☆

年々、素晴らしい造りになってきてますね!

自分的には、上金沢町若連の【鳴神】が良かったです!

野川氏の息子が作った(鳴神上人)が素晴らしい!

荒々しさ、怒り狂った様子が伝わってきました。

今後も四代目には期待です♪
 ご投稿&レス有難うございますー。

>みかっぺさん
 うわ、若葉町の方からお返事いただけるとは光栄です。
三位でしたか、惜しかったですね〜! 来年こそ!
応援しておりますー(^^

 で、自分で撮っておきながら今更ながらに気が付いたん
ですが、写真には遊びに来た沖の町の子若が写っていますね。
女の子は観音像が見える位置で。 男の子は竜に興味津々の
御様子。 何とも微笑ましいです。

 ・・・それにしても今回のヤタイは観音像に後光を強める
ため、敢えて桜は中央の一本のみに絞ったのでしょうか?
素晴らしいセンスですね。


>ma-bou@benz.jpさん
 人形は元より山車の一年展示に御協力頂けるなど野川氏の
功績は計り知れないですね。

 鳴神は猛々しさが見せ所の豪快な名場面ですね。
山車を大きく見せるため台を下げたのでしょうか。
迫力が増して見応えも充分ですね(^^


 ところで上金沢といいますと画像を一枚追加で。
非常に意欲的な造りの「里見八犬伝」です。 うーん、
風にたなびく垂れ幕すらかっこいい(笑 

確か2002年のお祭りだったと思いますが、三日目駅前展示が
初めて行われた年です。

 奥に小さくてごめんなさい。
馬喰町「船弁慶」ですね。 一面波で埋め尽くされた圧巻の
一台でした。 山車は豪快な波も見所のひとつです。

 ・・・と、思ったら写真が出てきましたので追加(笑 
>アキさん
 おお、若葉町意気高し!

 写真は宵祭りの運行中の綱の位置からですね。
実際に引っ張っている人にしか撮れない角度、素晴らしい。
この時は流石に停止中・・ですよね? もし運行中でしたら
危険ですので何卒ご自重くださいませ。

 しかし夜のヤタイは綺麗ですよね〜♪

>新庄に居ない
 実は私も普段は埼玉です。
お祭りの時だけガッポリ働かず(笑)実家に帰省しています。
一日だけですがハッピも貸して頂いてお祭り参加していました。
二日目、お世話になっている町内の運行終了時の打ち上げで
畏れ多くも乾杯の音頭を仰せつかった事があり・・・

「盆正月は帰りませんがお祭りには這ってでも来ます!」

とぶち上げたら一同に大爆笑されました(^^; 


 
 で、改めまして公式HP↓を見ましたら・・・
http://www.sjcci.or.jp/iinkai/maturi_top.htm

 どわーッ 大正町と若葉町一点差で競ってたんですね。
選ばれた上茶屋町も広がりのある素晴らしい造り込みですね。
三台とも趣向の違うヤタイで「どれが一番」とは選べません
ね。 いっそ三台全部展示して欲しいものです。
■「風流ということ」

「風流」という言葉を考えた時に、文字通り「風が流れる」
様な涼やかさを湛えたさまなのではないかと個人的には
思っています。 そこに日本の伝統美や様式美、あるいは
自然本来の美しさが、決して過度にではなく含まれた複雑な
形容詞なのではないかと。


画像:横丁 下万場町若連 「石橋」(昭和62年 1987年


 落ち着きのある非常に美しい一台だと思います。
見ていると何だか穏やかで優しい気分になれる様な、今で
いう「癒し」のヤタイでしょうか。

 時間を忘れて見入ってしまった一台です。

 すっかり遅くなってしまいましたが、お祭りに参加された皆様、運行に携わった
すべての皆様おつかれさまでした。 今年も新庄祭りを存分に堪能させて
頂きました;∀;有難う新庄まつり! これで私はまた一年闘えます。

 さて本年もチョコチョコネタを拾ってきましたので書き留めてゆきたいと思います。


■まさかの陸橋越え

 以前一日目の祭り開始早々から、市街の北側に住んでいらっしゃる方なら
誰でも知っているであろう

「常盤町の陸橋」

を越えていくアホみたいにテンションの高い町内がありました。
現在横丁、下万場町と合併して山車を運行されております上万場町若連さんです。

常盤町の陸橋は、陸羽西線などの線路を越えてバイパスに連結する昔からの
交通の要所で、東本町の踏切が拡大整備されるまで、新庄北側の自動車の出入り
を一手に担っておりました。長さは200M程で、高さは一番高い頂点で二階建ての
家屋を軽く超えます。

そしてその勇猛果敢な陸橋アタックはいつしか「新庄まつりの中でも一番台車が
デカいクラス」の常仲若連さんに受け継がれていったのです。

 あの急勾配を上り、且つ上りよりキツい下りもクリアせねばならない事を
考えると全身から冷や汗が出るほど恐ろしいですが、物凄い体力だと思います。
自身の体験としては上茶屋町の踏切越えがありますが、あそこでさえ下りに
掛かる山車の重量を抑えるのが一苦労でした(駅ローターリ下りバス停左折も
キツいですが、上茶屋町辺りは運行の進行的に体力の限界に近いのです;∀;


 さてお祭り二日目も無事全車を見送った午後4時過ぎくらいだったでしょうか。
ふと足りなかったものを思い出し、何となしに自転車で国道沿いにあるヨーク
ベニマルまで買い物にいきました。
買い物を終え、停めていた自転車に乗って帰ろうとしたその矢先、すぐ近くから
お囃子が聞こえてきます。

「・・・? 何で陸橋越えたコッチでお囃子聞こえるの?」と慌てて陸橋側の
出口から覗いてみると・・・なんと常仲町の山車がすぐそこを通っていくでは
ありませんか!「この終盤で陸橋超えてきたわけ?!」ととにかく度肝を
抜かれたんですが、祭りの名残を惜しむように見送ったあと帰宅。

 考えてみれば「越えてきたということは、帰る時もう一回陸橋を越えねば
ならない」訳で、「まさかなあ・・もしかして俺が知らない陸橋以外の渡道が
あるのかなあ」などと考えておりましたら、同じく買い物から帰ってきた姉から
驚くべき証言を聞きました。

「常仲町が陸橋超えてコッチに戻ってきたwww」

 確かに二日目の終盤は花貰いをしていた若連も戻って引っ張りに参加するし、
夕方になり気温も優しくなりますが・・・まさか終盤で二度の陸橋越えとは・・
今まで一日目の出発直後にしか超えていないものだと思っていましたが、連日
越えていたんですね。

「陸橋の向こうに住んでる人たちに、せめて俺達だけでも山車を見せにいこう」

という心意気から始まったと記憶しております上万場町若連の常盤町陸橋越え。
今も尚それは常仲町に受け継がれ、陸橋を越えた先に住んでいらっしゃる方々に
美しい山車とお囃子、元気な子供の声を届けているわけであります。

 ただただ頭が下がります。 お見事です。



ちなみに東本町さんもお祭り開始早々に踏切を超えて東天町の方を運行して
おられました。 踏み切り越えは電車の時刻表の確認など安全管理に細心の
注意が必要ですね。 まっことお疲れ様であります^−^ 


■画像:一日目の出発直後、下万場町との境目でUターンする在りし日の
    上万場町若連。この後恒例の常盤町陸橋越えを敢行していました。


■http://www3.ic-net.or.jp/~emuni/2011maturi/01_tokinaka.htm
    本年の常仲若連さん。 お疲れ様です^−^


『心に残る一台』

挙げれば、キリないですが…(≧▽≦)

☆昭和63年
上万場町若連
風流『文福茶釜』

小1の頃でしたが、愛くるしい狸と、確か人力で!? 左右に動く細工をしており、印象的な山車の一つです!!

昨年、横町・下万場町若連さんと合併してしまいましたが、上万場町若連さんは、かわいい動物を乗せて、ちびっこ達が喜びそうな山車造りをよく、されてましたよねぇ〜
■ゆっぺさん
 こんばんわ、書き込みありがとうございます^−^
若葉町の「風神雷神」といえば、恐らくは今でも多くの方の記憶に残っているで
あろう近年を代表する傑作ですね。 実は私自身はその年のお祭りには帰省して
おりませんで、後になって「直に見たかった・・・」とただ涙した一台でした。

 その次の年でしたか、ハッピを着て参加していた時、偶然運行途中のお店の
軒先に、丁度その風神雷神がレイアウトされたポスターが貼ってありまして。
ついぞ話題が風神雷神になったんですが、若連のオッチャン(笑)も「ありゃあ
凄かった。誰も文句がつけられない迫力満点の傑作」とべた褒めしていたのを
思い出します。

 意外とお祭り運行中は余り他町内さんの山車の話題は出ないものですが、
 この時ばかりは例外でした。

ググって見たのですが、そのものズバリの画像はありませんで、後年になって
ポスターのデザインに使用された画像のみ見つかりましたのでぺたり。



■SSKさん
 こんばんわ、書き込みありがとうございます^−^
前件風神雷神とはガラっと変わってコチラはある意味「異色の一台」ですね。
当時上万場町若連さんの分福茶釜は子供に大人気だったと伝え聞きました。

 首や四肢、しっぽなどがピョコピョコ動く仕様だったのも見事な作り込みだと
微笑ましく眺めていたのを憶えています。 怨霊、呪いなど、結構血を見る
場面が多く出車される新庄まつりの中にあって、ここまで愛嬌のある一台には
中々お目にかかることはないのですが・・・

 というか生まれて初めて見ました(笑

「もう一度あの山車を見たい」と垂涎の一台を思う方は少なくないと思いますが、
この分福茶釜も多くの子供たちの心に残った一台だったでしょうね^−^


 少々話がずれますが、こうした「動く山車」を最初に作出されたのは確か
北本町若連さんだったと記憶しております。ベルト式で回る滝・・を皮切りに
風流茨木ではあろうことか鬼女を横に伸ばした松の幹の上で左右に移動させ
たり、はたまた水芸の山車ではホントに人形の持つ扇子から噴水の様に水を
吹き出させたりと最早やりたい放題(笑)でしたw 

余りに先鋭的過ぎて、当時周りからはすぐに受け容れられなかった不遇な
反面もありましたが、今にして思い返しても凄まじい創意工夫の積み重ね
だったのではないかとただ驚くばかりです。 ・・・いや実際水の循環とか
調整えらい大変だったんじゃないかと思いますし、茨木ではどうやって
人形を支える強度を出したのか今でも謎です。


 時代の流れや若連さんの意識によって毎年進化しつつ、また時には大きく
 その姿を変える新庄まつりの山車達。これからも本当に楽しみですね^−^







■譲り合いの精神

 前件11でのヨークベニマルからの帰り道だったのですが、東本町の踏切を
越えてファミマの十字路に差し掛かったとき、丁度対抗した通りの向こう、
横丁の方からこちらに向かってくる山車がありました。

「おおー、これは運がいい」とどこの町内さんかと思ったら、北本町さんが
帰ってきた所にうまい具合に出くわした格好であります。元から北本町さんの
小ぶりながらもそこだけパッと花が咲いたかの様な可憐な造りが好きだったので
暫く信号の所で自転車を停め眺めることに。

 十字路でUターンするかと思ったら、何とそのまま目の前(ファミリーマート
側に渡って、ファミマに背を向けていました)を左折して常盤町方面へ向かう様です。 
うおー、目の前がっぷりよつーwww などとコーフンしていると、今度は常盤町の
方からも一台こちらに向かってきます。どうやら茶屋町を回ってきて帰途に
ついている若葉町さんの様です。

つい二時間ほど前に全車行列を見送ったのはどこへやら。
またぞろ今いる場所に居着いて山車見物と決め込むことにしました(笑

さて目の前を左折した北本町さんなんですが、程なくして幅寄せし、完全に
停車してしまいました。画像の若葉町さんの様に、完全に電柱に食い込む形で
止まっているので「?ここで休憩するのかな?」と一瞬不思議に思っていると
その理由は直ぐに解りました。

 実は若葉町さんの山車手前に配置された桜が奥の方まで・・つまり対向車側
まで結構はみ出る形で広がりを持たせてあったため、それを避けるには完全に
縁石ギリギリまで幅寄せする必要があったのです。

 大きく道を譲った北本町さんの横をすり抜け、若葉町さんが通過すると
程なく北本町さんも出発。素晴らしい場面です。 山車を一切傷つけずに
全行程を終えて小屋に帰すのはかなり至難の技なんですが、山車同士が
ぶつかるなんて事は間違ってもあってはいけません。

 それは苦労して造り上げた自身の町内の山車に誇りを持つからこそ
他の町内の山車をも尊重する気高い精神なのだと個人的には思っています。


・・・などと勝手に一人感動していると今度は若葉町さんが信号手前で停止。
「あり?今度はどうしたの?」と思っていると、またまた横丁方面から今度は
沖の町さん登場(笑

 若葉町さんは信号手前で止まったまま、今度は沖の町さんに道を譲って
先をゆかせます。沖の町さんは信号を右折し、順当に駅前を目指す格好です。

 たとえお祭りといえど、キッチリと節度を守って譲り合い。 そうでなければ
恐らくは100年以上続くお祭りにはならなかったでしょうし、山車自体もここまで
進化した美しさを持たなかったのではと勝手に理解して勝手に一人で感動してました。

 ・・・しかしココ穴場だな(ニヤリ

と、そんな二日目の夕方。


いや、実は山屋囃子若連さんのお囃子、数あるお囃子の中で一番好きなんです^−^
北本町と沖の町でダブルで聴けるとか超俺得www
来年もいこうそうしようー
 

■画像:一日目の万場町休憩風景。〜若葉町究極の幅寄せ停車の場〜

    今はご存知ない方も多いでしょうか。 実は各町内には「北一」「南一」
   など、新庄を南北に分けた際の町内番号があるのです。

   一日目の万場町(北二)には南の町内さんが勢揃いとなり、南の通りには
   逆に北の町内さんが勢揃いします。瓦屋根のふちの瓦の円の所に「北一」
   等今でも入れていらっしゃる町内さんがあるかも知れません。探して
   みるのもまた楽しいかもしれませんね^−^

 
■祭りの華

 新庄祭りに参加された皆様、暑い中本当にお疲れ様でした。
今年も帰省して素晴らしいヤタイの数々に切っても切れないお囃子の冴えを
存分に堪能させて頂きました、これで私はまた一年戦えます。

定型文になりつつありますがこれ以外の言葉がもはや浮かびません;∀;


 さてスレタイ自体はヤタイに焦点を当てているのですが、今年は
「ありそうでなかった大変珍しい現場」に居合わせましたので、お囃子に
焦点を当ててみたいと思います。詳しくは後述致しますが、画像はどれも
三日目「駅前展示」からお囃子の生演奏の場面です。


 一日目「宵祭り」、二日目「本祭り」を堪能した私は、今年も祭りを
締めくくるべく三日目の「駅前展示」に繰り出しました。気になった
ヤタイを改めてマジマジと鑑賞。加えてお囃子の生演奏と三日目は
ヤタイの運行こそありませんがこれはこれで大変楽しめる仕様なので
アリマス。

 北本町〜南本町十字路〜清水川町方面、駅前通りと大正町まで全ての
展示を網羅し、お囃子が始まれば一通り聴いて大満足。
さて大トリはやはり山屋さんのお囃子を聴かねばと暫し北本町路地裏で
コーヒーなど飲んで休憩しつつ出待ち(笑

 程なく山屋囃子さんのお囃子が三日目のフィナーレを迎えるべく
開始されたのですが、ここでは何やら他の囃子若連さんとは勝手が
違うご様子。 山屋囃子さんのすぐ近所・・といいますか、常仲さんの
ヤタイを一台挟んで「すぐ横」に升形囃子若連さんも配置されていたため

 「演奏は交互に行う」

というのです。

 今は無くなりましたが、昔の宵祭り運行は駅前通りの上り下りで
ヤタイがすれ違っていました(今は駅を回った下りヤタイは末広町方面に
向け左折します)その時お囃子もすぐ真横ですれ違うのですが、すれ違う
囃子若連の演奏に負けじとボルテージを上げて競う様にお囃子を演奏し合う
様を「喧嘩囃子」と呼んでいたようです。これは2000年に入ってから
記念で一度だけ再現された年がありました。

 他の囃子若連さんの演奏はご近所に配置された囃子若連さんとの
まさしく「けんか囃子状態」な訳ですが、山屋さんと升形さんは余りに
近いため、この様な「共同戦線」を張ったのかも知れません。


 さても山屋さんの演奏が始まると、驚いたことに升形若連さんが
演奏している山屋さんのすぐ横に集まってきておなじみ「チェレンコヤッサー」などの
掛け声をかけて演奏を盛り立て始めましたwww ある囃子若連さんが他の囃子
若連さんの演奏に調子を付けるなどまさに「ありそうでなかった場面」です。 

 山屋さんの括鼓が終わると今度は升形さんの括鼓が始まるのですが、
今度は山屋さんが升形囃子さんの演奏に乱入(笑) 場を大いに盛り上げて
くださいました。
■祭りの華 つづき(字数制限にひっかりました><スイマセン


 見るとどうやら両囃子若連さんは一つの駐車場にピッタリ並んで休憩場を
設えており、どうもこの場で意気投合したのではないかと思われます。


最後は「スーパー括鼓」なる所謂「早回し」でグランドフィナーレ。
以前松本さんの早回しは見た事があったのですが、山屋さんと升形さんのは
今回初めて見ました。通常の演奏の途中から勢い回転が上がる囃子は
圧巻で聴き応えもこの上なし。


残念ながらここ北本町さんの人出は、出店が切れている端である事もあり
流石に南本町さんや駅前通りに陣取った町内さん周りの人出には適いません。
演奏を見ていた観客も50人いくかいかないか程度だったかと思います。

 ですが、この少し観客が少ない北本町さんの展示端で、
多分一生忘れるのことのできない正に大輪の囃子の花が咲いていたので
ありました。 山屋囃子若連さん、升形囃子若連さん、素敵な思い出を
ありがとう〜!;∀;b


 来年も機会があれば是非「共同戦線」を見せてくださいー^ω^

 いやマジで今年もいいお祭りでした。


■画像1:山屋さんの演奏を盛り立てる升形囃子若連さん。
    ありそうでなかった新たな名場面ですね。三日目ならではと
    いった所でしょうか^ω^


■画像2:升形囃子若連さんの演奏に乱入する山屋囃子若連さん。
    今初めて気付きましたが、カネと笛が本当に乱入してますね(笑
    傍から見た感じでは山屋さんの方が「出来上がっていた」様ですw


■オマケ:近年のカネは運行中も道端に獲物(笑)を見つけるとスササと寄っていき、
    これでもかと獲物の真横で演奏を食らわせる場面がしばしば見られますが、
    ここでは年端もいかないお子様が数人のカネの餌食になっております。
    しかも二つの囃子若連さんから成る大人数の混成部隊ですw

    ・・・が、このお子さん泣き出すどころか逆にキャッキャと手を叩いて
    喜んでおりました。 素晴らしい祭り魂であります;∀;b
今年も新庄祭りに参加された皆様、お疲れ様でした!
3日間、好天に恵まれ、暑い熱い新庄祭りでした笑

今年は、歌舞伎部門に沖の町若連さん、物語部門に北町若連さん、ゆめりあ展示に落合町若連さんが選ばれ、各町内若連と囃子若連の皆様、おめでとうございましたー!

特に北町若連さんの『風流 竹取物語』については、竹取だけで、あそこまで発想膨らませて造られた事にただただ驚愕しました!

今年のマイベスト山車は、若葉町若連さんの『風流 大津絵道成寺』でした。
道成寺モノは、よく出題されますが、【大津絵】がついた珍しい風流と、黒?紺色の桜と牡丹がおどろおどろしさが出ててとても素晴らしかったです!
3体上げた人形も、格好良かった!


とがし様

初めまして。こんにちは♪

実は、僕も26日は、東京に帰る前に囃子の聞き納めとして山屋の囃子をあの場所で観覧していたんですよ!僕自身、小さい頃に沖の町若連を引っ張っていた事、又、古い話になりますが、亡き祖父も、沖の町、新庄まつりに長らく精通してて、葬式の時も、お祭り好きが講じて山屋の囃子を叩いて頂いて見送られた程、お祭りバカで、このような事から山屋の囃子が好きな一人でございます(^^)


とがし様も、相当な新庄まつり好きとお見受け致します笑


来年の新庄まつりでお会い出来たら、いいですネ!?!?笑


来年は、暦的に宵と本祭りが土日になります。新庄市長も閉幕式で新庄まつり100万人構想・日本一の山車パレードにしたいとおっしゃってましたが、もっともっと新庄祭りを全国的に認知させて欲しいです(予算の問題もありますがあせあせ(飛び散る汗))


今年も、新庄まつりありがとうございましたー
■SSK48☆禁拉麺 さん
 書き込みありがとうございますー^−^
お返事遅くなって申し訳ありませんでした・・
いや今年も非常に見応えのあるお祭りでしたね。

 っておお、あの場におられましたかwww
最初は「交互に演奏」って事で「それは聴きやすくてイイ」と思った
だけだったんですが、まさかアノ盛り上がりになるとは思いませんでした(笑
いやー、お互いいい場面に出合わせましたね。 来年も同じ場所で張ろうと
思っておりますので、もしかしたらお互い知らずに肩を並べて・・なんて
こともあるかも知れません^−^

>お祖父さん
 最早「一台の山車」に出来るかというお見事な往生です^^
私自身は「新庄のご先祖様は盆に帰ってきても祭りが終わるまでアチラに戻らない」
と考えております(笑)ので、恐らくはSSKさんのお祖父さんも毎年お祭りを
楽しんでいらっしゃるのではないでしょうか^^

>黒い桜
 私も一目見て「黒い桜?!」とビックリ。
うちの母親も「長い事生きてきて黒い桜なんて初めて見た」と驚いておりました。
よくよく見てみると他町内さんでも同じ濃い藍色の和紙を使った牡丹が
飾られておりました(確か万場町さんの山車中央)「こんな色もあるんだなあ」
と感心しておりました次第です。各町内さんの創意工夫はこれからも
新庄まつりの大きな見所の一つですね^^

>北町若連さん
 いや圧巻でしたね。
三日目の展示場所が出店前だったので、広い視野を確保できず、まともに
写真に収められなかったのが悔やまれます。。

 個人的には去年の「暫」の館に圧倒された下金沢さんも、今年
引き続きの力作、日本武尊を披露されており見応えがありました。


■画像3:実は山車が通り過ぎて背中を見せ始めるこの角度が好きだったり(笑

■ちふゆさん
 あわわ、書き込みされておられたのに気が付きませんで大変失礼致しました><

 私も社会人なり立ての頃は1,2年空けたりしておりましたが、流石に7年は
長いですねえ・・是非機会を見てお祭り成分を補給されてくだされ;∀;
ユーチューブなどで運行の様子がアップされていたりもしますので、検索
されてみても気は紛れるかと思いますよ^−^

全く関係ありませんが、タマに関西の友人と東京で落ち合う際、奴等が
当たり前に東海道新幹線に乗ってくるのが少し妬ましくもあります(笑
 東本町さんがアップを始めましたw
骨組みと屋根だけだった小屋に緑の保護シートがかかり、テントにご祝儀板もバッチリです^ω^

はええええええええ。 川西町さんは「専用の倉庫で年がら年中好きな時に作っている」という噂
(あくまで噂ですw)があったりしますが、通常の若連さんで既にここまで本格的に準備が始まって
いる若連さんはあるのでしょうか・ω・
■おかえり

 本年も祭り運行に携わった全ての方々、殺人的に暑かったり、
 かと思えば土砂降りの中本当にお疲れ様でした。
 華やかな山車の数々にこの上ない花を添えるお囃子。。

  えがったあああああ

 これで私は又一年闘えます
 有難う新庄まつり^ω^


さて本年のお祭りでは私自身も半世紀記憶にない大きな事変が起きました。



     北本町復活



であります。

 当方の心もとない記憶をたどりますに、確か北本町若連さんは
コロナが始まった当初から人手不足という事で3年以上参加を
断念していたと記憶しています。

誰もが

 「もう北本町は消滅かあ・・・」

と諦めていた空気感がありましたが・・

   なんと!

本年のお祭りで復活しましたwwwwwwwwww

 これ程おめでたいことがありましょうか(いやまずない

足掛け五年ぶりといった所でしょうか。
若連のお祭りへの参加は

・運行実働に耐える(配電電飾、防水、衝撃耐性など)山車の製作
・山車小屋の設営、撤去
・囃子若連との連携
・市内運行
・参加者の健康をはじめ運行実働中のスケジュール管理

等々軽く数えただけでも数々の入念さを要する重労働が目白押しであります。
実際残念ながら参加を断念し消滅した若連さんもありました。。


そんな中で「奇跡の復活」を遂げたのが本年の北本町若連(山屋囃子
であります! やらずにすんでいた!数々の難関にまた真っ向
立ち向かって下さったのですから、祭りを楽しみにしている私共にとって
これ程有難い事はありません。

「ご祝儀出さねば(使命感」

で、二日目手ぐすね引いて待ってたんですが・・・


 北本町(のみ)花貰い現れずwwwwwwwうぞーん;∀;
 何から何までやってくるじゃねえか北本町!


三日目の展示で山車横の受付に直接持ってきました。負けないほっとした顔




      おかえり、北本町




■画像:「北本町出初の場」
 この画像は東京から遊びに来ていた友人が撮りました。
 きっとお祭りに選ばれたんでしょうね^ω^
 
 真のGJを見た。

 なお北本町若連は今後も参加し続けるとの事です。
 先代人形師の方よりアドバイスされた「美しいシルエット」を
 頑なに守ってきたと伝え聞いていましたが、その外郭ラインが多分
 本年初めて違うラインになりました。

 そうした意味でも今後の北本町の「変化」が楽しみです。

■余韻

 華やかなお祭りが終わり、各若連の山車小屋では山車の解体作業が
 行われます。 数か月丹念に準備してきた上りとは違い、解体撤去が
 行われる下りでは数日程度でお祭りの余韻がすべて消えていきます。

   「お祭りが終われば後は雪を待つばかり」

 年配の方々よりよく聞いた言葉ですが、そんなお祭りの余韻も
 私は割と好きですw


■画像1:27日はこんな感じの若連が多いでしょうか。
    山車から人形だけが外された状態です。

    得も言われぬ寂しさがヒシヒシと感じられる画像ですが
    なんとも表現しがたい独特の味があります。

    なお28日ですほっとした顔
    東本町は小屋の準備開始が滅法早い(今年はGW前)ので、
   「鬼の勢いで進軍してgdgd下がる大戦ドイツ軍」みたいですw

    なお東本町さんは小屋を撤去せず、台車も小屋内に保管している
    若連さんです。台車にはジャッキを嚙ませ、整然と整えられたカバーが
    掛けられ一年保管されます。 冬が来て雪が積もったこれらには
    また何とも言えない風情がありますね^ω^


■画像2:同28日鉄砲町
    ぱっと見解体というよりは破壊じゃないのかとww
    中には山などバリバリと壊して処理する若連も少なく
    ないのかもですね。台ナナメってねえ?


 ところで結局今年も新松本若連の小屋だけは発見できませんでしたw
 新庄デジタルマップ使ってすら。。来年こそ見つけ出すww

 いや沖の町さん動かないでお願いだからほっとした顔
■事故現場?!

 新庄まつり2026も終了してしまいましたね。。
お祭りの運営に携わった方々本当にお疲れ様でした。

これで私はまた一年闘えます。


・・・さて、本年はかなりオモロイ証拠画像が
撮れましたのでご報告申し上げます。


三日目の「山車展示がたけなわ」の時間です。

画像をご覧くださいw



若葉町の山車が

一葉本店さんに

突っ込んでますほっとした顔



パッと見て
「何で若葉町はんがここにいんの?」

と違和感を覚えたんですが、よくよく場所を
考察するに元アーケードの裏通りなので
多分ここ一葉さんだろとw


若連さんがGPS持ったまま飯食ってた
みたいですww

システムとしてとても便利だったり
止まっててもアイコンがプルプルしてて
可愛かったりで中々見ていて楽しい
「山車位置情報システム」ですが
たまにこういう笑えるハプニング?が
あったりしますうれしい顔最高。


数年前も二日目本祭の終了後、
土砂降りの中で鉄砲町さんの
位置が動いてたり(小屋近所の
養老の滝ではありませんでした)、
結構目が離せませんw


■画像1,2「証拠写真」
     念のため二枚。
    信じるか信じないかは・・・
     

■画像3:「27日の万場町」
     多分下り最速だなコレは。。

     東本町さんは人形外した
     状態でした。

ログインすると、残り6件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

新庄まつり 更新情報

新庄まつりのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング