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CCRコミュの「幸運な男〜Fortunate Son/ジョン・フォガティ自伝」発売中

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ジョン・フォガティの波瀾万丈の人生を自ら語った自伝、『Fortunate Son』が、この10月についに出版されました!

特に2000年以降は、インタビューやネット上のコメントで、自らいくつかの過去のエピソードや、自身のオピニオンを明かす事も何度かありましたが、ジョン本人が少年時代から現在までを通してつぶさに語ったのはもちろん初めてです。当然CCR時代や、謎の多い長いブランク期のこと、著作権問題や裁判のことなども書かれていますので、この本によって初めて知れる事も多いと思います。全部読めるのが今からとても楽しみです。

ジョンやCCRの日本での人気から考えて、訳書がどうしても出されるべきと思っていますが、特に日本版に関するアナウンスは聞いていません。なので、少しでも早く読みたい方は洋書での入手になります。また、手軽で比較的安い電子書籍でも入手出来ます。(iTunesブックストアではiBookで1,500円。最初の20ページぐらいのサンプルが無料で読めますので、チェックしてみてはどうでしょうか)

何はともあれ、噂やガセねたでなく、ジョン本人の言葉で彼やCCRのことが聞けるのがとても有り難く、嬉しいです。これを読みつつ、来るべきジョンの再来日公演を楽しみにしましょう!

コメント(8)

冒頭の数ページを訳出しました。この部分は無料サンプルで読めますので、著作権には関わらないと思います。稚拙訳ですが、興味を持てたら購入をお勧めします。

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イントロダクション:夢路より〜Beautiful Dreamer

すべては1枚のレコードから始まった。子ども向けのレコードから。

母のルシールは、わが家から半マイルほど田舎道を行ったところにある、小学校の教師だった。4才か5才の頃、何度かその道を一人きりで歩いたことを覚えている。カリフォルニア州エルセリートは、その頃はそんなふうな素朴な町だった。

ある日のこと、母さんが学校帰りに1枚のレコードを買ってきてくれた。小さいサイズの子ども向けのレコードで、それがぼくが自分の所有物として認識した、ほとんど初めての存在だった。ぼく一人だけのものとして。母さんはちょっとだけ説明してから、ぼくと一緒にそれを聴いた。

その音楽ときたら!ぼくの頭にボルトのように突き刺さった。レコードの両面にはもちろんそれぞれ歌が入っていた。確かアーティストは、フレッド・マーケル&ザ・ボーンヘッズだったと思う。だが、その歌が『オー・スザンナ』と『草競馬』だったというのは、はっきりと覚えている。そして、どういう訳か母はぼくに、どちらの曲も作ったのはスティーブン・フォスターという人だと教えてくれた。彼が「ソングライター」だったのだ。そのことが、母さんにとって、教えるべき魅力がある事実だった。もし自分の子どもに『赤鼻のトナカイ』の歌を教えるとして、誰がその曲の作曲者はジョニー・マークスだと教えるだろう。だけど母さんはぼくを座らせて、そういう事を言って聞かせたのだ。人生でいろいろな事が起こったけれど、この経験はぼくに非常に大きな印象を植え付けた。言ったように、その時ぼくはまだ4才にもなっていなかったのだ。

『草競馬』は奇妙な題名だと感じた。むしろ「ドゥダードゥダー」の方が合っているんじゃないかと。しかし、歌はとっても好きになれる要素があった。『オー・スザンナ』に至ってはさらに良かった!その音の感じが好きだった。これが「いいもの」だと思えた。他の言い方では表せないそのフィーリングは、今でも変わらない。歌詞やメロディが心にしっかりと作用する時だけ、その曲の「いいもの」を感じられるのだ。ぼくはその2曲が自分の好きな歌であることを認識した。そして、スティーブン・フォスターはぼくにとって、とても重要な人物になった。

母と子と1枚の小さなレコード。このことは今でも驚きと不思議さをぼくにもたらす。実際に、母さんには計画のようなものがあったんじゃないかとも思える。後々ぼくにとって人生の重大事になっていくという、あの瞬間の重力とでも言うべきものを知っていたんじゃないかと。母さんが言った、「この歌はスティーブン・フォスターが書いたのよ」という簡単な言葉が、全てを決めた。ドアを開いたのだ。
(続き)
そんなに強い印象を受けると、人はたとえ3才だったとしてもそれに注目し、それをもっと得たがるものだ。そして、ぼくはスティーブン・フォスターについて耳にする度に、曲が頭に浮かぶようになった。『スワニー河』『オールド・ブラック・ジョー』『ケンタッキーの我が家』『夢路より』など、後に覚えることになる200曲以上の歌たちを。

ストーリーや情景、歌われているものすべてをぼくは心に刻んだ。フォスターの音楽はアメリカの歴史の一部と言える。後にマーク・トゥウェインがそうなったと同じぐらい、ぼくにとって重要なものになった。これらはアメリカの根底であるとぼくは感じる。メイフラワー号や、インディアナで育つとうもろこしと同じように。このようなことは、何であれ、子どもの頃には気付いていなかった。気付いていたのは、ただ単に、本当にその歌が大好きだということだけだった。

そして、自分が成長して一介のアーティストになった時、スティーブン・フォスターに再会することになった。リバーボートやミシシッピーなど、そう『プラウド・メアリー』はスティーブンが書いてもよかったのだ!そして、それらの曲を書いて、そのことに気付いた時、それはとてもいい事だった。曲が上手く出来るとそれは非常に強く共鳴するが、それはいつもすぐに出来るというわけではなく、インスピレーションを最初に得てから何十年後ということもある。ぼくは、正しい方向により深く進むようにと、自分を仕向けるようになった。

もしもモンキーインのような安酒場で飲んで遊び回ってた15才の頃、誰かに、「君はいつかフォスターとロックンロールを合体させるよ」と言われたとしたら、ぼくはそいつに、気でも狂ったのか?と言ったに違いない。

人はぼくの曲を聴いてこう尋ねる。「どこから思い付いたんです?」と。上手く説明は出来ない。『プラウド・メアリー』を書く前にミシシッピーに行ったことはなかったし、『ボーン・オン・ザ・バイヨー』書く前にルイジアナに行ったこともなかった。何故か、いつもそれらを身近に感じていたんだ。それは今でも同じ。

最近になってから知って魅了されたことは、フォスターが南部についての名曲を書いていたとき、彼がいたのはピッツバーグだったってこと!彼は南部を訪れるずっと前に『スワニー河』を書いていたのだ。他にもぼくと彼の人生の間には、パラレルな関係がいくつか存在する。フォスターは自身の曲の著作権をかすめ取られている。それもパラレルと言えるだろう。フォスターはアルコール中毒になり、貧困のうちに37才で世を去った。淋しいことだが、よくある事とも言える。そして、ぼくもに同じことが起こったかもしれない。もしも妻のジュリーに出会っていなかったら。

(ここまでにしておきます)
熟読中です。6割くらいのところまで読み進めました。ただ、最後の100ページは写真集なので、実際7割は読み終わっていると思います。

ジョンの才能を疑うことありませんが、ここに書かれている彼のCCR時代の振る舞いを読むと、これは他のメンバーはうんざりするだろうなと思わされました。彼には作品の完成イメージがハッキリと頭の中にあるので、それを得るまで妥協をしない、メンバーが彼の望むプレイをできない場合は容赦しない、そんな姿が浮き彫りになっているように感じました。

そのメンバーが幼なじみとお兄さんですからしこりも生じて当然だよなあ当然だよなあと思いました。
>>[3]
早いですね!ぼくはやっとダグと知り合ったところまで来ました。
CCRが特異だったのは、メンバー以外のプロデューサーもマネジャーもいなかったことですよね。
仰る通り、そこまでワンマンだと短命が宿命だったのかも。
ともあれ、続きを読むのが楽しみです。
読み終わりました。全体を通して、ジョンが本心を非常に正直に書いています。なので、彼の真意が知れて良かった半面、CCRファンとしては辛い部分もあります。想像していたことが裏付けられたところもあり、思ってもいなかった事実が明かされたところもありました。とにかく才能も性格も、ジョンがいかに凡人と違うかがはっきりと分かります。

個人的には訴訟や財務についてのパートは英語での理解が難しかったですが、音楽については納得の発言が多くて、読むのが楽しかったです。彼の中では、CCRのライバルはグレートフル・デッドとかじゃなく、ビートルズとエルヴィスに他ならないというのが露骨に感じられ、思わず膝を打ちました。(注釈で、唯一ジェラシーを感じた同時代のアーティストを告白していますが、これもすごく納得)

未発表に終わったアルバムHoodooと、不評アルバムEye Of The Zombieについての彼自身の見解も、はっきりしたものは初めて読みました。う〜む、やはりさすがのジョンもそう思っていたのか・・・という感じです。

下世話な部分では、最初の結婚と離婚について初めて多めに語っているのが興味深かったです。そっちの家族の写真も初めて見ました。そして、CCR時代に日本に連れて来たインディアンヘアーの彼女のことも・・・。

今の奥さんのジュリーについてはもちろん非常に深く多く書いています。それどころか、終盤はジョンと彼女の述懐の掛け合いになります。ジョンの非常に不遇で難しい時代(アル中で引きこもりだった86年からの10年)に、何度も危機を迎えながら我慢して支え続けたのを知って、ジュリーのことをより身近に感じられるようになりました。

語りたいことは多いですが、これから読まれる方のためにこれぐらいにしておきます。本文の英語は、独特の言い回しは多いですが、そんなに難しくはないので、音楽に関するパートだけでも読まれることをお勧めします。
奇遇ですね。僕も同じタイミングで詠み終わりました。読むのが遅いので1ヶ月以上かかってしまいました。(汗)

僕は年代から言うとCenterfieldくらいからリアルタイムで追っておりましたが、作品のリリースのペースがゆっくりなのについては、当時は裏で大変なことが起こっていたことすら知る由もなく、大物はのんびりでいいよな程度にしか思っていなかったのが率直なところですが、ここでソウル・ゼインツとの熾烈な戦いのことやら、兄トムとの関係のことも率直に明かされているのは興味深かったです。

でも、あくまでも全ては彼の視点なので、「事実はこうだった」というものでは必ずしもないとは思います。特に、ダグとステューに向けられた厳しい言葉の数々は、彼らの言い分とは真っ向からぶつかる部分もあり、しばしば「ちょっと言いすぎではないか」と感じました。

奥さんが書いた部分は、自分が言うのとは違う彼の人となりをうかがい知ることができてよかったです。

ひとつ残念だと感じたのは、ジョンがオーストラリアを度々訪れる大切な場所というような言い方で触れていたのに対し、日本は二度しか来ていないという事実。その二度の来日についても一言も触れていません。オーストラリアに行くのなら、ついでにでもいいからたまには日本にも来て!と思いました。
>>[6]
的確な感想ありがとうございます(自分が礼を言うのも変ですがあせあせ(飛び散る汗))。仰る通り、ビジネスはともかくとして、友人としてもうちょっと寛容になれなかったのかと残念に思います。それが本心なら客観を装うよりは正直でいいのですが、もうちょっと苦い言葉を控えめにしてほしかったというのは読者のエゴでしょうか。

また、日本について一言もなかったのはぼくも残念でしたが、そもそもコンサートやツアーへの言及は非常に少ないですね。Live in EuropeとThe Concertの2枚のライブアルバムについても、勝手に出されたためか完全スルーでした。

つい不満を言ってしまいますが、全体的にはファンなら絶対に読む価値があると思います。ジョンにとって音楽がどれほど大切なものか、それがよく分かります。
>>[7]
ジョンにとって音楽がどれほど大切なものか、それが一番伝わってくる一番のメッセージかも知れないですね。この本を読んで思ったのは、ジョンが非常にまじめで自分にも周囲にも厳しい人なんだなあということですね。

音楽に対しバカ正直なくらいまじめに厳しく向かい合っていたということが、よく判る本です。それだけに共演者にも高いレベルを求めてしまうんですね。

グレイトフル・デッドはラリッた状態でステージに立っていたが、自分は金を払った客に対してそういうことは絶対にしないと書いているところなどは特にそのまじめさが出ているように思いました。ドラッグカルチャーは、それはそれで認めるという感じではないですもんね。

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