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異端の文学/外道の系譜コミュの青春、憂鬱、幻想、阿片――トマス・ド・クインシー

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 1785年に生まれ、1859年に死んだ。彼の晩年は悲痛な老人の孤独そのものだった。

 彼は小栗虫太郎にとって『黒死館殺人事件』と同様に、ド・クインシーといえば『阿片常用者の告白』である。無論、他に読むべきものがあるが、書き手にとって時間の風食に耐えうる至高がひとつ屹立していることはどれだけ貴重で、また、過ぎ去った者にとって大切かは、当読者諸氏には痛いほどお分かりになられると思う。

 個人的に、名のみ耳だこ眼だこになった本のように思っている。はたして、実際手に取り読んだ人はどれだけいるのだろう。概要だけ読んでわかった気分になる、そんな相手のように見えるのではないか? 今回は、そういう先入観というか作品がかもし出す雰囲気を取り除いて、もう少し力を抜いた読み方を提供してみたい。

 この本は第一部と第二部にわかれている。前者は著者の前半生、若い頃の書きだしており、後半は阿片を中心に話題をつくるという形である。正直、文章は晦渋で、その言い訳の応酬じみた内容が精神的にいらいらさせるときもあるが、逆にそれが内容的には面白さにもなっている。人の言い訳はつれっと悪びれない厚顔なほど、非常に心地よい。

 そんな晦渋さにかきわけていくと、まるで青春もののような彼の物語につきあたる。割合裕福で頭の良い少年として暮らしてきた彼が、大人という見えない世界からの圧迫に、背伸びしながら果敢に抵抗して出奔、ようやく世相の本当の辛さを味わっていくという流れは、非常に青くさい薫りがする。個人的にロンドン以降の浮浪者同然の生活の中に、ある少女たちが彩り小さいが切ないエピソードが生まれるところは第一部の、青春ものとしてのクライマックスがあって感動する。

 ここで、さらに青春ものの要素を取り除いて見ると、行き場のない家出少年の困窮きわまる旅となり、まるで吾妻ひでおの漫画『失踪日記』のように読めて、面白い。私自身も似たような経験があるので、割と現実味があり、共感もあった(しかし腐りかけたリンゴが温かいことはまだ知らない)。

 第一部がセンチメンタルな終わり方をして、ついに阿片にまみれた第二部が始まる。
 
 ジャンキーつながりとして、すかさずウィリアム・バロウズを想起した方は思わず笑みがこぼれる仕様である。何故か? 内容の調子がまんまバロウズの『ジャンキー』などで声だかに主張する調子と、強烈なシンクロニティをみせているのだ。麻薬は逆に体を元気させる、という文章内容すらそっくりである。統制のとれた中毒者は皆こういう感じなのだろうか? と不思議にすら思える。ド・クインシーとバロウズを決定的に異なるものとする要素は、「ゲイ」であろう。

 阿片賛歌の次は一転、中毒者の苦痛が書き綴られる。マレー人の挿話が不気味で、一見インテリの拙いかっこつけ、英国人の皮肉な自嘲気味なユーモアかと思われたが、伏線としては弱いけれども、あとの悪夢につながるという点で、「違和感」を武器にした静かな恐怖小説のようにも思える。

 そして、阿片を用いることによって精神が拡大していくような、幻想文学的な様相を理性をもって書き進めていく著者は、しかし、とうとう壮大な東方旅行的な幻視をみるまでになる。このくだりは非常に華麗で、グロテスクである。『阿片常用者の告白』の中でも素晴らしい部分である。対なすように、少年期の失われたある少女とのセンチメンタルな思い出がよみがえる幻視が次に展開され、なんともいえない深い味わいをおぼえる。……そうして物語は憂鬱で、悲痛な曲調を奏でて、終わる。

 この幻視のグロテスクさは、ラブクラフトの東方的コズミック・ホラーの薫りもするし、中毒者の幻想つながりで、やはりバロウズの『裸のランチ』の気持ち悪さもある。ただド・クインシーはセンチメンタルを忘れなかった。ここが唯一性として非常に重要だと思う。単なるこけおどしではなく、一人の男の人生としてのバランスを怠らなかったところに、傑作としての趣がある。頭のいいダメ男の人生としても、それはそれで渋味があるし、中毒者の自己弁護を楽しむのも、一興であろう。

 名作を名作のまま読むというのは、ちょっとかぶられているように思える。加えて、もっと自由に読めば、その一パトグラフのみを選び、読み、得るものがあれば、そこで意義は達成したと自分のハードルを決めてもいい。読破することは、必ずしも作者に従ったレールの上でなくともよいと思われる(それでも一応は最後まで読むことも忘れてはならないが)。

 そうしていると、いつまにか古典にSFや探偵小説、恋愛、青春、冒険物……という、面白い要素が同心円上に近寄ってくる。それと親しい友とすることだって、可能になってくると思うのだ。
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