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創作倉庫 in mixi コミュのsuspicion (後編)

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その見覚えのない女は、ゆっくりと携帯を開くとバキっと折ってしまった。

「何をするの!」
「こんなもの、必要ないじゃない」

ようやく女の口からこぼれた言葉は、身も凍るような冷たさだった。
全く温度が感じられない、能面のような表情。
長い黒髪が肩から背中にかけて流れおち、痩せてこけた頬には口元だけ引きつった笑みが張り付いててより一層不気味に見えた。

「あなた・・・誰?」

ようやくのことで聡子は、疑問の言葉を出した。
喉がカラカラに渇いて心臓は早鐘のように鳴り、今にも気が遠くなりそうだった。
この知らない女の尋常ではない行動に、一体どう対処していいのか。
とにかく、意識を手放さずにいることだけで精一杯だった。

「義明さんはどこなの?」
「・・・義明さん?」
「しらばっくれてんじゃないよ。ここに来てるのは解ってるんだから」

ゆっくり聡子の前にかがんで、女は暗い眼窩で見つめてきた。
その暗黒の中に吸い込まれるかと思うぐらい、深い深い孤独が垣間見えたような気がした。

「そんな人、知りません」
「そんなことないでしょう?貴女がここで義明さんと会ってることは知ってるのよ」
「本当に知りません。別の家と間違ってませんか?」


「嘘を言わないで!!」


突然、女は立ち上がり壁をバンと叩いて叫んだ。

「あんたが義明さんをたぶらかして、ここで会ってるのは知ってるのよ」
「違います!私は先月引越してきたばかりで、義明なんて人は知らないです」

その時、聡子の脳裏にある仮説が閃いた。

「もしかしたら前に住んでた人と、勘違いしてませんか?
貴女の言ってる義明って人の浮気相手って、ここの部屋の前の住人じゃないんですか?」
「前の住人?」

女の目が、不安で揺らいだのが見えたような気がした。

「あなた義明・・・さんの、奥さんですか?
あの、私は先月ここに引っ越してきたばかりで、小学校の教師をしてます。
私は浮気なんてしてないし、貴女の旦那さんも知らないです」
「嘘よ。だってここに住んでる女とホテルに入ったって、探偵が言ってたんだから!」
「だから間違えてるんです!私はホテルになんか行ってないですし、ちゃんと結婚前提でお付き合いしている彼氏がいます。
旦那さんとは会ったこともないし、この部屋に来たこともないです」

しばらく女は雷に打たれてショックを受けたように、じっと立ち尽くして聡子を見下ろしていた。
黒く長いトレンチコートが、黒髪と相まって死神のようだった。

「人違い?」

やった、もう少しで誤解が解ける!
安堵に目眩を起こしそうになりながら、聡子は重ねて続けた。

「私じゃないんです。私は貴女の旦那さんのことなんて知らないし、全くの部外者です。
どうかここから出て行って、他所を探してください」

女の目がゆっくり聡子向かい、みるみる涙で溢れかえった。
やつれた顔を白い両手で覆い、嗚咽を上げて女は泣き出した。
その姿を見ているうちに、聡子も涙がこみ上げてきた。
座り込んで泣きじゃくる女の肩を抱き、いつの間にか一緒に泣いていた。

「辛かったのね。可哀相にね」

恐怖は消え、ただただ彼女の悲しみに溺れるように涙が止まらなかった。




結局その後、心配してかけつけた健児が見つけたのは、玄関先でオイオイと泣きじゃくる二人の女だった。

玄関の傘や郵便受けが壊されてたのは、全て彼女の仕業だった。
嫉妬のあまり、どんな女と浮気しているのか確かめに来たときに、思い余って嫌がらせをしたと言っていた。
聡子はいらないと言ったけど、修理代ですと言って10万円を置いて女は帰って行った。
その寂しい背中を見てると、怖かったことより同情の方がこみ上げてきてまた泣いてしまいそうだった。

何はともあれストーカーだと思ってた不気味な影も消え、ようやく安心して生活できるかと思うと、安堵で自然と足取りも軽くなるようだった。
翌日壊れた携帯を仕事帰りに買い替えに行く事にして、学校から早めに帰ることにした。
携帯がなくては誰とも連絡が取れないし、今回の件では健児にかなり心配をかけてしまった。
昨夜事情を聞いてから、健児は聡子にプロポーズをした。
健児には実の親はいず、親戚の家に預けられて育てられた事も昨夜初めて知った。
結婚したい相手がいることを、先日ようやく育ててくれた家族に報告したらしい。

「父も母も、喜んでくれたよ」と、健児は嬉しそうに聡子に言った。
「今年中には、籍をいれよう」

まるで夢に見た一場面のようで、聡子はあまりの幸せに言葉が出なくなった。
健児に抱きしめられながら、このまま死んでもいいって思うぐらいうっとりとした瞬間だった。


下校のチャイムが鳴り、聡子は早い帰宅を同僚に詫びながら職員室を出て玄関へ急いだ。

「先生!」

玄関から下駄箱で靴を履き替えようとすると、突然頭上から聞き覚えのある声が聡子を呼び止めた。
手を止めて校舎の上を見ると、屋上から未央が柵から身を乗り出し手招きをしていた。

「どうしたの?」

不審に思い、未央に問いかけた。

「先生、大変なの!すぐに来て!」

未央は必死な表情で、今にも落ちそうなぐらい半身を乗り出して聡子を呼んだ。

「わかった、そこで待ってなさい!」

これはただ事ではないと思い、慌てて校舎に引き返し階段を駆け上がった。
3階まで上がり、そこから屋上へ続く階段を一気に登り、重たい鉄の扉を勢いよく開けた。
大きな二つの貯水タンクの横に、未央は立っていた。
すぐ脇に屋上を取り囲む柵があり、そこにもたれて聡子を待ってたようだった。

「松本さん、一体どうしたの?」

肩で息を切らせながら、聡子は未央の方へ歩き出した。

「先生、来てくれてありがとう」

未央は子供らしくない笑みを浮かべて、聡子へ手を差し出した。
聡子はそのまま、引き寄せられるように未央の手を取った。
途端、急激に引っ張られて、気づくと柵を背に身体を押し付けられていた。
激しく背中をぶつけたので、あまりの痛みに息が出来なくなった。
子供とは思えない強い力で、未央は聡子の身体をぐいぐい柵に向かって押してきた。

「松本さん、何をするの?悪ふざけは止めて!」
「悪ふざけじゃないよ」

未央は薄く笑いながら、嘲るようにつぶやいた。

「だって、先生が悪いんだよ」

触手のように細い手が伸びて、首を締め付けられた。
意識が薄れていく中で、未央の声だけが脳裏に響いた。

「未央の大事なもの盗ろうとするから。だから、許さないんだよ」
「・・・だいじ・・・なもの?」

聡子は苦しみながら、必死に問いかけた。

「だって先生、健児おじちゃんを盗ろうとしてるでしょう?
健児おじちゃんは、未央のものなんだよ」

聡子の上半身は既に柵を乗り越え、何もない空間に浮かんでる状態だった。

「健児おじちゃんと結婚するなんて、私絶対許さないよ。
誰にもあげない・・・健児おじちゃんと結婚するのは未央なの」

途切れ途切れの記憶の中に、壊されたipodが浮かんだ。
私もあんな風に、壊されるのかな?

ふわりと足が浮いた後、最期に見えたのは未央の華やかな笑顔だった。
口元がスローモーションのように、ゆっくり動いて見えた。



「さようなら、先生」




・・・end

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