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日本の将来像を真剣に考えるコミュの【雑談】みんなでお喋りトピ

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他が議題が重いので・・・
息抜きと言うことで、気軽に雑談する場所としてトピ作成しました。

お気軽にお喋りなどにお使いください(・ω・)bグッ

特に議論じゃなくてOKです。

愚痴とかでも何でもOK(・ω・)bグッ

皆様へ。中々話に入っていけないって方も大勢いらっしゃると思いますが、ここではお気軽にb

コメント(233)

>>[184]
>『生物の進化』と『技術の進歩』は、異なるものだ。

 異なるものだが良く似ている。が正解だよ。
どちらも、多くの場合、淘汰圧により促進される。

 『生物の進化』と『技術の進歩』も、劣位のモノが、優位のモノを駆逐する形で行われる場合が多い。

             ***

 人間社会が他の動物を圧倒してから、何が起きたか、複数のグループ(民族)が多民族を奴隷支配する同族闘争に移行した。

 つまりホモサピエンスを母体として収斂進化したわけだ。

 とりあえず、奴隷支配という極端な形態ははんば脱却できているが、生物間の生存競争が、人間観の生存競争に置き換わった事にはかわりはないと文学的に表現できる。
 進化論が正しいか?・・・というのは疑問ではあるがね。
 進化論は否定されつつある。あるいは進化論を支持しているのは日本だけだとも聴く。
 ただ、アンチ進化論者の主張そのものも、「進化論」に聞こえるからよく解らない(藁)。

          ***

 たぶん「適者生存」、優れたものが生き残るという選良思想的な所が否定されているのだと思うな。


 進化論の本質が「適者生存」だとしたら、微妙にそうではないとは言える。

 つまり、優れたものがドンドン進化してきたわけではない。

 豊かな水辺を弱者ゆえに追い出された爬虫類の先祖が荒地で強靭な種に進化(?)して、両棲類の優位に立っている。

 「非適者が進化して巻き返す」というのが進化一つの姿では有る。
KK様の言われる様な、『適者生存』が正しいとするならば。

現代のグローバル自由競争資本主義という社会システムが、
その『適者生存』を『否定』している処が問題なのだろうと思う。


例えば、アラブの考え方・イスラムの教えは、
砂漠に住む民族に適応した考え方だし、
北極のイヌイットの考え方・生活スタイルも、
その土地に適応した『合理的な』スタイルだ。(適者)


ところが、自由競争資本主義は、その土地に対する『適者』とは全く関係無く、
銭カネ勘定…儲かるか儲からないか、という事で、淘汰をしてしまう。


つまり、本来の自然界の生存競争に於ける『適者生存』では無く、
コスト競争や利益競争という、自然界には存在しない、
別の考え方の生存競争、適者生存にスリ替わってる。
(この点、別の人とも議論になったが…自然界に存在しない『貨幣』を作り出して、
それで競争する事が、果たして自然な進化と呼べるのか否か。)



根本的には、現在のグローバル自由競争資本主義という『社会システム』そのものが、
果たして『進化・進歩』と呼べるのか??
…或いは『間違った進化・進歩』ではなかったか??

というのが、思う処では、ある。
Abel-2様は、いったい何を妄想されてるのか知らんが。(笑)

我輩とて、工業高校卒で何年間か生産現場の技術者だったんだがな。
(大学は出て無いから何の自慢にもならんが。)


例えば、建物でも近年は、高気密・高断熱が尊ばれるが…

コレは夏場、エアコンが故障すると死ぬぞ。(苦笑)
空調関係の仕事をした経験上。

確かに、技術の進歩で、住宅の高断熱化は出来たが。
それは、エアコンの設置を前提とし、膨大な電力(発電)、エネルギー消費を必要とする。

…それが果たして『合理的か??』という点では、大いに疑問だ。

逆に昔ながらの日本家屋。

コレは、間取りに『縁側(濡縁)』が有り、ヒサシが有るので、
夏場の直射日光が室内に入り込まない為、
余り暑くならない。
…加えて、茅葺き屋根にも断熱性が有るので、コンクリート造のマンションよりも遥かに涼しいし、エネルギーを使わないから『合理的な』間取り・構造と言える。
(逆に日本家屋は冬場寒いが、それは障子・襖に断熱性が無い事と、囲炉裏で常に火を焚く・暖房を前提にしている。)



勿論、現代の人口が密集した大都市で、
昔の様な日本家屋を建てるのは困難だろう。



言いたい事は、昔の人も技術水準に応じた『合理的』な考え方で、
生活や社会が出来てた…という事。

その点で、現代の自由競争の果ての、都市部一極集中・都市と地方の格差拡大…という社会が、
果たして『合理的』なのか??
という事を考え直してみる必要は有るだろう。
技術の進歩、それはそれで悪い事では無いが…
技術の進歩が『人を幸せ』にしたか??
…という点は、常に考えるべきだろう。


技術の進歩=産業の省力化で、
本来ならば人々の労働時間は減って然るべきである。

ところが、現実には、一人当たりの労働時間は、余り減っていない。
…その代わりに、失業者という形が増えた。
(特に、技術の進歩を遂げた先進国で顕著だ。)

それが故に、政府が税金を徴収し、失業対策だの産業振興だの福祉・生活保護だのと、
色々と手間を掛ける必要が出て来た。


これは、社会システムの何処かに根本的な問題を抱えている。
…この様な非合理的で、不均衡な社会システム…
つまり自由競争資本主義自体が、本当に良いのか否か。



前述の、住宅の高断熱化という技術の進歩で言えば。

住宅の高断熱化=エアコン必須=電力の大量消費=原発も必要=原発を稼動させる下請け労働者…という繋がりを持って考えねばならぬ。


危険な作業を強いられる、原発下請け労働者を必要とする社会が、
本当に『幸福な社会』と言えるのだろうか???
[189] まつじ様
制限する必要性、というのも、生活・社会システムの中に
『合理的に』組み込んでただろう。

大昔の人々は、例えば『道祖神』の御神体(陰茎)を見ても分かる通り、
セックス=出産は、或る種の『神事』であり、
現代人の様に、のべつ幕無しにセックスをする訳では無く、(苦笑)
野生動物にサカリ(繁殖期)が有るのと同様に、
時期を定めてやってたのだ。


…それでも人口の適正規模を維持する為に、
強制的な堕胎・間引きが無かった訳では無いが、
それは主に、飢饉などの異常気象・災害に伴って、
適正規模のサイズが小さくなった・人口を減らす必要が出来た時だ。





…野生動物の様な『サカリ』の時期が無くなって、
時期・季節関係無しに、
のべつ幕無しにセックスする様になったのは、
技術の進歩と歩調を合わせて起きて来た事ですな。(苦笑)
[189]
縄文時代は、その時代の技術水準に合わせた、
『極めて合理的な』社会を築いていたと思う。


住居ひとつ取ってみても…

当時の住居は、一戸2〜3人から5〜6人。
…決して大型の建物を建築する技術が無かった訳では無く、
数十人も収容出来る大型建物も建ててた。

これは、現代の家族、『世帯』という考え方とは全く異なったスタイルだろう。

つまり、当時の住居は『家族別・世帯単位』ではなく。
集団の中での『役割別』の住居だったのだろう。


例えば、一戸2〜3人の住居は、赤ん坊を育てる夫婦、或いは長老と介護者。
一戸5〜6人の住居は、同じ役割…猟人なら猟人、縄綯いなら縄綯い、という同じ役割・仕事の人達が集まった住居…という具合に。

これはこれで、極めて『合理的』なスタイルであろう。
(現代の様に、赤ん坊と夜勤の親父と要介護老人が、一緒の住宅に住む方が非合理。苦笑。)


この『役割別』の住居という考え方は、極めて重要で。
『家族・世帯』という基準では無く、『個人』として『公人(集団の市民)』、集団の為に働く・能力を提供するという
社会参加の形で社会が成り立ってたのだろう。(公益概念)


集団の中でも、年齢と共に役割も住居も変わって行く。
…つまり、若い時は、猟に。歳を取ったら縄綯いに…という具合に、
個人の特性や年齢に応じて『役割(仕事)』も変わった。

また、数十人規模収容の大型建物は、
集団の共同作業場・共同倉庫であり、
集団の中の人(市民、村人)は、その中から自分に必要な分の食料・燃料を使えた。



この事から、失業問題や高齢者問題という事は起こり得ず、
しかも集団の市民で有る限り、生活は保障されている。

その上これは、領主・支配者という上下のヒエラルキー無しに達成され、
(集団の『掟』や、長老の判断という制約・制限は有ったろうが。)
しかも集団内で、貧富の格差が極めて少ない。


更には、その集団で村に引き籠もってた訳では無く。
例えば沿岸部から数十kmも入った内陸にまで魚介類が運ばれており、
外部との積極的な交易・交流も有った。




この事から、当時の社会は、
極めて自由闊達で、しかも『合理的』な社会であったと言える。
(確かに医療水準始め、技術水準は現代と比べ物にならぬ位に劣ってたかも知れぬがね。)


現代の様に、国家や行政が、上下のヒエラルキーの基で、
色々な施策…高齢者対策や失業対策、生活保護や富の分配などの仕組みを作らねば、
社会を維持出来ない現代の方こそ、
実は『社会システム』としては劣化した、非合理・非効率な社会システムでは無いかと思う。
>>[199]

 すこし誤解があります。

>KK様の言われる様な、『適者生存』が正しいとするならば。

 私は努力したものが生き残る。という考えを取ります。
従い、適者とは当たらずとも遠からずですね。

>ところが、自由競争資本主義は、その土地に対する『適者』とは全く関係無く、
>銭カネ勘定…儲かるか儲からないか、という事で、淘汰をしてしまう。

 生命資源(食料、エネルギー・・・)の資源の争奪を金という共通単位で計っています。合理的だと思いますよ。

 効率良く、食料、スペースを確保する。

 そこに”誰に対しても競争する機会の与える”というところが自由競争の優れたところです。

 例えば、日本では正社員の雇用の安全弁として、”非正規を使う”のが当たり前になっている。
正社員という特権階級を作り、その雇用を維持するため、非正規に奴隷的労働を強いる現状が起きている。これは非競争主義と言えます。

          ***

 図1は憂慮することです。
 図2は真偽は別に考える余地がありますが、呆れ返る事です。

 競争がないと図2のような事態が起きやすいとは指摘しておきましょう。
>>[207]
>だったら資本主義の【次なる】社会システムを提示すればいいだけでは?

 そういうことだね。誰も資本主義が良いなんて言っていないだろう?
社会主義よりははるかにマシ、共産主義よりははるかにマシというだけのこと。

 資本主義より優れた社会制度を考えれば、そちらに変わるでしょう。
>>[204]


人間存在に関わる、超々長期の視点で問題提起されていますね。
「日本の将来像を真剣に考える」コミュニティが、主要に議論することを予定している内容の枠を超える問題提起だと思います。

コミュニティ参加者の参加動機に合致するかどうか不安ですが、「【雑談】」の中で続けるのも不適切なので、独立したトピックを建てることをお勧めします。


■黒猫伯爵さん の主張は、超々長期の視点故に、他人の賛同を得るのには困難さが予想されます。積極的な反論には至ることは少ないでしょうが、賛同も多くは無いでしょう。むしろ、反応が少なければ消極的な反論の顕れと、保守的に捉えることをお勧めします。

超々長期の視点で指摘する、■黒猫伯爵さんの問題提起が、どれだけ現実問題を考える上で有益かを説明できるのかがポイントだと推察します。
>貨幣経済においてはカネだな・・・
>そりとも物々交換かい?w

 そういうことだ。

 貨幣経済は、米本位制、タロイモ本位制、ブタ本位制が前駆段階としてある。

 日本は江戸時代初期までは米本位制。加賀百万石という表現がその名残。石って確か、1人の人間が一年間に必要な米の量、転じて、「一石≒一人養える富」だよね。

 南洋諸島はタロイモの収穫量が富を決定する。確か、飼育しているブタの数が財産となる部族もいたと思う。

           ***

 貨幣は度量均の一元化という役割がある。米、タロイモは腐るから、貨幣としては都合が悪い。ブタは生き物だからなお悪い。

 市場でブツブツ交換する時に貨幣がないとテラ困る。
誤:市場でブツブツ交換する時に貨幣がないとテラ困る。
正:市場で交換する時に貨幣がないとテラ困る。
 ただ、よく解らないんだが・・・・

 原始共産制/自然社会(自由主義) --> 王朝政治 -+--> 自由主義政治 --> 継続 
                                  +--> 社会主義/共産主義 --> 壊滅 

 こういう図式があると思うのだが?
現代の自由主義、資本主義というものは、原子共産制、自然社会に一番近いと思うのだが如何だろう?

 「土地=資本」であるから、自然社会は資本主義社会の考え方は当然だっただろう。

        ***

 現代の資本主義の萌芽は恐らく、農耕の開始だろう。農業は土地という財産が前提になる。
従い、現代の資本主義の原型は田畑で必要な土地の私有化、財産化と一致するはずだ。

        ***

 おそらく、遊牧民族、北米インディアン型の周回型狩猟民族には資本主義の概念は希薄だっただろう。
まったくないわけではない。個人携行する資産、奴隷という概念が遊牧民族にはある。

 遊牧民族というより騎馬民族というべきかもしれないんだが、異民族を奴隷として支配するというムーブメントは騎馬民族から出ていると指摘可能だ。
 封建制は王朝政治の一形態じゃない?
王朝版道州制度というか、王朝版州制度という性質じゃないかと思う。

 結局、広大な国土を1人、1家が支配できないから、貴族に領土を分割して与えるというのがあのへんの常套手段でしょ?

 日本の場合は地方豪族が最初におり、それらが皇室を担いだように見える。
平安朝以後、豪族は消滅した。発祥が謎の武士団が台頭し、貴族と置き換わる流れがある。

               ***

 まあ、封建制度っては王朝内のプチ王朝制度って見ているがね。
 まあ、いずれにせよ、日本史では江戸時代初期までは米本位制。
厳密には幕末まで米本位制と言えなくもない。

 日本は関西圏の銀本位制と、(反対的に東日本と予想される)金本位制が混交していたと聞いたことがあるがね。

 江戸時代初期、武士の俸給は米で支払われ、ドブロク作りが良妻の条件と聞いたことがある。
まあ、それは下級武士なんだろう。
 今の日本の問題は”ゆとり世代”ではないかね?・・・・

 ゆとり教育は1967年から始まっているのだそうな。
 私は日本の教育を受けていないんでさっぱり判らんが・・・

 高度経済成長・学歴カーストの「受験教育」と「ゆとり教育」。
前門の虎、後門の狼というところか。

          ***

 小中高の教育は、基礎をみっちりやるのが良い。高度な応用は必要ないと思う。
従い、「受験教育」は人間を歪ませるだけで良くないと思う。

 ただし、ゆとり教育もなあ・・・・

          ***

 ゆとりの趣旨は高尚だったが、手法を間違えたということか。

 彼等は「情報を省く」ついでに「競争」を省いたのだろう。

          ***

 いろいろと間違えていたのだろうな。
 おろろ?・・・Sexy?ひょっとして?
 金がなくても、イモの奪いあいがあったぞ。
騎馬民族では♀の奪い合いな・・・

 つまり資源の奪い開いで、金はお札にすぎんよ。。。偉い人にはそれが判らんのだよwww
「参院選7月10日投開票=同日選は見送り―首相方針」(2016年05月01日 15:01 時事通信社)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=3973539&media_id=4


久しぶりに、行方が分からないと思う国政選挙です。
自民党に政権が交代した後の国政選挙は、結構予想が楽でした。そして大体予想通りでした。
今度はチョッと予想が難しい。

野党は選挙協力が進んでます。準備期間が短いとは言えないので、主張すべきことをしっかりと考えて選挙アピールして欲しい。
現与党の政権運営も、国民の厳しい審判を受けるのには程よい年月が経っていることでしょう。

私の立ち位置としては、現在、現政権に肯定的です。
安倍政権発足当時の期待値より、実績評価が低いのですが、失望する程度ではありません。

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