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名作を読みませんかコミュの「道標」  宮本 百合子  57

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 藤原威夫は、帰りしなに、笑って次のように云った。
 実はお母さんから、モスクワへ来たらぜひちょいちょいあなたをお訪ねするように御依頼をうけたんですが、どうもこう忙しくては折角おひきうけして来たものの実行不可能ですな。

 腎臓病で入院している同じ病棟の掃除婦に、伸子が、お前さんにゃてんで心配の種ってものがないんじゃないか、と云われて、それを自分からもうけがったのは、二三日前のことだった。
 屈托なく心をひろげて一つの病棟のなかに様々のニュアンスで展開されてゆくソヴェト・ロシアの生活の朝から夜の動きに身をまかせていた伸子は、不意に現れた一人の軍人によって、その居心地のよかった場所から熊手で丸ごとかきおこされた。

 伸子は、藤原威夫が軍人らしい歩調で出て行ったあとの病室のベッドの上で、自分のまわりにかけられた堅くて曲げようのない金熊手の歯を感じた。
 ほんとのところ、伸子には藤原威夫の話したことがよくわからなかった。

 モスクワへ来る前の伸子が考えたこともなかったし、またモスクワで伸子が考える必要を感じもしなかったこと、たとえば天皇のことなどを、藤原威夫は主にして話して行ったがそれは伸子に何と無関係のように感じられ、その一方で何と薄気味わるい後味をのこしたろう。

 三・一五事件からあとの本国の空気を知らない伸子には、藤原威夫の出現も天皇論も多計代が彼のところへかけつけたということも、すべて普通でなくうけとれた。
 そしてその普通でない何かは、去年のメーデーの前、父の泰造が三・一五事件の新聞記事に赤インクでカギをつけてよこした、あのあくどい赤インクのカギが自分の動きに向って暗黙にかけられたように感じた、そのときの漠然とした感じより、はるかに内容をもっており、また意志的だった。

 藤原の来たのも話したのも個人としてのわけだのに伸子の心にのこされた後味には何をどうしようというのか伸子にわからないが、ともかく権力の感じが濃かった。
 そして、そのような権力を身のまわりに感じることは伸子を居心地わるくさせる一方だった。

 その午後おそく素子が病室へ来たとき、伸子は待ちかねていたように、
 「あなた藤原威夫って少佐に会った?」
 ときいた。
 「さっきここへ来たわよ」
 「きみのおっかさんからたのまれたってんだろう?」
 素子は皮肉な眼つきで浮かない伸子の顔つきを見ながら鞄からタバコを出しかけた。
 「ひどく鄭重なお礼言のおことづけだった」
 そう云って素子はハハハと笑った。
 「きみのおっかさんの現金なのにゃ、顔まけだ」

 モスクワで病気している伸子が素子の世話になると思うと、多計代はそれとしてはうそのない気持で感謝のことづてをよこしたのだろう、でも素子とすれば過去何年もの間自分に向けられている多計代の猜疑や習慣的に見くだした扱いの、全部をそのことによって忘れることはできないのだった。
 素子は、おきまりの土産であるミカンを鞄から出して一つずつ伸子のベッドのわきのテーブルへ並べながら、低い声の、ちょっと唇を歪めた表情で、
 「君のおっかさんは何と思ってるかしらないが、ここじゃ、ああいう関係、いいことはないよ」
 と云った。

 「わたしもそう思ったわ。
  ほんとに困る……」
 「木部中佐とは反対のタイプさ、そうだろう?」
 「そうだと思うわ」
 「木部君にしたって、あの磊落は外向的ジェスチュアだがね」
 伸子は素子のいうことがいちいちわかって、一層せつなかった。

 心細い活路をそこに見つけるように伸子は、
 「あなた、東大の吉沢博士がモスクワへ来るかもしれないって話きいて?」
 と素子にたずねた。
 「誰から?……藤原からかい?」
 「私にちょっとそんなこと云ってよ。
  もし来るときまったらわたしを診てもらうようにするって母が云っていたって」
 「へえ――知らないよ。
  佐々のお父さんと同郷とかっていう、あの吉沢さんかい?」
 「聞いたことがあった?
  吉沢さんでも来ればいい」

 伸子は、自分の病気を診てもらうもらわないより、せめて自分の病室へは藤原威夫のようなものでない普通の人、天皇のこととか伸子の思想のことだとか云わないあたり前の人に来てほしかった。
 その夜は、二つばかりさきの小病室から終夜病人の呻り声がこちらの廊下へまできこえた。

 伸子が入院してから平穏がつづいているその病棟にはじめてのことだった。
 その呻り声は、はじまった病気の苦しみというよりも、死ぬ間際のうめきのようにきこえた。
 婦人病棟だのに、その呻り声は高く低く男のようにしわがれて、ドアの外の廊下を看護婦や当直医の往来する足音がした。
 あたりがふっと静まったときまどろみかける伸子は、じきまた聞えて来る呻り声で目をさまされた。

 さめた瞬間、伸子の心は沈んでいて昼間の印象がこびりついている自分に気づくのだった。
 灯を消してある病室の中は、ドアの上のガラスからさしこむ廊下の明りにぼんやり照し出されていた。
 その薄暗がりの中で両眼をあいている伸子には、暗さが圧迫的で、我知らず耳をひかれる物凄い呻り声が高まるにつれ、伸子の体は恐怖といっしょに仰向きに横わったまま浮きあがるような感じだった。

 こんな晩こそナターシャが見たかった。
 看護婦の大前掛を大きいおなかの上にかけて、はたん杏の頬をして、ゆっくり歩いているナターシャが。
 でも、ナターシャはよびようがない。
 彼女は夜勤はしなかった。
 身重だから。
 呻り声がたかくなってこわさがつのると伸子は息をつめ掛けものの下でぎゅっと両手を握りあわせた。
 伸子の全心が苦しく緊張し、その苦しさのなかには呻り声から与えられる恐怖とは別に昼間のいやな後味が冴えて尾をひいているのだった。
 薄い涙を眼のなかに浮かせたまま、伸子は顔をできるだけ深く枕に埋めるようにして明けがた近く、疲れて眠った。

 この二月初旬から三月にかけての間に、本国の佐々の家で多計代を中心にどんな相談がもちあがり、それが実行に移されようとしていたかということについて、伸子は全然知る由もなかった。


        十五

 三月にはいったばかりの或るひる前のことだった。
 ナターシャと素子とが二人揃って伸子の病室へはいって来た。
 ベッドの中で爪をはさんでいた伸子はそれを見て、
 「あら、どうして?」
 小鋏みの手をとめ、鞣外套を着ている素子からナターシャへ、ナターシャから素子へと視線をうつした。

 素子は伸子の入院以来、かかさず日に一度は病室へ顔を見せていたが、それはいつも必ず午後二時から四時までの面会時間のなかでだった。
 伸子の顔にかすかな懸念があらわれた。
 入って来た素子がどこやら緊張した表情で、不機嫌だというのともちがう口の尖《とが》らせかたをしている。

 伸子は自分の手術のことかと思った。
 前々日フロムゴリド教授の回診があったとき、原因不明の伸子の肝臓のはれがあんまり永びくから、一遍外科で診察される必要がある、と言われていたのだった。
 伸子は、手術をのぞんでいなかった。
 脇腹にパイプのはめこまれた体になることを欲していないのだった。

 素子は、伸子の咄嗟の不安を察したらしく、
 「ちょいと早く見せたいものができたんで特別許可をもらったの」
 と説明した。
 「なんなの」
 「心配はいらないことさ」

 ナターシャが去ると、伸子は、
 「ね、なんなの」
 とせきたてた。
 「こういう電報が、けさ来た」
 渡されたローマ綴りの日本語の電文をよんで、伸子は、
 「まあ」
 ほとんど、あっけにとられ、信じられないという風に素子を見あげた。
 そして、もう一ぺんたしかめるように一字一字をよんだ。

 「マダタイインセヌカ、ワイチローケツコン三カツ一四ヒ。
  イツカ五カツ二三ヒコウベハツ、七カツ一ヒマルセーユチヤク」
 まだ退院せぬか。
 それはすらりと伸子にのみこめた。
 和一郎結婚三月十四日も唐突ながらわかった。
 五月二十三日神戸発、七月一日にマルセーユに着というのもわかるけれども、一家というのは。

 「どういうんでしょう」
 一家という言葉にあらわされている父と母、弟とその妻となるおそらくは小枝、妹のつや子という佐々一家の人々を、七月一日にマルセーユに着く顔ぶれとして想像することは、日頃の一家のくらしぶりを知っている伸子にとってあんまり予想外だった。
 伸子は、しばらく黙りこんで電報をながめていた。

 やがてうなるように、
 「どういうつもりなんだろう」
 とつぶやいた。
 多計代の健康がよくなくて、一日に何度も神経性の下痢がおこること、糖尿病から視力に障害のおこっていることなどを、保が亡くなってからの手紙には、絶えず訴えられていた。

 伸子は、多計代の外出のひとさわぎの情景を思い出した。
 海辺の家へ数日出かけるだけにさえ、どれだけの荷物と人手が入用だったろう。
 家のなかでさえ自分の枕、自分の洗面器がなくてはならない多計代が、ヨーロッパへ来る。
 電報のローマ綴りの間から、伸子は佐々一家独特の混雑と亢奮とを、気圧計の針が全身で気圧の変化を示さずにいられないようにありありと感じとった。
 費用の点から言っても、伸子が知っている範囲では、佐々の家にとって一つの事件というに足りた。

 自家用の自動車をもっているにしろ、そして、多計代はいつもそれでばかり出歩いているにせよ、その自動車はガソリン消費のすくないイギリスのものであり、かつ、自動車輸入が無税であった期間に買われたものだった。
 佐々の家の経済は、日常些細なことには派手やからしいが、どういうまとまった額の支出にもたえるという深い実力をもっているものではなかった。

 きっと父は陶器を手ばなすのだろう。
 伸子はそう思った。
 佐々泰造は陶器に趣味があって、蒐集のなかには名陶図譜にのっているものもあった。
 それにしても、一家総出で来るというのは。
 つや子まで連れて……
 「あなた、これ、いったいどういうことなんだと思う?」
 伸子は、ゆったりおさまっていたベッドの下が急に焙《あぶ》られて熱くなりだしたような眼で素子に相談しかけた。

 「うちじゅうで来るなんて」
 「わからないね」
 赤くすきとおったパイプをかみながら素子は、
 「こっちへ来る気なんじゃないかな」
 病院へ来る道々でもさんざん考えたあげく発見している結論のように、おとなしい客観的な調子で言った。
 「保君がああいうことだったし、君の病気というんで、おっかさんが矢も楯もたまらなくなっているんじゃないのかな」

 伸子は、おびえた眼色になってこの間うけとった母の手紙の文句を思いあわせた。
 「母は可能なすべての方法をとる決心をしました。」
 まずその第一のあらわれとして、多計代にたのまれて訪ねて来たというのが軍人の藤原威夫だった。
 その訪問は伸子に苦しいだけだった。
 こんどはうちじゅうでやって来て。
 そのようにうちじゅうでやって来るということに対して、伸子はどうするのが当然だと思われているのだろう。

 ああ、と伸子は両手で顔をおおいたいようだった。
 「かえりをこっちからシベリアまわりにして、もし君がなおってないなら、そのとき一緒につれて帰ろうという心もちじゃないのかい?」
 「ほんと?
  そりゃ、だめよ!
  そんなの絶対にだめだから!!」
 伸子はベッドにしがみつくような泣き顔になった。

 「もっとも、七月にマルセーユ着っていうんだから、まだかなり間があるがね。
  まだ三月になったばかりなんだから五ヵ月もすりゃ、ぶこちゃんだって、
  まさかよくなってるだろうさ」
 とりみだしたというに近いほど困惑している伸子を眺めて、
 「ぶこちゃんにも、人の知らない苦労があるさね」
 と、素子が、伸子のはげしい困惑の半ばは自分も負っているものの思いやりがある口調で言った。

 「なにしろ、君の一家はかわってる。
  奇想天外を実際やりだすんだから恐縮しちまう。
  そこへ行くと、うちの親父なんか、全くのメシチャニン(町人)だからね。
  かえって始末がいいようなもんだ。
  せいぜい年に二度の別府行きぐらいしか考えもしない」

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