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OSHOコミュの「精神世界へのやさしい道案内」サンプルコンテンツ8点紹介

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サニヤシン、およびそのご友人がたへ

一昨日、早朝に、立ち上げた「精神世界へのやさしい道案内」について、

わたし自身が「例えば、こんなことをシェアしたい」と思う

コンテンツ・サンプルを8つばかり作成してみました。

こんな感じで、自分が知っている「きらきら光るきれいなもの」を

シェアしあって「鑑賞会」を開いていると、それがおのずと、

「精神世界へのやさしい道案内」になっていくのは? と思っています。

1)●精神世界への探求の始まり

人はみな、両親や学校の先生の言うことを聞き、当たり前の日常生活を

当たり前に過ごしながら成長する。

だが、自分自身や自分に近しい人たちが「不条理な」目に遭ったとき、

「何かがおかしい」と感じる。

そして、それまで「当たり前」と思っていたことを

「本当にそうなのか?」と疑い始めたときに、精神世界への探求が始まる。

「当たり前のこと」「自明のこと」に対して、

いったん「エポケー」(哲学用語『判断停止』と訳される)すると、

自分自身が「考えていた」と思っていたことは、どれもこれも、

社会によって「刷り込まれ」「条件づけられて」いたことであり、

芸をする動物のように、調教されていたに過ぎないことを「看過」する。

こうして、自分の頭でものを考え始めたとき、

精神世界への探求が始まる... のではなかろうか?

2)●ルーシー・モード・モンゴメリ「青い城」より珠玉のことば

恐れは原罪である。世の中のほとんどすべての悪には、その根源に

誰かが何かを恐れているという事実がある。

恐れを抱いて生きるほど、恐ろしいことはない。

●モンゴメリは、もちろん「赤毛のアン」の著者として知られている。

だが、マイナーな作品もたくさんあり「篠崎紙林」というところから、

ぜんぶで三十数作ぐらい出版されている。

わたしは「自伝:険しい道」と「詩集 夜警」を除いて、全作を読んでいる

「モンゴメリ・フリーク」である。

●補足:29歳を迎えた、生気のない「オールド・ミス」のヴァランシー・スターリング

29歳は、100年前の基準では、もう望みのない「オールド・ミス」だった。

彼女は、突然、大きな危機を迎える。

そのとき、彼女は、上記のことばに「背中を押されて」

いままでとは、まったく違った世界に身を投じ、

ヴァランシー自身も大きく「変容」してゆく!

牧師婦人であったモンゴメリの著作のなかでも、

いちばん「スピリチュアルなもの」を感じさせる作品である。イチ押し!!

3)●ラーマクリシュナ

出典*Wiki http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%8A

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多くの宗教を遍歴したラーマクリシュナの教えは非常に寛容なものである。

世の中の様々な宗教は究極の一なる神がそれぞれの時代と人に合わせて現れたもので、

各々が意義を持つ。究極の一に至るために人は自分に合った道を行けばよいという。

彼は「宇宙の母なる神は子供たちのお腹に合うように料理を作って下さる」という

喩えを用いている。子供の消化力や好みに合わせて

母親が色々な料理をこしらえるように、神は国と時代と容器(人の理解力)に応じて

色々な宗教を作るということである。

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以下、Wkikiから、少しずつ「抜粋」

ここでは省略しておく。

4)●スーフィズム

学生時代に西荻窪にある「ほびっと村学校」にしばしば足を向けた。

そして参加した「ワークショップ」「合宿」のひとつが、

スーフィーの「ダウド・レヴィンソン」の「スーフィズム」であった。

ダウド・レヴィンソンの奥様は「静 レヴィンソン」であり、

自然食料理の研究家として、本を出版したりしている。

「合宿」では「ユニバーサル・ワーシップ」という「儀式」を行った。

世界の諸々の宗教の神々に対する「祈り」「礼拝」を、

歌ったり、踊ったりしながら、次々と執り行ってゆくのである!

仏教のぶんは、サニヤシンの方々には馴染み深い

「ジェイ・ラーム、シュリ・ラーム」である。

「ハリ、ラーマ、ハリ、ラーマ、ハリ、ラーマ、ハリハリ」というのもあった。

ほかにも「アフラマズダー、アフラマズダー」とゾロアスター教の神様に呼びかけ、

「アータ」とか「ヴァーユ」とか、四大元素を讃える歌だったように記憶している。

世界の主だった宗教「総なめ」という感じで「ユニバーサル・ワーシップ」は進行する。

けっこう「ディープな」体験のひとつとして、記憶にしっかり刻まれている!!

最近のダウド・レヴィンソンの消息が知りたくて、ネットを検索しても、

有効な情報がなかったな。ご存知の方がいらしたら、希う、ご連絡!

出典Wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%A0

スーフィズム概要

ここでは「省略」

5)●ヤーコプ・ベーメ「難解だがあえて紹介」

中学生のころ、ドストエフスキーが好きで「地下室の手記」「罪と罰」などを

精力的に読んだ。そして「ドストエフスキーの世界観」という本を出している、

ロシアの「実存的キリスト教」の哲学者「ベルジャーエフ」を知る。

高校生のころには「ベルジャーエフ」の「孤独と愛と社会」とか熱心に読んでいた。

そしてベルジャーエフの著作のなかに、

ドイツの神秘家(靴職人)ヤーコプ・ベーメに関する言及があって、興味を持ち、

『アウロラ』(あかつき、という意味ですね)を1万円とか、はたいて購入。

●だが「難解」で「悶絶」! 錬金術の言葉などを駆使して書かれており、

これは「理解不能」じゃ! オレはあきらめた。

●わたしのことばで、簡単にサマライズすると、彼は「神秘体験」をして、

「世界の創造」をヴィジョンとして、まざまざと「観た」!

●以下、神秘体験の一部を「抜粋」するが、重要なのは「無底」である。

ベルジャーエフは、その著作のなかで、

彼自身の思想がベーメの思想に近いことを認め、

神以前から、存在していて、神自身にも、どうにもできない「無底」ゆえに、

世の中に「悪」があることを説明できるのだ、ということが、とりあえずのポイントだ。

以下、Wiki の記述より

●その記述は神の起源にまでさかのぼる。

神の奥の奥、三位一体の神の根源をベーメは無底と呼ぶ。

無底とは底なきもの、他の何かによって根拠づけられることがなく、

また底がないのであるから何かを根拠づけることもない。

このどこまで行っても何もない無の中には

他の「あるもの」を求めるあこがれがあるという。

ただし、あこがれは無限に広がっており、中心もなければ形もない。

あこがれの海、そこには何もないのだから何も見ず、何も映さない。

いわばこれは目でない目、鏡でない鏡である。

あこがれから外に向かっていこうとする運動を意志というが、

この意志が無底の内に向かって収斂し、自分自身である無をつかむとき、

無底のうちにかすかな底ができ、ここからすべてが始まる。

意志は本質の駆動力であり、いかなる本質も意志なくしては生じないという。

●ああ、やはり「難解」で「悶絶」! とても「すじ」を追いきれない!!

●あと、たぶん大事なポイント。

ベーメにとっての世界の創造とは、神が一気に制作することではなく、

神の想像の働きが自己を展開してゆくことである。

その際否定的な要素が大きな役割を果たしているのに注目すべきである。

世界が生き生きとしたものになるためには障害が不可欠なのである。

●ヤーコプ・ベーメ
Wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%BC%E3%82%B3%E3%83%97%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%A1

ここでは「省略」、実に長いぞ!!

6)●ソルジェニーツィン「ガン病棟」より珠玉のことば No.1

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ああ、オレーク。わたしたちのいまの生活は、なんていいんでしょう。

子供時代を除いては、こんなにいい生活はなかったわ。(カドミン妻の発言)

(そして、以下は、オレーク=筆者の分身が心に思うこと)

人間の幸福というものは生活水準にではなくて、心と心の触れ合いに、

そして私たちが生活をどう見るかにかかっているのである。

心の触れ合いも、生活をどう見るかも、私たち次第であるから、

つまり、人は幸せを望みさえすれば常に幸せなのであって、

それを妨げることはだれにもできない。
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『ガン病棟』の主人公は、オレーク・コストグロートフ。

「不穏な思想を持つ大学生」とみなされてパクられ、ずっと流刑地で暮らす身の上である。

そして、オレーク同様に、流刑地で暮らす医師のカドミン夫妻の間で、

上記の会話が交わされる。

女医のガンガルト「愛称ヴェガ」との淡い愛情も美しい。

7)●ソルジェニーツィン「ガン病棟」より珠玉のことば No.2

++++「やさしい言葉は骨を砕き、厳しい言葉は怒りを呼び起こす」++++

今朝、カドミン夫妻から手紙が来た。

ドクトル・ニコライ・イワノヴィチは、オレークの質問に答えて、

「やさしい言葉は骨を砕く」という表現の出所を書いていた。

なんでも十五世紀のロシアに『旧約聖書物語』という筆写本があり、

そこにキトラウスの物語が出てくるのだという。

キトラウスは都から遠く離れた荒野に住み、まっすぐ歩くことしかできなかった。

ソロモン王はキトラウスを呼び寄せ、騙して鎖に繋ぎ、石切り場へ連れて行った。

だが、キトラウスはまっすぐにしか歩けないので、エルサレムの町を歩くときは、

通行の邪魔になる家々をこわさなければならなかった。

たまたまキトラウスの通路にあたる場所に、ある寡婦の家があった。

寡婦は死んだ夫の家をこわさぬよう、泣いてキトラウスに頼んだ。その願いは叶えられた。

キトラウスは無理に体を曲げて通り過ぎ、その時肋骨が折れた。だが家は無事に残った。

キトラウスは言った。「やさしい言葉は骨を砕き、厳しい言葉は怒りを呼び起こす」と。

オレークは思った。このキトラウスや十五世紀の作者たちは、なんと人間的なのだろう。

かれらと比べれば、われわれは狼だ。

今どき、だれがやさしい言葉に応えて自分の骨を折るだろう……。

「ガン病棟」(下)p.177 小笠原豊樹訳

8)●キリスト教の大きな過ち

プロテスタント系の「日本キリスト教会」の両親のもとに生まれ、

「信仰」の「信」をとって、信夫(のぶお)と名づけられたわたくしだが、

「処女懐胎」も「復活」も信じていないので、もはやキリスト教徒ではない。

だが、オレは思う。ジーザスは「光明を得た人」だったのだと。

「自我の明け渡し」という仕組みによって、

ひとが「光明」に近づくことを知っていたジーザスは

「信ぜよ、さらば救われん」と説き続けた。

そして、行く先々では、どこでも「慈愛」を振りまき、

人々を「癒し」その生涯は花のようだった。

わたしは「ジーザス」の人生そのものが「奇跡」だったのだと思うのである。

そこに「復活」の「奇跡」を付け加えて、

そちらをメインにしてしまった「キリスト教」は、大きな過ちを犯している。

以上、紹介、終わり!

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