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八代目桂文楽コミュの「大仏餅」での絶句は・・・・・

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先日、演芸評論家の「柏木新」氏の著書「落語の歴史」(江戸・東京を舞台に)を読んでいまして、
興味ある記述がございましたので、ここに「そのまま全文」を記載させて頂きます。
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000032725079&Action_id=121&Sza_id=E1


本書158ページより

【注4】
八代目桂文楽が絶句した最後の高座(1971年8月31日国立劇場小劇場・第四次の
「落語研究会」第42回)について、「東京民報」の記載の途中で、板橋の読者の方から、
大変貴重な情報をいただきました。
これまで伝えられていることは、本文に書いた通り「大仏餅」の口演途中で登場人物の名前
(神谷幸左右衛門)が出てこなく絶句。
「台詞を忘れてしまいました・・・・・・」「申し訳ありません。もう一度・・・・・・」
「勉強をし直してまいります」と言い残し、高座を降りたとなっています。

読者の方の情報ですが、読者の方も、その当日、国立小劇場に来ており、その場面に遭遇したそうです。
その方の情報によると「文楽が高座を降りたのは『口演の途中』ということでなく、
座布団に座り『ようこそのお越しで・・・・・・』というようなことを言った後黙ってしまい」
「稽古(勉強ではない)をし直してまいります」と言ってさがってしまったのです」ということでした。
私はその場にいませんでしたので、こういう台詞だったとはいえません。
中継していたので、当時のテープがあるはずですが、そのテープは門外不出になっています。
情報に感謝しつつ今後の調査・研究としたいと思います。

                                以上



中継というのは、
当時「川戸貞吉氏」がTBSの担当責任者として中継車から録っていたと聞いております。

コメント(4)

最期の芸としたら、あまりにも悲劇的な終わりですよね。
>かんかんのォさん

そうですねぇ。

これって「明治」「大正」ましてや戦前の話ではありませんよね。
たがが(あえて)40年前の話です。
私、思うんですが、「その人に合った伝説」や「美談」ってあると思うんですよ。
志ん生師が高座で寝ちゃって、前座が起そうとしたら、客が「そのまま寝かせてやれ!」って話ありますでしょ?
これ、、、圓歌師匠は新富町の演芸場で観たって言ってるけど、これだってネタかもしれない。
だって、「そん時の前座は俺だ!」とかって言う人もいないし、
志ん朝師や馬生師からもそんな話は聞いたこともない。

この読者の方がお1人で行かれたのか、おいくつぐらいの方か、、、それこそ男性か女性かも分からない。

黒門町だったら、こうかもしれないって話に「尾ヒレが付く」ってこともありますしね。

もしかしたら、このことに触れるのは「落語界のタブー」なのかもしれませんよ。



> Untyさん


あくまでも推測ですが、それ以前の段階で黒門町の師匠が納得いかなかった部分が多々あったのではないでしょうか?


あそこまでの名人なら、『なんたら屋なにえもん』で逃げれるのは知っているはずだと思う。


そうでなければ、高座をおりないのでは?
>かんかんのォさん

この高座の何日か前も「大仏餅」を口演してるらしいですね。

自分で築きあげた芸を汚したくなかった、
ましてや他人様から「あそこの部分が違う云々・・・」とかを言われるのは耐えられなかったんでしょう。

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