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中国画コミュの中国画ギャラリー

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左から

北宋 趙佶 「桃鳩図」
同     「竹禽図」

不定期に中国画の画像を貼っていきたいと思います。
皆さんもお手持ちの画像があればどんどん貼っちゃってください。

コメント(19)

おもしろそうな企画ですね、乗らせていただきますw
>趙佶
というのは、徽宗のことですね。
中国史上最高の絵描き皇帝さん。
この桃鳩は、日本でどなたかが隠し持っているやつです。

わたしのは、
左のは、范寛の「谿山行旅圖」
右のは、郭煕の「早春図」
いずれも、台北故宮、北宋または中国院体画の二大高峰といえましょうか。
この二つ、今年末から始まる台北故宮のリニューアル記念の
大特展に出る思いますよ。
伝統的な中国画もいいけど、近代の中国画をちょっと紹介。
1900年前後に日本に留学して、西洋画法を学びつつある日本画を学び、中国画の伝統革新をめざす嶺南畫派を確立した3人高劍父(左)、高奇峰(中)、高劍僧(右)の作品。
もともと中国画に影響を受けて発展してきた日本画だけど、その頃の日本画はまだ中国画のようでよかったなあ。いつの間に現在のような日本画へと変化してしまったのでしょう?
http://www.lingnanart.com/LingnanArtist_ch.htm(参考ページ)
左から
呉炳 『出水芙蓉図』
梁楷 『秋柳双鴉図』
左から
宋 趙佶「祥龍石図」 

臨夏さんの補足もありましたが、趙佶は北宋末期の皇帝徽宗趙佶です。彼は自ら筆を執り、画院を最も繁栄させ、あまたの画家を輩出した人ではありますが、同時に芸術にかまけ政治を怠った暗君でもあります。これは正月に国の繁栄を願うために御筆を執ったという作品で、実は書の方がメインです。

唐 呉道子「送子天王図巻(部分)」

呉道子は「画聖」と呼ばれる画家で、その筆法は「呉帯当風」(着物が風になびいているよう)と称されます。鍾馗(ショウキ)を描いたのも彼が玄宗皇帝の命のために描いたのが最初とされています。
彼は宗教画を題材とし壁画を主に描きましたが、この紙本作品は彼の代表作と伝えられ、現在は大阪府立博物館に収蔵されています。

宋 武宗玄「朝元仙仗図巻(部分)」

武宗玄は北宋中期に現れた「呉道子の再来」で、その筆は「呉帯当風」そのものであると言われます。左の呉道子の画と比べてみるとそれも頷けるかと思います。しかしこれほどに筆の立つ画家ですが、この他に彼の作品と伝えられる画がありません。
またも徽宗趙佶。趙佶フリークなので許してください。
左から
「腊梅山禽図」
「瑞鶴図」
「芙蓉錦鶏図」

この3作品は趙佶の代表作です。趙佶は絵画を趙昌に、書法を黄庭堅と薛稷に学びました。その画風は黄居�襦�趙昌を受け継ぎ、書風は、褚遂良、薛稷、黄庭堅を取り入れてはいますが、どちらもさらに高貴、さらに装飾的です。また鶴、芙蓉、猫など「吉祥」に関係した題材を好んで描いています。これは彼が皇帝という高貴きわまりない特殊な身分であることに由来しています。
日本には「桃鳩図」「写生珍禽図」「御鷹図」が渡っているという記述があり日本の戦国武将の間では、趙佶の「御鷹図」を所持していることがひとつのステータスとされ、日本で多く模倣されたと言います。ただし「桃鳩図」「写生珍禽図」は私蔵で確認されています。残念ながらこれは伝世されておりません。また、かの竹内栖鳳が「斑猫」を描くときに趙佶の「猫図」を参考にしたと述べていますが、これも現在は行方知れずとなっています。

瑞鶴図は台北故宮博物院、他2枚は北京故宮博物院に所蔵されています。
誤解を受けるような文だったので補足と訂正。
「御鷹図」以外にも「白鷹図」「松鷹図」など多くの鷹図を描いており、それは現存しています。戦国武将は趙佶の鷹を手にすることがステータスだったようです。
ぱーみんさん>
大阪府立博物館、というのは「市立美術館」のことでしょうか?
天王寺公園の中にあるやつです。

左のは、燕文貴の江山楼観図(こうざんろうかんず ) (部分)
です。これは、大坂の市美にあります。
(部分)とあるのがいやらしいですね(苦笑
この画には、多分蔡京(水滸伝にも出て来る、史上名高い宦官)の賛かなんか解説があったはずです。蔡京は、人格は悪いのですが、書は、正直素晴しいです。一般の評価もあるようです。

右のは、お馴染み(?)ルオ三兄弟の『我、北京天安門を愛す』ですw 
ルオ三兄弟は、中文では羅氏三兄弟と言うのですね。
あこがれの福岡アジア美術館から引っ張ってきました。
臨夏さん>
訂正ありがとうございます。
天王寺にあると聞いたので、大阪市立美術館で間違いないと思います。
こんにちは、ちょっと反則かも知れませんが、
朝鮮画を貼ってみます。
安直ですが、みな韓国の国立中央博物館からとってきました。
左から

五代 黄筌「写生珍禽図」
黄筌は息子黄居�襪箸箸發法峅�家富貴」の画風と呼ばれ後の宮廷絵画に大きな影響を与えた画家の1人です。この作品は現代的な斬新な構図であると言われてもいますが、作品として描かれたのではなく題の如くスケッチであったと考える方が妥当であると思われます。

近代 高剣父「秋鷹図」
高剣父、高奇峰兄弟と陳樹人、いわゆる「二高一陳」の三人は20世紀初頭、西洋画を学びつつある日本画を学び、中国絵画の伝統革新に尽力しました。後に「領南画派」と呼ばれる画家集団の先駆けです。領南画派は基本上全ての画家は主に日本、次いでフランスに留学経験があり、日本画の影響が色濃い作品を後世に伝えています。
また、竹内栖鳳、河合玉堂、横山大観といった、近代日本画壇の大家との交流もあり、お互いに影響を与えあい、両国画の発展の一端を担いました。
嶺南というのは、五嶺(超城、都寵、萌渚、騎田、大庾)の南という意味で、場所的には広東省の南に当たります。中国といっても南方の人達ですから、日本人と性質が似ているのかもしれません。
今回は明の画家、徐渭特集。
左から
「榴実図」台北故宮博物院蔵
「黄甲図」北京故宮博物院蔵
「葡萄図」北京故宮博物院蔵

徐渭は人物山水花鳥のどれも描きましたが、最も得意としたのは花鳥でした、彼は大写意花鳥という分野の創始者で、その筆墨は変幻自在、一瞬の迷いもありません。彼の絵は後世に大きな影響を残し、八大山人、石濤、楊州八怪などの有名な画家を生み出します。また、彼は書、詩、琴、軍事も佳くし、それぞれの世界で大きく名を馳せています。
清 華嵒 花鳥小品三品

華嵒は上の徐渭、清初の八大山人、�┝�平などの影響を受けた画家の一人で、楊州八怪の一人に数えられます。
彼は小写意花鳥の小品を佳くし、宋代花鳥の風味を受け継ぎ、その画風は素朴ながら凛とした美しさがあります。
左から

張萱《搗練図》
同上局部
周�掘壺儔峪貼�図》

張萱と周�靴話翕發鯊緝修垢覯莢箸如�二人とも貴族人物、宗教壁画、そして仕女図に長けました。周�靴論茲猟コ�の画風を受け継ぎ、特に仕女図において「衣紋勁簡、彩色柔麗(衣服の線は簡潔でありながら力を持ち、色彩は柔和で美しい)」と評され、後の人物画に大きな影響を与えています。
彼らの仕女図の豊満な女性は当時の審美感覚を象徴しており、今日出土した唐代の壁画にもその特徴が顕著に表れています。
五代 徐煕「雪竹図」台北故宮博物院蔵
同「豆花蜻蜓図」大英博物館蔵
徐煕は五代の画家、黄筌と共に稜角をなし「黄家富貴、徐氏野逸」と称されました。徐煕の作品は十足らず伝世していますが、そのうちの何枚かは息子、徐崇嗣の筆ではないかと言われています。この2幅はその中でも真筆である可能性が高い作品です。
中国の絵には、同じ題材、テーマを描いた絵がありますが、このような題材、テーマを解説した本はあるのでしょうか。ご存知の方がいらっしゃいましたら、教えてください。写真の絵がどんなことを表しているのか、ぜひ知りたいと思っています。
大分ほったらかしにしていましたね。すみません。
>えんま川さん
中国画の題材によく見かける物は人物は古人聖人、いわゆる道教や仏教などの宗教や歴史上の人物、山水では黄山、泰山、廬山などの実在の風景や、詩詞などの風景を想像して描かれたもの、また花鳥では主に桃や鶏、蝶や猫、牡丹などの吉祥物を描いたものだと思われます。
残念ながら私には上の画の意味は分かりませんが、二人の聖人というと、寒山拾得を思い出します。なんらかのヒントになればよいのですが…。

さて、今回は私の師匠、蘇百鈞の絵画を紹介します。
蘇百鈞は1951年嶺南派画家、蘇農臥の長子として広東省に生まれ、広東美術学院の大学院を卒業、数々の展示会に参加、多くの賞を受賞、現代工筆花鳥大師に名を連ね、現在は中央美術学院にて花鳥画室主任教授ならびに広東美術学院教授を兼任しております。
さびしいのではりました!

私は「ゆったり犬」とよんでいる
八大山人の安晩帖のいちぺーじ。

素人なんでくわしいいきさつや
歴史は
わかんないんだけど
安晩帖大好き。
日本で見れるし。

ていうか泉屋博古館って
中国の国宝ありすぎ…
いいの?問題ないの?

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