ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

史跡コミュの肥前国分寺跡

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 佐賀県佐賀市大和町尼寺字真島958

 1990年05月30日、佐賀市が史跡に指定。

 https://www.google.co.jp/maps/@33.3134328,130.2839528,17z
 当地は嘉瀬(カセ)川扇状地の東端に位置し、寺域は2町(1辺約216m)四方で、西辺で西門と外溝、西南隅の築地痕跡、東辺で築地と外溝、南辺では外溝が確認されています。
 伽藍配置は中央に金堂、北側に講堂、東南方に塔を配置、中門に取り付く回廊がこれらの建物を取り囲んでいたと推定されます。金堂跡と推定される建物基礎跡は、南北39.4m・東西20.8mで、その上に4間×9間(13.2m×33.3m)の建物があったと想定されています。僧侶達が修学する場である講堂は、礎石等の散乱の状態や、整地上の状況から金堂の北側に位置していたと推定されます。金堂の東南約40mにある塔跡と推定される基壇跡は、南北24.9m・東西25.4mのほぼ正方形に近い掘り込み地業基壇で七重塔だったと考えられています。
 また寺域の東側では瓦窯4基が発見されており、出土軒瓦は全て鴻臚館(コウロカン)系の物です。創建瓦は複弁蓮華文軒丸瓦(フクベンレンゲモンノキマルガワラ)と均正唐草文軒平瓦(キンセイカラクサモンノキヒラガワラ)で、他に鬼瓦や道具瓦も出土しています。
 鎌倉時代に当地の地頭職に国分氏の名が見える事から国分寺も健在だった事が明らかですが、室町時代に衰微したと推定されています。寛政4(1792)年の絵図には当時の寺域が描かれていますが、創建時からはかなり縮小してしまっています。

*肥前国庁跡
 https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=398257&id=94695815

コメント(1)

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

史跡 更新情報

史跡のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング