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自作小説をリレーで書いてみるコミュのPAD   第2話

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「ねぇ……あーくん、これ、どうしたらいいのかしら……?」

「う〜ん、とりあえず、冷蔵庫見てみようぜ。」

明日夏とファムは、昼の仕事場である、カメリエーラのキッチンの中で頭を抱えていた。

「確か、メイさんは、冷蔵庫からこの袋を出して、そんでぇー……えーと。。。」

明日夏が取りだしたのは、銀色の袋に、黒い文字でカレー(業務用)と書かれているものだった。

「あ、あと、確かお湯を沸かしてた気がする!」

ファムは、それに気づくと、棚から鍋を取り出し、水を注ぎ始めた。

「おぉ、そうだそうだ……そんでこの後は、これを鍋に入れてたよな!」

そう言うと明日夏は、銀の袋を開けて、水を沸かし始めたばかりの鍋に『どぷどぷ』と中身を注ぎ始めた。

「ねぇ、なんかこれ量多くない?多分、お皿に乗りきらないわよ。」

「多分1袋で5人分とか作れるんだよ。なんたって『業務用』って書いてたくらいだし」

確かに、先ほど取りだした袋には、カレーと書かれた文字の下に『業務用』とは、書かれていたが、一般人が一目見れば、それは1〜2人前の量しか入っていないのは、明らかだった。

そして、二人が袋の裏側まで確認していたなら、少なくとも量に関しては、この危機を回避できたかもしれない。

ごみ箱に捨てられた袋の裏面には、確かに2人前と書かれていた。

そして、袋の中央には、『※危険、辛さ100倍用』と……。



「そろそろ良いのかしら?」

10分程してファムは、鍋のふたを開けて、先ほど作り始めた料理?の状態を確認した。

「うん、良い臭い。あーくん、こっちは、準備おっけーよん♪」

「おう、じゃ、後の盛りつけは、任せとけ!」

明日夏は、あらかじめ準備されていた炊飯器のふたを開けて、平らなお皿に良い臭いのするお米を装って、鍋の物をその上にかけてゆく。

「良い感じじゃない!やっぱり、私たちだけでもできるじゃない。」

「だな、んじゃ、出してくるぜ。」




カランカラン

「ただいま……。」

カメリエーラの扉が開き、入ってきたのは、眩しいほどの笑顔で、かわいらしい白のフリルが可愛いメイド服を着た少女だった。

しかし、店の中の光景を見た少女の頭に流れてきたBGMは、サスペンス劇場のテーマソングだった。

それもそのはず。

その光景とは、椅子から転げ落ちて、唇が腫れあがり、口から若干泡を吹きかけている30代くらいのスーツ姿のお客さんらしき男性を囲むように立ち尽くす、半泣き状態の明日夏とファムが居たのだ。

「は……は……はわぁぁぁぁぁ!!」

少女は、慌てて倒れている男性に駆け寄り意識の確認を行う。

「だ、大丈夫ですか……?意識をしっかり!!」

「う……うぅぅぅ……、み、水を……くれ……。」

蚊の飛ぶ音程の小声を聞き逃さなかった少女は、テーブルの上に置いてあった水をゆっくりと男性の口へと注いでいった。

すると男性は、意識を回復し始め、徐々に目を開いた。

「す、すまない、大丈夫だ。」

「はぁぁ、良かった……。」

男性の言葉に少女は、深いため息を吐き終わると。

「もぉ!!二人とも、何やってるんですか!!」

少女は、未だに涙目の明日夏とファムに一喝を入れる。

「メイちゃ〜ん……良かったよぉー。」

ファムは、メイと呼んだ少女に抱きつき、安堵の表情を浮かべる。





「私たち、今度こそ前科者になっちゃうと思ったわよ……。」

「そうなりたくなかったら、何度も言いますが、今度こそ自分達で料理を作ろうなんて思わないでくださいね。」

メイド服の少女メイは、先ほどファム達が作った危険物を片付けながら、呆れ顔でつぶやく。

「今月に入ってからも2回目、前月は、3回……、これだけお客さんを殺しかけておいて、このお店、なんで訴えられないのかが不思議ですよ!」

メイは、店長が雇い入れた一般のアルバイトなので知らなくて当然だが、政府の秘密機関であるカメリエーラは、常に管理及び監視されているため、こういった事態があるたびに、裏方の人たちが泣きながら後処理をしていることは、明日夏とファムにも秘密事項になっている。

「今回のお客さんに出したカレーが、たまたま作り方を間違えて、袋をそのまま温めずに、直接鍋に入れて温めたおかげで、多少薄まってたから良かったものの、運が悪ければ、本当に前科者になってたんですからね!」

メイが、袋の裏を確認しなかったことを咎めずに、こう言った注意の仕方をしたのは、やるなと言うのは、恐らく言っても無駄だろうから、あえて、万が一の恐ろしい事態を説明した方が効果的であると思ったからであった。

「でも、メイさん、あんなものをなんで冷蔵庫に入れてたんですか?」

明日夏の疑問も、もっともである。

「あれは、一部のマニアックなお客さんと、私の夜食用です。」

「……メイさんそんなに辛いの良く食べれますね!?」

驚く明日夏にメイは、少し顔を赤らめながら。

「た、確かに私は、辛党ですけど、あんなのそのまま食べたら、死んじゃいますよ!あれは、普通の辛口に、後で少しだけ足すんですよ。」

明日夏は、納得した表情で。

「だよなぁ。よぉし、これで次に同じ注文があった時は、大丈夫だな。な、ファム!」

「いぃーえぇーす!」

そう言う明日夏の横で、親指を立てているファムを見たメイは、再び呆れた表情で。

「はぅぅ……、この人たちは……。やっぱり、店長に料理の出来るバイトの人、入れてくれるように、頼んでみようかしら……。」

そう呟いた、メイの目には、小さな心の汗が映っていた。

コメント(42)

主が静かに書類をテーブルの上に置いた。

捜査報告書

表題にそう書かれた書類には、紙面いっぱいに細かい文字がい〜っぱい書かれてる。
しかも、何枚有るんだろ……。分厚い……。

「簡単に説明すると、こういう事だ」

書類の厚みを見て嫌な顔をしたアタシ達の反応を見て、主は口頭で説明してくれた。

「まぁ、早い話がドラッグに関する調査なんだがね」

「それは……」
「明日夏の言いたい事は判る。でも警察じゃ手に負えないらしい」



最近、新しいドラッグが流行しているらしい。
通称 カートゥーンヒーロー

強い高揚感が得られる覚醒剤の一種。

別系列の、複数の暴力団が資金源にしているにも拘わらず、処方箋〔レシピ〕が出回っていないという。

中高生の男子を中心に人気があるとか。



「聴いた限りじゃぁ、そこらにあるドラッグの流行り始めと同じみたいだけど……」
「どうして警察じゃダメなんですか?」

「もちろん普通の薬物なら警察が頑張れば良いだけなんだがね」

主は困ったように懐から煙草を出して1本くわえた。
店内禁煙で灰皿が無いから、くわえるだけだけど。

「そのクスリがどうも怪しくてね」
ギシ、と椅子にもたれて天井を仰ぐ主。
「なんでも、コイツはいわゆるドラッグとして取り締まるのが難しいんだそうだ」

「どゆこと?」
なんだか話がワケわかんないんだけど?

「間違いなく違法薬物だ。薬事法違反で取り締まる事は可能だろう」
でもな、と視線をアタシ達に戻す主。
「コイツは、他のドラッグと違って、耐性も依存性もない」

「?じゃぁ、別にいんじゃないですか?」
合法ドラッグだっけ?

と首を傾げるあーくん。

「だから合法ではないと言うに」
ため息をつく主。
「健康上の害が認められないからね。取り締まりの対象にする口実が薄いんだとさ」

「ドラッグなのに、ドラッグとしての特性はトリップだけって事?」

「らしいね」
くわえた煙草をかみかみしながら。
「問題は、コイツをヤッてた奴の何人かが消息を絶った」

『!』

「誘拐…ですか?」

「どうだかねぇ」

あーくんの言葉に主は腕組みをして考え込むそぶりをした。

「消えた人間に接点は無い。有るとすれば、みんなカートゥーンヒーローに手を出してた事くらいだ」

「売人は?同じ暴力団の人なの?」

「捜査中らしい。おそらく違うんじゃないかなぁ」
アタシの質問にも腕組みを解かずにうなる主。

「まぁ、ここからが本題の本筋なんだがね」
さっきと同じような事を言って主が、別の書類をテーブルの上に置いた。

そこには、顔写真と簡単なプロフィールが書かれた、ぱっと見、履歴書みたいな物。

写真は高校生くらいの男の子。おとなしそう、と言うかブッチャけ、ひ弱そうな男の子が、まじめな顔つきでフレームにおさまってる。
名前は……

「朱知〔あけち〕……走師〔そうじ〕」
あーくんが声に出して、男の子の名前を読み上げた。

「変わった名前ねぇ」
「お前さんに言われたくないだろうがね」

アタシの呟きに、主が間髪入れずにつっこんできた。
いや、まぁ、そうだけど。

「彼も、例のヤクに手を出して、そして居なくなった」

『……』

「常習していたとの証言もある」

え?

「依存性はないんじゃないの?」

「依存性は、ね」
説明が面倒くさい。と顔に書いて頭を掻く主。
「依存性はない。故に興味本位で手を出しても、その1回で満足できればそれ以降、体が欲する事はない」

「常習していたんですよね?」

「常習は、な」
「1回で満足できない子は何度でもやっちゃうってことね」

アタシが話を少し先回りして答を出した。

「あぁ。そうだ。依存性はないからね、本人が望まない限りはどうと言う事はない。しかし本人がはまって、本人の意志で望めばそれは常習性となる」

「本人の意志でやめる事ができるドラッグ、ですか」

それだけ聴くとドラッグじゃないみたい。

「そういうことだ」
呆れたように頷いた主は、視線をアタシ達に向けた。

「で、本題の本筋の本質だが。
 この朱知少年の捜索が今回の仕事だ」

「そういうのは、オレたち向きじゃないと思うんですけど……」

「そうなんだがね。この辺で案件を抱えていない組〔チーム〕がうちぐらいなんだとさ」
肩をすくめてため息をつく主。
なんだか、紫煙が見えそうなくらい重いため息。
「捜索の過程で、ヤクをばらまいてる奴が居たら、懲らしめてもかまわない。との事だ」

「はぁ。わかりましたぁ」
アタシが投げやりに返事をすると、主が睨みつけてきた。
「でもぉ、手がかり少なすぎじゃない?」

「そうですよ。カートゥーンヒーローに手を出していた以外何もわからないじゃないですか」

「あぁ。だから、2人はまずここに行ってもらう」

ここ。と主が指さしたのは、朱知くんの住所が書かれている欄だった。

「まずは、朱知少年の母親に会って話を聞いてこい」

………はい?

「もうアポは取っている。明日、そこに行ってこい」

主がそう言って差し出したのは、朱知宅の場所が記された地図と

「警察手帳?」

「他でも聞き込みとかするだろ」

「そりゃそうでしょうけど……無理がないですか?これ」

これ、と指さすのは警察手帳、じゃなくて、アタシ?

「どういうこと?あーくん」

「だって、お前どうせ喪服着るんだろ?」
「そりゃぁね」

「喪服でこれ持ってたら変じゃないか?」

これ、は今度こそ警察手帳。

『あ』

喪服を着て、行方不明の操作って、朱知少年の死を暗示してるとしか思えない。
そんなの家族や知人に喧嘩売ってるだけね。

「どうする?」

主の顔はアタシに判断をゆだねてる。

うぅん。
あーくんだけで操作ってのも効率が悪そうよねぇ。
かといって、アタシ、喪服以外の“仕事着”持ってないしなぁ……。

「スーツもあるんだけど、それじゃ、ダメ?」

「……まぁ、マシではあるわね」

主が肩をすくめた。

「はぁ、しょうがい。
 ま、なんとかなるだろ」

あーくんも一応納得してくれた。

「じゃぁ、頼んだぞ。
 あぁ、明日夏。メイに連絡を入れて明日は店休日だと伝えておいてくれ」

「はぁい」

今日はもう仕事もないし、ゆっくり過ごそうっと。
「どうぞ……。」

卓袱台の上に置かれた湯呑の中からは、緑茶の香りが漂っている。

四畳半の少し狭い部屋に明日夏とファタールは、足を整え片や黒いスーツ、片や黒のスーツの喪服と言う姿で、一人の女性と対峙していた。

「それで、息子さんの話なんですけれども……。」

しばしの沈黙の後、明日夏は、意を決し切り出した。

少しやつれ気味の顔の女性は、目線を下に逸らしたまま、重い口を開いた。

「息子が居なくなった理由に心当たりですか……確かに最近あの子は、少し活発になったとは、思っていましたが、それ以外に特に変わったところは、何もありませんでしたし、それくらい年頃の男の子なら、良くあることだと思っていましたので……。」

確かに、中高生くらいの子供ならば、些細なことがきっかけで、性格が多少変化するのは、良くあることだ。

「むしろ、そうなる原因があるのなら、こちらが……教え……て、頂きた……い、くらいです。。。」

女性は、目に涙を浮かべ声を引きつらせながら、応える。

「申し訳ございません、なにぶん私共もこの件に関しましては、まだまだ情報不足で、まずは、親御様のお話を聞いてからと思いましたので。」

心中を察した口調でファタールが切り返す。

「ごめんなさい、取り乱してしまって。」

涙を拭い、呼吸を整えた女性は、今度は、2人の方を見つめながら口を開いた。

「そういえば、確かに息子自身に変わったところは、ありませんでしたが、周りの環境と言いますか、お友達が増えたのか、前よりも外出する回数と時間が多くなっていました。」

「なるほど、もし分かればで良いのですが、その友達のお名前や、どういった関係の友達であったかは、分かりますか?」

明日夏は、胸ポケットに入れていたメモ帳を取り出し、再び訪ねた。

今回の問題になっている人物、朱知走師の母であるその女性は、少し考えた後……

「すみません、私も詳しいことは、あまり……確かに回数や時間は、増えていましたが、出て行く時には、帰る時間も告げて出て行ってましたし、あまり夜遅く居なくなるということも無かったので、悪い友達と付き合いがあるとは、思えなかったので……。」

そういうと女性は、項垂れて再び顔がうつむく。

「いえ、決して息子さんがそう言ったお友達と付き合いがあったとは、限りませんから。」

「そうです、あくまで可能性の問題であって、今の話を聞く限り、私共もそのようなことは、無いと思いますし。」

また落ち込まれては、話にならないので、明日夏とファタールは、息のいいコンビネーションで、すぐに切り返した。

「ありがとうございます、しかし私の分かることは、このくらいで、後は、お恥ずかしい話、本当に何も思い当たる節が無いんです……。」

そう聞くと、明日夏とファタールの2人は、お互いに視線を送ると、軽く頷き。

「そうですか……分かりました、それでは、私どもは、学校関係者や、友人を訪ねてみることにします。」

「お母様も、もし何か分かったこと、思いだした事がありましたら、ご連絡ください。」

そう伝えると2人は、立ち上がり、朱知走師の家を後にした。



「うーん、いまどきの親ってやっぱり、あまり子供に関心がないのかねぇ。」

複雑な顔で明日香が呟いた。

「まさか、ここまで情報が得られないなんてね、正直私も少し驚いたわ。」

自分の息子の行方が分からなくなったのだから、それ相応の情報が得られるはずと、2人は、考えていたが、思いっきり当てが外れ、今度は、2人が片を落としていた。
「さてと、では、気を取り直して次行ってみましょうか!」

明日夏は、気合いを入れ直し、学校の校門の前に立った。

市立善日中学。

校門の前に掲げられている看板には、大理石を彫った黒文字でそう書かれていた。

「ここで、間違いないみたいね。」

ファタールは、資料を広げ確認を取る。

「えーと、この学校の下校時刻は、16時10分、あともう少しね。」

学校の4階部分に掲げられている時計の針は、16時調度を指していた。


「でも、わざわざ、ここで生徒を待ち伏せしなくても、直接学校に事情を聴きに行った方が早くないか?」

もっともと思われる疑問に対して、ファタールは、またも睨みを効かせ明日夏を見つめる。

「確かに、その方が手っとり早いかもしれないけど、私たちいくら国家の元で働いてるって言っても、公には、出来ない組織の所属なのに、もしも、学校が本当の警察に問い合わせなんかしたら、後々の動きが取りにくくなるからよ。」

説明をすれば、警察も学校も理解は、するかもしれないが、基本的にそれは、不味い。

本当は、もっと深い事情もある。

しかし、ファタールは、いい加減説明をするのが面倒になり、手短に明日夏を納得させる方法を心得ていた。

「そっか、それもそうだな。」

ファタールの思惑通り、案の定明日夏は、これだけで納得をした。

彼女は、半ば呆れながらも、自らの策の成功に頬が緩んでいた。


キーンコーン、キンコーン


そんないつものやり取りをしていると学校の終礼が鳴り響き見ると正門から生徒がちらほら出てくるのが見えた。
「さぁ、あんまり目立たない奴だったし……」

「よく、親の愚痴をこぼしてた気もするな」

「けっこう、悪い奴ともつるんでたみたいだけど…パシリにされてたんじゃね?アイツんち金持ちだし」

「…何それ?新しいCSチャンネル??」

「アイツんち、ちょーエリートだからストレスでも抱えてたんじゃね。あいつ凡人だし」

「よく、お兄さんと喧嘩したって聞いたよ」

「家出でしょ?だって、彼、家のことが嫌いって……違うんですか?」

「たまに、ケガしてガッコに来てたぜ?転んだって言ってたけど、にしちゃぁ、しょっちゅうだった気もしなくもないけど」

「てか、ケーサツも大変だよね、あんな奴のためにそんな暑苦しい恰好で、ごくろうさまって感じ?」

「ハンカガイて言うの?そういうお店がある所で出回ってるて聞いた事があるけど…。っ!あたしはしてないわよ!?ほんとだってば!」

「なんか、やばい話になってんすか?だって、いなくなって今まで警察が来たことなんてなかったし…」

「どうせ、どっかのヤクザにのされてんじゃないの? あいつ、弱いくせにうざいからよぉ」
ざっと聞き込みをした限り、解ったことは、朱知少年はそれほど目立つような子ではないということ。

そして、カートゥーンヒーローは薬に手を出さないような人間でも売人との連絡方法を知っているほど出回っているということ。
これで警察が手を出せないなんて、どれだけ広まってるのかしら。

それにしても……

「なんか、お母さんが言ってたのと印象が違うような」

明日夏が不思議そうに聞き込み資料を見ながら首をかしげている。

朱知夫人の話では、まじめで悪い人間と付き合うような事は考えられないという。

しかし、級友たちはむしろ、自然な事だというように、そういう連中とのつながりを口にした。

「ま、思春期の男の子なんて、親の知らない所でいろいろやってるもんだけどな」

明日夏は、お母さんの認識不足だという。

「気になるわね」

「売人のヤクザ?」

「違うわ、お母さんの反応が、よ」

「?」

「彼女の話に、走師くんの兄弟の話ってでてきた?」
それがどうにも気になる。
「学校の友達も存在を知ってるのよ?家族で、少しでも話題に触れないほうが不自然じゃないかしら」

「うん?そうか?」

「しかも、兄弟喧嘩が絶えないような物言いの生徒も居たわ。なら、家で、そんな出来事があったという話が出てきそうな物でしょう?」

我が子が行方不明。
原因が判らない以上、家出も視野に入れるべきでしょう。それなのに、家でのいざこざが話に出ない。
私には、それが不思議な気がした。

家出の原因なんて、ほとんどが家族との軋轢なんだから。

「じゃ、お兄さんに話を聞いてみるか?」

……。

「そうね。一度くらい顔を合せておきましょう」

とは言え……。
兄:霜〔そう〕
「知りません。あいつが勝手にやってることです。関係ありません」

姉:神無〔かみな〕
「さぁ、最近は、制作発表の準備で忙しくて、あんまり弟とも顔を合わせてませんでしたから」


まともに話が聞けるなんて思ってはなかったのだけれど。

「取りつく島もないって感じだな」

明日夏が困ったように肩をすくめる。

「そうでもないわ」
「え?」

「これで、走師くんは、家でも孤立した存在だった“らしい”事はわかったわ」

「というと?」
わからない、という顔で首をかしげる明日夏。

「あなたの見た目通り認識不足なのか、シラを切っているのか、とにかくとして、母親は息子の現状を理解していない」
「うん」

「で、兄姉2人は、完全にエリート気質」
「片や、エリート街道まっしぐらの医学部生。片や、海外からもオファーが来ている芸術家の卵、だもんな」

「話した限り、2人とも弟の事をよく思っていない…は言い過ぎかもしれないけれど、関心は無いわね」
「心配するそぶりゼロだったもんなぁ」
資料を見ながら、明日夏がぼやく。

「結局ほとんど何もわからないって事だよな」
「だから、そうでもないわよ」
「??」

さっきよりもさらに首を大きく傾ける明日夏。

「少なくとも、『これ以上彼の身辺を調査しても、進展が無さそう』という事は解ったわ」
「じゃぁ、どうするんだ?」
「いったん、戻るわよ」
「んげっ」
カメリエーラで、明日夏が変なうめき声を上げた。

ここへ戻ってきた目的は2つ。

1つは主〔マスター〕への経過報告。

そして2つ目は、

「久々に出したけど、虫食いとか無くてよかったわ」

私の着替え。
さっきまで着ていたスーツから、和服へと更衣。

当然色は黒。帯も黒で揃えたけれど、厳密にはこれは喪服とは呼べない。

帯上は黒一色だけど、帯下、裾に派手な刺繍が入っている。色鮮やかな糸で、紅白と、黄金の2匹の錦鯉が力強く描かれている。
両胸、外袖、背中に私の紋、二重鎌に心、が1つずつ。

要するに、五つ紋の黒留袖。

喪服でもなければ、私が着る資格もないものなんだけど。

「まじかよ」

明日夏が嫌そうにつぶやいた。
さっきのうめき声は、私が喪服以外の衣装を選んだから、じゃない。

そもそも、明日夏はこれを喪服だと思ってる節がある。

じゃぁ、なぜ驚いているか。
それは、これを着る時の私の目的地は1つしかないから。

「おれも行かなきゃ、だめ?」

本当に、明日夏はあそこが苦手みたいね。まぁ、得意とか、好きって言う人も珍しいと思うけど。

「来たくないなら別にいいけど。私が行ってる間、明日夏はどうするの?」
「………」
「うぅ……」

ある建物を前に、明日夏がうなる。

「いつまで突っ立ってんの。行くわよ」

建物は背の高い塀に囲まれた、豪邸と言って良いたたずまい。
重厚な門の横には、木彫りの標識

『天華組』

この辺りを束ねる天花会系の暴力団事務所。

私はここに来る時は必ず、この和服と決めている。
……………まぁ、あのVシネの影響なのだけれど。

ちなみに明日夏は、さっき着ていたスーツからネクタイを取って、シャツの胸元を開いている。
イメージは中堅チンピラ。
大きなアタッシュケースを持ってもらっている。

リンゴーン

門の脇にあるインターホンを押す。

………

『はい』

低い声がスピーカーから聞こえてくる。

「…ファタールです。親分さんいますか」

『待っていろ』

声は、それだけいうと黙り込んでしまった。

しばらくして、、

ガチャン

門の電子ロックが外れる音。
そして門が音もなく開いた。

木目調の和風な門扉も、簡単には開けられない電子制御式。

ここの親分さんは、昔気質〔むかしかたぎ〕なだけに敵も多いらしい。
「いやぁ、久しぶりじゃないかい、姐〔ねえ〕さん」
「お久しぶりです、親分さん。あぶく銭ができたんで、遊びに来ちゃいました」

天華組組長にして、天花会を牛耳る首領〔ドン〕、天花〔てんか〕 堂山〔どうざん〕が、にこやかに私たちを執務室で出迎えてくれた。

「あぁ、ちょうど退屈していたところだ。さぁさ、座ってくれ」

堂山に促されるままに、向かいの椅子に腰掛ける。
明日夏は、私の斜め後ろで待機。立場上、私の子分なので、対等な席には着けない。

「で?今日は何で勝負する??」

「その前に」
「??」

逸る堂山を私が手で制したものだから、堂山は身を乗り出した状態で首を傾げた。

「今回、親分さんにかけてほしいのは、お金じゃないんです」

その一言で周囲の空気が一気に冷たくなる。

「姐さん。まさか、命〔タマ〕ァ寄越せ。何て言わないだろうな」

全国に散らばる何万という構成員を束ねるだけあって、高齢とは思えない、猟犬を思わせる鋭い眼光が私を貫く。

返答しだいではすぐにでも、私の命は奪われる。
しかし、こちらもヤクザ者のつもりでここにいるのだから、気圧されてはいけない。背中を伝う冷や汗を意識の外に追いやって私は言葉を続ける。

「まさか。貴方ほどの侠客を私は知りません。いるとすれば、次郎長親分くらいでしょう」
「ベンチャラはいい」

………。

「すいません。では、単刀直入に」
「……」
「カートゥーンヒーローについて、情報がほしいんです」

…………………………

長い沈黙。
いや、実際のところは数瞬の事なのかもしれない。
その沈黙を破って堂山の口から出た言葉は、

「うちに、処方箋はねえぜ。天花はあれを取り扱ってねぇ」

だった。
それはそうだろう。出所もレシピも謎のまま広まるクスリなんて危険すぎる。任侠と歴史で土台を固める天花会が手をつけるものではないと思う。

「天花会さん“は”、ということは、アレを資金源にしている組織をご存知なのですね」

「…いくら姐さんの頼みでもな、御同業の情報を漏らしたとあっちゃぁ、天花の名に泥がつくってもんだぜ」

任と侠、義と情。
今時珍しいくらいの義理堅さ。

「えぇ。だからこそ、こうして」
と、明日夏の持つカバンを叩きながら、
「“遊びに”来たのですよ」

「……中身を改めさせてもらおうか」

眼光鋭いままに、堂山が近くにいた若衆の一人に目配せをした。
男は近づいていって、明日夏からカバンを受け取る。
男は、離れたところでカバンを開けて、カバンを開けたまま堂山のところに戻ってきた。

「……」

カバンの中には、当然のごとく、1万円札が詰まっている。

「……」

それを見つめる堂山は一言も発しない。

「少ないでしょうか」

不安がつい口を出た。

「っ」

その言葉に、堂山が鼻で笑った。
失敗か…。

「姐さんがそんな弱気な所を見ると、非常事態みたいだな」

一人うなずくと、堂山はパンと膝を打った。

「良いだろう。その賭け乗った。ただし」

「情報の出所は伏せます」

「…よし。
 で、何で勝負する」

「これです」
言いながら、袂に手を入れると、天華の若衆がいっせいに懐に手を突っ込んだ。
「……あの、親分さん……」

堂山が苦笑して手を上げると、構成員たちは緊張を解き、手を懐から出してくれた。

それを確認してから、私は袂に入れた手を引き抜いた。
手には、小さいグラスが1つと巾着が1つ。
それらを、テーブルに置く。

堂山がそれを改める。
グラスは、口が欠けて使えなくなった、店で使っていたもの。
巾着を開けて逆さにすると、サイコロが三つ転がりだしてくる。
要するに

「チンチロか」

チンチロリン
サイコロ3個を振って勝負する賭博。
普通は丼や茶碗だけど。

「5回。5回やって勝ち越した方が総取り。でいいですか」
「いいだろう」

普通は、毎回掛け金を提示するものだけれど、情報なんて細切れにしにくいものだから、これでいい。
堂山もそれをすぐに理解して、OKを出した。

「俺から行かしてもらおうか」
「どうぞ」
ガシャァン

重い音がして、門が背後で閉まる。

……

「はぁぁぁぁ」

明日夏が横で大きなため息をついた。
私も、緊張の糸が限界まで来ている。

結果は3勝2敗で私の勝ち。
堂山から得た情報は、警察よりは詳しい。程度のものだった。

繁華街で最近できた暴力団がカートゥーンヒーローを売りさばいているらしい。今のところ他所のシマを荒らすマネはしていないので、堂山も静観しているらしい。
もっとも、あまり力を付けるようなら、懲らしめる。と笑っていたけれど。

他にも、いくつか扱っている組織はあるらしいけれど、売春〔ウリ〕にまでつなげにくいカートゥーンヒーローを未成年相手に売っているのは、ここぐらいらしい。

「それにしても、いつも思うけど、ファタールって賭けごと強いよなぁ」

……はぁ。

的外れな、明日夏の言葉に、思わずため息がこぼれた。

「??」

……まだ、天華組の事務所が近い。

「帰ったら教えてあげる」

要するに、私はイカサマをした。
投げるサイコロをコントロールして、出目を勝てる目に変えていたのだ。
グラスもサイコロも仕掛けなし。投げ方も堂山の指定に合わせた。
その上での勝利なのだから、向こうはちゃんと約束どおり情報をくれた。というわけ。

「さぁ、今日はもう遅いし、早く帰りましょう」
「おい、待ってくれよ。これ重いんだぞ」
「思いのほか、なかなか進展しないものねぇ。」

ファムは、机に突っ伏して腐っていた。

手がかりを求めて、いろいろと歩き回ったが、結局得られた情報は、最初に得られた情報と、さほど変わりのあるものでは、無かったからだ。

「そもそもこうゆう仕事は、やっぱり俺たち向きじゃないんだよなぁ。」

そんなファムの横で明日香も、ぼやいていた。

「だから、最初っから言ってたのよ、こう言う仕事は、私たち向きじゃないって。」

確かに、レトルトカレーの作り方一つろくに知らない二人にとって、聞き取り調査と言う地味で根気の必要な仕事は、かなりの無理があった。

「それを言ったのは、俺だけどな。」

「もぉ、あーくん細かいわね!そんなのどっちでもいいじゃない!!」

慣れない仕事に、進まない調査で、二人の苛立ちは、ピークに達していた。

普段なら、そんな些細なことなど軽くスルーするか、突っ込み返すところだが、今の二人には、そんな余裕も失せていた。

「別に怒鳴るようなことじゃないだろ!」

「怒鳴ってるのは、あーくんの方でしょ!!」



「あ、あのぉ……。」

大声を出す二人を見つめながら、柱の陰から少しだけ顔を覗かせ、メイが怯えた声をかけた。

時間は、朝の十一時を回ったところ。

メイは、とっくに店に来ていたが、いつもと違う雰囲気になかなか姿を現わせずにいたのだ。

しかし、いつも仲の良い二人が、これ以上仲違しているのを見るのがメイには、耐えられず、勇気を振り絞って声をかけたのだ。

「あ……あら、ごめんなさい、メイちゃん。嫌なもの見せちゃったわね。」

メイの声に気付いたファムは、少し冷静を取り戻し、乱れていた髪を手串で整えた。

「悪かったなメイさん。俺たちちょっと主に頼まれごとしてたんだけど、上手くいかないで、ちょっとイライラしてたんだ。」

メイの存在を完全に忘れていた明日夏は、片手を立てながら片目を閉じた格好で謝った。

「いえ、私は、別に……。ただ二人が喧嘩したりするなんて珍しいですね。そんなに難しい頼まれごと……」

「ごめん、メイちゃん、明日夏。私ちょっと頭を冷やして来るわ。」

メイが途中まで喋ると、それを遮る様にファムがきりだした。

聞かれたところで、本当の事を言うわけには、いかないし、かと言って、メイに嘘は、吐きたくなかったからだ。

「じゃ、悪いけどちょっと出て来るわね。」


カランカラン


そう言うとファムは、足早に店を後にした。

「私、聞いちゃいけないこと聞こうとしちゃったんですかね……。」

メイは、しょんぼりした顔で呟いた。

「そんなことないさ。ただ、ちょっと風に当たりたくなっただけさ。」

そんな顔を見た明日夏は、肩をポンと叩くといつもの明るい表情でメイに語りかけた。

「はい。」

メイも二人の気遣いを汲取り、それ以上このことについて聞こうとは、しなかった。
うーん。
あーくんには悪いけど、今日はお店の方はサボろうかな。

あたしは、あてもなくとぼとぼと道を歩いていた。

メイちゃんも気にするだろうし、夕方辺りまで、ぶらつこうかな。


よし!
そうと決まれば、今日は『お散歩の日』!!

ちょっと遠出しよっと!
ブロロロロロロロロロロロロッロロロロロロ

そろそろ住宅街を抜けようかという所で、その音を聞いた。

うん。
振り向かなくてもわかる、店主〔マスター〕の車だ。

一方通行ではないとはいえ、往復2車線も確保できてない道をこんな大きな車でよく走れるわよね。
路肩の塀に体をくっつけて、車をやり過ごそうとしていると。

キュッ
予想に反して、車は私の横で停車した。

「お。やっぱり、ファムだった」

窓があいて、店主が声を掛けてきた。

「あ、えと…」

「お前さんに渡す物があるんだ」

お店の営業時間に外をうろうろしていることの、言い訳を何とか考えようとしているアタシの事を気にも留めずに、店主は一枚の封筒を窓越しに渡してきた。

大きさはA4版。
前に見せられた、朱知〔あけち〕少年の調査資料と違って、2〜3枚しか入ってない。それくらい薄い封筒。

「そこに行ってきてくれ」
「え?」

てっきり、サボりを怒られると思っていたから、思わず訊き返しちゃった。

「組織〔上〕の指示だ」

その言葉に、顔の筋肉が引き締まる。

「無駄足にはならんはずだ。向こうはもう待っている頃だろう。急げよ」

それだけ言い残すと、主〔マスター〕はまたけたたましいエンジンを響かせて走り去ってしまった。

がさごそと封筒を開けて中を確認する。

中には、ある人物の簡単な履歴。
それと、待ち合わせ場所を指定する地図が入っていた。

なるほど。
確かに無駄足にはならないかな……。

とはいえ……。
まずは着替え、よね。

という事で、あたしはものの数分でお店に逆戻りしていたのでした。

しかし、あんな風に飛び出してきた手前、こんな短時間で帰還するのはどうにも気まずいので、

「抜き足、差し脚、忍び足…っと」

裏口からこっそり侵入するファムちゃんなのでした。

裏の勝手口からなら、あーくんの部屋よりアタシの部屋の方が近いから、あーくんたちが裏に入っても見つかる可能性は低いのだ。

なんて、店の間取りを解説しつつ、自分の部屋へ。

「さて、と」

あたしは和箪笥の引き出し一つをおもむろに開けた。
「こんな所かしらね」

私は姿見で帯の結びや合わせを確認しながらつぶやいた。

“仕事”の一環である以上、『彼』に会いに行くのは私〔ファタール〕。

「それじゃ、明日夏はともかく、メイに気づかれる前に出発しましょうか」

そう独り言をこぼして、部屋を出かけた私は、
「……」
少しだけ思い直して、スポーツバックを手に取った。
指定された場所はただの路地。住所すら存在するのかも怪しい、ビルとビルの狭間。その奥まったところ。

私は最寄り駅――といっても、歩いて20分くらいはかかる――で電車を降りた。

周囲の視線が気になる。
やはり、この喪服〔格好〕でスポーツバッグは目立ちすぎだったわね。

バッグを駅のコインロッカーに押し込んでから、指定場所へと赴く。

(路地を造る2つのビルの)住所を確認しながら街を歩く。

「ここ……かしら」

番地からいえばこの辺り。
目の前のビルの名前を確認。
2つとも、メモ通り。

路地の奥は、日中だというのに日の光がほとんど届かず、薄暗い。
もっと薄汚れているかと思っていたけれど、イメージしたほどでもないわね。人の出入りが少ない分、汚れようが無い、という事かしら。

大人2人が並んで歩くのは困難、というていどの道幅の路地をゆっくりと奥へと進んでいく。
背後からかすかに、街の喧騒が聞こえてくるだけで、この路地で聞けるのは私の下駄の音くらい。

暗闇に目が慣れるくらいの時間進んだ先。路地の奥に1人の少年が直立不動の姿勢で私を出迎えた。

「ファム・ファタールさんですね」

向こうから、そう問いかけてきた。

「うん」「違うわ」
「?」

私が2つの声色で別々の返答をしたことに、彼は目を白黒させている。
10代前半の子供特有の、純粋な反応に私は少なからず安堵した。

「私の事はファタール。そう呼びなさい。ファムは不要よ」
「し、失礼しました」

どの辺りで礼を失したのかも解っていないでしょうに、慌てた様子で頭を下げる彼。

そう。
彼こそが目的の人物。

「暗神〔くろがみ〕断名〔たづな〕。で間違いないかしら」
「はいっ!先月で教習課程を修了し、本日よりみどり班に配属となりました。暗神断名です。よろしくお願いします」

また緊張した様子で、直立の姿勢で報告をする断名。
新人らしいやる気と、子供らしい緊張は評価するけれど…。

「少し力が入りすぎね。今は戦闘中でもないのだから、そう気を張らなくても良いわよ」
「はい」

元気良く返事をするものの、“気をつけ”の姿勢を崩す気配はない。

はぁ。

主〔マスター〕が私に会いに行くように指示したのはそのため?

「私たちの拠点に案内する前に、少し寄り道するわよ」
「はい」

私が元来た道を歩き出すと返事だけが返ってきて、足音が聞こえない。響くのは下駄のカラコロという音だけ。

「…」

不思議に思って首だけ振り向くと、ちゃんと断名はついてきていた。

年の割に、立派すぎるスニーカーを履いているな、とは思ってけれど。
ここまで、無音で歩けるほどのショック吸収性がある靴を履いているとは、ね。
常に、臨戦態勢。常時完全装備。か。

解ったわ、主。
お望みどおり、しっかり再教育してあげましょう。
「ファムさん、帰ってきませんね……。」

お昼のピークを過ぎ厨房で食器を洗いながら、メイは、呟いた。

もっとも、お昼のピークと言うのも10人もお客は、来ないので、今洗っているのは、2人のお昼の食器である。

都合により、洗う食器や用意する食事の量が変わることは、あるが、明日夏とファムのそれが対を崩すことは、メイにとって初めての経験であった。

「腹が減ったら戻って来るさ、メイさん気にしすぎだよ。」

「そんな、ワンちゃんじゃないんですから……。」

明日夏は、客の居ない店のテーブルで食後の果物を食べながら、携帯端末をいじっている。

大きめのお皿には、いちごが『でん』と山盛りになっている。

明らかに2人で食べきれそうな量でないそれは、メイが、ファムが帰って来て、お腹を空かせててもいいように準備したものだ。

「ところで、明日夏さん……さっきからずっと携帯をいじってますけど、何されてるんです?」

普段は、ファムと喋っていて、明日夏が、携帯などいじるところを殆ど見たことのないメイにとって、それは、とても珍しい光景に見えた。

「いや、別に何って事は、無いさ……たまは、ゲームでもしようと思って始めたら、これが面白くてね。」

「そうですか、私もたまにハマっちゃって、気付いたら充電が切れてる事あります。」

何気ない会話であったが、メイに少しだけ笑顔が見えた。

明日夏は、それを見て、嘘も方便と言うのは、こう言うことなんだと思った。

実は、明日夏が携帯で行っていたのは、何度もメールの本文を打っては、消し、打っては、消しを繰り返していたからだ。

『まったく、こう言うときなんて書けば良いんだよ……。』

明日夏は、心の中で自問自答していた。
カランカラン

メイの食器洗いが終わり、2人が大量のいちごを食べていると、聞き慣れた店の鈴が鳴った。

「あ、すみません、今は、お店のお休み時間なんですけ……ど。」

メイが席から立ち、軽い会釈をしようとしたが、一瞬言葉に詰まった。

なぜなら、扉を開きそこに立っていたのは、綺麗な長い金髪、澄んだ瞳に、小さい顔、フリフリの洋服を着た、まるでフランス人形のように可愛らしい女の子だった。

常連のおじさんが来たものと思っていたメイは、そのあまりに想像とかけ離れた光景にぽかんと立ち尽くしてしまった。

「ありゃ、珍しいお客さんだな。」

明日夏は、いつも通りの感じで、その少女の方を向いて呟いた。

「あのぉ、こちらカメリエーラで間違いないでしょうか?」

少女は、少し大きめの手提げかばんを両手で、自分の前で持ち直し、礼儀正しく聞いてきた。

「あ……あぁ、はい、こちらは、喫茶カメリエーラでございます。」

メイは、思わず声を震わせながら応えた。

すると、少女は、二コリと笑うと、その周りに花畑が見えそうな笑顔で……。

「はじめまして、私、このたびこちらのお店でお世話になります、シャトン・レイニアスと申します。これから、よろしくお願いします。」

その言葉に、メイは、またも唖然と立ち尽くし、明日夏は、『へぇ』と驚きは、していたが冷静に少女を見つめていた。
「ふぅ。なんとかなるものね」

断名“くん”ともと来た道を引き返して、コインロッカーに預けていた、スポーツバッグを引っ張り出すと、電車には乗らず、一度おトイレへ。

で、個室に入って服を脱いで、バッグに入れていた私服に着替えたんだけど……。
狭い空間で、しかも服を床に置けない状況での着替えがこんなに困難だとは思わなかった。


「おまたせぇ」

トイレから出ると、壁にもたれることもなく、直立で待ってる断名くん。

「??ファタール……さん?」
「ちぇりお!」

ペシッ

「!?」

あたしの秘技・お仕置きデコピンを受けて目を白黒させる断名くん。

「アタシの事は、“ファムさん”と呼ぶように」

「??ですが、先ほど……」

「てりゃりゃぁ」

ぺしぺし

秘打・両デコピン!

「男の子が細かいこと気にしないの」

ピシッと断名くんの鼻先に人差し指を突き付けるあたしに、混乱を隠しきれない断名くん。
そんな彼の様子をあえて無視して、あたしは彼の左手をとると歩き出した。

「ほら、早く行くわよん」
「行くって……」
「寄り道するって言ったでしょお」

左からにスポーツバッグ、右手で断名くんの手を牽いて向かったのは、
『アミューズメントスポット 銀騎士〔アシュセイバー〕』

近所のゲームセンター。

「あの、ファ…ムさん?」
「なあに?」

お店の前にきて、初めて小さな抵抗を見せる断名君をあたしは構わず引っ張っていく。

「ここは?」
「見て解んない?ゲームセンターよん」
「え、いや。それは、わかりますが……」

戸惑いは強まって

「ここに、いったいどんな用事が??」
誰かと待ち合わせですか。なんて、おかしな事を言う断名君。

「遊ぶ以外に、ゲームセンターに来る理由なんてあるの??」
「え……?」

「ちょっと待っててよぉ」

あたしは近くの両替機にお札をIN!!

ジャラジャラジャラジャラ…………。

「ほい」
「あ」

断名君の手に小銭をぎゅっと握らせる。

「それで好きに遊んできなさい。あたしも適当に遊んでるから」
「えぇっ!?本当に遊びに来たんですか?」
「そういったでしょ」
「そんな。こんな時に」
「こんな時って、どんな時?」

「え?」

驚いたように黙り込む断名君。

「でも、たしか今、みどり班が担当する案件があると伺っていますが」
「んー…。まーねー」

ぽりぽり。

「それが、すっかり行き詰っちゃってねぇ。急いで帰ったからって、何かがあるわけじゃないのよねん」

「ですが」

「むしろ、あたしが心配なのは、断名君の方」
「え?」
「さっきも言ったけど、『仕事』中でもないのに緊張しすぎ。そんなんじゃ、すぐにまいっちゃうわよ」

「……」
「がんばるのはいいけど、息抜きする時はしないと」

「……」

「それ、使い切るまで帰んないからね」

そういうと、あたしはプライズコーナーへ。
さぁてと、何か新しい景品入ってるかしら。

このゲーセンは実はちょくちょく遊びに来てるのよねん。
今日着てる、猫型帽子と肉球グローブをはめてウィンクしてる緑髪の女の子のTシャツも、実はここでゲットしたのよねぇ。

なんか可愛いぬいぐるみでもないかしら。

「?!」

こっこれは!!……っ

最近ではいろんなプライズコーナーで見かけるようになった、おっぱいマウスパッド!!

マウスパッドに女の子の、バストアップの絵が描かれていて、女の子の胸の所がアームピローになるように膨らんでいるアレよ。

あたしが見つけたのは最近流行ってるアニメの女の子が描かれているものだ。
確か、話もかなり佳境に入ってて、飛ぶ鳥落とす人気だったはずなのに、そのプライズ機のそばには誰もいない。

「こんな可愛い子なのになんでみんな欲しがらないのかしら」

なんて独り言を言いながら100円玉を投入。

「全5種かぁ…全部見たかったなぁ」

狙いを定めながらでも、あたしの独り言は止まらない。
アニメに出てくる女の子5人分絵柄があったのに、もう他の4種類は全部取られちゃってて、残りは5人の中でマスコット的ポジションの女の子。画面の端っこでトテトテ動き回ってるのが可愛いのよねぇ。

「ここっ!」

ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ

「ああぁぁぁぁぁぁ……」

はずれ。

「えぇいっ。もう1回!」

はずれ

「なんの」
「まだまだ」
「もういっちょぉ」
「こんどこそ」
「これでもか」
「ぐぬぅ。全然取れない」

よぉし、もう1回。

「?」

あら、小銭がもう無いや。

時計を見ると、結構な時間が経ってた。

「しまったぁ。断名君待たしちゃってるかも」

慌てて、さっき断名君と別れた所に戻ってみると、やっぱり断名君が1人待ってた。

「ごめぇん。1人で盛り上がっちゃってた」
「ファムさん」

「どう?少しは気分転換になった?」
「あ。えぇと…」

歯切れの悪い断名君の手を見ると、

「んん?」

「あ」

さっき渡した小銭がほとんど減ってない。

「遊んでなさいっていったよね?」
「い、いえ。こういう所は初めてで……」

困り顔であたしを見る断名君。

「そうなの?」
「はい」

「そういう事なら早く言ってよ」
「で、ですが……」

うぅぅん……。

「よし。じゃぁこっち来て」
「え?え?」

断名君の手を取ってプライズコーナーへUターン。
「これとって」
「これ…って」
「マウスパッドよん」

さっきあたしが全然取れなかったおっぱいマウスパッドのプライズ機のところまで来た。

「マウスパッド…ですか?」

驚いたような顔の断名君の視線は、全5種のマウスパッドの写真が載ってるPOPに釘付け。

ははぁん。

「断名君もやっぱり男の子ねぇ」
「え?」

「お姉さん、安心したわぁ。こういうのに興味があるのは普通の男の子らしくて」

「?…っ!ちっ違いますよっ!平たくないマウスパッドなんて珍しいなって、思ってたんですよっ」

「良いの良いの隠さなくて。男の子なんだから当たり前のことよ」
にまにま
「あ、だからって、あたしの着替えとか覗いちゃ、メッ、だぞ?」

「し、しませんよっ!」

うふふ。耳まで真っ赤にしちゃって、可愛いんだから。

「と、とにかく、これを取ればいいんですね」
云いながらコインを投入する断名君。

「うん。おねがいね。あ」
「なんですか?」
「なんだったら、断名君のも合わせて2個とってもいいのよ?」

びくっ

「あぁぁ……全然だめじゃない」
「……」
真っ赤な顔でにらんでくる。これがまた可愛い。

「ごめんごめん。もう口出さないから」

「…ふぅ」

一つため息をつくと、断名君はすぐにゲームに集中した。
「いやぁ。ありがとうねぇ」
「いえ」

駅に向かう道。
あたしの胸には、例のマウスパッドが抱えられえいる。
あたしがアレだけやって全然取れなかったのに、断名君たら3回でとっちゃうんだもん。

本当は渡したお金全部使わないと、帰らないつまりだったんだけど、他にやるゲームも無かったし帰る事にした。
残ったお金はお小遣いだって言ったら、大慌てで受け取れないって突き返してきたけど、あたしの『先輩命令、受け取りなさい』でしぶしぶお財布に収めてくれた。

……まぁ、初日としてはこんなもの、かしらね。
先は長そうだけど。
「私、両親と一緒に、イギリスから日本にやって来たんだけど、その両親の都合でまた、イギリスに戻る事になっちゃって。」

シャトンと名乗ったその少女は、明日夏が座るテーブルの前に座り、自分がなぜこの店に来たのか、その経緯を語り始めた。

「でも、私この国がすごく好きになっちゃって、どうしても残りたいって、お父さんに言ったら、遠い親せきになる、みどりお姉ちゃんが店長をしているこのお店で面倒を見てくれるように頼んでくれて……。」

明日夏は、その話を疑う様子も無く、ニコニコしながら聞いている。

そして、その横でメイは、相変わらず、ぽかんとしながら立ち尽くしている。

「みどりお姉ちゃんにも、お父さんから話は、してくれているはずだから、こちらの休憩の時間になるのを待って訪ねてみたんだけど、みどりお姉ちゃんは、今、留守みたいですね。」

そこまで聞くと明日夏が、徐に切り出した。

「なるほどね、大体の話は、分かったよ。シャトンちゃんの言うとおり、みどりさんは、今ちょっと出かけてるんだ。」

……と言うか、殆ど店には、居ないのだが。

「俺は、この店で、ウェイターをしている陣乃明日夏、で、こっちでさっきから目を丸くしているのが、ウェイトレス兼、シェフのメイさん、自称19歳。」

「じ、自称じゃありません、本当に19歳です!」

明日夏のボケに、ようやくメイは、反応した。

見た目は、幼く見える割に、中身がしっかりしているので、実年齢である19歳に中々見られないメイは、ちょっとしたコンプレックスを持っているのであった。

「メイお姉ちゃんと、明日夏お兄ちゃんだね。」

シャトンは、そう言うと椅子から立ち上がり凛とした立ち振る舞いで。

「改めまして、私、シャトン・レイニアスと申します。今日からこちらで、シェフとしてお世話になります。どうぞよろしくお願いします。」

そう言って、お辞儀をするシャトンを前に、今度は、メイだけでなく、明日夏も目を丸くした。

シャトンは、見た目どう考えても小学生……いや、頑張って見れば、中学生の低学年か……。

どの道、日本の労働基準に完全に違反している年齢にしか見えなかった。

「え、えぇーと、女の子にこんなこと聞くのは、どうかと思うんだけど……シャトンちゃんは、今何歳なのかな?……。」

明日夏が、尋ねると、シャトンは、一呼吸置いて。

「うーんとね、今、18歳。」

……絶対嘘だぁー!!

明日夏とメイは、心の中で共鳴した。

「シャトンちゃん、ちょっとパスポート見せてみようか。」

「え……。」

一瞬、固まったシャトンは、渋々、明日夏にパスポートを渡した。

明日夏が、パスポートの年齢を確認すると、1995年生まれと書かれていた。

「やっぱり……。」

今は、2010年……と言うことは、逆算すると15歳と言う計算になる。

それにしても、この容姿で、15歳……。

明日夏は、シャトンを見つめながら、『こう言う子が、実在するから、日本の変態犯罪は、無くならないんだなぁ。』と思うのであった。
「お願いします!私、お父さんとの約束で、こっちに残る代わりに、自分で自立した生活しなさいって言われてるの!」

「まぁ、店長がそれで納得してるんなら、俺たちは、口出ししたりしないけど。」

「確かに、私たちがどうのこうのは、言えないですけど……、シャトンちゃん、さっき『シェフ』としてって言ってたわよね?」

ようやく状況の読めてきたメイは、冷静に考えて、ちょっとした期待と不安を抱えていた。

今現在、この店で、まともな料理を提供出来るのは、自分ひとり。

確かに、料理の作り手が増えれば、これ以上頼もしいものはない。

だが相手は、見た目は、幼女、中身は、少女な子だ……一歩間違えれば、このお店は、今度こそ……。


「うん、そうだよ。ここでは、シェフとして、働くように、お父さんから、言われてるよ。」

うーん、とメイは、腕を組み深く考えた後。

「シャトンちゃん……もしかしてと思うけど、シェフって意味は、分かってるわよね?」

シャトンは、それを聞くと、むっとした顔で。

「シャトンそんなに、バカじゃないもん!」

それはそうだ、と流石に明日夏も呆れていた。

いくら容姿が、幼くても、中身が15歳の子なら、シェフの意味を分かった居ないのは、ちょっとした問題だ。

「あ……ぁ、ごめんなさい、ちょっと以前に同じようなことがあって……私、神経質になりすぎてるのかしら。」

それを横で聞いていた明日夏は、耳を塞ぎながら心を痛めていた。

「それじゃ、シャトンちゃん、どんなお料理なら作れる?」

「なんでも、作れるよ!和洋中なんでも!」

キュピーン!とメイの目が光る。

「へぇ、それじゃ何か作ってもらいましょうかぁ。」

料理にそこそこの自信と愛を持っていたメイは、気軽に、できると言うシャトンの言葉に何か燃え上がるものがあった。
「シャトンちゃん……これからよろしくお願いね!!!」

メイは、涙をこぼしながら、シャトンの肩にしがみついた。

シャトンの作った料理は、イカスミスパゲティー。

料理の手際も然ることながら、その味付け盛りつけにおいて、完璧な仕上がりを見せていた。

「お、お姉ちゃんどうしたの!?」

その姿に驚くシャトンであったが、先ほどの会話と明日夏の反応から、なんとなく状況を読み取り、これ以上なにも聞かないのが、大人の振る舞いなんだろうと思ったのであった。


そんなギャグを繰り広げていると、静かに、喫茶 カメリエーラ の扉がカランカランと開いた……。
時間はほんの少しだけ遡る。

カメリエーラのそばの道。

あたしと断名〔たづな〕くんはカメリエーラに向かって歩いていた。

「名前の使い分け、ですか」

「そ。普段はいつも花丸元気印のファムさん。
 で、『仕事』の時は、沈着冷静な頼れるブレインファタールさん。てこと」

帰る道すがら、いまだに混乱したままの断名くんに、ファム・ファタールの謎を明かしてあげていた。

「僕もそういうの考えた方がいいんでしょうか……」

まじめに考えこんじゃうのが断名くん。
今まで話してきて、きっと悪戯の1つも覚えないまままっすぐ育ってきたんだろうなぁって、よくわかる子。

「別に必要ないんじゃない?あーくん。あ、あたしの相棒ね。あーくんはそういうの全然やってないし」

そんな話をしているうちに、カメリエーラの前に到着。

「ほい。とうちゃ〜く」
いいながら、あたしは断名くんに振り向いて、バスガイドさんみたいに右手をかざした。
「ここが、あたし達のおうち兼事務所兼仕事場。喫茶『カメリエーラ』でございま〜す」

断名くんは、そんなあたしのおどけた紹介に対しても、口を真一文字にしめなおして、気を引き締めてたりする。
う〜ん。ゲーセンで遊んだ程度じゃ、そんなに変わらないか。
三つ子の魂百までも。

「この時間なら、休憩中のはずだから、表から入って大丈夫よん」

そうして、あたしは中の様子をろくに窺いもせずに、入口を開けたのだった。
開けちゃったんだ。
カランカラン


!?

店に入ったあたし達を待っていたのは、見た事もない女の子。小学校5年生くらいの、ふわふわ金髪〔ブロンド〕。
メイちゃんがその子の肩にしがみついている。
これって………

!!!

「め…メイちゃん……」

「あ、ファムさん。お帰りなさい。この子は……」

「メイちゃん!いくら男の子が相手してくれないからってっ、それは2重にアブノーマルすぎるわっ!!」

「はい?」

「あ、いや。でもメイちゃんもけっこう童顔だし、なかなか絵になるわね。むしろ推奨?みたいな。まだ膨らみ始めた、小さくて可愛らしい白百合のつぼみって感じ?あぁ、でもでも……」

「!なっ何言ってるんですか!子供の前でっ!」

あたしの云わんとする事を理解したメイちゃんが顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。

「それに!私っ、そんなシュミはありません!!至ってノーマルです!!というかっ!ヒトをモテない残念な娘〔こ〕みたいに言わないでください!」

「彼氏いない歴は?」

「!……19年……ですけど」

つまりは、恋人が居た事が1度もないってこと。

「メイさんかわいいし、言い寄ってくる男ぐらいいるんじゃないですか?」

と、あーくん。

「確かに、たまに居ますけど、私には……っ。じゃなくて」
両手を大きく振って話題を中断するメイちゃん。
「今は、この娘〔こ〕の話ですぅ!」

と口をとがらせながら、メイちゃんは金髪少女をあたし達の前に進ませた。

「今日から、ここでお世話になる事になりました、シャトン・レイニアスです」

ぺこん、と頭を下げる金髪――シャトン――ちゃん。

「シャトンちゃん、とーーーーーーーーーーーーーっても料理が上手なんですよ」
「いえ、そんな」

べた褒めのメイちゃんに、軽く謙遜してみせるシャトンちゃん。
て、

「お料理?」

「えぇ。やぁぁぁぁぁぁぁぁっと、店長がわたしの願いを聞き入れてくれたんですよっ」

半ば涙目で喜ぶメイちゃん。
うぅん。そんなに思い悩んでたんだ……。

「そういうわけで、これからよろしくお願いしますっ」

キラキラキラ

おぉ。背後に点描しゃぼんが見える。
くぅっ。カメリエーラの看板娘の座は渡さないんだからねっ!

「それで、ファムさんの後に居る子は……?」

メイちゃんが恐る恐るあたしの後にいる断名〔たづな〕くんの顔を覗き込んだ。

「あ。申し遅れました。今日からこちらで調理担当としてお世話になります。
闇神〔くろがみ〕断名です。
よろしくお願いします」

ビシッと姿勢を正して、ピッと一礼する断名くん。

「へ?そうなの?」

思わず断名くんを振りむいちゃった。

「知らなかったんですか?」

驚いてあたしの顔を見上げる断名くん。

あぁー。うーん。
っあぁ。

「そういえば店主〔マスター〕からもらった書類に書いてたわね」

と、思う。たぶん書いてるはず。

見てないものはわからない。
断名くんが言うんだからそうなんでしょ。

「すごぉい。調理担当が一気に2人もっ!」

大喜びのメイちゃん。
シャトンちゃんや断名くんみたいな、子供が働くことに全然疑いを見せていない様子。
そんなに追い詰めていたかなぁ、あたし達。

でも、断名くんと同じタイミングで、断名くん(の表向きの理由)と同じ調理担当で入ってきた女の子。
それって……。あぁ。そういう事か。

「あぁ。メイちゃん」
「はい?」
「盛り上がってるところ悪いんだけど、店主から伝言で『今日はもうお休み』だって」

「!」

あからさまに落胆の顔を見せるメイちゃん。
申し訳ないけど、先に話しておく事があるし、ね。

「えぇっと、2人はあたし達と同じで住み込みで良いんだよね?」

『はい』

2人の声がきれいに重なった。

「と、いうわけだから。メイちゃん。ごめんね」
「はいぃぃぃ」

ほんと、ごめん。
「さて」
メイちゃんが帰ったあと、あたしは3人の顔を順番に確認した。
「本題に入りましょうか」

「本題?」

あー君たちが用意してくれていた苺をつまみながら宣言したあたしの言葉に、あー君が首をかしげた。

「シャトンちゃん」

「はい」

「ただの住み込み料理人。じゃぁ、ないわよね」

「え?」

驚きの声はあー君の。
とりあえず、今は無視。黙って聞いてればわかるから。

「ここにいる3人と、今は留守にしている主〔マスター〕のみどりさんを入れた4人でみどり班よ」

また「え?」なんて声を上げるあーくんに断名くんが会釈で挨拶をする。

「…」
軽く眼を伏せるシャトンちゃん。でもその口元は変わらない笑みが浮かんでいる。
「改めまして」
一言発して、椅子から立ちあげるシャトンちゃん。
「本日付でみどり班に配属になりました、シャトン・レイニアスです。教習課程を終えたばかりのじゃくはいですが、どうかよろしくお願いします」

軽くスカートをつまんで、ドレープを広げながら優雅に一礼するシャトンちゃん。

むむ。これは侮りがたいプリティっぷり。

まぁ、それはそれとして。

「断名くんも、みどり班の増員として来たわけだけど、まずは状況の整理をしましょう」
互いの事が解らないんじゃ、協力し合う事も出来ないしね。

「まずは、全員のPADの確認ね」
PAD

Person who has Ability of Different boundary


ごく稀に生まれる、異能力者。
あるいはその異能力。


それは、どれも容易に他者の尊厳を傷め、悪用が可能であり、また異能力者本人も異能力〔力〕のリスクにより、命を落とすことすらある。

その存在は、曖昧ながらも各国において秘匿され、一般人の知るところではない。

各国ともに、研究機関によって管理統制されている。
差別・悪用をさせぬための処置として。……表向きは。

表向きと言っても、存在そのものが知れていないため、マスコミに取り上げられることすらない、国家上層同士のポーズだけの話である。


では、裏には何があるのか。
明確である。

有事の際の、軍事転用・技術利用。
平時の諜報その他。

無論、それらに対する防衛もまた、PADが利用されるのは必定である。


陣乃 明日夏
自在にというわけではないが、物質の形状を変化させる事ができるPAD。

ファム・ファタール
物を操るPAD。

そして、彼らが属する『組織』によって派遣されて来た二人。
「わたしのは、他人に感覚というか……感性…?みたいなのを伝達する能力です」

シャトンちゃんの説明はかなりふわっふわだった。

「う〜ん。例えばぁ」

シャトンちゃんがちらっと断名くんを見た。
自然、あたし達の視線も断名君へ。

……
………
…………

「っ!」

突然、顔を真っ赤にした断名君が顔をそむけた。

????????

見ると、シャトンちゃんがニヤニヤと、今までとは全く別の笑顔で断名くんを見てる。

「どうしたんだ?」

あー君が断名君の顔を覗き込んだ。

「いっ、いえっ。何でも……」
顔を更に赤くして応える断名君は、顔をシャトンちゃんに向けて。
「これ、君が?」

シャトンちゃんは、最初のまばゆい笑顔でこくんと肯いた。

ふぅむ。

「よくわかんないけど、相手の感情をある程度操作できるった事かな?」

「そういう使い方もできるってことです」

ほほぉ。

「つ、次。僕ですよね」
話を急ぐように立ち上がる断名君。

シャトンちゃん。いったい何をしたんだろう。
あとで教えてもらおうっと。

「僕ののPADは身体強化系の筋力強化です」

「うわ。普通だ」

え?
今、あたしの思った事をそのままはっきり口にしたのは……

「…」
「(二コリ)」

シャトンちゃんて……、まぁいいか。

「強化系か。うちは荒事に対応できなかったから、助かるな」
「そうね」

ふむ。そうなると…

「調査の方は、あたしとシャトンちゃんで行ってくるわ」
シャトンちゃんの能力は何かと便利そうだし。

「はい。みどりお姉ちゃんからもそうするようにって言われてます」
「それじゃ、行ってくるわ」
「行ってきまーす」

「おう。気をつけてな」
「行ってらっしゃい。お二人とも」

“私”は見送ってくれる明日夏の耳に口をよせて。

「断名の事、お願い」
「?」
「かなり、“削ぎ落とされてる”わ。私の部屋にある遊び道具とか使って良いから、『普通』の楽しみを教えてあげて」
「……了解」

「どうしたのお姉ちゃん?」
「いえ。なんでもないわ。行きましょうか、“シャトン”」

シャトンの手を引いて、私はカメリエーラを後にした。
「おー相変わらずファムのゲームコレクションは、見てて壮観だなぁ。」

明日夏は、ファムの部屋にあるクローゼットを開けて感嘆した。

目の前には、恐らく数百……いや、もしかすると千を超えるかもしれない数のテレビゲームが、所狭しと並べられていた。

同じゲームが、何本もあるわけではないが、機種の種類とジャンル数だけなら間違いなく小さい店が開けるレベルである。

「さーて、どれにするかなぁ……お、ストリートバトルか……懐かしいなぁ。」

それは、明日夏が小学生のころ流行ったゲームだ。

今の世の中で格闘ゲーム存在するのは、このゲームのお陰だ!と言われるくらいの名作ゲームである。

「断名君は、このゲーム知ってるか?有名なゲームでシリーズ化されてるんだけど。」

「いえ、そう言った類のものは、やったことが無いので、わかりません。」

断名は、キリッとした姿勢と声で答えた。

「そうか……それじゃ、これとかどうだ?」

そう言って、明日夏が出してきたのは、世間一般で言うTCG(トレーディングカードゲーム)。

これは、ファムの趣味と言うより、明日夏の趣味のものだ。

だが、無類のゲームマニアであるファムは、明日夏が進めてきたTCGにも興味を持ちときどき二人で対戦しているのだ。

「いえ、すみません、そちらも……。」

今度は、少し申し訳なさそうに明日夏に応えた。

その姿を見た明日夏は、腕を組みながら断名の前に立ち。

「けしからん!実にけしからんぞ、断名君!!」

断名は、いきなりの明日夏の言動に後ずさりし驚きの表情を見せた。

そして明日夏は、続けて。

「健全な男子たるもの、格ゲーやガードゲームの1つや2つたしなめなくては、今の世の中を渡り歩く事など、到底出来んぞ!!」

「そ、そうなんですか!?」

明日夏の言っていることは、間違いかそうでないかと言うと、きっと間違いなのだが、純粋な心の断名は、明日夏の同度とした言葉を素直に受け入れてしまった。

明日夏自身も言っていることがいきすぎなのは、理解した上でのことだったので、心の中では、「あぁ、こうやって世の中のオタクってのは、増えるんだな」と思った。

そして、「ま、いっか」とも。

「当然だ!まぁ、今までやったことが無いのなら仕方が無い、俺が男の遊びと言うものを教えてやる。」

そして明日夏の悪戯心は、更にヒートアップするのであった。
「とりあえず、今までこう言った遊びをしたことないならカードゲームは、レベルが高いから、まずはこっちからやってみようぜ。」

明日夏は、そう言いながら先ほどのクローゼットからゲーム機を取り出し、そそくさとセッティングを始めた。

選んだゲームは、先ほどのストリートバトル5作目になる「ストリートバトル5 〜彼女の笑顔を守るため〜」

「この作品は、毎回主人公の彼女が変わるんだけどな、この5作目では、最初のシリーズの元カノが主人公と寄りを戻してな……。」

明日夏は、熱のこもった解説をしたが、断名には、伝わることなく話していた自分が辛くなる程だった。

「……ストーリーは、ひとまず置いといて、まずは、やってみるか。」

「はぃ。」

断名は、あまり乗り気でなかったが、明日夏に言われるまま、操作の説明を受けゲームを始めることにした。
「たしか、この辺りのはずだけれど……」

私たちはキョロキョロしながら、夕暮れの歓楽街を歩いていた。

仕事帰りの人間を捕まえようと、やかましい呼び込み合戦が行われている。

さすがに、子供連れの私たちに声を掛けてこようとする者はいないけれど…。
私たちは今、天花堂山から聞いた歓楽街に来ていた。

ここで、カートゥーン・ヒーローを扱うヤクザ者が居るらしいんだけれど……。

確か、この奥の路地で合言葉代わりの定型のやり取りをすると、商談を持ち込まれるとか…。
「あれ、かしら」
「みたいですねぇ」

学生たちへの聞き取りで仕入れた噂の場所へと行くと、何も無い路地で一人の男が何をするでもなく、ただ立っていた。
狭い路地。誰かを待っているにしても、壁にもたれるぐらいしてもよさそうな処で、男は直立にも近い姿勢で立っている。立ち尽くしている。

「素直にしゃべってくれると良いのだけれど」
「私は行かない方がいいですよ、ね」
シャトンの言葉に私は小さく頷いた。

今となっては古風と云われてもおかしくない和装の私と、絵本から飛び出して来たような洋装のシャトン。傍〔はた〕から見たらどういう関係に見えるか判らないけれど、夫を亡くした悲しみで自暴自棄になってドラッグに手を出しただけでは飽き足らず、娘まで巻き込んで……なんて、今時流行りもしないでしょうね。なんにせよ、少なくともこんな子供を連れてドラッグの売人探しなんて、末期にもほどがある。

「少し後ろをついていきますね。何かフォローが出来るように」
「えぇ。お願いね」
「?」

歓楽街の人が寄り付かない裏路地。
そこに入り込んでくる和装の女に、男は明らかに警戒の視線を向けてくる。

「あの」
「……」

私が声をかけても、無言で見詰めてくるだけ。

本当にこの男なのかしら…。

私の中で小さな不安が生まれる。
かといって、やめるわけにいかない。

「薬が欲しいのだけれど」

「……薬屋に行けよ」

なんで自分に言うんだという態度の男。
本当にこの男なのかしら……。

「薬局では売ってもらえないらしいの……」

それでも食い下がる私。

「どんな薬だよ……」

来たっ。
ここで確か、不自然な一言を…。

「それが……」
間違えられない一言。
「『夢に浸れる薬』なのだけれど……」

「……」

男は表情も変えずに私をじっと見つめている。

…………

ハズレ…?

「ついてきな」

!?

男はこちらに気にかける様子も見せずに、振り向くと路地の奥へと足を進めた。
この奥に売人もしくは、その連絡係が居るという事かしら……

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