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名作を読みませんかコミュの「道標」  宮本 百合子 9

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 ドーリヤ自身は何も云わなかった。
 秋山がそのことを話した。
 そして、
 「もう何時ごろでしょうかね」
 時計をみるようにした。

 伸子は、ひき上げる時だということを知った。
 秋山は、自分のところへ誰か訪ねて来るとき、伸子たちがいあわすことを好まなかった。
 いつも、自然に伸子たちが遠慮する空気をつくった。
 「じゃ、また」
 伸子が椅子から立ちかけると、ドーリヤが思いがけないという顔で伸子と秋山を見くらべながら、自分も腰を浮かして、
 「なぜですか?」
 と尻あがりの外国人のアクセントで云った。

 「どうぞ。どうぞ。
  サッサさん。時間どっさりあります。
  わたくし、サッサさんの日本語きくのうれしいです。
  ほんとにうつくしいです」
 秋山はしかし格別引きとめようともしないで、立ったままでいる伸子に、
 「ああ、おとといニキーチナ夫人のところへ行きましたらね、どうしてあなたがたが来ないかと云っていましたよ」
 「そうお……」
 「行かれたらいいですよ、なかなかいろいろの作家が来て興味がありますよ」
 「ええ……ありがとう」

 伸子は秋山宇一らしく、おとといのことづてをするのを苦笑のこころもちできいた。

 ニキーチナ夫人は博言学者で、モスクワの専門学校の教授だった。
 ケレンスキー内閣のとき文部大臣をしたニキーチンの夫人で、土曜会という文学者のグループをこしらえていた。
 瀬川雅夫が日本へ立つ三日前、瀬川・伸子という顔ぶれで、日本文学の夕べが催された。
 日本へ来たことのあるポリニャークが司会して、伸子は、短く、明治からの日本の婦人作家の歴史を話した。

 その晩、伸子は、絶えず自分のうしろつきが気にかかるような洋服をやめて、裾に刺繍のある日本服をきて出席した。
 講演が終ると、何人かのひとが伸子に握手した。
 ニキーチナ夫人もそのなかの一人だった。

 伸子は夫人の立派なロシア風の顔だちと、学殖をもった年配の女のどっしりとした豊富さを快く感じた。
 ニキーチナ夫人は、鼻のさきが一寸上向きになっている容貌にふさわしいどこか飄逸《ひょういつ》なところのある親愛な目つきで、場所なれない伸子を見ながら、
 「あなたは大変よくお話しなさいましたよ」
 と、はげました。
 「わたしたちが知らなかった知識を与えられました。
  けれどね、おそらくあなたは、こういう場合を余り経験していらっしゃらないんでしょう」

 伸子はありのまま答えた。
 「日本では一遍も講演したことがありません。
  モスクワでだって、これがはじめて」
 「そうでしょう? あなたは、大へんたびたびキモノのそこのところを」
 とニキーチナ夫人は、伸子の着物の上前をさした。
 「ひっぱっていましたよ」
 「あら。
  そうだったかしら……」
 「御免なさい、妙なことに目をとめて」

 笑いながらニキーチナ夫人は鳶色ビロードの服につつまれた腕を伸子の肩にまわすようにした。
 「そこについている刺繍があんまりきれいだからついわたしの目が行ったんです。
  そうすると、あなたの小さい手が、そこをひっぱっているんです」
 ニキーチナ夫人は、伸子たちに、土曜会の仲間に入ることをすすめ、数日後には一緒に写真をとったりした。

 でも、土曜会とは、どういう人々の会なのだろう。
 伸子たちは、つい、行きそびれているのだった。
 秋山宇一は、おとといも行ったというからには、土曜会の定連なのだろう。
 「この間は、珍しい人たちが来ていましたよ、シベリア生れの詩人のアレクセーフが。わたしに、あなたは、こういうところに坐っているよりも、むしろプロレタリア作家の団体にいる筈の人なのじゃないかなんて云っていましたよ」
 こういう風に、秋山宇一は伸子に、いつも自分が経験して来た様々のことを、情熱をもって描いてきかせた。

 けれども、それは、きまって、自分だけがもう見て来てしまったこと、行って来てしまったところについてだった。
 そして、そのあとできまって秋山宇一は、
 「是非あなたも行かれるといいですよ」
 と云うのだったが、どういう場合にでもあらかじめ誘うということはしなかったし、この次は一緒に行きましょうとは云わなかった。
 また、こういう順序で、あなたもそれを見ていらっしゃいという具体的なことは告げないのだった。

 ドーリヤに挨拶してその室を出ようとした伸子が、
 「ああ、秋山さんたち、お正月、どうなさる?」
 ドアの握りへ手をかけたまま立ちどまった。
 「きょう大使館へ手紙をとりに行ったら、はり出しが出ていたことよ。
  元旦、四方拝を十一時に行うから在留邦人は出席するようにって」
 「そうでしたか」
 内海は黙ったまま、すっぱいような口もとをした。

 「何だか妙ねえ――四方拝だなんて――やっぱりお辞儀するのかしら……」
 困ったように、秋山は大きい眉の下の小さい目をしばたたいていたが、
 「やっぱり出なけりゃなりますまいね」
 ほかに思案もないという風に云った。
 「モスクワにいる民間人と云えば、われわれぐらいのものだし……
 何しろ、想像以上にこまかく観られていますからね」
 ドーリヤのいるところで、秋山は云いにくそうに、云った。

 そして、残念そうに内海を見ながら、
 「うっかりしていたが、そうすると、レーニングラードは三十一日にきり上げなくちゃなりますまいね」
 秋山は国賓としての観光のつづきで、レーニングラードのВОКС《ヴオクス》から招待されているのだそうだった。

 四階の自分の室へ戻る階段をゆっくりのぼりながら、伸子は、このパッサージというモスクワの小ホテルに、偶然おち合った四人の日本人それぞれが、それぞれの心や計画で生きている姿について知らず知らず考えこんだ。
 素子も、随分気を張っている。
 秋山宇一も、何と細心に自分だけの土産でつまった土産袋をこしらえようと気をくばっていることだろう。

 秋山宇一は、日本の無産派芸術家である。
 その特色をモスクワで鮮明に印象づけようとして、彼は、立場のきまっていない伸子たちと、あらゆる行動で自分を区別しているように思えた。
 同時に伸子たちには、彼女たちと秋山とは全く資格がちがい、したがって同じモスクワを観るにしろ、全然ちがった観かたをもっているのだということを忘れさせなかった。

 その意識された立場にかかわらず、秋山宇一は大使館の四方拝については気にやんで、レーニングラードも早めに切り上げようとしている。
 秋山が短い言葉でこまかく観られているといったことの内容を直感するほどモスクワに生活していない伸子には、秋山のその態度が、どっち側からもわるく思われたくない人のせわしなさ、とうけとれた。

 伸子は、日本にいるときからロシア生活で、ゲ・ペ・ウのおそろしさ、ということはあきるほどきかされて来ていたが、日本側のこまかい観かたの存在やその意味方法については、ひとことも話されるのをきいていなかった。

 階段に人気のないのを幸い、伸子は紫羽織のたもとを片々ずつつかんだ手を、右、左、と大きくふりながら、一段ずつ階段をとばして登って行った。
 二人しかいないホテルの給仕たちは、三階や四階へものを運ぶとき、どっさりものをのせた大盆をそばやの出前もちのように逆手で肩の上へ支え、片手にうすよごれたナプキンを振りまわしながら、癇のたった眼つきで、今伸子がまねをしているように一またぎに二段ずつ階段をとばして登った。

        四

 その年の正月早々、藤堂駿平がモスクワへ来た。
 これは、伸子たちにとっても一つの思いがけない出来事だった。
 三ヵ月ばかり前、旅券の裏書のことで、伸子が父の泰造と藤堂駿平を訪ねたときには、そんなけぶりもなかった。
 藤堂駿平の今度の旅行も表面は個人の資格で、日ソ親善を目的としていた。
 ソヴェト側では、大規模に歓迎の夕べを準備した。

 その報道が新聞に出たとき、秋山宇一は、
 「到頭来ましたかねえ」
 と感慨ふかげな面もちであった。
 「この政治家の政治論は妙なものでしてね、よくきいてみればブルジョア政治家らしく手前勝手なものだし、近代的でもないんですが、日本の既成政治家の中では少くとも何か新しいものを理解しようとするひろさだけはあるんですね。
  ソヴェトは若い国で、新しい文化をつくる活力をもっている。
  だから日本は提携しなければならない。
  そういったところなんです」

 そして、彼はちょっと考えこんでいたが、
 「いまの政府がこの人を出してよこした裏には満蒙の問題もあるんでしょうね」
 と云った。

 こっちへ来るについて旅券のことで世話になったこともあり、伸子は藤堂駿平のとまっているサヴォイ・ホテルへ敬意を表しに行った。
 金ぶちに浮織絹をはった長椅子のある立派な広い室で、藤堂駿平は多勢の人にかこまれながら立って、葉巻をくゆらしていた。
 モーニングをつけている彼のまわりにいるのは日本人ばかりだった。

 控間にいた秘書らしい背広の男に案内されて、彼のわきに近づく伸子を見ると、藤堂駿平は、鼻眼鏡をかけ、くさびがたの顎髯《あごひげ》をもった顔をふりむけて、
 「やあ……会いましたね」
 と東北なまりの響く明るい調子で云った。
 「モスクワは、どうです? 
  気に入りましたか。
  うちへはちょいちょい手紙をかきますか?」

 伸子が、簡単な返事をするのを半分ききながら、藤堂駿平は鼻眼鏡の顔を動かしてそのあたりを見まわしていたが、むこうの壁際で四五人かたまっている人々の中から、灰色っぽい交織の服を着て、いがくり頭をした五十がらみの人をさしまねいた。
 「伸子さん。このひとは、漢方のお医者さんでね。
  このひとの薬を私は大いに信用しているんだ。
  紹介しておいて上げましょう。
  病気になったら、是非この人の薬をもらいなさい」
 漢方医というひとに挨拶しながら伸子は思わず笑って云った。
 「おかえりまでに、わたしがするさきの病気までわかると都合がいいんですけれど」

 藤堂駿平のソヴェト滞在はほんの半月にもたりない予定らしかった。
 「いや、いや」
 灰色服をきたひとは、一瞬医者らしい視線で伸子の顔色を見まもったが、
 「いたって御健康そうじゃありませんか」
 と言った。
 「わたしの任務は、わたしを必要としない状態にみなさんをおいてお置きすることですからね」

 誰かと話していた藤堂駿平がそのとき伸子にふりむいて、
 「あなたのロシア語は、だいぶ上達が速いそうじゃないか」
 と云った。
 伸子は、自分が文盲撲滅協会の出版物ばかり読んでいることを話した。
 「ハハハハ。なるほど。
  そういう点でもここは便利に出来ている。
  お父さんに会ったら、よくあなたの様子を話してあげますよ。
  安心されるだろう」

 その広い部屋から鍵のてになった控間の方にも、相当の人がいる。
 みんな日本人ばかりで、伸子はモスクワへ来てからはじめて、これだけの日本人がかたまっているところをみた。
 小規模なモスクワ大使館の全員よりも、いまサヴォイに来ている日本人の方が多勢のようだった。

 藤堂駿平のそばから控間の方へ来て、帰る前、すこしの間を椅子にかけてあたりを眺めていた伸子のよこへ、黒い背広をきた中背の男が近づいて来た。
 「失礼ですが
  佐々伸子さんですか?」
 「ええ」
 「いかがです、モスクワは」
 そう云いながら伸子のよこに空いていた椅子にかけ、その人は名刺を出した。
 名刺には比田礼二とあり、ベルリンの朝日新聞特派員の肩がきがついていた。

 比田礼二。
 伸子は何かを思い出そうとするような眼つきで、やせぎすの、地味な服装のその記者を見た。
 いつか、どこかで比田礼二という名のひとが小市民というものについて書いている文章をよんだ記憶があった。
 そして、それが面白かったというぼんやりした記憶がある。

 伸子は、名刺を見なおしながら云った。
 「比田さんて……お書きになったものを拝見したように思うんですけれど」
 「…………」
 比田は、苦笑に似た笑いを浮べ、口さきだけではない調子で、あっさりと、
 「あんなものは、どうせ大したもんじゃないですがね」
 と云った。

 「あなたのモスクワ観がききたいですよ」
 「……なにかにお書きになるんじゃ困るわ、わたしは、ほんとに何にもわかっていないんだから」
 「そういう意味じゃないんです。
  ただね、折角お会いしたから、あなたのモスクワ印象というものをきいてみたいんです」
 「モスクワというところは、不思議なところね。
  ひとを熱中させるところね。
  でも、わたしはまだ新聞ひとつよめないんだから……」

 はじめ元気よく喋り出して、間もなく素直に悄気た伸子を、その比田礼二という記者は、いかにも愛煙家らしい象牙色の歯をみせて笑った。
 「新聞がよめないなんてのは、なにもあなた一人のことじゃないんだから、心配御無用ですよ。
  ところで、モスクワのどういう所が気に入りましたか? 
  新しいところですか?
  古さですか?」

 「私には、いまのところ、あれもこれも面白いんです。
  たしかにごたついていて、そのごたごたなりに、じりじり動いているでしょう? 
  大した力だと思うんです。
  何だか未来は底なしという気がするわ。
  ちがうかしら……」
 「…………」
 「空間的に最も集約的なのはニューヨーク。
  時間的に最も集約的なのがモスクワ……」

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