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ミセス・シンデレラ研究会コミュの全ストーリー「4th Step」

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 みずほは雨の中、息を切らしながら駅へ向かって走った。そして、たった今、橋のそばで光とキスを交わしたことを思い出していた。車のクラクションで我に返り、驚いて光から身体を離した時、みずほは手にしたバッグを落としてしまった。落下のショックで中身が飛び出し、あわててしゃがんでバッグを拾う。立ち上がったみずほは光としばらく見つめ合った。光が無言のまま傘を差しかけると、みずほはその傘を受け取って、駅に向かって走り出した。光はみずほの後ろ姿を黙って見送っていた。

 「 みずほ!」 泰之に呼び止められて、みずほは立ち止まった。全力で走っていたので、カバンを傘替わりに反対側から走って来た泰之に気がつかず、すれ違ってしまったのだ。「 悪いな、わざわざ。持つよ 」とみずほから傘を受け取った泰之は彼女の肩を抱いた。キスを交わした時に光が支えていたみずほの肩を、今度は泰之の手のぬくもりが伝わって来る。みずほは肩におかれた泰之の手をふと見て、光とのことが頭をよぎった。「 馬鹿だな、息を切らすほど走って 」 二人は相合傘で自宅に帰って行った。

 泰之とみずほが自宅に戻ると、涼子が夕飯のテーブルを準備しながら、娘・千恵に小声で言った。「 いいわね、あなたは余計なことを言わなくて良いのよ。私に任せなさい 」 千恵から、みずほが若い男とホテルのロビーを歩いていたと聞かされた涼子は夕飯の席でみずほに事の真相をただす気でいたのだ。家族での夕飯がはじまると、泰之は自分の席に着きながら、妹・千恵に、こんな時間までうちに帰らなくて良いのかと尋ねた。主人は出張で不在だからと答えると泰之は「 いいね、気楽で 」と軽い調子で返した。涼子は千恵に代わって、泰之に答えた。千恵は家のことはちゃんとやっていますよ。あなたは行ったことがないからわからないでしょうけど、小さい子がいるとは思えないほどキチンとしたものよ。「 ふーん、でも、しょっちゅう実家へ遊びに来て油を売っているんだから、あんまり褒められたことじゃないよな 」と、泰之は瓶ビールの蓋を開けながら、批判がましく言った。涼子は厳しい口調で泰之に返した。「 浮気するよりはマシでしょう! 」 泰之は母の言葉にぎくりとして、手を止め、亮子の顔を見た。みずほも立ったまま亮子の言葉に耳を傾けた。結婚した以上、相手や家族に対して責任というものがあるでしょう。夫婦は合わせもの離れものというけれど、もともと他人の結びつきだから、厳しく自分を律する必要があるんです。涼子は冷厳に言い放った。泰之は由佳とのことが思い当たり、のどが渇いて思わずビールを少し口に含んだ。「 浮気をする人って、そういうことをどう思っているのかしらね 」 涼子の尻馬に乗って、千恵が続けた。「 そういう人に限って、家では浮気のウの字も知りませんって顔をしているんでしょうね 」 泰之は痛いところを衝かれ、たまらなくなって反撃に転じた。「 なんだよ、俺が浮気しているとでも言うのか?」 それが泰之の精一杯の言葉だった。「 私はみずほさんに言っているの!」涼子は冷たい視線をみずほに向けた。千恵が先日、ホテルのロビーでみずほに似た人が若い男と一緒にいるところを目撃したことを涼子が話すと、泰之は驚いて千恵に「 本当かよ?」と強い口調で聞いた。「 だから、よく似た人だったの 」と千恵。なんだよ、ハッキリしないことなら言うなよ、という泰之に、私だって千恵の見間違いだって思っているわ、と涼子は淡々と語り始めた。「 そりゃ、そうでしょう。友達とオペラを観たいという嫁を快く送り出してあげる私がですよ、実はその嫁に裏切られていたなんて、考えたくもないもの 」 みずほが浮気するはずないと信じている泰之は自分が浮気疑惑をかけられているのではないことに安堵して、みずほを弁護しはじめた。みずほに浮気などできるわけはない、千恵だって子どもがいなければ外で何をしているのかわからないだろうと矛先を妹に向けた。涼子は兄妹の間に割って入り、子どもがいないことでみずほがふらふら外に出歩いているのは事実だと断じた。みずほは黙って下を向き、香山家の人々の激しい応酬を聞いている。「 みずほだって、子どものことは考えているよ。この前だって、病院行って来たんだもんなぁ 」と泰之に水を向けられ、みずほは少しはにかみながら、うんとうなづいた。みずほが妊娠のために積極的に動いていると知り、亮子の表情はいっぺんに明るくなった。「 まぁ、どうしてそんな大事なことを言わないの?? それでどうだったの?」 涼子の関心はみずほの浮気疑惑から、病院の検査結果に完全に移った。みずほは自分だけではハッキリしたことは・・・、と言葉を濁す。千恵が「 それは、お兄ちゃんにも問題があるからかも知れないでしょう?」と口をはさむと、亮子は冷たい顔に戻って、みずほに言った。「 あなた、自分のことは棚に上げて、泰之が種無しだって言うの!」と声を荒げ、泰之にも病院で検査するように命じた。泰之は病院など行きたくないと抵抗したが、みずほがこのままフラフラ外を出歩いていれば世間から何を言われるかわからないと涼子。みずほが外で何をしたって良いじゃないかとさらに泰之が抵抗を示すと、「 お兄ちゃん、さっきから妙にみずほさんの肩を持つけど、何か後ろめたいことがあるんじゃないの?」と千恵に図星をさされ、泰之は早々に抵抗をやめて病院で受診することを受け容れた。「 行きます、行きますよ! みずほ、近いうちに病院の予約とっておいてくれ 」 そんなやりとりで涼子の気持ちはすっかり落ち着いたが、千恵はまだ疑いの目をみずほに向けていた。浮気疑惑はひとまずおさまったが、みずほの心は穏やかではなかった。

 イタリア語教室でみずほは友人の直美と講義を受けている。みずほは窓の外を見ながら、あの雨の夜、光と交わしたキスのことを思い出していた。先生がイタリア語のことわざ「 ひとつの靴に両方の足は入らない 」について講義し、もっと簡単に言えば、「 一度に二人の男性は愛せない 」という意味だと説明した。授業が終わって、教室から出る時、直美がさっそく今の授業を振り返ってみずほに言った。「 そりゃあ、ひとつの靴に両足は入らないけど、交互に入れりゃ良いんじゃん!」 そう笑う直美に、「 靴はそうでも、心はそうはいかないわよ 」とみずほ。直美はみずほの深刻そうな反応に興味を惹かれ、ひょっとして、そういう経験があるのと聞く。「 ううん、別に 」とみずほは笑ってごまかした。二人は翌月のテキストを購入するため教務課に出かけた。学生証の提示を求められ、みずほはバッグの中の学生証がないことに気づく。あの晩、光から身を離した時、バッグを落として、中身が散乱したことに思い当たった。イタリア語教室の帰りに、みずほはあの橋の周辺を学生証を探して歩いた。しかし、学生証は見つからない。すぐそばに電話ボックスを見つけたみずほは光に電話をし、あの雨の晩、ずぶ濡れになって風邪をひかなかったか尋ねた。「 大丈夫。凄いスピードで駆けて行ったね、落とし物にも気づかず・・・」 学生証はあの晩、光が拾っていたのだった。学生証の生年月日を見て、光はみずほが明後日、誕生日であることを知り、その日に会って学生証を返したいと提案した。「 誕生日に何かプレゼントしたいな。君がこれまでもらった誕生日プレゼントの中で一番嬉しかったものは何かな? それに負けないものをプレゼントしたいな 」と光。みずほは少し考えてから、答えた。「 私の誕生日には毎年、母がケーキを焼いてくれていたんだけど、短大の時に母が亡くなって、その年、父と二人だけの誕生日に父が代わりにケーキを焼いてくれたの。不格好でぱっさぱさのケーキだけど、私はすごく嬉しかった 」 光は黙って聞いていたが、「それには何もかなわないな 」と遠くを見つめるようにつぶやいた。その時、光の部屋のチャイムが鳴り、翌日は新宿のチャリティーコンサートに出ているが、夕方には部屋に戻るのでまた電話してほしいとみずほに告げ、電話を切った。ドアを開けると、チャイムを鳴らしたのはホテルのスタッフだった。フロントから電話をしたが通話中だったので直接、部屋に知らせに来たが、ロビーに光の来客が待っているとのこと。一緒にロビーに行ってみたが、来客の姿はどこにもなかった。

 光が自分の部屋に戻り、鍵を開けて電気をつけた。驚いたことに、床に女性の服やハイヒールが散乱している。ストッキングや下着の後を辿って、寝室に入ると、ベッドには若い女性が布団をかぶって寝ていた。「 こら! からかうんじゃない 」光は女性をベッドから抱き起すと、彼女は「 少しは驚いた?」と笑った。悪戯のため、わざわざ脱ぎちらかす下着やハイヒールを持ち込んでいたのだ。その女性は光の婚約者・詩織だった。帰国した光から連絡がないので、光に会うために訪ねて来たのだ。

 みずほがチロとピースケに餌をやっていると、父から電話が入った。明後日、みずほの誕生日を迎えるので急に娘の声が聴きたくなったのだという。みずほは父の声を聴き、嬉しそうに笑った。「お母さんに聞いたことがある。私が産まれる時にもお父さんは何日も前から、まだか、まだかって聞いていたって」 父は言う。思い出話も良いが、今はお姑さんがお前のお母さんだ、それを忘れるなよ。角が立つこともあるだろうけどさ、耳が痛いこともみな、お前のことを思って言ってくださるんだからな。父は香山家でみずほがうまくやって、幸せに生活してくれることだけを願っていた。「 そうだ、誕生日は母さんがお前を産んでくれた日だ。母親代わりのお姑さんに感謝をあらわすのにちょうど良いんじゃないか?」 父の提案にみずほは目を輝かせて、同意した。

 泰之の会社。課長の泰之が会議の席上、業績発表をしていると、電話で呼び出された。発表を中断し、電話口に出ると、電話をかけて来たのは由佳だった。あれから、来てくれないじゃないですか、一度遊んで捨てる気ですか、今晩はダメ。あたしデートだもん。責めるような言い方しないでよ、課長だって結婚しているじゃないですか。社内の公衆電話を使って、わざわざ会議室に電話をしてきた由佳の強引さに押され、泰之は他の社員に悟られないよう注意をはらい、仕事の会話に偽装しつつ対応したが、次のデートの約束をさせられてしまった。

 みずほの自宅。姑・涼子が自室で短歌の勉強をしている。そこへみずほがやって来て、明後日、銀座の着物フェアに一緒に行ってくれないかと涼子を誘う。「 いつもご迷惑をおかけしているので、お母さんに何かプレゼントをしたくて・・・。お扇子くらいしか買えませんけど 」とみずほ。明後日は千恵と、生まれてくる赤ちゃんのものを買いに出かけるためダメだと涼子は答える。「 でも、どうして明後日なの? 何か特別な日だったかしら? でも。お気遣いなく。この前、釘を刺されたからって私のご機嫌をとることはないのよ。夜はあちらでご馳走になるから、私の分は良いわ 」涼子はすげない。みずほは笑顔で、はいと答え、キッチンに戻った。そこへ泰之がやって来た。「 いつの話? 明後日? 明後日は俺もダメだ、残業なんだ。良いだろ? 夕飯は独り分で済むしさ 」 明後日は泰之には由佳の部屋を訪ねる日だった。みずほはがっかりしながら、うなづいた。香山家では自分の誕生日を誰ひとり、覚えていないのだった。夜遅く、家事を終えたみずほはベランダに出て、ぼんやりと夜空を見上げた。無意識のうちに、光がオルガンで弾いた曲を鼻歌でうたうみずほ。それは「 寂しくて眠れない夜も星を見ていたら歌が聴こえてきて独りじゃないって感じられる。そういう曲を作ろうと思っている」と光が話していた曲だった。

 みずほは外出先でふと、今日は光の野外チャリティーコンサートだったことを思い出し、会場に足を運ぶ。会場では光がピアノで「 Flying 」を弾いていた。久しぶりに聴く思い出の曲にみずほは心が癒されるようだった。その時、募金箱を持った若い女性が観客を回り、みずほのところへやって来た。みずほも笑顔で募金をする。チャリティーコンサートが終わり、みずほは演奏が終わった光の姿を遠くから見ていると、先ほどの女性が光に近づき、ハンカチを渡す。光はそれを受け取ると、汗をぬぐう。楽屋裏で、演者とスタッフの微笑ましい光景だとみずほは思った。しかし、次の瞬間、スタッフだと思っていた若い女性は光に抱きついて唇にキスをし、光もそれを自然に受け容れる光景を目にする。みずほは呆然とした。光は誰とでも気軽にキスをする男なのだろうか。みずほは無意識に涙をぬぐい、背を向けて歩き始めた。もう、光のことがわからなくなった。

 産婦人科病院の一室。みずほは先ほどの若い女性と光とのキスシーンを思い浮かべ、もやもやしていた。検査室から泰之と担当の女医が出てきて、みずほは我に返った。「 双方に何も異常がなければ普通は二年以内に9割が妊娠すると言われています。妊娠というのは色々な条件が重なって、初めて成立することです。男性は健康な精子が作られること。女性の場合はもっと複雑で排卵が正常で卵管に異常がなく・・・」女医の説明を遮り、泰之はみずほにちゃんとメモをするよう促した。「 大丈夫ですよ、あとでパンフレットを差し上げますから。とにかく、一番大切なのはご夫婦で協力されることです。基本は夫婦の愛情です 」女医は念を押した。「 基礎体温はつけていますか?」とみずほに尋ね、「 ご主人には別に出してもらうものがあります 」と泰之には精子を採取するからと容器を差し出した。

 自宅に戻って家事をしているみずほを、亮子はみずほを呼び出した。今日、病院でどうだったの? 不妊検査って、男性のアレを摂るんですって? 亮子は興味津々で聞いた。今日はお話だけで、それは次回にって、とみずほが答えると、亮子はさらに聞いた。何か、問題があるからなの? 検査の結果、今日がみずほの排卵日であることがわかり、精子の提供は延期になったのだと説明するみずほに涼子は色めき立った。「 今夜はチャンスだから摂るわけにはいかない。そうならそうと言いなさいよ。うん、わかった! 今夜は早く寝るわ 」と意味深にほほ笑む涼子に「 いや、そんな、お気遣いなく 」とみずほ。とたんに涼子は厳しい表情になり、不機嫌そうに声を低くして言った。「 なに言ってるのよ。こればかりは代わるわけにはいかないんだから、せめて協力しようとしているんじゃない 」 涼子は洗面所の泰之に「 おやすみなさい 」と妖しい笑みを見せながら、自室に戻っていく。涼子の様子がおかしいことに気づいた泰之はことの次第をみずほに聞かされて、不愉快になった。「 余計なことを言うなよ! お袋、これから毎月計算するぞ。そろそろね、はい、やりなさいって言われてできるかよ、種馬じゃないんだぞ!」 泰之はそう言って、キッチンを出て行った。

 イタリア語教室が終わり、外に出て来たみずほのあとを直美が追ってきた。いつもと違い、元気のないみずほを心配していたのだ。子どもを保育園に迎えに行くという直美とその場で別れると、光が車から降りて来た。さわやかな笑顔を見せる光の姿を見て、みずほの顔は曇った。前日、みずほから電話がなかったので、光は学生証を届けに来たのだ。「 昨日、コンサートを観に行ったの 」と言って沈黙するみずほを見て、光は察した。「 彼女を見たんだね・・・。彼女とは婚約している。君にはちゃんと話すべきだった 」 みずほは呆れたように言った。「 そういうことだったんだ。話すって、何を? 私が主婦だから、自分に婚約者がいてもおあいこだろうって、そういうこと?」 光は即座に否定する。「 違う!」 光は中学の時、事故で両親を失い、父親の親友である、詩織の父親に面倒をみてもらっていた。詩織の父親は光の音楽の才能を見出してくれた大恩人でもあった。詩織と光は共に音楽を勉強するうち、いつのまにか結婚することが当たり前のようになっていたのだった。「 別に私に言い訳する必要なんてないんだってば。私だって結婚しているんだし・・・」 みずほは冷めた口調で言った。「 そんな言い方をするのはやめてくれ 」と光。「 あぁ〜、なんだか恥ずかしい。すっかり、ヒロインみたいな気持ちになっちゃって 」 みずほは光のそばを離れて歩き出した。「 少し話を聞いてくれ 」 光がみずほのあとを追う。みずほは振り向いて「 これ以上、みじめな気持ちにさせないで 」と言った時、イタリア語教室の教務課のスタッフがみずほを呼んだ。「香山さん、今、お宅から電話があって、郡山のお父さんが倒れたって・・・」 みずほは驚きながらもスタッフに礼を言い、家路を急いだ。光はみずほの後ろ姿を見守るしかなかった。

 同じ頃、泰之は由佳の部屋で情事を終え、由佳と二人、裸のままベッドで煙草をふかしていた。「 会社をさぼって昼下がりの情事って感じで良いですね。今日は私の誕生日なんだから、美味しいものをご馳走してくださいよ 」と甘えるように由佳。「 そんなにしょっちゅう高いものはご馳走できないよ。第一、君の誕生日っていったい何回あるんだい?」 そう言った泰之は「 誕生日 」という言葉に強く反応した。「 誕生日? しまった! 今日は妻の誕生日だった!」あわててベッドを飛び出す泰之に、「 もう少しマシな嘘をつけないの!? そんなんじゃ、すぐ浮気ばれちゃうよ 」とシラケた声で責めた。泰之は由佳の部屋を飛び出すと、公衆電話から自宅に電話する。電話に出たのは妹の知恵だった。「 お兄ちゃん、何やっているの? 会社に電話してもつかまらないし。みずほさんのお父さんが倒れたのよ 」 泰之は絶句して、受話器を置いた。妻の父親の大変な時に、自分は会社をさぼって愛人と浮気をしていたのだ。泰之は後悔の念を抱きながら、電話ボックスを出た。

 みずほは東北新幹線と在来線を乗り継ぎ、父・健次郎が入院している福島聖ソフィア病院にタクシーで駆け付けた。健次郎の病室では近所に住む奥さんが付き添っていた。回覧板を届けに行くと、健次郎が倒れていたのだという。「 もう少し遅かったら、危ないところだったそうだよ 」と奥さんはみずほに説明する。健次郎は少し意識が戻った時、娘は呼ばなくて良いと訴えていたとも聞かされた。「 頭の中、あんんたのことばっかりなんだから・・・ 」 みずほは胸が詰まる思いがし、眠っている健次郎の顔を見つめた。

 夜の病院の廊下で、みずほは担当の医師から父の病状説明を聞いた。病状は安定しているが、念のため、あと数日、入院して様子を見た方が良い。心臓の病気には精神的負担が良くないので、決して心労を与えてはいけません、医師はそう告げた。病室に戻ると、健次郎は目を覚ました。「 みずほか? ダメじゃないか、これくらいのことで家を空けて・・・。俺はもう心配ないから 」「 私はお父さんが良くなるまでは何日だっているからね。叱られたって、いるからね 』 そう言って、怖い顔をするみずほに健次郎はその顔はお母さんにそっくりだ、と嬉しそうに笑った。健次郎の笑顔を見て、みずほは胸が苦しくなる思いがした。「 ずっと、ほったらかしにしてごめんね 」 その時、病室の引き戸ががらりと開き、泰之が果物の籠をもってお見舞いにあらわれた。「 泰之さん!」 みずほは思いがけない夫の来訪に驚き、健次郎は遠路、駆け付けてくれた泰之にただただ恐縮するのだった。健次郎は泰之にみずほと二人で家に泊まって行ってはと勧める。扉の陰でそれを聞いていたみずほは泰之が泊まっていくことを期待して顔を輝かせるが、泰之は明日も仕事があるので最終の新幹線で帰りますと固辞してしまう。みずほはわざわざお見舞いに来てくれたことを泰之に感謝して、廊下で泰之を見送る。病室に戻ると、健次郎が「 みずほ、誕生日おめでとう 」と声をかけた。病気のおかげで面と向かって言えた。しかし、せっかくの誕生日にこんなところまで来させて・・・。家の人達はみずほの誕生日を楽しみにしていただろうになぁ。泰之君を見ていて、しみじみ思ったよ。大事な娘の人生をこの人に託したんだなぁって。これで俺はいつでも母さんのところに行ける。とにかく、安心ってことだ。健次郎はしみじみとみずほに語るのだった。「 お父さん、もう眠って 」 みずほは健次郎にやさしく布団をかけた。

 消灯後の病室でみずほが片付けをしていると、遠くから何か音楽が聴こえて来た。みずほは廊下に出て、耳をすますと確かにオルガンの音が聴こえる。みずほが音のする方に歩いていくと、二階のチャペルにたどり着く。ドアを開けると、暗いチャペルの中で誰かがパイプオルガンを弾いていた。その曲は二人で忍び込んだ幼稚園で光がみずほに披露してくれたものだった。みずほはパオプオルガンを弾く光の後姿を見つめた。光は弾き終わると、振り返り、みずほに向かって「 間に合った。君の誕生日 」と言った。彼は郡山中の病院に電話をして、みずほの父親の入院先を捜し、訪ねて来たのだった。「 さっき、病院の人に聞いた。お父さん、大したことなくて良かったね 」 みずほは黙って光の言葉を聞いている。「 完成した曲を君にプレゼントしたくて。ぼくが好きなのは君だ。君が好きだ。詩織にはぼくのこの気持ちを伝えようと思う 」 みずほは答えた。「 そんなこと絶対、しないで。好きだけじゃダメなの。私もあなたが好き。あたたといる時はいつも空飛ぶ絨毯に乗っているみたいだった。長いこと、忘れていたキラキラする気持ちをあなたが思い出させてくれた。結婚したら、もうそんなことないと思っていた。でも、それは心の中だけにしておかなくちゃ。だって、私はもう、他の男の人の人生の中にいつんだから・・・。あなたの人生が音楽と切り離せないように、私にも捨てられないものがいっぱいあるの。私一人のわがままで色々なものを傷つけるわ。何も壊したくないの、あなたの人生も。もう、充分。色々な思い出と、あなたが贈ってくれた今の曲だけで充分・・・」 みずほは流れる涙をぬぐうこともせず、そう言うと光に背を向けてチャペルをあとにした。光は月明かりがさすチャペルに立ち尽くしていた。

 泰之は在来線のホームで電車を待ちながら、ライターで煙草に火をつける。そこへ、みずほが泰之の名前を呼びながら、踏切を走って息を切らせながらホームにやって来た。どうしたんだよ、泰之が尋ねると、みずほは行かないでと泰之の腕をとった。「 お願い 」 泰之もみずほの腕をとり、ふたりはみずほの実家に戻った、「 抱いて。一緒にいて 」 みずほと泰之は抱擁した。「 離さないで・・・」 みずほは光の幻影をふりはらうように泰之に抱きつき、泰之もそれに応えて彼女に口づけをした。みずほの頬を涙が伝わって流れた。その頃、光は夜の高速道路を東京に向かって独り、車を走らせていた。
 
(「4th Step」終わり )

2020年12月16日 作成終了

コメント(5)

こんばんはわーい(嬉しい顔)
冒頭から、みずほは、動かしがたい目撃により、浮気の疑いが掛けられ、否定できない状況に困惑してしまいましたねがく〜(落胆した顔)今までは、友達としてでも気持ちの上で堂々と出来なかったのに加え、女としての気持ちが芽生えたばかりか、その証に光と唇を交わしてしまったばかりだったのだから、正直者のみずほの心境は、いかばかりかだったのでしょうかふらふら康之にとっても、後ろめたさから話題を回避するために、好都合な子供の話しを出して結果的に助け船になったわけですが冷や汗タイミング的に利害が一致した、不純な動機を垣間見る香山夫婦の今のありようでしたがまん顔その流れで二人して婦人科に行くことになった事も皮肉な場面です冷や汗イタリア語教室では、イタリアの諺が出てきたところは、今のみずほのおかれてる心境を表しているようなメッセージに取れましたよねもうやだ〜(悲しい顔)
このステップから後々、最初の山場が待ち受ける布石が、いくつも出てきますねがまん顔
みずほも光も、現時点で今後の関係に触れることなく、学生証の受け渡しや誕生日祝いとか、二人を結ぶ物理的な事に必然性を求める状態だったと私は見て取れましたあせあせ
さらにみずほの誕生日を機に孤独感を増幅させる香山家と対照的な父親や光の存在の間で揺れるみずほは、そんな折に志織の存在を知る事になりましたねげっそり
続くウインク
<コスモスさん>
 千恵の子供の「ケーキ食べたい」という言葉で、千恵はホテルのロビーでみず
ほらしい女性が若い男と一緒にいたのを目撃したことを思い出し、それを亮子に
報告する。なんとも恐い展開でした。後ろめたさを感じている泰之の援護で、な
んとか危地を脱しましたが、病院の検査の話が出た途端、亮子の関心はみずほ
の浮気疑惑から、いっぺんに子供のことに移ってしまったのは、香山家の血統を
重んじる姑たる亮子らしさだったと思います。不妊治療の結果、みずほだけでは
原因が判然としないことに対し、「あなた、自分のことを棚にあげて、泰之が種無
しだって言うの!?」と再び厳しい詰問口調に戻るのも、亮子のストレートさが伺
えましたね。
>イタリア語教室では、イタリアの諺が出てきたところは、今のみずほのおかれ
>てる心境を表しているようなメッセージに取れましたよね

 イタリア語教室では寸劇といい、このことわざの授業といい、みずほの心境を
見事に反映したエピソードになっていますね。「ひとつの靴に両方の足は入らな
い」というイタリアのことわざがあることを知りませんでしたが、その意味が「一度
に二人の男性は愛せない」とは、なんとタイミングの良い授業内容なんでしょう。
友人が「交互に入れれば良いのよ」と、うっとりと解説するのに対して、「足はそう
でも、心はそうないかない」と答えたのも、みずほの真面目さが出ていました。

>みずほの誕生日を機に孤独感を増幅させる香山家と対照的な父親や光の存在
>の間で揺れるみずほは、そんな折に志織の存在を知る事になりましたね

 亮子はともかく、泰之がみずほの誕生日を忘れていたのは、手痛い失点です。
父・健次郎と光がみずほの誕生日に気がついていただけに、際立ってしまいまし
た。さらに健次郎が、みずほは香山家で誕生日を祝ってもらえると信じて疑って
いなかったのも、哀しいと思います。
遅くにこんばんはわーい(嬉しい顔)と言うよりあせあせ中途のままで申し訳ありませんでした冷や汗
四話も佳境に差し掛かってましたねあせあせ
状況として夫婦して不妊治療をする流れの中で、みずほは、光との関係性に新な岐路に立たされていますが、同時に誕生日の件で父親が香山家に思い抱く気持ちと程遠いみずほの孤独感が、重なり合ってますねがく〜(落胆した顔)
更に、志織の登場で不安と動揺が、志織の存在を嫉妬という形で、自ら、光との関係性を陳腐なものにしてしまったのは、今までのみずほにない、女心をのぞかさせたのでしょうか冷や汗
光は、正直に打ち明けて誠実だっただけに対照的に見えましたがく〜(落胆した顔)
みずほが、自分を見失っている状況に、父親が倒れたことで人の生死に直面したことで、気持ちを純粋に正直に光と自身の完結を導いたことばは、重たくてみずほの真実が伝わりました涙ハート達(複数ハート)
光のみずほへの真っ直ぐな気持ちに光なりの葛藤は、日頃、自由奔放なだけにみずほへの誠実さが、病院に駆け付けたことや誕生日プレゼントやみずほのことばを受け止めて帰路に発つ車中での光が、物語っていたように思いました泣き顔
こんばんは。
お互い友達関係を模索していた二人でしたが、みずほの心境の変化を知り、光は、友達以上の関係でも、繋がっていたい真っ直ぐな気持ちを伝えています。
タイミング的に姑や小姑から、浮気を疑われ、光から、友達でいることを終わりにしようと云われたばかりなだけに、姑の言葉は、みずほを見透かしてる言葉になっています。
みずほは、光から云われた事や姑の言葉で、光への想いと自身の置かれている立場を現実的にあらためて考えるようになったのではないかと思います。
それでも、光に連絡しなければならない必然から、誕生日を祝う話が、志織の存在を知り、みずほは、光から距離を置いた。
光から、話すべきだったと、言い訳せずに誠実さを感じたのですが、みずほからは、やはり女心が、出てるなと、いつものみずほらしさが、欠けてるなと感じました。
そんな矢先、みずほの父親が倒れ、また、志織の存在もあって、お互いの想いが、あっても、周りを傷つけるような事が、あってはならないと自制を光にも促しています。
その上で、光に感謝し、夫婦の関係や志織との関係を壊してはいけないと光にただします。
みずほは、自らの気持ちの中の光を断ち切り、夫と歩んで行こうという強い気持ちが、表れていました。
一線を越えてはならないと、葛藤がありながらも、みずほの常識的な倫理観を垣間見れてほっとするところでもあります。
光は、真っ直ぐな気持ちを抱えながらも、みずほから、云われた言葉を真摯に考えるようになりますね。
この回は、ストーリー的には、葛藤しながらも、一線を越える前にみずほは、夫へ、光は、志織との結婚へと、順当に、二人は、決別するの?と盛り上がりに欠けますが、正攻法をとってます。
この回での、ポイントが、姑の言葉や病院のチャペルでのみずほの光への言葉が、重厚になってると感じました。
チャペルでの二人の会話で、光の表情から、お互いが想いあってる時の安堵感が伝わり、また、みずほから、自制を促される時の真摯な表情が伝わって来ました。

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