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名作を読みませんかコミュの「道標」  宮本 百合子  100

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 伸子は、須美子にみちびかれて、磯崎の横わっている寝台に近づいた。
 須美子が顔にかけてあるハンカチーフをのけた。
 その下からあらわれた磯崎恭介の顔は、目をつぶっていて、じっと動かないだけで、全くいつもの恭介の顔だった。

 贅肉のない彼の皮膚は、日ごろから蒼ざめていた。
 いくらか張った彼の顎の右のところに、直径一センチぐらいのうす紫色の斑点《はんてん》ができていた。
 その一つの斑点が磯崎の命を奪った。

 磯崎のいのちのないつめたい顔を見つめているうちに、伸子は、自分の体も、さっき須美子の体がそうなったように、前後にゆれ出すように感じた。
そして、壁がわるいんだ。
壁がよくなかったんだと心に叫んだ。

 磯崎たちの住んでいるデュト街のこの家は、パリの場末によくある古い建物の一つで、入口から各階へのぼる階段のところの壁などは、外の明るい真夏でも、色の見わけがつかないほど暗く、しめっぽく、空気がよどんでいた。
 壁に湿気と生活のしみがしみついていることは、室内も同じことだった。
 磯崎たちは、がらんとしたその室内に最少限の家具をおいているだけで、意識した無装飾の暮しだった。

 この寝室も、磯崎の横わっている寝台が一つ、むき出しの床の上で壁ぎわに置かれているだけで、あとにはこの部屋についている古風な衣裳箪笥が立っているきりだった。
 寝台の頭のところの壁の灰色も、年月を経て何となしぼんやりしたいろんなむらをにじみ出させていた。
 その室の壁のぼやけたしみと、磯崎の右顎に出たうす紫のぼんやりした斑点。
 伸子は、この建物に出入りするようになったはじめから、真暗でしめっぽいこの家の階段の壁やそこいらに、健康によくないものを感じていたのだった。

 でも、今になってそれを云ったところでどうなろう。
 須美子は、そっと、気をつけて、眠っている人がうるさがらないようにという風に、恭介の顔の上にハンカチーフをかけた。
 「お仕事、どうなったかしら」
 先日あったとき、もうじき描き終ると云っていた恭介のサロン・ドオトンヌのための絵だった。

 「あれはすみましたの。
  搬入もすまして。
  ひとつは、その疲れがあったのかもしれませんわ」
 二人は、磯崎恭介の横わっている寝台を見下しながら、小声で話すのだった。
 「小さいひとは?
  マダムのところ?」
 「ええ。
  けさ呼んだ看護婦さんが、親切な方で、ずっといてくれますの」

 少しためらっていて、伸子は須美子に云った。
 「急なことになって、もしわたしのお金がお役にたつようなら、
  いくらかもって来ましょうか。
  わたしは少ししかもっていないけれど、借りることができるから」
 「ありがとうございます。
  今のところよろしいんですの。
  丁度、磯崎のうちから送って来たばかりのものが、まだ手をつけずにありましたから」
 それをいうとき、須美子の顔の上にいかにも辛そうな表情がみなぎった。

 日ごろから、須美子は、磯崎の両親に気をかねていて、上の子に死なれたときも、それは、須美子の落度であるように云われた。
 突然の悲しみの中でも須美子は義理の親たちの失望が、自分に対するどんな感情としてあらわれるかを知っているのだった。

 四五人来あわせている人々のなかで、一番年長のひとが、和一郎の美術学校時代の美術史の教授だった。
 ひかえめに、ロンドンにいる和一郎の噂が出た。
 磯崎恭介に近い年かっこうのほかの人たちは、みんな画家たちだった。

 伸子がその人々と初対面であり、こういう場合口かずも少いのは自然なことであったが、磯崎恭介そのひとが、これらの人々との間に、果してどれだけうちとけた親しいつきあいをもっていたのだろうか。
 異境で急死した人の女の友達の一人としてその座に加っていて、伸子がそう思わずにいられない雰囲気があった。

 パリの日本人から自分を守って努力していたような磯崎恭介。
 その人の意志にかかわらず突然おこった死。
 ここにいる人たちは、ほかの誰よりちかしい友人たちではあろうけれども、そこに来ている四五人の人々の間で磯崎についての思い出が語られるでもなかった。
 友人たちの心から話し出されるような逸話をのこしている磯崎でもないらしかった。

 しばらくして、須美子も寝室から出て来てその席につらなった。
 彼女は半円にかけている客たちに向って、ひとりだけ離れて一つの椅子にかけた。
 だまってかけている人々の上から、夜ふけの電燈がてらしている。
 須美子は、日ごろから着ている黒い薄毛織の服の膝の上に、行儀正しく握りあわせた手をおいて、悲しみにこりかたまって身じろぎもしない。

 黒いおかっぱをもった端正な須美子の顔の輪廓は、普通の女のように悲しみのために乱されていず、ますます蒼白くひきしまって、須美子そのものが、厳粛な悲しみの像のようだった。
 須美子のそのような内面の力を、おどろいて伸子は眺めるのだった。
 須美子の純粋な精神が、悲しみのそのようなあらわれのうちに充実していて、彼女のあんまりまじめな悲しみようにうたれた人々は、なまはんかな同情の言葉さえかけるすきを見出さないのだった。

 沈黙のうちに、重く時がうつって行った。
 伸子は寒くなった。
 失礼いたします、と、ぬいであった外套を着た。
 「須美子さんは、少し横におなりになったら?」
 「ありがとうございます」
 「さむくないかしら」
 「いいえ」

 僕も失礼して、と二人ばかり外套を下半身にまきつけた人があった。
 須美子は動かない。
 そしてまた沈黙のときがすぎた。
 こんなに苦しく、こりかたまっている悲しみの雰囲気を、通夜をする客たちのために、もうすこししのぎよくするのが、いわば女主人側でたった一人の女である自分の役目なのではなかろうか、と伸子は思いはじめた。

 日本の通夜には、それとしてのしきたりもあって、伸子に見当もつくのだったが、フランスの人々は、こういう場合どうするのだろう。
 何かあついのみものと、ちょっとしたつまむものが、夜なかに出されて、わるいとは思えない。

 でも、それは、どうして用意したらいいのだろう。
 デュトの街では夜が早く更けて、カフェーが夜どおし店をあけているという界隈でもなかった。
 パリの生活になれず、言葉の自由でない伸子は、宿のマダムと直接相談することを思いつかないのだった。

 しばらくの間こっそり気をもんでいた伸子は、やがて、すべては須美子のするままでいいのだと思いきめた。
 彼女の深い悲しみに対して、伸子が、世間なみにこせこせ気をくばる必要はないのだ。
 彼女の悲しみを乱さなければ、それが一番よいのだ。
 磯崎と須美子は、恭介が生きていてこの人々とつきあっていたときの、そのままのやりかたで、今夜もすごしていいのだ。
 それが友達だ。

 須美子は、ときどき席を立って、恭介の横わっている隣室へいった。
 その室に須美子がいなくなると、客たちの間には低く話しがかわされるのだった。
 あけがた、宿のマダムがドアを叩いた。
 そしてあついコーヒーが運びこまれた。



        四

 朝九時ごろに、伸子はいったんペレールへ帰った。
 朝飯がはじまろうとしているところだった。
 伸子はテーブルのよこに立って熱い牛乳をのんだだけで、まだ片づけてないつや子の部屋へはいって、午後二時までひといきに眠った。

 出なおして、伸子はこんや最後のお通夜につらなるつもりであった。
 つや子の室の隅においてあるトランクから、夜ふけてきるために、もう一枚のスウェターを出していると、アパルトマンの入口でベルが鳴った。
 マダム・ルセールが取次に出て何か云っている声がした。

 泰造と多計代とは出かけてしまっていた。
 入口のドアをそのままにして、マダム・ルセールが寝室の方へ来る。
 そのとき、つや子がそれまでひっそりして花のスケッチをしていた客間から、とび出して、伸子のいる室へ入って来た。
 「ごめんなさい、忘れて。
  お父様が、これをお姉様に見せて、って」

 一枚の名刺を伸子にわたすのと、マダム・ルセールが、
 「マドモアゼル。
  ムシュウ・チグーサがおいでです。
  お約束してあるとおっしゃいます」
 というのと、同時だった。
 千種清二と印刷されている名刺の肩に、泰造の字で、一昨日大使館にて会う。
 伸子にぜひ面会したき由。
 九月二十九日午後来訪の予定。
 と走りがきされている。

 千種清二というひとの住所には、日本大使館がかかれていた。
 名刺を手にもったまま伸子は、気がすすまなそうに、ちょっとだまって立っていたが、
 「ありがとう、マダム・ルセール。
  わたしが彼に会います」
 伸子は入口に行ってみた。

 そこに立っているのは、二十四、五に見える、陰気そうな青年だった。
 伸子は、友達に不幸がおこって、すぐ出かけるところだからとことわって、客間へ案内した。
 つや子が、あわてて画架の上のカンヴァスをうらがえしている。
 伸子は、むしろつや子にいてもらいたかった。
 「いいのよ、そのまんまで、つや子さんも失礼してここにいたら?」

 客間におちついたその青年を見ると、泰造がうけとって来た名刺と、そのひとからじかに伸子がうけとる感じとの間に、ちぐはぐなものがあった。
 パリ駐在の日本大使館の人たちといえば、書記官の増永修三だけがそうなのではなく、書類をあつかっている窓口の人々まで、なかなか気取っているのが特徴だった。
 ベルリンの日本の役人は官僚的に気取っていたが、パリのそういう日本人たちは、その人たちだけにほんとのフランスの洗煉がわかっているというように気取っているのだった。

 いま伸子の前で長椅子に腰をおろしている千種清二という青年は、そういう気風をもっている大使館員ごのみの服装でもなかったし、外交官めかしい表情もなかった。
 彼はごくありふれてごみっぽかった。
 それはパリにいる日本の画家たちや蜂谷良作の野暮さともちがうものだった。

 伸子は、
 「何か御用でしたかしら」
 ときいた。
 「おいそがせするようでわるいけれど」
 千種というその青年は、がさっとしたところのある低い声で、
 「実は、いろいろあなたの話をうかがいたくて来たんですが」
 伸子に時間がないというのを、不機嫌にうけとっている表情をあらわにして、顔をよこに向けた。

 伸子の方は、千種のそんなものの云いかたや表情から、いっそう彼への冷静さを目ざまされた。
 伸子は反語的に、
 「おうちあわせしてないのにおいで下すったものだから。
  失礼いたします」
 と云った。
 そして、そのままだまりこんだ。

 千種は、長椅子にかけている上体を前へ曲げて開いている膝に肱をつっかい、髪の毛を指ですくようにした。
 その顔をあげて、
 「僕はかねがねモスクワへ行ってみたいと思っていたんですが」
 と話しはじめた。
 「あなたがパリへ来られたときいて、ぜひ一度、それについて、
  いろいろじかにおききしたいことがあって。
  それで実はお邪魔したんです」
 わきにいるつや子が、そういう話には妨げになるという素振りだった。

 それを伸子は無視した。
 「大使館のかたが、わたしに入国許可《ヴィザ》の手つづきをおききになるのなんて、
  何だかおかしい」
 そういう伸子の声に、笑いにかくされている批評がこもった。
 「そんなことはもちろんわかっているんです。
  そうじゃあなく。
  僕はそうじゃない方法でモスクワへ入りたいんです」
 非合法の方法でモスクワへ行きたいという意味らしかった。

 何のために、そんなことを伸子にきくのだろう。
 伸子にそんなことを訊くような組織的でない生活をしているひとに、非合法でモスク名へ行く必要のあろう道理はない、と思えるのだった。
 「わたしにおききになるのは、見当ちがいです。
  わたしなんか、ヴィザもヴィザ、大したヴィザで、モスクワへは行ったんですから。
  藤堂駿平の紹介で……」

 「それはそうでしょうが、ともかく一年以上モスクワにいられたんだから、
  その間には自然いろんな関係が、わかられたはずだと思うんです」
 あいての顔を正視しないで長椅子の上に前かがみになり、心に悩みをもってでもいるらしい青年の姿態で、しつこくいう千種の上に、伸子の視線がきつくすわった。

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