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赤毛のアン 〜闇〜コミュの「袖の膨らんだドレス」

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 レイチェル・リンド婦人は醜く太った女にありがちな、甲高くまくしたてるような早口でこう言った。
「ええいいですとも。マシュウ、あんたからそんな頼みをされたのは初めてだからねぇ。しかし正直、面食らっているわけなのさ。でもいいですよ。お引き受けしましょう。アンにとっておきのドレスを縫えばいいんですね。アンは何時もみすぼらしい格好をしているからね。ただ、あの頑固なマリラの事だから、アンに当世風のお洒落をさせてみてはどうかなんて、他人のあたしは口が裂けても言えたものではないですよ。アンの躾けの事ではマリラは修道女以上のものを求めていますからね。だけど、マリラも女ならちぃとはアンぐらいの年頃の女の子が、自分を着飾りたてる欲望・・・夢々しいフリルだのリボンのついた帽子だのサテンの衣擦れだのに、男の子とのロマンス以上に興味を抱いて頭の中がそればかりで夜もおちおち眠れないぐらいだって事、分かってる筈なんですがね。しかも、アンときたらあの痩せっぽちの体に艶の無いねずみ色の生地のドレスを着ている様と言ったら、まったくもってあれはただ人型をした様子をしていればいいとばかりに十字に組んだ棒切れにズタ袋を通したカカシってもんですよ。アンもかわいそうに、マリラの切ない男性遍歴の犠牲を強いられて、本当に修道女になってしまいそうな勢いだねぇ・・・」
 自分の話口調にわざとらしい節をつけてクスクス笑いながら喋り続けるリンド婦人を遮ってマシュウはこう言った。
「そ、そうさな、あんたが・・・その・・・鼻持ちならないお喋り女だということは・・ちょいちょい・・・いや・・・以前から知っていたが、そのう無駄話を・・・辞めないと・・・そうさな・・・つまりそのう・・・さもないと・・・そうさな・・・生かしちゃあ・・・いや・・・その、その袖を膨らませておいてほしいのさ。今風に袖を。」
 マシュウの言葉にリンド婦人は黙って、「しぶしぶ」引き受けた。正確に言うと引きうけざるを得なかったと言っていい。もっとも女から見て哀れを誘う闇のためには何かしらをしてやらねければ、というリンド婦人お得意のおせっかい心もあったが、マシュウ・カスバードとは波風を立てないほうが良いであろうと言うことは、今やアボンリー、いやプリンスエドワード島、全民の共通する意見なのである。マシュウ・カスバートは恐らく島一の小心者の女嫌いで、若干のドモリと痛風がそのいびつな人付き合いの悪い人格に拍車をかけているが、世間を憚る老人が隠し持つある部分には島民は無知であった。マシュウ・カスバートは、街路を歩く女性に挨拶をされただけで飛び上がるような男であるが、その反面、重病に犯されてさすらう事を余儀なくされた道端の弱者や卑しい商売を生業とするジプシーの類、いたいけない小動物などに対しては極めて尊大で情け容赦なく残忍さを発揮する性質らしく、先ごろも、皮膚を患った物乞いがアボンリーの公会堂に佇んで居たのを見て唾を吐きかけただの、カスバート家の敷地に迷い込んできた人懐っこいバリー家の犬を鋤で叩き付けて、首に縄をつけて引きずり回しただのという怪奇話が、センセーショナルな噂として島中を駆け巡っていた折でもあったので、リンド婦人は断る術を持たなかったのである。
 「あたしもドレスの出来不出来によっちゃあ、バリー家の犬のように・・・いやもっとそれ以上の仕打ちが・・・しかし闇のお洒落にあの堅物のマリラがどういった反応に出るか・・・これはなかなかどうしておもしろうそうな事になった!」

 マシュウとリンド婦人の華麗な企みに気づくはずもなく、闇は今日も湿った陰鬱な臭気を放つ墓地沿いの道を通るために、わざと遠回りしながら、ブツブツと詩を唱えていた。それは学校で読むことを禁じられている本の一節だが、アンはアボンリーの居眠り店主の小間物屋においてあった物々しい表紙の中身を、むさぼる様に読んでそらんじていたのだ。
「人生は即ち希望の墓場なり・・・人生の終焉は絶望にして真黒なる闇・・・不死鳥は来ない・・・あとには屍をついばむ烏ばかり・・・」
 彼女は年頃の少女達がわざと気取って歩くときに見せる、優雅で夢見見るような足取りとは縁遠い、ギクシャクとした、まるで足の怪我人が自分の痛手を誇張して見せ付けるかのごとき不自然な散歩に没頭していた。ぬかるみに汚らわしいニチャニチャとした音を立てて不規則に靴跡を残していく作業・・・。観察眼のある人間は税理士が蝋に押した印の跡で、その人と成りの出来不出来を図るが、果たして闇の歪な靴跡などは彼らから見てどう推測されるであろう・・・しかしそんな出来損ないの散歩は遮られる。向こう側から来る人影を見てアンはさらに足取りが硬くなり、喉は渇いて目の奥はチカチカし、頭の中はお弔いの鐘のようにガンガン鳴っていた。「あの憎っくきギルバートが、とっておきの墓地の道をこちらへ向かってくる!!」彼はずいぶん遠くから目ざとくアンを見咎めると、嫌らしく笑い、その口は、栄養分たっぷりの汚濁をさらった水鳥のくちばしのように滴る中傷をたんまり含んで、今にも動き出す所だった。
「よう!墓地でお散歩とは!いやはやこれは地獄の修道女らしいや!」
アンはありったけの集中力を注いで、その罵倒を無視しようとしたが、すれ違いざまにギルバートはアンを小突き飛ばし、一塊の泥溜りによろけてしゃがみ込んだアンのうめき声を聞くや否や、パラノイヤの患者のような甲高い叫び声を上げつつ、墓地の森の向こうに消えて行った。叫んでいた文句は後のほうは聞き取れなかったが・・・いや、それは今まで散々耳にしていた文句で、聞こえずとも聞いたことになるのであるが・・・耐え難い苦しみを都度もたらす、あのおそろしい呪文!今もアンの心にささくれ立った杭を打ち込み、そこから流れた血はアンのネズミ色の堅牢な修道服を染めるかとさえ思われたあの言葉・・・。
    「ニ・ン・ジ・ンは泥にまみれて腐ってろ!」
アンはもともと煤けていてどこが汚れだか分からないマリラお手製の服の泥を払いながら震える唇でつぶやいた。
「無頼漢の襲撃に備えて、当世風の袖の膨らんだドレスじゃなくて命びろいしたわっ!!!!」
 アンは容姿が劣っているがゆえに蔑まれる人々の常に漏れず、極めてロマンチストであった。
 時として彼女は自分が人々があざ笑うニンジン色の髪ではなく、漆黒の闇のようにな真っ黒な髪を称え、その髪の毛一本一本にほのかに光の波が映り込む事をロマンチックに妄想する。そしてまたその髪の間を行き逢う細工の施された象牙の櫛のように乳白色の肌をした彼女は、大粒小粒、色とりどりの真珠の縁取りを施した膨らんだ袖のドレスを着て、池のほとり佇むと、可憐なすみれも、瑠璃色と琥珀色が交互に静かな小波を描く水面も、薫り高い木々の葉のさざめきも彼女の美貌の前にすれば「言葉の上につける修飾の部分」のように彼女の為だけに極々当たり前のように、存在しうるであろうことを切なく夢想する。
 ・・・しかしそれはけしてその不幸の穴埋めをしてくれるものではなく、怪我をした傷口が膿むと交互に襲ってくる痒みと痛みのようなもので、ロマンチックな妄想と現実的な絶望とは絶えず入れ替わり立ち代り彼女の意識を責めさいなんだ。
 「はやく年を取って白髪になれば、この髪はコーデリア姫のように黒かったと簡単に思い込むことが出来るのだけれども・・・果たしてニンジン色が白髪になるのかどうかは疑問だわ・・・」
 彼女は不意の大惨事の邪魔が入りさすがに、お散歩に没頭する事なく、義務的に帰途につくが、マリラは帰りが遅くなり、午後のお茶の準備を怠った哀れな養子をいつもの情け容赦無い調子で攻めたてた。
 「たとえ孤児にお茶の習慣は無くても日が落ちる頃には家にさっさと戻るってものですよ闇!」
 実はマリラはマシュウとリンド婦人のささやかな企みから外されたでろうことは二人の何気ない会話から薄々感じており、それが一体何なのかは検討がつかないが、どちらにせよ自分だけが兄や唯一の親友のリンド婦人(親友と呼べればの話)から、わけも無くのけ者にされたという不愉快の矛先を闇に向けただけだったのだが・・・。闇は、ストーブの傍、大きな包みを抱え、微笑を向けているマシュウには目もくれず、苛立たしく台所に立つとマリラのお茶の準備を始めつつアンは大声でこう言った。
「思いだけで人を殺せたらって思うのよ、マリラ!」
 この凄まじい剣幕を見て、マシュウは、プレゼントを渡す時が今では無いと悟った。人を嘲るのだけが楽しみのようなレイチェルリンド夫人と、人嫌いで知られる偏屈なマシュウ・カスバードが珍しく善意から作り上げた袖の膨らんだドレスが入った包み、本来ならば家族を模倣しているだけに過ぎないこの冷え切ったグリ−ンゲイブルズに暖かい笑みをもたらしたかもしれない包みを納屋の奥、ペンキが乾いてカチカチになって使い物にならなくなった筆やギシギシ言う戸に注すための油を入れたベトベトの缶だのが置いてるあたりを避けて入れ、鍵をかけ、外に煙草をふかしに行った。

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