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広き心耳な音コミュのリンドロンド その7(正人)

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僕は唐突に悟るんだ。

映画館がその建物の出入口よりも高いところにあることが多いというのは、
非現実的ドラマを見た人たちをちゃんと現実に引き戻すためだ。

−ここから外は現実ですよ−と。

『この物語はフィクションです。』と念押しされているのにもかかわらず、
人々はその仮想現実に想いを馳せる。

いささかそちらに引きずり込まれると戻って来られなくなる。

麻薬。
合法的麻薬だ。

僕は下りエスカレーターに手を添え、娘の後頭部を視界に捕らえながら、
そんなことを考えていた。

正直、僕は映画というものが好きではない。
小説もドラマも見ると決めるときには腹をくくる。
それが子供向けのアニメーションでも同じだ。

『あなた、現実が見てないのよ。』

ふと京子の言葉が思い出される。
あれは2人で映画を見たとき、彼女との帰り道だったように思う。
残暑の厳しい夏だったが、その日は秋風が肌寒く、紅葉も始まりかけていた。

『だってさ。映画も小説もいわいるドラマじゃないか。それって起承転結ありきじゃない?僕はね、この“転”前提に作られている作品が嫌いなんだ。絶対に最初、上手くいかない。それはどんな名探偵でもそうだし、どんなにイケメンの主人公だってそうなんだよ。皆、ルールブックに書いてあるように苦労をするし、壁にぶつかっているんだ。それがどうにも予想できてしまう分、引いちゃうんだよ。』

『はぁ。つまらない人ね。ミスチル。あなたも好きじゃない。』

『ミスチルは好きだよ。だってアレは正しいと思う。あれと映画は違うでしょ。映画やなんかの壁は、決まって失敗とか挫折なんだよ。それは見ていて嫌な気持ちになるんだ。そりゃ失敗もあるんだろうけど、前提にするのとは違うと思う。』

『もういいわ。この子にはその辺、似せないでよね。』
京子が大きくなり始めたお腹をさすりながら口を尖らせている。


可愛げのある前妻の姿がボヤケ、次第に現実へと引き戻される。
同時にエスカレーターのゴールが目の前にあった。

「ねぇ。パパ?」
娘が怪訝な顔を浮かべこちらを覗っている。
眉間に皺がよっていても可愛いとはどういうことだと父は思う。
同時に、母親に似てきたなとも感じる。
自分と暮らすことを選んでいれば、少しはこっちよりの成長をしたのかななんて考えたりもする。
俺に似なくてよかった。

「ん?なに?」 

「映画、全然見てなかったでしょ?」
声に怒気が含まれている。

「見てたよ。少なくとも美奈よりは見てた。だって美奈、寝てたろ?」

「そんなはずないもん!」

あからさまにご機嫌斜めの演技を披露する少女も観察しながら、ここはその舞台に上がってやることにする。

「寝てたよ。ばっちり。グゴー。ゴゴーっていってた。それこそ、周りの皆はジャイアンを見るような目で見てたぞ。」

「・・・うぅ。えぐ。ひっ。」

あら、泣いている。性格には泣いているように見せかけている。
その辺の演技力はまだまだだ。ママを見て勉強しなさい。

「ごめん、ごめん。パパが悪かった。何食べる?美奈の好きなところへ行こう。」

「んぐ・・。ビッグサンダーエベレストパフェのお店。」

「はは。うんわかった。じゃあ行こうか。」

パフェ1つで機嫌の直る娘、かわいいもんだ。


駅前にある、巨大パフェが売りの店で、前妻と合流するようメールをした。

店内はピンクと白を基調にした、いかにも10代の女の子がくるような店だ。
1人でくることはまずないし、店内を見渡しても、従業員含め、男子は数える程度だ。
そして皆、それぞれ、現在の大切な存在と顔が隠れるほどのパフェをはさみ笑顔の安売りをしていた。

「ママ、遅いね。」

そういう娘は、とっくにパフェを食べ飽きていて、残った3分の2をなんとか父が処理し終えようとしていた。

メールだ。

from:京子
to:野中 正人

ごめんなさい。
急用で、迎えにいけそうにありません。

悪いんだけど、美奈をもう少し預かってください。

   −END-

「ママ、遅くなるみたいだよ。」

「えー。やだー。」


to:京子
from:正人

わかりました。
美奈がダダをこねているので、とりあえず、
家の近くまで送ることにします。

     −END−


「さぁ。じゃ、とりあえず帰ろうか。家の近くでママと合流しよう。」

店を出て改札へと向かう。
娘の口数も少なくなってきた。眠いのだろう。しきりに目をこすっている。

京子の今の住まいは我孫子にあり、柏からは電車で30分ほどかかる。
我孫子駅前のファミリーレストランで待っていることをメールで告げた。


午後8時過ぎ

美奈はすっかり隣で寝息を立てている。よく寝る子だ。

すっかり冷たくなった4杯目のコーヒー。
タバコが吸いたかった。

京子は9時前に現れた。

入り口から見渡しこちらを探す。
僕は手を軽く挙げ、合図をした。

美奈が寝ていることを確認すると、
伝票を手に席を立とうとする僕を制し、目の前に座る前妻。
店員を呼び、ダージリンティを注文した。

見ると、かなりきちんと着飾っている。
柏駅で昼間あったときとは別人に近い。
昼間はパーカーにジーンズだったが、今はワンピースのドレスに紺のジャケットを羽織っている。

化粧もし直したばかりのようだ。


目の前に座る、29歳の女性。
茨城県出身で、バツイチ、子持ち。

ただ、その条件をクリアして余りあるほど、
一般男性からみれば魅力的だろう。
色気がある。
子供を生んでいる女性の放つオーラではない。

美人ということばが当てはまる。
ロングにおろした髪と通った鼻筋、大きな目がすぐに印象に残る顔立ちだ。


注文の到着を待って、彼女が口を開いた。

「今日は、遅くなってごめんなさい。」

僕は、相槌程度で済ます。

「美奈。楽しんでた?」

「うん。少しワガママになってきて、お前に似てきたような気がするけどね。」

「そう?」

少し口角の上がった作り笑いも美奈に似ている。
ただ、こちらの方が、攻撃力がある。
不覚にも少しドキリとした。

「やっぱり、この子にも側に父親が必要だと思うの。」

「そうだね。」


京子は僕の見たことのない腕時計を一瞥する。
何かを考えているようであったが、今、迷い考えているというわけではなさそうだった。
ここで言うかどうかを迷っているだけのようだ。

そして再度、腕時計を一瞥し、決意の目で切り出した。

「・・・とても言いにくいことだけど、単刀直入に話すわ。」

「何?」

切り出だしからして僕にとっていい知らせではないような気がするが、
頭の中で幾通りものシュミレーションがなされる。
そして彼女の口から出たことは、僕の予想したなかの1つであり、
かつその中でも最悪に近いほうの1つだった。

「もう、あなたは美奈とは会えない。私、再婚するわ。」



我孫子の夜は星がきれいだった。

僕は、ただひたすらに歩いた。
気づくと歩いていた。

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