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再来コミュのどんと来い、瞑想

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パルデン・ドルジェ氏はいかなる瞑想をして世に平和をもたらし自らは悟りに至ろうとしているのでしょうか?

上田次郎教授のようにベストを尽くして考えましょう。


多くの瞑想は集中と関係しています。
12秒間の完全な一点集中がダーラナー(集中)。
12×12(144)秒間の完全な一点集中がディヤーナ(瞑想)。
12×12×12(28分48秒)の完全な一点集中がサマーディ(三昧)。
これ以上集中が続くと魂は肉体を離れる。
とも聞いております。

一方、一点に集中するのではなく、実際に起きている事象を観察するという手法があります。
仏陀も行ったとされるヴィパッサナー瞑想のさわりを習ったことがあります。
「足が地をはなれた→足を運んだ→足が地についた。。」のように体の動きを観察し、これが進むと更に細かい動きも観察してゆきます。そして、非常に早いと言われている心の動きにもついてゆけるようになり・・そのようにして観察し続けてゆきます。

さて、いささかアバウトではありますが、心の動きが無い心の波立ちが無い・・その状態を維持するのが瞑想だということだとします。
心に波立ちが無い状態を、さざなみのない湖面に譬えてみますと、湖の表面から湖底まで全て見通すことができるように、心の全てを見通すことができるといえるでしょう。
そして多分単に深淵が見えるだけでなく、より深い領域の性質を帯びてくるのだと思います。

私達の表面意識は可視的で物質的な次元に囚われています。それゆえ有限に思われる物質を奪い合う為に競い合わなければならないのだと思います。
しかし、それが意識表面のほんのさざなみに過ぎないことが見えた人は、そのような狭い領域に囚われている人々やそれゆえの世の悲惨事につき慈悲心をもつと言われています。
それは単なる思考によるものではなく実感される筈のものです。

世の賢人聖人と言われている人の多くは非常に奉仕的な生を送りました。それはこの慈悲心による逃れがたい衝動故だったかと思います。

しかし、パルデン・ドルジェ氏のように、全く瞑想にのみ没頭しているかのような聖人方もいます。
彼らの周囲には静寂や平和が訪れると言われ、非常にありがたがられます。
このようなエネルギーは何故放射されるのか?

人は通常は少なからず閉鎖的です。心の殻を一つ一つ脱ぎ捨てることにより、内なるエネルギーが放出され始める。そのように考えることはできないでしょうか?
もちろん、そのようなエネルギーが何故閉ざされ何故解放されるのか?どういうメカニズムでか?はとても推察できませんが。

沈黙の聖者ラマナ・マハルシという方は、沈黙して座すことにより真理を実感させたと言われています。
この方が推奨している手法は、真我探求(ヴィチャーラ)というものです。
非常に長い間トランスに入っていられるヨーガ行者も、トランスが終ると自己意識が残っているのだそうです。
上記の集中や観察による瞑想でも同じだと思います。
自己意識が最終的に克服されなければならないものなのだそうです。
それゆえ、いろいろな瞑想をするのではなくて、初めからその自己意識を見極めるべきである。私は誰か?と問い、更に私という感覚が沸き起こってくる中心を探しそこに留まれ。そのように仰っています。
これができると真我(=大我=神)の方が迎えに来てくれ、後は彼方なるものにおまかせすればよいとのこと。

ただいまこれに凝っており、日々瞑想らしきものをやっています。
これが続けられているのは、パルデン・ドルジェ氏のお陰によるものが大きいです。
それから、タイムリーに発刊された「あるがままに ラマナ・マハルシの教え」(ナチュラルスピリット刊)のお陰もあります。お勧めです。

パルデンドルジェ氏はいかなる瞑想をしているのか?
実感として理解が及べるように励みたいと思います。

コメント(7)

非常に興味深いですねぇ。

パルデン氏はどんなタイプの瞑想なんですかねぇ...確かに気になります。 兎に角情報が少ないですよね。うーん、これはやはり現地に飛ぶしかないのか...?でも、行ったとしても、言葉が理解できないんじゃ駄目っすね。中沢新一のように、現地で修行しないと理解できないですかね、やっぱり。

色々な瞑想の種類、勉強になりました。

僕、体系的に瞑想をしたことが無いので、一度チャレンジしてみたいものです。

ガイドがあって、それに基づいて瞑想をして、キチンと手応えが感じられたら、面白くってやめられないでしょうね、きっと。

「実感として理解が及ぶ」ように、僕も、語る前に実行してみたいと思います。 
昨晩、神智学、アグニヨーガ、武道などに詳しい知り合いと、bomjan氏失踪に関して話をしました。

彼が初めに触れたのは、takeshimさん訳の「カルキである智慧の苦行者パルデン・ドルジェ」にある下記の内容についてでした。

「さらに私(グル)は、なぜ食事を取らないのか、空腹は憶えないのか、と尋ねた。 かれは、2匹のNaga(神格化された蛇)が彼の両脇に座しており、右側の蛇が彼にミルクを与えており、それで十分なので、心配することは何も無いと答えた。グルは、この言葉に驚いた。 」

この右側の蛇とは、ヨーガで言うところのピンガラー管に相当するのだそうです。ヨーガでは、脊柱の中心にメインの生気の通り道であるスシュムナー管があるとされ、その左側にイダー管、右側にピンガラー管があり、それぞれ、陰気、陽気を通すとされています。
左側の生気を制御できる行者は結構いるのだそうで、体が左湾曲する傾向があるのだそうです。右側の生気を制御できる行者はそれよりレベルが高いのだそうです。
bomjan氏の場合、腰部は左湾曲、胸部は右湾曲ですね。チベットの偉大な聖者でミラレパという方がいるのですが、この方もちょうどそんな格好で描かれています。

さて、bomjan氏の失踪に関してですが、行者の意識が一段階高い意識に到達すると、肉体のそのレベルのエレメンタル(ある種の意識体)が解放されるため、一時的にそれを制御するのが困難になるのだそうです。もし、今回のように周囲にいろいろな人々の意識が充満していると、エレメンタルが他からの意識体とごっちゃになり、収拾がつかなくなる可能性があるのだそうです。そんなわけで、行者は、そのような際、昆虫が脱皮する時のように安全な洞窟などにこもるのだそうです。そして、意識の制御が完成すると、不浄な場所にも耐えられるようになり、教えを説くなどの仕事を始めるのだそうです。

以前紹介した動画の中で、bomjan氏のチャクラ(肉体のエネルギースポット)の周囲にチラホラと光が見えるという発言がありましたが、私は、bomjan氏失踪前の出火事件と関係が有るような気がしています。行者が覚醒する際、前述した生気の通り道のスシュムナー管をエネルギーが上昇(クンダリニーの上昇)し、肉体全体も光を放つと言われています。出火とは実はbomjan氏自身の発光ではなかったのか?と思ったのです。

いずれにせよ、bomjan氏の意識が精妙になり、行も次の段階に進んだのではないかと思っています。
僕も、色々な情報を統合すると、彼は次の段階に進んだのだと思います。

ところで、彼は6年後に帰ってくる、と言っていますが、6年後は.......なんと因縁の2012年ですね。

前に「カリ・ユガ」と「カルキの化身」というタイトルのトピックで、mawoさんとも少しお話しましたが、カリ・ユガ、マヤ暦、キリスト教の『聖マラキの預言書』などなど、が指し示す2012年の節目のお話に合致しませんか? 

これについては、眉唾系情報(フォトンベルト、タイムウエーブゼロ理論 )なども含めると、いろいろと符合する情報が多くあり、個人的には、2012年が人類にとって大きな変わり目に成り得ると信じていてるのですが............正直、今回の事もなんだか、そのセオリーに合致しているような気がしてなりません。

なんというか、他力本願的、終末思想的な意見ではないのですが、やはり、色々と点在している情報が、ある一点を照らしている図、というのは、正直とても気になります。


ところで、話はガラッと変わりますが、昔から、仏教系の聖者の絵で、彼らの体が緩く弧を描いて描かれているのを「えらくリラックスした姿勢だなあ、こいつらダルダルだなあ」と勝手におもっていたのですが(笑)実はヨーガ的背景にそう言う話があったのですね。とても勉強になりました。
2012年・・さすがは研究家のこだわりですね?私も少し勉強してみたいと思います。

いずれにせよ、これからいろいろと奇跡的なことが起きてくるのかもしれません。
しかし、人はどのように生きるべきなのか?いえ、新時代にはどのように生きるようになるのでしょうか?

もう20年近く前になりますが、悟ったと言われて(言って?)いる人に会いに行ったことがあり、「私はどんな修行をしたらいいのでしょう?」と聞くと、「忍耐ですなぁ・・」と言われ、脈絡もなく新宿で撮ったというUFOの写真を見せてくれ、「UFOはどのくらいの大きさだと思います?」と聞かれ、「・・・」と黙っていると、「この写真のは2kmくらいの長さです。」、「・・・」、「こういう方達も来てくれているんですから。」という会話?をしました。

まあ、そのように・・新時代が間近に迫っているのだから・・物質世界に左右されず、安心して心の修行をせよ・・と言われたのだと、勝手に解釈したのですけれど。。

宇宙時代の到来?これも新時代の一つの鍵ですよね?

仏教系聖者の腰のひねりは、ガンダーラ美術?とかの影響かもしれませんが、ミラレパは他の絵でも結構ひねってるので、ヨーガ的背景を考えたくなりました。私もこの間まで考えたこともありませんでしたが。
相当ウケました。 

是非あってみたいですね、新宿UFOの人。楽しそう。
笑いを提供できるとは!さすがは覚者ですね?
その後ご縁は切れてしまいましたが、独自の活動をなさっているようです。

http://www.geocities.jp/chibanathoth/
暑くて早くもナマの季節ですね。
こじつけですが、少々ナマ言わせて下さい。

私が瞑想のようなものに興味を持ちはじめたのは高校生の時で、初めは生死についての興味から禅に関する新書のようなものを読みました。
その後、人の過度の欲望が環境破壊や社会不安を作り出しているのだと判り、人は欲望を克服できるのか?自分自身それができるのか?というテーマになってゆきました。
最近やや不思議オタクのような傾向が出てきまして反省しておりました。

今日は久々に1日休めそうでしたので、瞑想三昧で過ごしてみるかと思っていました。朝少々瞑想をして、ご飯を食べると、「誰かから遊びの誘いでも来ないかなあ。」という思いが湧いてきました。過去のメールを見直してWFP協会のイベントがあったことを知り残念に思いました。

瞑想をしていると、トランスのような状態になることがあります。それが気持ち良いというか珍しい感覚だから楽しいというか、そんなことは有るのです。
今更ながらですが、瞑想の目的に、そういう不思議体験や、或いは意識が拡大したら全く苦しみから解放されるのではないか?という願望が有ることに気がつきました。

静かな心を愛するがゆえにただ瞑想する。瞑想するというよりただ静かな心になっている。それが妙諦であるような気がしてきました。

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