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こんにちは。世界の医療団 事務局のMaiです。

コンゴ民主共和国 
首都キンシャサ
6/2の天気 → 晴時々雨 28℃/22℃

日本と遠い国?それは本当??コンゴ民主共和国と日本には実は深い関係があるのです。紛争の爪痕に今も苦しみ、恐怖に怯えながら暮らすコンゴ民主共和国の人々。

www.congophone.com  近日スタート! 乞うご期待!!

コメント(14)

キンシャサって暑いイメージでしたが、それほどでもないのですね。

コンゴについて、どんなことが出てくるのでしょうか??
注目してます!

世界の医療団 事務局のMaiです。

Yuさんコメントありがとうございます。
6〜8月のコンゴは雨が少なく、比較的涼しいようです。

キンシャサ 6/4(金) 本日の天気 → 晴時々曇 30℃/23℃
今週末のキンシャサは、土日ともに雨模様。

www.congophone.com  近日スタート! 乞うご期待!!
Hi everyone! This is Mai.

It's occasionally cloudy today in Kinshasa. High temperatures
will be 32 degrees. We're now preparing a special site for DRC.

www.congophone.com

Coming soon!!!
世界の医療団 事務局のMaiです。

東京とキンシャサの時差は8時間。今は夜中ですね。
今週のキンシャサはいいお天気が続いたようです。今日も曇のち晴。

コンゴ民主共和国の首都キンシャサに赴任していた世界の医療団
事務局ボランティアNさんのお話。

なんと「小ワニがご馳走だった」と!その他、象の足、大ワニも食べる
そうです。毎週水曜日にお手伝いにいらっしゃるので6/16にまた続きの
お話を聞かせてもらお〜っと。 

www.congophone.com 近日オープン!乞うご期待!!
世界の医療団 事務局ボランティアNさんの「ザイールの思い出」第1回

「今となっては昔の事だが・・・」これから、小生が若い時代に駐在した
ザイールでの思い出を綴ります。今から33年前の1977年に当時ザイールと
言われたコンゴ民主共和国の首都キンシャサの事務所に、「大自然のアフ
リカで一度生活してみるのが夢だった。」というワイフと、生まれて11ヶ
月の長男をつれて、若さゆえに恐れを知らぬ若き家族3人は勇躍赴任しま
した。そこで見たザイールは既に破綻した経済と資源大国として将来性だ
けを持ち、アンゴラとの内戦、カタンガ州(シャバ州)独立運動、モブツ
大統領独裁と、いつ暴動が起きてもおかしくない世界でした。当時の私は
若さゆえにザイールの人々の生活の表面しか見えてなかったが、日本とは
全く違う世界に驚きながらもドップリと2年間その中に浸かり、世界の違い
を体感しました。

幸いに無事に任務を終え帰国し31年が経過しました。今、全く離れていた
現在のコンゴ民主共和国(以下コンゴ)の状況を聞き写真で見ると、当時
と変わらない世界、むしろ経済・社会生活では更に悪化している世界が広
がっているようです。私の生活した当時のアフリカは資源の豊かな(鉱物
資源だけでなく自然全体)成長のポテンシャルの高い地としてもて囃され
ていた。その中でもコンゴは国土広さ、鉱物資源・電力豊富、全体に拡が
る豊かな自然のある国でしたが、昔の溌剌と陽気な国がどこに行ったのか
と寂しい思いです。1992年に私が駐在したベトナムも戦後で厳しい社会経
済情勢にありGDP一人当たり200ドルの世界でしたが、当初の予想通り急速
に発展を遂げています。コンゴも1977年の経済統計では一人当たりGNP250
ドルから300ドルと言われていましたが、その後の展開には大きく違いが
あります。コンゴは豊かな大自然を持つ潜在成長力の高い地域であること
は今も変わりはありません。これからアフリカ全体の成長に伴い一緒にコ
ンゴも革新し社会が安定し発展する事を祈っています。

これからシリーズで、Nさんに書いていただくのは、1977年から1979年に
キンシャサに駐在した時の思い出です。幸いにして人間は心身ともに健康
に生きるように出来ていて、厳しかった事・悲しかった過去の事は徐々に
頭の世界からは消えていき楽しかった思い出が心を満たしています。

第2回 1977年から1979年にキンシャサにてNさんが体感した
「病気と医療」について 近日投稿!!

www.congophone.com 近日オープン!!! 乞うご期待!!!
世界の医療団 事務局ボランティアNさんの「ザイールの思い出」第2回

1977年から1979年にキンシャサにてNさんが体感した

「病気と医療」について ?

キンシャサでの洗濯物のアイロン掛けは重要な仕事でした。

屋上の物干し場でサンサンと当たる太陽の下で乾いた洗濯物に、使用人は必ず下着も靴下もきっちりとアイロンを掛けます。最初は馬鹿丁寧な、と思っていましたが全く違っていました。外に干した洗濯物に虫が卵を産みつけ、この卵が人間の皮膚につき幼虫が皮膚の下に入り込み成長するそうです。そのために下着でも靴下でも丁寧にアイロンを掛け熱で卵を死滅させるとの事でした。日本人駐在員の奥様で足の爪の脇に幼虫が入り込み手術で取り除いたケースがありました。

www.congophone.com 明日6/18オープン決定!!! 乞うご期待!!!
世界の医療団 事務局のMaiです。

www.congophone.com 遂に始動!!!!!

事務局ボランティアNさんの「ザイールの思い出」第3回

1977年から1979年にキンシャサにてNさんが体感した

「病気と医療」について ?

・水は、アフリカの第二の大河コンゴ河が正にキンシャサ市の横を流れ水量は豊富でしたが、水道の水質は悪く、これは煮沸消毒、簡易濾過器で処理しました。簡易濾過器の濾過部分は2−3日でヌメリが付着します。毎日のようにワイフが洗っていました。使用人には任せられませんでした。街で売られていたミネラルウォーターは中身が何か分かりませんから使用できません。なにせビール壜を並べると中身の容量は一定でなく中身の高さが違っていました。ハエが入っていた事もありました。「あわてず、あせらず、あきらめず・・・あてにせず」です。何があってもおかしくない事をいつも肝に銘じて日々をすごしていました。

・仕事柄、アフリカ各地を出張しましたが、いつも持ち歩いた薬はNivaquine(マラリア治療、予防薬)、正露丸、アスピリン、抗生物質(二種類)です。スイス・チューリッヒ空港の売店薬局でNivaquineを求めたところちゃんと置いてあり、驚くと共にさすがに欧州はアフリカとの繋がりが強いなと感心しました。キンシャサに向かうと伝えると販売してくれました。抗生物質はベルギーに居住していた時は、アフリカに向かうと言うと2種類(高熱、吐気など症状が厳しい時に服用と、比較的症状の弱い下痢のなどの時服用)を処方してくれました。旅先では一流ホテルであればホテルの医者が処方してくれます。ある時、疲れと飲みすぎで痔を悪くした時があり、ジュネーブの街の薬局に飛び込みましたが、「はて痔はフランス語で何と言ったか?」分からず。当時日本で売られていた「ヘモリンド」と言う名称の欧州系医薬品の痔治療薬から類推し、「Hemo」と言ってお尻を指差したところ見事に通じ、座薬とクリームを購入することが出来ました。笑顔と手振り身振りと必死の思いがあれば、なんとかなるものです。

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世界の医療団 事務局のMaiです。

www.congophone.com 遂に始動!!!!!

事務局ボランティアNさんの「ザイールの思い出」第3回

1977年から1979年にキンシャサにてNさんが体感した

「病気と医療」について ?

・キンシャサで充分に注意しなければならなかったことの1つは交通事故でした。普通の国であれば助かるものも医療体制、救急体制が出来ていませんから直ぐに生死に関わる問題となります。実際、赴任前〜赴任直後に亘り、一番注意されたことは交通事故でした。「遭わないように」そして「起こさないように」と言われました。実際、駐在期間中に同業他社で事故があり、私と同期の方が亡くなりました。まだ結婚して1年、ちょうど私が駐在を終え、帰国の途にある時の事故でした。キンシャサの空港で見送りを受け、日本に戻り、訃報を聞き葬儀に参列しました。交通事故には充分注意しても注意し足りないのです。

・キンシャサには生後11ヶ月の長男を連れて赴任しました。赴任当初はどうなることか心配しましたが、無事に過ごす事ができました。これも親切な韓国人の医師ご夫妻がAireZaireに勤めており、その当時ちょうどキンシャサに住んでおられたお陰です。赴任後最初の6ヶ月、長男は毎月のように高熱を出し、その度にこの医師のもとに駆け込みました。ご自宅に伺うのですが夜遅いときも、パーティーを開いている時も、子供を抱えて飛び込むといつでも直ぐに看ていただき、今でも心から感謝しております。先生はきれいな日本語を話され、こちらが慌てている時でも日本語で的確に対応していただけました。一番困ったのはお礼を受け取らないことでした。日本の食糧やカリフォルニア米を購入した折に、日本の醤油、カリフォルニア米などをお裾分けでお持ちし、お礼とさせていただいていた次第です。


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世界の医療団 事務局のMaiです。

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事務局ボランティアNさんの「ザイールの思い出」第5回

1977年から1979年にキンシャサにてNさんが体感した

「病気と医療」について ?

Nさん曰、HIV/AIDSはキンシャサ駐在当時全く表面に出ていませんでした。私が知ったのは80年代前半ベルギーにいる頃でアフリカが発祥の地と言われるその病気の全容が判明したのはその後間もなくです。

仏語ではHIVはVIH、AIDSはSIDAです。当たり前のことですが、所変われば言葉・表記が違います。横道にそれますが、アフリカ担当の方で名前が賢哉(けんや)さんという方いましたが、KENYAさんとなりケニヤでは歓待されていました。須波孝(すなみたかし)さんはT.SUNAMIで「津波」さんと言われていたそう。

以上、Nさんのお話でした。

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世界の医療団 事務局のMaiです。

ソトコト8月号でコンゴフォンが取り上げられています。
絶賛発売中。是非ご覧ください!
http://www.sotokoto.net/jp/escape_route/

FIGARO.JPでコンゴフォンが取り上げられています。
http://news.madamefigaro.jp/culture/sns.html

少しずつコンゴフォンの輪が広がっていっています。嬉しいです。

皆さまからのご感想、首を長くしてお待ちしております。

世界の医療団 事務局のMaiです。

8/1発売「広報会議9月号」「ブレーン9月号」に、コンゴフォンが
取り上げられています。是非ご覧ください!

少しずつコンゴフォンの輪が広がっていて、嬉しい限りです。皆さ
まからのご協力のお陰です。

このトピックにコンゴフォンのご感想等皆さまもどんどん投稿して
くださいね。首を長くしてお待ちしております。


コンゴフォンサイト英語版(ほぼ)完成!

一部不具合が見つかっていて、今修正中ですが、コンゴフォンサイト英語版OPENです。

Check it out:
http://www.congophone.com/eng/

世界の医療団 事務局のMaiです。

8/20発売の「週刊金曜日」でcongophoneの記事が掲載されました!

是非ご覧ください。

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