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名作を読みませんかコミュのレ・ミゼラブル  ビクトル・ユーゴー 作   豊島与志雄 訳  40

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     九 歓楽のおもしろき終局


 若い娘たちは、後に残った時、二人ずついっしょになって窓の手すりにもたれ、首をかがめ窓から窓へ言葉をかわして、なおしゃべっていた。

 彼女らは四人の青年が互いに腕を組んでボンバルダ料理店から出てゆくのを見た。
 彼らはふり返って、笑いながら女たちに合い図をし、毎週一回シャン・ゼリゼーにいっぱいになるそのほこりだらけの日曜の雑沓《ざっとう》のうちに姿を消した。

 「長くかかってはいやよ!」とファンティーヌは叫んだ。
 「何を持ってきてくれるんでしょう。」とゼフィーヌは言った。
 「きっときれいなものよ。」とダーリアは言った。
 「あたし、」とファヴォリットは言った、「黄金《きん》のものがいいわ。」

 だが彼女らは間もなく、川縁《かわっぷち》のどよめきに気を取られてしまった。
 大きな木立ちの枝の間からはっきり見て取られて、大変おもしろかったのである。

 ちょうど郵便馬車や駅馬車が出かける時だった。
 南と西とへ行くたいていの馬車は、当時シャン・ゼリゼーを通っていったものである。
 その多くは河岸に沿って、パッシーの市門から出て行くのを常としていた。

 黄色や黒に塗られ、重々しく荷を積まれ、多くの馬にひかれ、行李《こうり》や桐油《とうゆ》紙包みや鞄《かばん》などのため変な形になり、客をいっぱいのみこんでる馬車が、絶えまなく通って、道路をふみ鳴らし、舗石に火を発し、鍛冶場《かじば》のような火花を散らし、ほこりの煙をまき上げ、恐ろしい有様をして、群集の間を走っていった。
 その騒擾《そうじょう》が若い娘たちを喜ばせた。

 ファヴォリットは叫んだ。
 「何という騒ぎでしょう!
  鎖の山が飛んでゆくようだわ。」

 ところが一度、楡《にれ》の茂みのうちにわずかに見えていた一つの馬車が、ちょっと止まって、それからまた再びかけ出した。

 ファンティーヌはそれにびっくりした。
 「変だわ!」と彼女は言った。
 「駅馬車は途中で止まるものでないと思っていたのに。」

 ファヴォリットは肩をそびやかした。
 「ファンティーヌはほんとに人をびっくりさせるよ。
  おかしな人だこと。
  ごくつまらぬことにも目を見張るんだもの。

  かりにね、あたしが旅をするとするでしょう。
  駅馬車にこう言っておくとする。
  先に行ってるから通りがかりに河岸の所で乗せておくれって。
  するとその駅馬車が通りかかって、あたしを見て、止まって、乗せてくれるわ。

  毎日あることよ。
  あんたは世間を知らないのね。」

 そんなことをしているうちにしばらく時がたった。
 とにわかにファヴォリットは、目をさましたとでもいうような身振りをした。

 「ところで、」と彼女は言った、「びっくりすることはまだかしら。」
 「そうそう、」とダーリアは言った、「例のびっくりすることだったわね。」
 「あの人たちは大変長いわね!」とファンティーヌは言った。
 ファンティーヌがそのため息をもらした時に、食事の時についていたボーイがはいってきた。

 何か手紙らしいものを手に持っていた。
 「それなあに?」とファヴォリットが尋ねた。
 ボーイは答えた。
 「皆様へと言って旦那《だんな》方が置いてゆかれた書き付けです。」
 「なぜすぐに持って来なかったの。」
 「旦那方が、」とボーイは言った。
 「一時間後にしか渡してはいけないとおっしゃったものですから。」

 ファヴォリットはボーイの手からその書き付けを引ったくった。
 それは果して一通の手紙であった。

 「おや!」と彼女は言った。
 「あて名がないわ、だがこう上に書いてある。」
 びっくりすることとはこれである。

 彼女は急いで封を切り、それを披《ひら》き、そして読み下した。(彼女は字が読めるのだった。)


 愛する方々よ!
 われわれに両親のあることは御承知であろう。
 両親。
 貴女たちはそれがいかなるものであるかよく御存じあるまい。
 幼稚な正直な民法では、それを父および母と称している。

 ところで、それらの両親は悲嘆にくれ、それらの老人はわれわれに哀願し、
 それらの善良なる男女はわれわれを放蕩息子《ほうとうむすこ》と呼び、
 われわれの帰国を希《ねが》い、
 われわれのために犢《こうし》を殺してごちそうをしようと言っている。

 われわれは徳義心深きゆえ、彼らのことばに従うことにした。
 貴女たちがこれを読まるる頃には、
 五頭の勢いよき馬はわれわれを父母のもとへ運んでいるであろう。

 ボシュエが言ったようにわれわれは営を撤する。
 われわれは出発する、いやもう出発したのである。
 われわれはラフィットの腕に抱かれカイヤールの翼に乗ってのがれるのである。

 ツウルーズの駅馬車はわれわれを深淵から引き上げる。
 そして深淵というは、貴女たち、おおわが美しき少女らである。
 われわれは社会のうちに、義務と秩序とのうちに、
 一時間三里を行く馬の疾走にて戻るのである。

 県知事、一家の父、野の番人、国の顧問、その他すべて世間の人のごとくに、
 われわれの存在もまた祖国に必要である。
 われわれを尊重せられよ。
 われわれはおのれを犠牲にするのである。
 急いでわれわれのことを泣き、早くわれわれの代わりの男を求められよ。

 もしこの手紙が貴女たちの胸をはり裂けさせるならば、またこの手紙をも裂かれよ。
 さらば。

 およそ二カ年の間、われわれは貴女たちを幸福ならしめた。
 それについてわれわれに恨みをいだきたもうなかれ。


署名 ブラシュヴェル
   ファムイュ
   リストリエ
   フェリックス・トロミエス

追白、食事の払いは済んでいる。


 四人の若い娘は互いに顔を見合った。
 ファヴォリットが第一にその沈黙を破った。
 「なるほど、」と彼女は叫んだ、「とにかくおもしろい狂言だわ。」

 「おかしなことだわ。」とゼフィーヌは言った。
 「こんなことを考えついたのはブラシュヴェルに違いない。」とファヴォリットは言った。

 「そう思うとあの男が好きになったわ。
  いなくなったら恋しくなる。
  まあ万事そうしたものね。」

 「いいえ、」とダーリアは言った、「これはトロミエスの考えたことだわ。受け合いだわ。」
 「そうだったら、」とファヴォリットは言った。
 「ブラシュヴェルだめ、そしてトロミエス万歳だわ。」
 「トロミエス万歳!」とダーリアとゼフィーヌとは叫んだ。
 そして彼女たちは笑いこけた。

 ファンティーヌも他の者と同じく笑った。
 一時間後、自分の室に帰った時に、ファンティーヌは泣いた。
 前に言ったとおり、それは彼女の最初の恋であった。
 彼女は夫に対するようにトロミエスに身を任していた。
 そしてこのあわれな娘にはもう一人の児ができていたのであった。

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