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それいけ!! ☆喜志団★コミュの子供兵の悲しい現状&自分達の環境の有り難さ☆

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さて、今日は少年兵についてご紹介します。

9日の長崎の日に、世界で最も少年兵が多い、スーダンのドキュメント映像を皆で見ました。

なんと少年兵は世界に推定30万人もいるんです!


日本の64年前の悲劇のように、今もなお、世界中では紛争があり、
多くの子どもたちが傷ついていることを、リアルに感じました。

少年兵の夢はこんな悲しいものでした。

「お父さんお母さんの仇を討つ」

「1人になっても、戦い続ける」


9歳、10歳の少年の夢です。


「ぼくは6人殺した」

「ぼくは9人殺した」

と当たり前のようにコメントします。


もう、私たちの今の暮らしからすると現実離れしすぎていて、どんな環境で日々を送っているのか、想像ができません。


ウガンダでは拉致された子どもが6万人ほどいると聞きましたが、

ドキュメント映像に出てきたスーダンの少年兵のほとんどの子どもたちが、

両親がいなくて、行くあても無く、軍隊に入ることでしか自分の居場所を作れないという状況でした。

両親を殺されて、6歳からずっと軍隊にいるという子もいました。

そういった子どもたちが、銃撃戦や地雷原を行く際に先頭に立たされるんです。


普通の夢を見る可能性すらない。

抜け出すことができない悪循環。


軍隊から逃げ出した子どもたちも、凄まじいトラウマがあるため、コミュニケーションをうまくとれないなど、社会復帰が難しいことだらけです。


今日は、非常に苦しく、読むのも辛い内容ですが、
今回の支援先であるウガンダの元こども兵の体験を、改めてしっかりご紹介させていただきます。
(NPO法人テラルネッサンスHPより)

************

チャールズ君(仮名)、21歳。ウガンダ共和国グル県

僕には家族がいて普通に暮らしていました。
ある日、お母さんが隣村まで用事で出かけました。

僕はお母さんの帰りが待ち切れず、隣村に迎えに行きました。
その途中で、銃をもった兵士たちに囲まれ、
反政府軍の部隊に連れて行かれたんです。


数日してからでした。


大人の兵士たちは、僕を村まで連れてくると、
お母さんを前にしてこう命令しました。

『この女を殺せ』

僕のお母さんを銃の先でこづきました。
怖くて怖くて仕方がありませんでした。

もちろん、『そんなことできない』といいました。
そうすると、今度は”なた”を持たされ、

『それなら、片腕を切り落とせ!
そうしなければお前も、この女も殺す』


僕はお母さんが大好きでした。恐ろしくて腕がふるえ、

頭の中が真っ白になりました。とにかく、お母さんもぼくも、
命だけは助けてほしいと思いました。

ぼくは手渡された”なた”
をお母さんの腕に何度もふりおろしました。手首から下が落ちました。


そのあと棒を渡され、兵士は「お母さんを殴れ」と命令しました。
ぼくはお母さんを棒で殴りました。

お母さんは気を失っただけで、命は助かりました。

僕はそのまま兵士に部隊へ連れていかれ、3年間兵士として戦ってきました。

************


苦しいです。悔しいです。正直、何も言葉が出ません。


どうしたらいいのか?


何ができるのか?


何もできない。

そう思う人もいるかもしれませんが、

しかし、少し動けば、こういった現実を変えていくために動いているNGOやプロジェクトにも出会えます。


例えば、根本解決の1つに、武器の売買の規制をする方法があります。

2006年には、「コントロールアームズ」というキャンペーンで100万人の顔署名というものが集められ、国連に提出されました。

その流れから、2009年の11月1日には武器貿易条約(Arms Trade
Treaty: ATT)に関する議論をさらに前進させるための決議が147カ国に賛成され、決議が採択されたんです!

残念ながらアメリカとジンバブエが反対しましたが、

それも、市民の小さな力が集まって、大きなアクションに繋がった大きな成功例です。


武器によって、毎日1000人以上の

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