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大橋翠石コミュの大橋翠石の款記を研究するということ

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 翠石の研究について款記の検討は時期尚早である旨、何度も警鐘を鳴らして参りましたが、先日の資料調査に好例がありましたので、写真を提示しておきましょう。

 これは、某所に一括して所蔵されている翠石の書簡に記された署名です。現物の撮影は不可能ですので、マイクロフィルムから複写した画像です。下村観山や寺崎広業などとも親交のあったコレクターの遺族のもとに伝えられた、非常に信憑性の高い資料群に含まれています。金子堅太郎が仲介しての翠石への制作依頼の状況を窺い知ることができる、極めて興味深い資料ですが、これ以上は研究の先駆性に関わってきますので、いずれ発表する機会をお待ちいただければと思います。

 勿論、作品の款記と、そのまま書風が共通するものではありませんが、一定の参考にはなるでしょう。この書簡で注目すべきことは、大正8年(1919)の9月と12月に書かれたものであることが消印から判明することです。一見して了解されるように、三ケ月という短期間でありながら「翠石」という文字は少なからぬ変化を見せています。つまり、款記だけを手がかりとして、制作時期を定めようとすることはかなり難しいのです。

 このような情報を知らずして、鑑定?の結果を発信すれば、翠石の研究をミスリードしてしまう、と申し上げているわけです。限定された情報のみを用いての研究には、おのずから限度があります。2008年時点では、私には翠石の款記を完全にグループ分けして配列し、確かな制作年順として編むことは不可能でした。ですから、限定的な言及に留めています。

 どこまで言えるのかは、常にシビアに判断しなくてはなりません。「研究」とは、『広辞苑』の定義によれば「よく調べ考えて真理をきわめること」です。よく調べたのちの考えでなければ、私は翠石の「研究」とは言い難いと思います。

コメント(2)

甲山外史さん
早速の書き込みありがとうございます。
書簡の記名と作画の落款と同じとは考えられませんが、草書の記名の作品は今日みてきた画廊にありました。
研究との立場としてのご意見はよく分かりますが、考古学の立場での研究というと、大きく分けて検証主義という考え方ともう一つは実証主義という方法に分かれます。
これは双方で意見の食い違いなどもありますが、これらの考えがぶつかり合うことでより真に近づくのかと思います。
方法論の違いを議論するのは控えますが、個々のの立場の違いなどふまえた上で配慮することが必要だと感じます。

 個々の立場の違いが、根拠不詳な情報の流布の免罪符にはなりえないというのが研究者としての私の見解です。私が翠石研究に寄与し得たと考えている発見としては色々とありますが、神戸移住の原因が結核罹患であったこと、「生」の字款記の意味するところなどが最たるものでしょうか。これらの情報について、私は相当の文字数を費やして根拠を示した上で、可能性に言及しています。そのような営み無くして、「真に近づく」ことなど不可能ではないでしょうか?

 「個々の立場の違い」が感想を述べる「愛好家」と知見を世に問う「研究者」の違いを意図しておられるなら、話は別だと思いますが……

 また、考古学の研究手法を美術史に援用するのは、よほど両分野に通暁していなければ不可能だと思います。

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