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眠れぬ夜の物語コミュの水かけばばあ

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7月26日
職場の帰り道、潰れたスナックがある。看板は「妙」。「たえ」なのか「みょう」なのかは謎である。
夕方、店の前を通ると、中から1人の老婆が出て来た。と思ったら、彼女はおもむろに道路に水を撒き始めた。当然、私にもかかる。なにをしてくれる。私が立ち止まると、老婆は私を一瞥し、店の中へと戻っていった。くそばばあめ。

7月30日
今日はこの地域のお祭りの予定だったけど、残念ながら雨天中止。
帰り道、またあの水かけばばあを発見した。空から降る雨を軒先で眺めていた。雨乞いか?

8月2日
今日は朝から遭遇。また桶を振りかぶっているので、思わず「ちょっと!」と言ったら「あ?」と返された。
「通行人にかかりますよ」
優しめに言うと、
「ああ、誰かおったの。目ー悪いもんで」
じゃあその首から下げてるメガネをかけろ。
私は無言で立ち去った。

8月5日
水かけばばあと近所の人らしき人を見かける。
「朝から水撒かれたんじゃ迷惑でしょうがないよ」
「はあ、でも暑いとお客さんも来てくださらないんでねぇ」
「あのね、おばあちゃん、お店はとっくに潰れてんだよ」
なんとも不毛な会話だ。しかしよく観察すると、水かけばばあはだいぶ腰が曲がっており、目も白濁している。白内障かもしれない。だったらほとんどメガネは役に立たないだろう。結構な年だと思われるが、1人でこんな潰れたスナックで何をしているのだろうか。

8月9日
今日も雨。水かけばばあはまた店の前で空を眺めている。私に気づくと、一礼してきたので、私も会釈を返す。

8月10日
水をまいている現場に遭遇したので、立ち止まって水撒きが終わってから、店の前を通る。
「こんにちは」
「はあ、こんにちは」
「失礼ですが、こちらにお住まいですか?」
すると、水かけばばあは初めて笑顔をみせた。
「朝鮮にいったおとうちゃん、待っとるのよ」
私は何も言えなくなった。この人が毎日水をまいて待っている人は、もう帰って来ない。

8月12日
明日から夏休みに入るが、なんとなくあの店が気にかかる。
今日も雨なのに、水かけばばあは水まきをしていた。先日話をしていた近所のおじさんが、小雨程度の雨では気付かないようになってしまったのだと教えてくれた。濡れた道路に水をまく水かけばばあを見ていたら、なんだかやるせなくなった。

8月23日
夏休みがあけてから初めて店の前を通った。誰かがいる気配はなかった。

8月30日
ずっと姿が見えないので、初めて店の中を覗いてみた。イスや机がホコリだらけだった。
立ち去ろうとすると、あのおじさんに会った。
「あんた、しばらく来なかったね」
「あ、はい、夏休みで」
「じゃあ知らないんだろうな。ここのばあさん、肺炎で入院して、そのまま逝っちまったんだよ」
認知症も進んでたしなあと彼は言う。私は頭を下げて踵を返した。


帰り道、浮かんでくるのは白濁した迷惑の仏頂面ではなく、笑顔の水かけばばあだった。今頃は、朝鮮にいったおとうちゃんと再会出来ただろうか。あの、たった一度きりの笑顔で。

水かけばばあはやっぱり水かけばばあだ。きっと、あの雨乞いのせいだ。こんなに、目から水がこぼれるのは。

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